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広域捜査
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【午前11時59分】
田林主任検事と徳間事務官が再び、霞ヶ関の東京地検に戻って来た。但し、二人だけで戻って来たわけではなく、神奈川県警本部刑事部の捜査一課の御一行を引き連れて、である。そして田島康裕をも同様につれて来た。もっとも手錠をかけられて、であるが。
田林主任検事はここ、東京地検に戻って来る前にこの特捜部長室の主である押田部長に連絡を入れて、事の次第を告げたのであった。すなわち、刑事訴訟法第193条を第3項を適用して事後、「検察捜査」とし、さらに第4項を適用して神奈川県警本部刑事部捜査一課の刑事たちを指揮下に置き、彼らを東京に連れて来ることを田林主任検事は押田部長に伝えたのであった。
その時の押田部長はちょうど、逮捕した東京高検検事長の藤川弘一郎の勾留請求を済ませた後であり、ちなみに、任意同行を求めた国見の取調べについては大川検事に任せていた。藤川にしろ、国見にしろ完全黙秘であり、そこで押田部長はとりあえず藤川については取調べもそこそこに、さっさと勾留請求を済ませるべく藤川の身柄をいったん東京地裁に預けたのであった。
すると押田部長はそれならばと、挨拶と今後の打ち合わせを兼ねて彼ら捜査一課の刑事たちを特捜部長室に連れて来るよう、田林主任検事に命じたのであった。
ちなみに俺はその間、特捜部長室内の別室にいた。特捜部長室は中々に広く、別室がついており、特捜部長室にて押田部長自らによる藤川の取調べが行われている間、一昨日からその部屋に置きっ放しにしていた、漫画を大量に詰め込んだリュックサックと共にその別室へと避難していたのだ。さすがに取調べが行われている間も俺が居座るわけにはいかなかったからだ。
それなら家に帰れば良さそうなものなのだが、もう少しいた方が良いと、押田部長から強くすすめられたために、俺はこうして地検内に特捜部長室に留まることにしたのだ。確かに、警視総監の小山を逮捕するまではここにいた方が安全かも知れない。下手に外に出て、俺が警察に、それも警視庁本部にでっち上げ逮捕されようものなら、俺は人質となるわけで、そうなればこれまでの特捜部の捜査をすべて台無しにするかも知れないからだ。
さて、押田部長が藤川の取調べをいったん打ち切り、勾留請求のために藤川を地裁へと送ったところで田林主任検事からの電話がかかってきたのである。俺はそれを別室から聞いており、会話の内容からそうと察した。
そして押田部長は田林主任検事との通話を終えると、俺が控える別室へと顔をのぞかせ、再び、俺を部長室へと招じ入れようとした。が、俺はそれを拝辞した。
それは他でもない、俺という極めてイレギュラーな存在は特捜部だけで通用するもので、神奈川県警の刑事たちには当然、どうして民間人の、それも一介のニートが特捜部長室にいるのかと、驚くに違いない。いや、驚くのみならず、せっかく東京地検特捜部と神奈川県警本部刑事部捜査一課との間で芽生えつつある信頼関係をぶち壊しかねなかった。そこで俺は慌てて志貴の執務室へと避難することにしたのであった。いや、押田部長は彼ら捜査一課の刑事たちにきちんと事情を説明すれば分かってくれると、そう俺を気遣ってくれた。
押田部長が田林主任検事からの連絡を受けた時には既に、しかし、今の俺には一々、事情を説明してやれるほどの体力もなければ気力もなかった。
さて、田林主任検事と徳間事務官は捜査一課の御一行と、それに田島を引き連れて特捜部長室へと直行した。
一方、押田部長はそんな田林主任検事たちを特捜部長室にて出迎えると、まずは巻島課長と挨拶を交わした。
巻島課長は捜査幹部の中でも事実上の最高責任者である捜査一課長である。そうであれば本来、帷幄にあってどっしりと構えるのが相場であった。すなわち、会議室でどっしりと構え、現場には臨場しないものなのである。
