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痴漢冤罪遭遇
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【午後7時10分】
さて、急行列車は下赤塚を通過し、いよいよ最初の停車駅である成増が、俺の目当ての成増が間近に迫っていたその時であった。
急に悲鳴を上げる女の声が俺の耳をつんざいたのだ。俺は急行列車の最後尾のデッキの角、それも最初の停車駅である成増に着いたならば開く扉側の角に立っていたのだが、悲鳴を上げた女は俺のすぐ隣、すなわち扉に前半身を預けていた男のさらに隣、長椅子に尻を向けて手すりに身を預けていたのだ。
その女は悲鳴を上げたかと思うと、俺のすぐ隣で扉に前半身を預けて車窓を眺めていた男に対して、
「この人、痴漢ですっ!」
そう騒ぎ出したのであった。俺は一瞬、その女が錯乱したのかと思った。それはそうだろう。何しろ女は長椅子に尻を向けていたからだ。その女の尻を触ろうと思えば、女とは相対して尻に手を伸ばさなければならない、だがそんなことが果たしてあり得るであろうか。
俺が疑問に思っていると、驚いたことに、いや、勇敢にもと言うべきところであろうか、その痴漢と疑われた男の真後ろに立っていた三人の男が痴漢と疑われたその男の身柄を拘束したのであった。
当然、と言うべきか、その身柄を拘束された、痴漢と疑われた男は、
「俺はやってないっ」
そう叫び声を上げた。が、取り押さえている三人の男のうちの一人が「静かにしろっ」と怒鳴れば、もう一人の男も「往生際が悪いぞっ!」とまるで打ち合わせでもしていたかのように怒鳴り、そして最後の一人が「もう諦めろ」とこれまた芝居がかった声でそう怒鳴った。
そして列車は減速を始めた。成増に入線し始めたようで、やがて列車は止まり、扉が開くと三人の男たちはその痴漢を働いたと疑われる、身柄を拘束した男を下りホームへと押し出し、女もそのあとに続き、そして俺もそのあとに続いた。痴漢の行方に興味があったからだ。
やがて三人の男たちは下りホームにいた駅員の元へと近付くと、その駅員に男たちが拘束している、痴漢を働いたと疑われるその男を突き出したのであった。無論、女もそのすぐ傍におり、そして俺も好奇心から傍にいた。
その時であった。三人の男たちのうちの一人が、「検察事務官のくせして…」とそう呟くのを俺は聞き逃さなかった。俺は咄嗟にポケットから携帯電話を取り出すと志貴孝謙に連絡を取った。
志貴孝謙…、俺の友人、そう呼んで良いのかどうか、俺には何とも判断がつかなかったが、ともあれ頼りになる男であり、俺はその志貴のスマホの番号を知っていたので、そのスマホの番号にかけたのであった。何を隠そう、志貴は現役バリバリの特捜検事だからだ。
「もしもし?」
「おお。吉良か。どうした?」
「ちょっと伝えたいことがあるんだが…、今、大丈夫か?」
志貴はニートの俺とは違って立派な勤め人である。もしかしたらまだ仕事中かも知れない…、俺はそう思って気を遣ってそう尋ねたのだが、案の定であった。
「ちょうど仕事が一段落ついたところだ…」
「ああ、そりゃ悪いな…」
「いや、構わねえよ。で、何だ?」
「今、俺、成増駅なんだが…」
「東上線の?」
「そうだ。で、成増駅まで急行でやって来たんだが、その道中、俺の目の前の男が痴漢だ、ってすぐ近くにいた女に騒がれて、で、男…、痴漢だと疑われた男の真後ろに立ってた三人の男たちに身柄を拘束されて、で、成増駅で引きずり下ろしたんだが…」
「随分と勇敢な乗客たちだな…」
「確かに…、でもおかしなところがあるんだよ…」
「おかしなところって?」
「女…、被害者のその女は尻を長椅子に向けてたんだよ…」
俺はそう切り出すと、俺と痴漢と疑われた男、そして痴漢の被害者と思しき女の位置関係について志貴に説明した。
「なるほど…、そりゃ確かに吉良の言う通り、おかしいなぁ…」
「しかも取り押さえた三人の男たち…、そのうちの一人が検察事務官のくせにって、そう呟くのを耳にしたんだよ」
「なにっ!?」
電話の向こう側の志貴の様子は俺には勿論、分からなかったものの、それでも椅子から立ち上がったのではないかと、そう思わせるほどの驚きぶりであった。
「マジか?」
「ああ、マジだ」
「…お前は今、成増駅にいるんだったな?」
「ああ。合流するか?」
「ああ。お前はそこで…、いや、改札を出たところで待っていてくれ。成増は改札は確か一つだったよな?」
