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8_ロビン、密輸をする

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「これでロビン先輩、騎士団に復帰できたりしませんかね?」

  ヘヴンズフォート王国騎士団犯罪捜査局の一室で、キャトリン・フィングルトンが切れ長の目を珍しくまんまるにして尋ねた。

「なぜそう思う?」
 極めて冷静に問いを返したのは、小隊長のマックス・オースティンだ。
  
 パルメテール国特使の息子、ラルフ・ダウセットが滞在先の宿泊所から消え、彼の部下2人が死亡、1人が瀕死の状態で見つかってから1週間が経っていた。

「倒れていたラルフの部下達と一緒に、彼らの犯罪の記録が残されてたわけですよ? パルメテール特産のレアメタルを裏で横流ししていたという確たる証拠です」
「だがラルフ・ダウセットはどうして現場にいなかった。どこに消えた?」
 オースティンの更なる疑問にキャトリンは言い淀んだ。
「それは……」

 かわりに答えたのはキャトリンと同期の男性騎士団員、スコット・ウェイゲルだ。
「状況からして、おおかた別の組織と取引で揉めたんでしょう。部下は邪魔だから殺され、ラルフは拷問か何かのために拐われた。当初は身代金要求の線で考えてましたが、結局そういった要求もありませんでしたし」

「人の口に戸は立てられません。情報はすぐにパルメテール側に伝わって、早々に声明を出したじゃないですか。ラルフ・ダウセットを探し出し追求する所存だと」
 ここでようやく最初の疑問へ帰ってきた。
「だから外交的にもロビン先輩の復帰を阻む要素はもうありませんし……」

 前のめりになって力説するキャトリンに、オースティンは諭すような口調で遮った。
「それでも騎士団では一度下された決定を覆すことは、脆弱さの表れとされている。どれだけ論理的な理由があっても、やはり退団処分の撤回は難しいだろう」
「そ、そんなの今どき古臭くないですか? 間違いを認める柔軟性があってこそ、市民と寄り添える組織になれると思います!」
 気色ばんで主張するキャトリンにスコットが真面目な口調で反論する。
「いや、騎士団は市民と馴れ合う組織であっちゃダメだろう。むしろ畏敬の念を持たれるべきで、それが犯罪の抑止につながる。だから例外なく一度下された決定は堅持すべきだ」

 伝統的な騎士団を重んじるスコットと、時代に合わせた変容を重んじるキャトリン。対照的な二人が論争しているのを、オースティンは頬を緩めて眺めていた。
「俺に言わせればロビンは感情的すぎた。思わず人情に流されて規則を無視する。だがみんなそんな体たらくじゃ騎士団は立ち行かなくなる」
「じゃあ騎士団員は全員操り人形みたいに、頭空っぽにしてただ規則に従って仕事してればいいってコト?」
「極論、そうだろう。私情を挟むなってことだ。……あの人は騎士団を辞めて正解だったのかもな」
「スコット!? いくら何でも言い過ぎ!」
 気色ばんで詰め寄るキャトリンに、スコットは初めて狼狽の色を見せて、慌てて付け加えた。
「まて、悪く取るな。ロビンが優秀だったことは俺も……誰も彼もが認めてるところだ。つまり、規則を遵守すべきこの組織では力が存分に活かせないだろうって言いたかったんだ」
 その言葉にオースティンが穏やかに頷いた。
  
「私も同意見だ。彼が持ち前の実力をいかんなく発揮できる仕事に就いていることを願ってやまない」
 一度言葉を切ると、オースティンは背筋を伸ばし部下を引き締めるべく叱咤した。
「……だが熱い論争はそろそろ切り上げて仕事に戻ろう。明日行うはずだった抜き打ちの禁制品調査の予定が早まった。今日は忙しくなるぞ」
 キャトリンとスコットはいつもの神妙な面持ちに戻り、姿勢を正して首肯した。
  騎士団正式装備の剣をベルトに装着しながら、キャトリンは誰ともなく呟いた。
  
「ロビン先輩、今頃なにしてるのかな……」



「密輸」
  ……になるのだろうかこれは?
  と、ロビンは手にしているモノをまじまじと見つめながら首を傾げた。
  
  まるで水晶を加工して作ったかのような透明な林檎。
  
「ゴースト・アップル。本土から離れた小さな孤島、エデア島でこの時期に少量しか収穫できない貴重な果実さね」
 ロビンの隣でひょろ長い体躯の男が得意げに講釈を垂れる。
  彼らは現在、ヘヴンズフォート王国の西側に広がる洋上にいた。
  一般の商船に偽装してあるが、大手犯罪組織『ボーダーライン』所有の船だ。
  