だが今回は特に押田部長の強い要請もあり、巻島課長はこうしてわざわざ臨場したのであった。
「無理を申し上げまして、申し訳ありません…」
押田部長はまずは巻島課長に対して足を運ばせたことを詫びた。それに対して巻島課長は押田部長に頭を上げるように促すと、
「私も現場が好きな性分ですから…」
そう言って押田部長を気遣ってみせた。
「それに1係のみならず、2係まで出動させてしまいまして…」
押田部長は田林主任検事を通じて、巻島課長に対して、「大捕物になるかも知れないので…」とそう告げて、2つの係の臨場をも要請したのであった。それゆえ巻島課長は押田部長からの要請に応じて、エリー・ホワイト殺人・死体損壊・死体遺棄事件特別捜査本部に詰めていた1係に加えて、待機番であった2係まで狩り出したのであった。
「実は巻島課長の臨場を賜りましたのは他でもありません、是非とも逮捕に御協力をと思いまして…」
押田部長がそう切り出すと、巻島課長は「大友龍二の逮捕ですね?」とさも当然といった顔付きで聞き返した。
「ええ。ですが、それだけではありません」
「といいますと?」
「巻島課長には別の人物の逮捕への協力を賜りたいと思いまして…」
「別の人物?」
「ええ」
「誰です?一体…」
「警視総監の小山文明です…」
押田部長がそう答えるや、巻島課長は一瞬、心臓が止まりそうになった。
「警視総監を、逮捕…、ですか?」
巻島課長は己の聞き間違いかと、そう思ったようで、聞き返した。それが自然な反応というものだろう。
「ええ。その通りです」
「一体…、何の容疑で…」
「虚偽告訴の教唆の容疑です」
「虚偽告訴教唆、ですか?」
巻島課長は首をかしげた。
「ええ。こいつが…」
押田部長は屈強な刑事たちによって両腕をおさえられている田島の方へと顎をしゃくってみせた。
「こいつが検察事務官…、浅井事務官を嵌めたんですよ」
「ええ。田林主任検事よりうかがっております。だからこそ特捜部が田島の身柄をまず別件で、と申し上げたら語弊があるかも知れませんが、まずは虚偽告訴の容疑で身柄を拘束し、いったん、我々の元へと田島の身柄を移送してくださった…、それに神奈川でも放送されましたから。浅井事務官の事件は…、虚偽告訴で逮捕されたと、田島の名と共に…、ってまさか、小山総監が?」
「ええ、そのまさかですよ」
「田島は小山総監に命じられて浅井事務官を嵌めたと?」
「そうです」
「証拠はあるんですか?」
「あります。既に疎明資料として逮捕状請求書に添えて、東京地裁に対して逮捕状を請求し、その発付を得ております」
「総監の逮捕状が発付されたと…」
「ええ。ですが我々、特捜部だけで警視庁本部に乗り込み、あまつさえ、総監の小山を逮捕するのはいささか荷が重い、ということで巻島課長のご出馬を願った次第でして…」
「それでは…、この私が総監の…、総監の小山の逮捕に立ち会えると?」
「できれば手錠もかけていただければ幸いです…」
押田部長が巻島課長にそう持ちかけるや、巻島課長の目は爛々と輝いた。
【午後1時29分】
神奈川県警本部刑事部捜査一課の強行1係の刑事たちは池袋にある大友商事へと乗り込み、営業課長の大友龍二に対して殺人と死体損壊、死体遺棄の共謀共同正犯の被疑事実により逮捕状を執行した。
同時刻、桜田門の警視庁本部には強行2係の刑事が運転するワゴン車が乗りつけ、中から巻島課長と強行2係の刑事たち、そして押田部長が降り立った。
それから押田部長は警視庁本部の正面玄関にて目を光らせていた衛視の制服警察官に対して身分を明かした上で、総監の小山文明に対する逮捕状が発付されていることを、その「現物」を見せて、本部内へと入ることを許してもらった。いや、実際にはその衛視の制服警察官は衝撃のあまり、口もきけず、といった有様であり、押田部長はこれを黙認とみなして、そんな衝撃を受けた制服警察官を尻目に、庁舎内へと立ち入り、巻島課長たちもそのあとに続いて庁舎へと入ったのであった。
