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16.ズーの羽
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帰ってきた喜びは、自分の部屋の惨状を見て一気に萎れた。
「申し訳ございません、アサヒ様。さすがに家主の許可なく私室に入ることはできなかったので……」
「……いえ、いいんです、忘れてただけですから」
店の方は何も問題はない。問題は自室の方だ。部屋は襲撃に遭った日から何も変わっておらず、床にはガラスが飛び散っていた。窓だった場所は布で覆われている。中に入った形跡はないので、外から取り付けてくれたのだろう。
「ごめんなさい、ライラさん。手伝ってもらっていいですか?」
「もちろんです。犯人の手がかりがないかも調べないといけませんね」
快諾してくれたライラが女神に見えた。
二人がかりで掃除したおかげか、思ったより時間はかからなかった。犯人の手がかりについては結果は芳しいとはいえない。足跡らしきものは見つかったのだが、それがどこに続いているのかまでは分からずじまいだった。
昼になると、ライラが昼食を用意してくれた。なんと、研究棟の調理場に作るよう頼んであったらしく、それを持ち込んでいたのだ。不死鳥であることをいいことに食事を疎かにしがちなわたしはすっかり忘れていた。これからライラが一緒なら、こういうところも人間に合わせていかなければならない。
一通り掃除が終わり、持ち運べる程度の私物をまとめても、まだ少し迎えの馬車がやってくるまで時間があった。一緒にいるのであれば、ライラには店の手伝いもお願いすることになる。だからと思い、わたしはライラを倉庫へと案内することにした。
「こ、これが至極の楽園……!」
「……魔術師の目にはそう見えるようで何よりです」
ライラは心底嬉しそうな声を漏らした。それほど広くはないただの倉庫だが、置いてあるのはイチノセ素材店が誇る自慢の商品たちだ。
ライラ素材を目の前にしてもっとはしゃぐかと思いきや、彼女は不用意に触ることもなく、しげしげと倉庫内を見回した。ほぅ、とため息が漏れている。全員がそうではないだろうが、ゼーレやライラ、アーノルドやディールなど、わたしの知る魔術師は皆幻想生物から分け与えられた素材に敬意すら抱いているように見える。
彼らのような人間ばかりなら、幻想生物はもっと人間に近しい場所で伸び伸びと暮らせるのに、と思わなくはない。
遥か昔、人間と幻想生物が同じ領域で共存していた時期がある。初代の不死鳥の記憶では人間と寄り添い、幻想生物を尊重し、互いの常識がまったく異なるものでありながらもうまく折り合いをつけていた。
しかし人間の生涯は幻想生物よりはるかに短い。どれだけ人々が幻想生物との生活を語り伝えていっても、当時を生きた人間がいなくなればただの伝説、あるいはおとぎ話と称される。
人間が幻想生物を迫害する時代があった。かと思いきや、姿の見えなくなった幻想生物をこの世界そのものを作った『創生の竜』の御使いだと崇める時代もあった。人間の歴史はその繰り返しだ。
今の世は人間は幻想生物と対等であろうとしている時代だ。人間の生活を脅かさない限り、国をあげての討伐や迫害はほとんどない。幻想生物にとっても人間にとってもいい時代だと思う。だから幻想生物たちは、わたしが人間のために素材を集めることを許してくれている。
この時代が、長く――わたしが死んだあともずっと続けばいいのに、なんていうのは、ただ成り行きを見守るだけの不死鳥からしてみれば、酷く人間的な考えなのは自覚していた。
わたしが思考を飛ばしている間、ライラはあまり触れないようにしつつ、慎重に素材を見てまわっていた。「妖精の鱗粉が各属性ごとある!」とか「さすが不死鳥の加護を持つお方、こんなたくさんの魔術具を動かせるなんて」と感慨深げに呟いていた。魔術師は独り言が多いのだろうか。
「あ、あの、この箱の中身を見せてもらうことはできますか?」
「いいですよ。どうぞ」
指さされたのは机の上に置いてあった木箱だった。幅と奥行きが三十センチくらいある、やや平たい箱だ。ふたを開けると、中には茶色っぽい鳥の羽が敷き詰められている。それを見せると、ライラは目を輝かせた。
「鷲の羽のように見えますが、そうではありませんね。これ、何の素材なんですか?」
「さすが王宮魔術師様ですね。これはズー、という幻想生物の羽なんです。頭が獅子で、体が鷲の姿をしてるんですけど、ご存じですか?」
