江戸の兄弟 ~遠山金四郎と長谷川平蔵~

ご隠居

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兄弟盃

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 それから平蔵宣昭のぶあきは親切にも金四郎きんしろうをもう一つのねぐらとも言うべき岡場所おかばしょまでおぶって行き、そして二人して…、金四郎きんしろうをおぶった状態で平蔵宣昭のぶあき岡場所おかばしょ登楼とうろうしたのであった。

 これには岡場所おかばしょの主人も驚かされたものだが、しかし、平蔵宣昭のぶあきはこの岡場所おかばしょ随分ずいぶんと金を落としていたので、言わば「上客じょうきゃく」であり、主人は気をかせて落ち着いた部屋へと通してくれ、その上、金四郎きんしろうのために蒲団ふとんまでいてくれた。

 金四郎きんしろうが目覚めたのは蒲団ふとんに寝かされてから四半刻しはんとき(約30分)ほど経った頃であった。

「おお、目がめたか…」

 平蔵はさかずきあおりながらそう声をかけた。

「ここは…」

 うめくようにそう声を発する金四郎に対して平蔵は岡場所であることを教えてやった。

「どうしてここに…」

 自分が寝かされているのか、金四郎には分からない様子であった。無理もない。そこで平蔵は自分が金四郎をここまでおぶって連れてきたことを打ち明けた。平蔵は別段、恩に着せようなどとは思わなかったが、それでも金四郎の方は恩に着た様子であった。

「済まねぇ…」

 金四郎は痛む体をひきずるようにして身を起こすと、平蔵に頭を下げた。

「おいおい、まだ寝てろや…」

 平蔵は金四郎を無理やり蒲団ふとんへと戻した。

 それでも金四郎は眠ることなく、周囲を見回した。ここが本当に岡場所おかばしょなのかと疑っている様子であった。いや、まさか金四郎もここまで自分をおぶってきてくれた、その上、蒲団ふとんに寝かしつけてくれた「本所のてつ」が嘘をついているとも思えなかったが、それでも「白粉おしろいにおい」がしないことが不思議であったのだ。

 すると平蔵もそうと気付いて、「女は呼んじゃいねぇんだ…」と告げた。手前てめぇした相手を尻目しりめに女を抱くほど平蔵は生憎あいにく、悪趣味ではなかった。

「でもそれじゃあ…」

 岡場所おかばしょが納得するとも思えなかったが、そこは平蔵である。平蔵は女を呼びもしないのに、主人に「線香せんこう代」をはずんだのであった。部屋を貸してくれる御代おだいであり、主人としても金さえ払ってくれれば、それで良かった。いや、それどころか女も呼ばずにただ部屋を借りるだけで「線香せんこう代」を払ってくれるとは、これには主人の方が申し訳なく思ったほどで、それならばと、酒を多めに運ばせたのであった。酒好きでもある平蔵としては何ともありがたい配慮であった。

「まぁ、こまけぇことは良いじゃねぇか…」

 これ以上、詳しい事情を打ち明ければ、いよいよもってこの「遊び人の金さん」が恐縮きょうしゅくするに違いないと、そうとさとった平蔵は金四郎の疑問をふうじた。平蔵は人を恐縮きょうしゅくさせる趣味も持ち合わせてはいなかったのだ。

「それよりもむかい…」

 平蔵は金四郎の前で徳利とっくりを振って見せた。それに対して金四郎は素直すなおに「ありがてぇ」と答えると、再び、引きずるようにして身を起こした。寝たままでは酒は呑めない。今度は平蔵も止めなかった。

「ああ。それならもう一つ、さかずきを…」

 平蔵は思い出したようにそう言った。生憎あいにくさかずきは一つしかない。

「あの…、おめぇさんさえ良けりゃそのさかずきで…」

 金四郎はずかしそうにそう言った。平蔵も男である。金四郎の意図は聞かずとも分かる。

「おお、そりゃ良いや…」

 平蔵は己が口をつけていた方へとそのさかずきを金四郎に押し付けると、自ら酒を注いでやった。金四郎はそれを一気にした。口の中も切っており、酒が疵口きずぐちみたのか、金四郎は顔をしかめた。

「痛むか?」

 平蔵が尋ねると金四郎は素直すなおに「ああ…」と答えつつも、「でも、心地ここち良い痛みだぜ…」とそう付け加えた。

「そうかい…」

 微笑ほほえみみを浮かべる平蔵に対して金四郎も平蔵がそうしたようにからにしたさかずきを平蔵に押し付けると、今度は金四郎が酒を注いだ。

 それを平蔵もまた一気にしたものだ。

「これで俺たち、兄弟だな…」

 平蔵はそう言うと、金四郎は照れくさそうにうなずいた。

「それじゃあ…、おめぇが兄貴だな…」

 平蔵は金四郎にそう言い、金四郎を驚かせた。

「いや、でも俺は…」

「おめぇは俺に勝ったんだよ…」

「でも…」

「勝ったんだ、だからおめぇが兄貴なんだよ…」

 平蔵はそう言うと、金四郎のそれ以上の反論をふうじるかのようにもう一度、さかずきに酒を注ぐと、それを金四郎に押し付けた。金四郎もそんな平蔵の気持ちをみ取り、それ以上は何も言わずに黙ってさかずきを受け取った。
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