押田部長一行はそのまま、一気に階段を使って11階まで駆け上がった。11階が総監室であることは押田部長も把握していたからだ。
と言っても11階に辿り着いたからと言って、すぐに総監室が間近に控えているわけではなかった。その前に関所とも言うべき警視総監秘書室が構えていた。総監秘書室からは既に、数人の総監秘書…、刑事たちがそうと気付いて11階の階段の踊り場に姿を見せた押田部長一行を出迎えた、いや、押田部長一行と対峙した。
「誰だっ、貴様らっ!」
そう怒鳴ったのは後で分かったことだが、総監秘書室長の前田警視であった。
それに対して押田部長はここでもやはり身分を明かした上で、警視総監の小山文明に対する逮捕状を掲げて見せたのであった。すると秘書室長の前田警視を始めとする皆はやはりと言うべきか、先ほどの制服警察官と同様に茫然自失の体であった。その逮捕状が決して偽造されたものでもなければ、玩具の類でないことも、警察官である以上、すぐに分かったからだ。
ともあれ押田部長一行は茫然自失状態の秘書室の連中の間をすり抜けるようにして、一気に総監室を目指して走った。
そして押田部長がまず、総監室のドアを蹴破るようにして勢い良く開けた。そこには執務中の小山の姿があり、小山は突然、扉が開かれたのでギョッとした表情を向けた。
「何だね、君たちは…」
小山は椅子から立ち上がると、押田部長一行に対してその無作法に抗議の声を上げた。
押田部長一行はそんな小山の元へとゆっくりと歩み寄ると、執務机の前で立ち止まり、そして、
「東京地検特捜部部長の押田剛志でございます…、実は総監にお話をうかがわねばならないこと…」
押田部長は思わせぶりにそう告げると、遂に本人に対して逮捕状を掲げて見せたのであった。小山は眼前に逮捕状が突きつけられるや、顔面蒼白となった。
それに対して押田部長は巻島課長に目配せし、すると巻島課長もうなずき返すと、執務机を回り込んで小山と向かい合うや、腰に手を当てて手錠を取り出すと、それを小山の両腕にかけた。その時の巻島課長の顔たるや、正に恍惚といった表現がそのまま当て嵌まる。警視庁本部とはライバル関係にある神奈川県警本部の刑事部捜査一課長たる者がそのライバルの警視庁本部のそれも親玉である警視総監に手錠をうつことができたとあらば、しかもさらに付け加えるならノンキャリアの自分がキャリア、それもキャリア中のキャリアである警視総監に手錠をうつことができたとあらば、恍惚になるのも当然と言えた。
【午後1時59分】
東京地検特捜部によって…、いや、神奈川県警本部刑事部捜査一課の巻島課長によって逮捕された警視総監の小山文明の身柄は直ちに東京地検に移送され、押田部長自ら取り調べることになった。ちなみに既に、同じく神奈川県警本部刑事部捜査一課強行2係によって身柄を拘束された大友龍二については田林主任検事が取調べに当たっていた。
さて、小山は押田部長を前にして何もかも自供した。別段、押田部長が何かしたというわけではない。無論、拷問を加えたりなど一切、していない。
そうではなく、小山は逮捕された現実を前にして、これ以上の抵抗は無意味と悟ると、自分だけが地獄に落ちてたまるとか、そんな思いから何もかも自供したのであった
すなわち、浅井事務官を痴漢冤罪で嵌めた件についてはやはりと言うべきか、カジノ管理委員会委員長に就任した元警察庁長官の国見孝光と、それにカジノ管理委員会委員に内定している前警察庁長官の城崎家光、前警視総監の河井良昭、そして前警察庁刑事局長の垣内孝治、この4名の依頼によるものだと自供したのであった。