「ズー! トリューシカだと、バックラ山脈で稀に見かけるという幻想生物ですね」
ズーは人間にとって友好的にも、反対に脅威にもなる幻想生物だ。人間がズーに対して偽りのない敬意を示し、それをズーが認めれば、どこで手に入れたのか不明な武器や防具に加え、勇気といった贈り物が返される。逆に悪意を示せば悪意をもって返されるのだ。だがズーは大きな翼でつむじ風や砂嵐を巻き起こすことができる。そのためズーに直接会い恩恵を受けたという人間の話は、数百年に一度聞けば良い方だ。
大きさは大人の人間より一回りほど大きい。その大きさ故に目立つ存在ではあるのだが、その割には目撃証言が少ない。というのも、ズーの棲家は人間が到達するのが困難な場所にあるからである。
バックラ山脈というのはダマスクとの国境沿いの山脈のことだ。尾根のあたりは森深いが、山脈自体は岩山であり、ズーは山の頂上に棲んでいる。バックラ山脈はダマスクへ行くための道は一応整備されているが、基本的に放置されているので、人間が踏み入ることのできない場所はかなり多い。アスクウェルが渓流に棲んでいるようなもので、魔力で隠されることはないが自然の防壁で棲家は守られている。
「ゼーレ様にお伝えしたら、すぐに欲しいと言いますよ」
「そうでしょうね。ただ、この素材に関しては鑑定に通したいと思ってるんですよ。鑑定士と繋がりを持ちたくて」
苦笑して伝えると、ライラはなるほどと頷いた。
ズーの羽は一見すると普通の鷲の羽とほとんど同じに見えるので、幻想生物の素材を集める商隊でもズーの羽か普通の鷲の羽か見定めるのは難しい。ズーの羽に限らずそういった素材は多く存在する。だから商人は珍しかったり、本物か疑わしい素材は売りに出す前に魔力鑑定士に見せて、幻想生物のものであるか確認を取るのが一般的である。そして間違いなく幻想生物の素材であれば、鑑定士の名前を客への保障とし売りに出すのだ。
今まで通り普通に販売してもかまわないのだが、今後のために信用できる鑑定士を見つけておきたい。ズーの羽はその鑑定士を見つけるに理想的な素材だった。ズーは名の知れた幻想生物とは正直いえないし、見た目も鷲の羽なので、これをズーの羽と見定めることができた鑑定士の腕はきっと信用できる。
「鑑定だけなら、王宮魔術師でもできますが……商品とするなら、下町の鑑定士に依頼した方がいいでしょうね」
「やっぱり、そうですよね」
鑑定するだけならばある程度の魔力と魔術具に加え、素材ごとの細かな性質の知識があれば出来る。この知識がなかなか厄介で、わたしが自分で鑑定できない理由でもあった。知識の方面が人間基準なのだ。魔力を溶かした水に漬けて丸一日放置して状態を見たり、特定の箇所を切り取って再生するかを確認したりと、鑑定の方法はさまざまだ。どの素材にどういった鑑定方法を用いるか的確に判断するためには素材の性質を熟知しておく必要がある。わたしは幻想生物については詳しくても、彼らから得た素材の性質までは詳しくない。
王宮魔術師はそういった知識は申し分なく、自分たちで鑑定も可能だ。実際に魔術師たちが自分で採集した素材で鑑定が必要なものは、自分たちで行っている。しかし自分で採集したものを自分で使うならともかく、商品として販売するなら下町の繋がりも大事にしていかなければならない。わたしはまだまだその辺りがうまくできていないから、この素材を使ってその繋がりを作れたらと思っていた。
結局忙しさにかまけて、放置してしまったが。
「いい加減、商工会議所に持ち込んで鑑定士を紹介してもらわないととは思ってるんですけど……」
「ならば、私が人を手配しましょう。私はアサヒ様から離れることができませんが、これでも上位魔術師ですから。自由に動かせる人員は確保できます」
「それは、王宮魔術師としての仕事からは少しはずれませんか?」
「構いません。ズーの羽の鑑定がされることは、我々魔術師団にとっても有益ですから」
つまりは公私混合だ。
それでいいのか、という言葉は、ライラの笑顔があまりにも眩しかったので、飲み込んでおくことにする。
その後もライラに素材や店の説明を続けた。彼女は上位魔術師なだけあって優秀で、わたしが説明するとすぐに覚えてくれた。これなら店のことはライラに助けてもらって、わたしは裏方の雑務にもう少し力を入れられるようになるかもしれない。