「なぜこの林檎が幻とまで言われているか? それはこの見た目のせいだけじゃアない。収穫して本土に上陸する頃にはもうこの透明度は濁りきってしまい、味も食えたモンじゃなくなるからさ」
「だからこそ俺の【ストレージ】で、新鮮なまま本土に持ち込むことができれば、独占的な商品になる、と」
【ストレージ】――ロビンが持つその固有の能力は、あらゆる物体をこの世界のどこでもない空間に格納、あるいは引き出すことが出来る。格納している間、その物体が劣化することはない。まさに今回のような仕事にピッタリなのだ。

「そういうことよ!」
 ビシッとロビンを指さしたひょろ長い体躯の男は、ナイジェル・カートライト。
 ボーダーラインのビジネス全般を担当している。あちこちに顔を出しては、取り扱う商品の品質管理や監督、取引先との交渉等を行っている忙しい男だ。
「アンタの【ストレージ】で、今回の件が形になったんだ。1個食べていいぜ?」
ナイジェルの瞳が、まるで蛇のそれのように爛と輝いた。

「実はそう言ってくれるのを待ってたんだ。では……」
 ロビンは誘惑に抗えずゴースト・アップルに齧りつく。
  
  これまで食べてきた林檎が、まるで紛い物に思えるほどの衝撃に襲われた。その透明な見た目とは裏腹に、果汁は濃厚で果肉は噛むのが心地よくなるような瑞々しさだ。
  だが後味はまるでミントのような爽やかな清涼感があり、まるで自分もこの林檎のように透明になるような感覚を覚えた。
  
「あたしも食べたい!」
 とロビンのそばに控えていたマーシャが目にも止まらぬ速さでゴースト・アップルを奪った。
  ロビンは取り返そうかと思ったが、対価に命を取られそうなので泣く泣く我慢した。
  
「それ1個で騎士団の給料1ヶ月分くらいになるかなァ」
 ナイジェルの呟きに、ロビンは眉をひそめてゴースト・アップルを凝視した。
「……高いと言うべきかそれとも安いと言うべきか悩むな」
 ロビンは目を細めて皮肉を言った。
「でも種があるなら栽培を……」
 疑問を予想していたようにナイジェルが先回りして答えた。
「不思議とエデア島でしか根付かず絶対量がとても少ない。だから価値が担保されてるんだ」
 そこではたとロビンは疑問が浮かんだ。
  
「絶対量が少ない割に、1個の価格はまぁまぁ……。性質上、加工もできない。騎士団で犯罪組織の商売を調査してた経験から言うと……これって割にあうビジネスにはならないんじゃないか? 特にボーダーラインの規模ともなると」
 ナイジェルが大げさな仕草でロビンを指さした。
「そこに気づくとはさすが! そう、実はこれはメインのビジネスにするつもりはないのよね~」
 打てば響くようにロビンが推測を口にした。
「……するとゴースト・アップルはあくまでも【ストレージ】を使った密輸のデモンストレーションってところか」
「……アンタさぁ、能力だけじゃなくて考え方もウチに向いてるよ。つまり犯罪者向き」
 ナイジェルは嬉しいような呆れたような複雑な表情で褒めた。
  そう言われたロビンもなんとも微妙な苦笑を浮かべる。
  
「ともあれだ。『なんと! あのゴースト・アップルですら新鮮なまま運べる革新的な流通法が出来たんです!』 そう触れ込めば飛びつくクライアントは引く手あまたってことよ!」
「運ぶブツは果物だけ……なんて甘い話じゃなかったわけだ」
 ロビンは嘆息して暗澹たる心持ちになった。これからどんな汚いブツを運ばされることになるのだろう。自分の中に詰め込まれて。
  
「もう1個食べた~い!」
 芯までゴースト・アップルを平らげたマーシャが、ロビンに物欲しげな視線を向けている。
  何も聞かなかったことにして、ロビンはナイジェルに尋ねた。
  
「で、今日は騎士団による抜き打ち検査をやり過ごすために、第3倉庫の中身をストレージに移すんだよな。陸に戻ったら早速って感じか?」
「まァまァそう慌てなさんなって。手に入れた内部情報じゃ抜き打ち検査は明日の昼だ。こちとら早くゴースト・アップルで交渉巡りしたくてウズウズしてんだ。格納は後回しでいいよ」

 騎士団の抜き打ち検査はフレキシブルで、最近は特に早まることも多い。
 だがロビンはそれ以上何も言わないことにした。
  何が起きても困るのはボーダーラインだ。
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