小山の供述によれば、藤川の調査活動費の横領を捨て身の覚悟で告発しようとしている浅井事務官の存在が目障りとなった国見たちは総監の小山に対して浅井事務官の処置を命じたそうで、それに対して小山はそれならばと、浅井事務官を痴漢冤罪で嵌めてはと、国見たちに逆提案し、それに国見たちが許可を与えると、小山はかねてより付き合いのあった…、いや、脅されていたというべきか、田島にコンタクトを取り、田島に事情を明かした上で、浅井事務官を痴漢冤罪で嵌めるよう命じたのであった。
それに対して田島は当然のごとく、報酬を要求、それもその額、1千万円。のみならず、田島は小山に対して報酬の受け取り方法についてまで指示してきた。
すなわち、小山には銀行に新規に口座を作ってもらい、そこに国見たちが支払う報酬をまずは国見たちの口座…、オーストラリア・ニュージーランド銀行にある国見たちの共有名義の口座から、小山が作った新規の口座へと送金、そして小山はその新規口座、その口座に振り込まれた報酬を引き出し、つまりは現金で、それも小山からの手渡しを求めたのであった。ちなみに小山は田島に対して国見たちがオーストラリア・ニュージーランド銀行に共有名義の口座があることも打ち明けていたのだ。
そこで小山は三つ葉中央銀行に新規で口座を開設すると、国見たちに報酬の件を伝えた上で、報酬を国見たちの口座から自分の新規口座へと送金してくれるよう頼んだのであった。国見たちにしてみれば事後報告であり、それも驚くべき要求であったが、しかし、国見たちには拒否権はなく、やむなく田島の求めに応じて、オーストラリア・ニュージーランド銀行にある国見たちの共有名義の口座から、小山が新規に開設した三つ葉中央銀行の口座へと報酬を送金したのであった。但し、小山の新規口座に送金された報酬は2千万であった。
そう、小山は中間搾取を企み、そこで国見たちに対しては、田島から要求された額である1千万のちょうど倍額の2千万を要求…、田島は2千万の報酬を要求していると国見たちに嘘をついたのであった。
それに対して国見たちも2千万で浅井事務官を処分できるならば安い買い物だと、びた一文値切らずに2千万を小山の口座へと送金、振り込んだのであった。そして小山は1千万だけ残して、1千万を引き出し、田島に交付したとのことである。ちなみに小山は田島がその1千万をどういう風に使ったのか…、具体的にはどのように配分したのかまでは関知しないとのことであったが、ここまでの小山の供述は田島の供述とも合致、整合性があった。
すなわち田島にしてもやはり、小山と同じ思いから何もかも自供するに至ったのだ。田島については志貴が取調べに当たった。その志貴の取調べにおいても田島は小山の供述を裏書するかのような供述をし、その上で、小山より手交された1千万については、小山の指掌紋が付着した札束、すなわち5百万は自分の手元におき、残り500万のうち100万を草壁忍に手交し、残り400万を近野和也と杉山玄にそれぞれ200万ずつ手交したとのことであった。
やはりと言うべきか、近野和也にしろ杉山玄にしろ田島の直属の部下であった。すなわち警護管理係に所属する刑事たちであった。
小山と田島はさらに、1年半前の世田谷警察署管内で発生したゲームセンターでの会社員暴行傷害致死事件についても自供するに及んだ。すなわち、小山は倅の文隆が検事総長の加藤泰三の倅の泰明と、さらに当時は安西首相の政策秘書であった三鷹洋幸の倅の三郎と共に会社員に暴行を加えた挙句、死に至らしめた…、その事実を文隆より打ち明けられるや、これを隠蔽すべく、当時、生活安全部少年事件課少年事件指導指導第二係長であった田島に命じて世田谷警察署で保管されていた、小山の馬鹿息子たちの犯行現場が映し出されていた防犯カメラのビデオテープをダッシュするよう命じたのであった。
