まおうさまは勇者が怖くて仕方がない

黒弧 追兎

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グラスネス

6話

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「初めて連れてくるのが魔物とはねえ。期待を裏切らねえな」

 ひとしきり笑ったブノワはバンバンと木机を叩いては愉快に二人を眺めた。
 寡黙で魔物を斬滅することだけに生きてきたと言っても過言ではないナヴィが魔物を連れてここに訪れるとは。店に入った時から妙に怯えて今も伺う魔物は店に害を持ち込む様子もなく、角は立派だったが見たところランクも低そうである。
 セーレを品定めしたブノワは勇者と自分でかかれば豹変したとしても倒せると踏んで、あっさりと警戒を解いた。その心境を語ればセーレはまた卒倒するだろうが、セーレは今後の自身の待遇に脳内が忙しい。どうか、この店主が勇者を引き剥がして逃してくれないだろうか。

「魔物さん、どこから来たんだ?」
「ぁ……、ぇ、っ」

 セーレの期待も虚しく、ブノワは質問を矢継ぎ早に投げかける。変わった空気感に慌てて縺れた舌は上手く言葉を吐き出せず、動揺を隠せない。
 重苦しい緊張感はどこかに消えて、まるで友人を迎えるようなブノワの態度にセーレは順応しきれなくなっていた。勇者から引き剥がす気配もなく、再び肩を落とした。

「バーウェアで会った」
「ほう、それは強そうだな」

 流石の勇者でも魔王だとは告げることはなかった。一介の魔物と魔物の頂点である魔王ではブノワの態度も大きく変わるだろう。しかし、魔王城に向かう最難関だと言われるバーウェアにいた魔物となればブノワの関心はより高まる。
 好戦的な興味を向けられ居心地の悪さにびくりと跳ね上がった。セーレの強さはスライム以上ゴーレム以下で強くなどないのである。

「ま、魔物でもかまねえよ。ほら食え」

 ずい、と差し出された皿に乗るのは先ほどの魚である。湯気が無くなった魚は変わらない空虚な瞳でセーレを見つめた。再度、対峙することとなった魚にセーレは生唾を飲み込みナイフを握りしめる。
 果実を消化した腹は次を求めて、ころころと小さな音を立てている。ナイフで皿の淵に魚を寄せたセーレは覚悟を決めた。食べるしか選択肢はない。
 獣食であることを勇者に伝えれば、幾らでも勇者は獣を狩ってくることなどセーレは思考できなかった。

「魔物って魚食うのか?」
「頷いてはいたが、」
 
バリッボリグギッバリッボリグギッ

 皿ごと傾けて一匹まるごと放り込んだ口内で牙を魚に突きつける。魔物の鋭利な牙は魚の骨など簡単にすり潰して豪快な咀嚼音を店内に響かせた。呆気に取られて見守る人間二人の静寂の中で魚が嚥下される。

「なにこれ、おいしいじゃんっ、!」

 空っぽになった口内を大きく開けてセーレはご機嫌に目を輝かせた。カミラが作るご馳走の中にも魚は入っていなかったけれど、その味は想像を超えていた。その姿は尾があれば揺らしているであろう。

「ははっ、よかったな。まだ食べるか?」
「っ、ぁ、えっと」
「焼いてやってくれ」

 口をついて出た賞賛はブノワの機嫌も引き上げた。燃費が悪いとカミラに言われていたセーレの腹が魚一匹で治まるはずがなく、恥じらいに小さく頷いた。

「魚好きか?」
「……っ、すき」

 獣とは違う脂と柔らかい身、骨の食感に虜になってしまった。頼んでしまった手前、勇者の問いかけに反抗できずに目を伏せ素直に呟く。厨房で焼かれる魚の香りにそわそわと心を浮つかせたセーレは煙を一心に見ていて、勇者の悶絶には気づかなかった。

「ほらよ、火傷するなよ」
「ぁ、ありがとぅ、」
「ふは、ナヴィは骨抜きだな」
「、あぁ」

 皿に盛られた三匹をナイフで割きながらバリボリとすべて噛み砕いていく。夢中で腹に収めるセーレは自身を見つめる勇者の視線も気にしない。微笑した勇者が見つめる先のセーレにブノワは驚きと安堵に二人を観察していた。
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