わたしの付き添いがライラで良かった。迎えの馬車が到着する頃にはそう思うようになっていて、帰宅したら真っ先にゼーレに礼を言おうと、心に決めていた。
「申し訳ございません、アサヒ様。さすがに家主の許可なく私室に入ることはできなかったので……」
「……いえ、いいんです、忘れてただけですから」
店の方は何も問題はない。問題は自室の方だ。部屋は襲撃に遭った日から何も変わっておらず、床にはガラスが飛び散っていた。窓だった場所は布で覆われている。中に入った形跡はないので、外から取り付けてくれたのだろう。
「ごめんなさい、ライラさん。手伝ってもらっていいですか?」
「もちろんです。犯人の手がかりがないかも調べないといけませんね」
快諾してくれたライラが女神に見えた。
二人がかりで掃除したおかげか、思ったより時間はかからなかった。犯人の手がかりについては結果は芳しいとはいえない。足跡らしきものは見つかったのだが、それがどこに続いているのかまでは分からずじまいだった。
昼になると、ライラが昼食を用意してくれた。なんと、研究棟の調理場に作るよう頼んであったらしく、それを持ち込んでいたのだ。不死鳥であることをいいことに食事を疎かにしがちなわたしはすっかり忘れていた。これからライラが一緒なら、こういうところも人間に合わせていかなければならない。
一通り掃除が終わり、持ち運べる程度の私物をまとめても、まだ少し迎えの馬車がやってくるまで時間があった。一緒にいるのであれば、ライラには店の手伝いもお願いすることになる。だからと思い、わたしはライラを倉庫へと案内することにした。
「こ、これが至極の楽園……!」
「……魔術師の目にはそう見えるようで何よりです」
ライラは心底嬉しそうな声を漏らした。それほど広くはないただの倉庫だが、置いてあるのはイチノセ素材店が誇る自慢の商品たちだ。
ライラ素材を目の前にしてもっとはしゃぐかと思いきや、彼女は不用意に触ることもなく、しげしげと倉庫内を見回した。ほぅ、とため息が漏れている。全員がそうではないだろうが、ゼーレやライラ、アーノルドやディールなど、わたしの知る魔術師は皆幻想生物から分け与えられた素材に敬意すら抱いているように見える。
彼らのような人間ばかりなら、幻想生物はもっと人間に近しい場所で伸び伸びと暮らせるのに、と思わなくはない。
遥か昔、人間と幻想生物が同じ領域で共存していた時期がある。初代の不死鳥の記憶では人間と寄り添い、幻想生物を尊重し、互いの常識がまったく異なるものでありながらもうまく折り合いをつけていた。
しかし人間の生涯は幻想生物よりはるかに短い。どれだけ人々が幻想生物との生活を語り伝えていっても、当時を生きた人間がいなくなればただの伝説、あるいはおとぎ話と称される。
人間が幻想生物を迫害する時代があった。かと思いきや、姿の見えなくなった幻想生物をこの世界そのものを作った『創生の竜』の御使いだと崇める時代もあった。人間の歴史はその繰り返しだ。
今の世は人間は幻想生物と対等であろうとしている時代だ。人間の生活を脅かさない限り、国をあげての討伐や迫害はほとんどない。幻想生物にとっても人間にとってもいい時代だと思う。だから幻想生物たちは、わたしが人間のために素材を集めることを許してくれている。
この時代が、長く――わたしが死んだあともずっと続けばいいのに、なんていうのは、ただ成り行きを見守るだけの不死鳥からしてみれば、酷く人間的な考えなのは自覚していた。
わたしが思考を飛ばしている間、ライラはあまり触れないようにしつつ、慎重に素材を見てまわっていた。「妖精の鱗粉が各属性ごとある!」とか「さすが不死鳥の加護を持つお方、こんなたくさんの魔術具を動かせるなんて」と感慨深げに呟いていた。魔術師は独り言が多いのだろうか。
「あ、あの、この箱の中身を見せてもらうことはできますか?」
「いいですよ。どうぞ」
指さされたのは机の上に置いてあった木箱だった。幅と奥行きが三十センチくらいある、やや平たい箱だ。ふたを開けると、中には茶色っぽい鳥の羽が敷き詰められている。それを見せると、ライラは目を輝かせた。
「鷲の羽のように見えますが、そうではありませんね。これ、何の素材なんですか?」
「さすが王宮魔術師様ですね。これはズー、という幻想生物の羽なんです。頭が獅子で、体が鷲の姿をしてるんですけど、ご存じですか?」
「ズー! トリューシカだと、バックラ山脈で稀に見かけるという幻想生物ですね」