それと同時に小山はまず三鷹洋幸に対して、倅の文隆から打ち明けられた事実、すなわち、ゲームセンターで三鷹の倅や、さらに検事総長の加藤の倅と共に会社員を暴行した事実を伝え、その上で、倅たちがパシリに使っていた中村太郎を身代わりに立てることを提案。都合の良いことに、中村太郎の両親が経営するマスク製造工場が今、経営難に陥っており、そこで銀行からの融資を引き出すことを条件に、中村太郎の両親に対してその旨、頼めば、中村太郎の両親は必ずや倅の太郎を身代わりに立てることを承諾するに違いなく、そこで首相の政策秘書としての三鷹洋幸の力を借りたいと、小山はそう頼み、一方、三鷹洋幸にしても最初はまさかと思ったものの、小山が防犯カメラのビデオテープの件にまで触れたので、これは嘘ではないと確信、そして小山のアドバイスに従えば大事な倅が捕まらないで済むのならと、これを承諾し、実際、中村太郎の両親は銀行からの融資を引き出してくれることを条件に倅の太郎を身代わりとして差し出すことを承諾し、三つ葉中央銀行より3億の融資を受けられ、経営を立て直した。
また、会社員の遺族…、妻には2億、両親には1億をそれぞれ慰謝料として渡したのだが、これについては妻への2億の慰謝料については三鷹が用意し、1億については検事総長の加藤が用意したことで、小山の負担額はゼロであった。これはやはり証拠のビデオテープを小山で押さえているという強みからであった。小山は馬鹿息子たちの所業について三鷹に伝えた後で、検事総長の加藤にも伝え、加藤にしてもやはり小山の話を最初は半信半疑の体で聞いていたそうだが、防犯カメラのビデオテープの件に触れられるや、それで真実と確信し、さらに馬鹿息子である泰明にも詰問して事実を確かめたところ、泰明もこれを認めたために、加藤はようやく小山の話を信ずるようになったらしく、小山はそんな加藤と、それに既にその前に伝えていた三鷹に対して、遺族への慰謝料についてはこの二人で負担するよう求めたのであった。
そんな小山に対して加藤も三鷹も勿論、抗議したものの、しかし例のごとく、証拠となる防犯カメラのビデオテープを小山の方でおさえているとなれば加藤にしろ三鷹にしろ、手も足も出ないというもので、やむなく小山の言葉に従ったそうだ。つまり加藤と三鷹とで会社員の遺族に対する賠償を担ったそうだ。と言っても、当たり前だが加藤と三鷹が自ら遺族に慰謝料を渡したわけではなく、中村太郎の両親を通じて、である。
一方、田島はその小山の命令に忠実に従うフリをして、その実、世田谷警察署からビデオテープを奪取するや、大量のダビングテープを作り、小山にはダビングテープを渡してそのことを…、大量のダビングテープの存在と、それに原本は自分が大事に所持していることをも田島は小山に伝えたのであった。
当然、小山は大激怒し、公安を使って田島の自宅マンションや、あるいは草壁忍のアパートまで家捜しさせてビデオテープの奪取を図ろうとしたものの、しかし、失敗したので、爾来、小山は田島の求めに応じて出世させると同時に、自分の手足として使うこととし、それが浅井事務官を痴漢冤罪で嵌めたことへとつながった。
【午後3時29分】
特捜部において田島と小山の両名の取調べを終えると、二人の勾留を東京地裁に請求すべく、やはり地裁へといったんその身柄を預けた。
同時に特捜部では田島と小山、この両名の供述を受けて、国見孝光・城崎家光・河井良昭・垣内孝治の4人を虚偽告訴の共謀共同正犯によりその逮捕状を請求し、その発付を得た。
また、検事総長の加藤泰三と今は官房長官の政策秘書の三鷹三郎、そして中村太郎の両親…、中村良平と竹子夫妻については証拠隠滅、及び犯人蔵匿の共謀共同正犯の被疑事実によりやはりその逮捕状を請求し、その発付を得た。
これだけの逮捕者となると当然、特捜部の手に余るので、やはり巻島課長が指揮する1係と2係の刑事たちに逮捕の協力を求めた。無論、彼らがやる気満々な様子を見せたのはいうまでもない。とりわけ、国見たちの逮捕には並々ならぬやる気を見せた。