「ああ」
「すぐに行く」
志貴は俺にそう告げると一方的に電話を切った。
さて、急行列車は下赤塚を通過し、いよいよ最初の停車駅である成増が、俺の目当ての成増が間近に迫っていたその時であった。
急に悲鳴を上げる女の声が俺の耳をつんざいたのだ。俺は急行列車の最後尾のデッキの角、それも最初の停車駅である成増に着いたならば開く扉側の角に立っていたのだが、悲鳴を上げた女は俺のすぐ隣、すなわち扉に前半身を預けていた男のさらに隣、長椅子に尻を向けて手すりに身を預けていたのだ。
その女は悲鳴を上げたかと思うと、俺のすぐ隣で扉に前半身を預けて車窓を眺めていた男に対して、
「この人、痴漢ですっ!」
そう騒ぎ出したのであった。俺は一瞬、その女が錯乱したのかと思った。それはそうだろう。何しろ女は長椅子に尻を向けていたからだ。その女の尻を触ろうと思えば、女とは相対して尻に手を伸ばさなければならない、だがそんなことが果たしてあり得るであろうか。
俺が疑問に思っていると、驚いたことに、いや、勇敢にもと言うべきところであろうか、その痴漢と疑われた男の真後ろに立っていた三人の男が痴漢と疑われたその男の身柄を拘束したのであった。
当然、と言うべきか、その身柄を拘束された、痴漢と疑われた男は、
「俺はやってないっ」
そう叫び声を上げた。が、取り押さえている三人の男のうちの一人が「静かにしろっ」と怒鳴れば、もう一人の男も「往生際が悪いぞっ!」とまるで打ち合わせでもしていたかのように怒鳴り、そして最後の一人が「もう諦めろ」とこれまた芝居がかった声でそう怒鳴った。
そして列車は減速を始めた。成増に入線し始めたようで、やがて列車は止まり、扉が開くと三人の男たちはその痴漢を働いたと疑われる、身柄を拘束した男を下りホームへと押し出し、女もそのあとに続き、そして俺もそのあとに続いた。痴漢の行方に興味があったからだ。
やがて三人の男たちは下りホームにいた駅員の元へと近付くと、その駅員に男たちが拘束している、痴漢を働いたと疑われるその男を突き出したのであった。無論、女もそのすぐ傍におり、そして俺も好奇心から傍にいた。
その時であった。三人の男たちのうちの一人が、「検察事務官のくせして…」とそう呟くのを俺は聞き逃さなかった。俺は咄嗟にポケットから携帯電話を取り出すと志貴孝謙に連絡を取った。
志貴孝謙…、俺の友人、そう呼んで良いのかどうか、俺には何とも判断がつかなかったが、ともあれ頼りになる男であり、俺はその志貴のスマホの番号を知っていたので、そのスマホの番号にかけたのであった。何を隠そう、志貴は現役バリバリの特捜検事だからだ。
「もしもし?」
「おお。吉良か。どうした?」
「ちょっと伝えたいことがあるんだが…、今、大丈夫か?」
志貴はニートの俺とは違って立派な勤め人である。もしかしたらまだ仕事中かも知れない…、俺はそう思って気を遣ってそう尋ねたのだが、案の定であった。
「ちょうど仕事が一段落ついたところだ…」
「ああ、そりゃ悪いな…」
「いや、構わねえよ。で、何だ?」
「今、俺、成増駅なんだが…」
「東上線の?」
「そうだ。で、成増駅まで急行でやって来たんだが、その道中、俺の目の前の男が痴漢だ、ってすぐ近くにいた女に騒がれて、で、男…、痴漢だと疑われた男の真後ろに立ってた三人の男たちに身柄を拘束されて、で、成増駅で引きずり下ろしたんだが…」
「随分と勇敢な乗客たちだな…」
「確かに…、でもおかしなところがあるんだよ…」
「おかしなところって?」
「女…、被害者のその女は尻を長椅子に向けてたんだよ…」
俺はそう切り出すと、俺と痴漢と疑われた男、そして痴漢の被害者と思しき女の位置関係について志貴に説明した。
「なるほど…、そりゃ確かに吉良の言う通り、おかしいなぁ…」
「しかも取り押さえた三人の男たち…、そのうちの一人が検察事務官のくせにって、そう呟くのを耳にしたんだよ」
「なにっ!?」
電話の向こう側の志貴の様子は俺には勿論、分からなかったものの、それでも椅子から立ち上がったのではないかと、そう思わせるほどの驚きぶりであった。
「マジか?」
「ああ、マジだ」
「…お前は今、成増駅にいるんだったな?」
「ああ。合流するか?」
「ああ。お前はそこで…、いや、改札を出たところで待っていてくれ。成増は改札は確か一つだったよな?」
「ああ」
「すぐに行く」
志貴は俺にそう告げると一方的に電話を切った。
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