ズーは人間にとって友好的にも、反対に脅威にもなる幻想生物だ。人間がズーに対して偽りのない敬意を示し、それをズーが認めれば、どこで手に入れたのか不明な武器や防具に加え、勇気といった贈り物が返される。逆に悪意を示せば悪意をもって返されるのだ。だがズーは大きな翼でつむじ風や砂嵐を巻き起こすことができる。そのためズーに直接会い恩恵を受けたという人間の話は、数百年に一度聞けば良い方だ。
大きさは大人の人間より一回りほど大きい。その大きさ故に目立つ存在ではあるのだが、その割には目撃証言が少ない。というのも、ズーの棲家は人間が到達するのが困難な場所にあるからである。
バックラ山脈というのはダマスクとの国境沿いの山脈のことだ。尾根のあたりは森深いが、山脈自体は岩山であり、ズーは山の頂上に棲んでいる。バックラ山脈はダマスクへ行くための道は一応整備されているが、基本的に放置されているので、人間が踏み入ることのできない場所はかなり多い。アスクウェルが渓流に棲んでいるようなもので、魔力で隠されることはないが自然の防壁で棲家は守られている。
「ゼーレ様にお伝えしたら、すぐに欲しいと言いますよ」
「そうでしょうね。ただ、この素材に関しては鑑定に通したいと思ってるんですよ。鑑定士と繋がりを持ちたくて」
苦笑して伝えると、ライラはなるほどと頷いた。
ズーの羽は一見すると普通の鷲の羽とほとんど同じに見えるので、幻想生物の素材を集める商隊でもズーの羽か普通の鷲の羽か見定めるのは難しい。ズーの羽に限らずそういった素材は多く存在する。だから商人は珍しかったり、本物か疑わしい素材は売りに出す前に魔力鑑定士に見せて、幻想生物のものであるか確認を取るのが一般的である。そして間違いなく幻想生物の素材であれば、鑑定士の名前を客への保障とし売りに出すのだ。
今まで通り普通に販売してもかまわないのだが、今後のために信用できる鑑定士を見つけておきたい。ズーの羽はその鑑定士を見つけるに理想的な素材だった。ズーは名の知れた幻想生物とは正直いえないし、見た目も鷲の羽なので、これをズーの羽と見定めることができた鑑定士の腕はきっと信用できる。
「鑑定だけなら、王宮魔術師でもできますが……商品とするなら、下町の鑑定士に依頼した方がいいでしょうね」
「やっぱり、そうですよね」
鑑定するだけならばある程度の魔力と魔術具に加え、素材ごとの細かな性質の知識があれば出来る。この知識がなかなか厄介で、わたしが自分で鑑定できない理由でもあった。知識の方面が人間基準なのだ。魔力を溶かした水に漬けて丸一日放置して状態を見たり、特定の箇所を切り取って再生するかを確認したりと、鑑定の方法はさまざまだ。どの素材にどういった鑑定方法を用いるか的確に判断するためには素材の性質を熟知しておく必要がある。わたしは幻想生物については詳しくても、彼らから得た素材の性質までは詳しくない。
王宮魔術師はそういった知識は申し分なく、自分たちで鑑定も可能だ。実際に魔術師たちが自分で採集した素材で鑑定が必要なものは、自分たちで行っている。しかし自分で採集したものを自分で使うならともかく、商品として販売するなら下町の繋がりも大事にしていかなければならない。わたしはまだまだその辺りがうまくできていないから、この素材を使ってその繋がりを作れたらと思っていた。
結局忙しさにかまけて、放置してしまったが。
「いい加減、商工会議所に持ち込んで鑑定士を紹介してもらわないととは思ってるんですけど……」
「ならば、私が人を手配しましょう。私はアサヒ様から離れることができませんが、これでも上位魔術師ですから。自由に動かせる人員は確保できます」
「それは、王宮魔術師としての仕事からは少しはずれませんか?」
「構いません。ズーの羽の鑑定がされることは、我々魔術師団にとっても有益ですから」
つまりは公私混合だ。
それでいいのか、という言葉は、ライラの笑顔があまりにも眩しかったので、飲み込んでおくことにする。
その後もライラに素材や店の説明を続けた。彼女は上位魔術師なだけあって優秀で、わたしが説明するとすぐに覚えてくれた。これなら店のことはライラに助けてもらって、わたしは裏方の雑務にもう少し力を入れられるようになるかもしれない。
わたしの付き添いがライラで良かった。迎えの馬車が到着する頃にはそう思うようになっていて、帰宅したら真っ先にゼーレに礼を言おうと、心に決めていた。
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