不死鳥の素材屋さん

淡墨

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15.吸盤の行方

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 再びゼーレが迎えに来たのは夕方のことだった。ドルガーは全体の指揮を取るため現場に戻っているらしく、わたしとゼーレの二人のみだ。場所は変わらず応接室である。
 二度目ということもあり少し慣れ、今度は部屋の中を眺める余裕があった。全体的に白い部屋だが、家具は木製のものばかりのせいか冷たい印象はない。それどころか、ソファやカーテンなどが赤色をしているのでどちらかといえば暖かみがある。

 ゼーレは机を挟んで反対側のソファに腰をおろした。この研究棟が城の敷地内にある彼の職場でまだ仕事中だからだろう。普段店で会っている時には実感しなかった魔術師団長の肩書を背負うに相応しい貫禄がある。

「すまないな、あまり休めなかっただろう?」
「いえ、そんなことないです。わたしより、ゼーレ様たちの方が休めていないでしょう?」

 しっかり睡眠も休息もとったわたしは驚くほど元気である。むしろ眠れて二、三時間程度のゼーレの方がよほど心配だ。しかしゼーレはゆっくり首を横に振って、わたしの言葉を否定した。

「仮眠を取れるだけマシだ」

 さすがと言っていいのか、無理はしないでくださいねと気遣うべきなのか。どう声をかけるのが正解なのか迷っているうちに、ゼーレは話を続けた。

「さて、話の続きだが……主に君の処遇についてになる」
「あの、できたら店には戻りたいんですが……」
「それはもちろん。加護持ちだからといって国が君を囲うなんてことは許されない。だが、今のままで帰すのは正直難しい」
「やっぱり、そうですよね……」

 わたしとしては早く帰りたいのだが、騒動を起こした犯人の行方が知れない現状ですぐに帰れるとも思っていない。本当に面倒なことをしてくれたものだ。

「そこで、だ。ドルガーとも相談したのだが、店に戻りたいのであれば、この研究棟からの通いにしてはどうだろう?」
「通い、ですか?」

 ゼーレの提案は、この研究棟にわたしの私室を一室作り、当面の間はそこで生活をしつつ、店には通うというものだった。上位の王宮魔術師が出入りするこの場所は安全だし、何かあってもすぐに助けを呼べる。食事は研究棟専門の調理人がおり、食堂でとることも可能だそうだ。

「それに加えて私の部下を一人、君と共に行動させることになる」
「そ、それは……申し訳ございません」

 思わず頭を下げた。わたしが店に戻るために、大勢の人に迷惑を掛けている。その上でこの申し出をありがたく思っていることが一番申し訳ない。

「気にする必要はない。朝、部下を迎えに行かせるから、一緒に馬車で店までは向かってくれ。もしもの時のため、魔力は温存させておきたい」
「かしこまりました。他に、わたしがしなければならないことはありますか?」
「あるとしたら、身の回り品の整理だな。家具は一通りあるが、持ってくるものも多いだろう? 明日にでも一度店に連れて行こう」

 わたしに同行する部下については、明日店に行く時に紹介してくれることになった。正直こうも早く営業再開の目処が立つとは思っていなかったから驚きである。それを素直にゼーレに伝えると、至極真面目な顔のままゼーレは言った。

「君の店が閉まったままというのは、私としても困るからな」
「まだ金塊分の買い物も終わってないですしね」
「その通り。時間があれば私とて自分で集めたかったんだがな……師団長となってからはラッセルから出るのにも何かと手間がかかる」

 堅苦しい話はここまで、とばかりにゼーレは姿勢を崩した。ここからは魔術師団長ではなく、ゼーレ個人として話をするのだと悟って、わたしも肩の力を抜く。

「だからといって、結構無茶な素材をいつも要求するのは意地が悪いですよ。クラーケンの吸盤とか、結局何に使ったんですか?」
「ああ、あれは自白剤に使わせてもらった。なかなか強力なものができたと思っている」
「あれ、自白剤の素材になるんですね……」
「若干弾力のある触感が残ってはしまったがな」

 聞いたのはわたしのくせに、聞かなくてもよかったと思うような内容だった。自白剤がそんな奇妙なものでいいのかとも思ったが、無味無臭で知らぬ間に摂取するよりは明らかにおかしい方が何かと安全なのかもしれない。

「そういえば、最近だとアメミットのたてがみを入荷しましたよ。少し高価ではありますけど」
「アメミットというと、ダマスクの幻想生物か? トリューシカでも東の方で目撃証言がある」
「あ、たぶんその目撃証言のアメミットのだと思います。そう何体もいるものじゃありませんし」
「そうか……では店が開いたらまた購入させてもらおう」

 結局話すのは素材についてだったが、ゼーレは店に来ると陳列している素材を見て何やら呟いてばかりだったので、なかなかに新鮮だ。それを素直に伝えてみると、ゼーレは少しだけ眉を寄せた。

「そんなに独り言を呟いていたか?」
「ええ、それはもう、毎回」
「……どうにも珍しい素材を目にすると研究したい欲が募りはするのだが……迷惑をかけたな」
「いえ、迷惑だなんて全然。真剣に見てらっしゃるので、声はかけないようにはしてましたけどね」

 あれが無自覚だったことについ笑ってしまったが、今は失礼だと叱られることもないだろう。花祭りからずっと気を張っていたのが、ゼーレと話している内に少し緩んだ。
 ゼーレとの会話は意外と盛り上がった。素材の入手経路を隠さなくてもいいし、ゼーレの方も気になっていたことが山ほどあったので、話題が尽きなかったのだ。

「本当は、一度こうして君とじっくり話してみたかった」

 まだ残りの仕事をこなさないといけないから、とゼーレの方から部屋へ戻るのを促され席を立つと、彼は目を細めてそう言った。

「わたしとですか?」
「ああ。だが立場柄あまり深く関わるのも悪いだろう? 客としてならともかく、親しく話すには立場が違いすぎた」

 だが、とゼーレは続ける。

「君が不死鳥の加護持ちならば、立場の差も埋められる。……これでも喜んでいるのだよ。不死鳥に限りなく近い君と、知り合えたことに」
(その不死鳥がわたしでごめんなさい)

 心の中で謝ってから、今なら彼が不死鳥に心酔している理由を聞くチャンスではないかと思い至った。自分のことをどう思っているか聞くようなものなので若干の照れくささはあるが、興味の方が上回った。

「どうしてそこまで不死鳥に心酔しているのか、まだ聞いてませんでしたね」

 首を傾げながら問うと、ゼーレは肩をすくめた。

「大した理由があるわけじゃない。君と同じで幼いころ不死鳥を見て……幼心ながらに、美しいと思ったのだ」

 澄み切った青い空に浮かぶ真紅に心を奪われたのだと、彼は語る。その表情は、驚くほど穏やかで、優しいものだった。
 


 翌朝迎えに来たのは、わたしの知らない女性だった。
 魔術師の赤いローブの刺繍は、フード部分に空白があったり、全体的に隙間があったりはするが、ゼーレほどではないにしろ結構多い。歳は人間の姿のわたしより、少し上くらいだろうか。短めの黒髪にやや吊り目をしている彼女は、わたしを見るなりさっと右胸に拳を当てた。

「自分一人で申し訳ございません。ゼーレ団長がいたほうが、ご安心できたでしょうに」
「いえ、大丈夫です。ええと、これからわたしと一緒にいてくださる方ですか?」
「はい。ライラ・メーベワーグと申します。どうぞラウラとお呼びください」

 姿勢が良くはきはきと話す彼女、ライラは、魔術師というより騎士のようだった。詳しい話は馬車の中でするからと、研究棟の外へと案内される。外へ出るとすでに馬車が停まっていて、馭者がわざわざ丁寧に一礼してくるのを、慌ててわたしも同じように返す。それを見ていたライラが隣で笑う気配がした。

「さぁ、行きましょう。帰宅は事件以来とうかがっております。少しでも馴染みの場所にはいたいでしょう?」
「そうですね。じゃあ、失礼します」

 何気に馬車に乗るのは初めてだった。普段は飛ぶか、転移の魔術具を使ってばかりだったし、朝緋の世界では馬車なんて滅多に見れるものではない。少なくとも朝緋は本物を見た記憶がなかった。
 初めての馬車を見た感想は、馬って近くで見ると大きいんだなというものだった。子どもの作文の方がもっと上手くこの初めての出来事を感動的に表現できることだろう。
 わたしの後にライラも続いて馬車に乗り込む。少しして馬車が下町へ向かって走り出すと、ライラが口を開いた。

「研究棟から下町までは一時間ほどかかりますので、馬車の中では楽になさってください」
「そ、そんなにかかるんですか?」
「はい。城の敷地内はともかく、貴族街は他にも馬車が通りますから……馬車専用の道があるとはいえ、どうしても下町への門付近で少し混雑するんです」

 渋滞問題は世界関係がないようだ。

 ライラが馬車の中で教えてくれたのは、彼女がわたしと一緒に行動する範囲や時間についてだった。ローブの刺繍の多さから想像はついていたが、彼女も上位魔術師であり、研究棟に研究室と私室を持っているらしい。
 行動をともにするのは、朝わたしを迎えに来てから帰るまでの間。つもりほぼ一日中だ。イチノセ素材店の定休日は彼女も休みとなり、素材の採集日は本来の魔術師団としての仕事に専念するらしい。

「本当、申し訳ございません……わたしが自分の身を守れないばかりに、こうして付き合わせてしまって」
「いいえ、気にする必要はありません。……ここだけの話なんですけどね」

 ライラはまるで悪戯に成功した子どものように笑った。

「イチノセ素材店に入り浸る絶好の機会ですからね。誰が行くかって、上位魔術師の間では奪い合いだったんですよ」

 ライラはわたしと歳が近いのと同じ女性であることを理由に押し切ったらしい。真面目そうな人だと思っていたし、仕事に対しては実際真面目なのだが、それだけではないようだ。わたしとしては親しみやすそうで嬉しい限りである。

「わたしの店に入り浸るって、そんなに嬉しいことなんですか?」
「そりゃあ、もちろん! 忙しくて一度も行けたことはないんですけど……ゼーレ団長に個人的にお願いして、いくつか素材の注文を代行してもらってもいたんです」
「ああ……それで、あの量の注文だったのね」

 謎が一つとけた。恐らくライラ以外の人からも頼まれていたに違いない。それであのびっしり書かれたメモになるわけだ。

「もちろん、国の予算で商隊から幻想生物の素材は常に買い取っていますが……そういった素材は自分の趣味には使えませんからね、市井に珍しい素材を、しかも比較的安く購入できるってことで、とても重宝しているのですよ」

 むしろゼーレの注文がすべて趣味に費やすための素材だったことに驚きである。
 そんな風にライラと話している間に下町の門へと到着した。一時間があっという間だったように思える。馬車専用の下町の門からは商店街までは、歩いて五分程度だ。丸一日空いただけなのに、色々なことがありすぎて久しぶりにやってきた気すらする。
 商店街の店はすでにどこも開いていて、人で賑わっていた。近所付き合いをあまりしていなかったので挨拶は会釈程度だが、それでも十分居心地がいい。商店街に入ってしまえば、わたしの店はすぐだった。

「あ、見えましたよ。あれがわたしの店……イチノセ素材店です」

 木造二階建てのお店。今のわたしにとって一番大事な場所。
 帰ってきた、と。口元が緩むのは、抑えられなかった。
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