国見はいったんは任意聴取から解放されていたものの、虚偽告訴の共謀共同正犯の被疑事実により正式に逮捕状が発付されたことで地検に逆戻りすることになった。この国見の逮捕には警視総監の小山に引き続いて、巻島課長が当たることになった。また、巻島課長は前警察庁長官の城崎とさらに前警視総監の河井の逮捕も担当し、巻島課長の胸のうちたるや、絶頂にあった。それはそうだろう、現職の警視総監に加えて、前警視総監とさらに、2人の警察庁長官経験者にも手錠をうつことができたのだから。こんなことは恐らく最初で最後に違いなく、そんな歴史的と言っても過言ではない逮捕劇に参加することができたのだから、その巻島課長が絶頂にいたるのも当然であった。
田林主任検事と徳間事務官が再び、霞ヶ関の東京地検に戻って来た。但し、二人だけで戻って来たわけではなく、神奈川県警本部刑事部の捜査一課の御一行を引き連れて、である。そして田島康裕をも同様につれて来た。もっとも手錠をかけられて、であるが。
田林主任検事はここ、東京地検に戻って来る前にこの特捜部長室の主である押田部長に連絡を入れて、事の次第を告げたのであった。すなわち、刑事訴訟法第193条を第3項を適用して事後、「検察捜査」とし、さらに第4項を適用して神奈川県警本部刑事部捜査一課の刑事たちを指揮下に置き、彼らを東京に連れて来ることを田林主任検事は押田部長に伝えたのであった。
その時の押田部長はちょうど、逮捕した東京高検検事長の藤川弘一郎の勾留請求を済ませた後であり、ちなみに、任意同行を求めた国見の取調べについては大川検事に任せていた。藤川にしろ、国見にしろ完全黙秘であり、そこで押田部長はとりあえず藤川については取調べもそこそこに、さっさと勾留請求を済ませるべく藤川の身柄をいったん東京地裁に預けたのであった。
すると押田部長はそれならばと、挨拶と今後の打ち合わせを兼ねて彼ら捜査一課の刑事たちを特捜部長室に連れて来るよう、田林主任検事に命じたのであった。
ちなみに俺はその間、特捜部長室内の別室にいた。特捜部長室は中々に広く、別室がついており、特捜部長室にて押田部長自らによる藤川の取調べが行われている間、一昨日からその部屋に置きっ放しにしていた、漫画を大量に詰め込んだリュックサックと共にその別室へと避難していたのだ。さすがに取調べが行われている間も俺が居座るわけにはいかなかったからだ。
それなら家に帰れば良さそうなものなのだが、もう少しいた方が良いと、押田部長から強くすすめられたために、俺はこうして地検内に特捜部長室に留まることにしたのだ。確かに、警視総監の小山を逮捕するまではここにいた方が安全かも知れない。下手に外に出て、俺が警察に、それも警視庁本部にでっち上げ逮捕されようものなら、俺は人質となるわけで、そうなればこれまでの特捜部の捜査をすべて台無しにするかも知れないからだ。
さて、押田部長が藤川の取調べをいったん打ち切り、勾留請求のために藤川を地裁へと送ったところで田林主任検事からの電話がかかってきたのである。俺はそれを別室から聞いており、会話の内容からそうと察した。
そして押田部長は田林主任検事との通話を終えると、俺が控える別室へと顔をのぞかせ、再び、俺を部長室へと招じ入れようとした。が、俺はそれを拝辞した。
それは他でもない、俺という極めてイレギュラーな存在は特捜部だけで通用するもので、神奈川県警の刑事たちには当然、どうして民間人の、それも一介のニートが特捜部長室にいるのかと、驚くに違いない。いや、驚くのみならず、せっかく東京地検特捜部と神奈川県警本部刑事部捜査一課との間で芽生えつつある信頼関係をぶち壊しかねなかった。そこで俺は慌てて志貴の執務室へと避難することにしたのであった。いや、押田部長は彼ら捜査一課の刑事たちにきちんと事情を説明すれば分かってくれると、そう俺を気遣ってくれた。
押田部長が田林主任検事からの連絡を受けた時には既に、しかし、今の俺には一々、事情を説明してやれるほどの体力もなければ気力もなかった。
さて、田林主任検事と徳間事務官は捜査一課の御一行と、それに田島を引き連れて特捜部長室へと直行した。
一方、押田部長はそんな田林主任検事たちを特捜部長室にて出迎えると、まずは巻島課長と挨拶を交わした。
巻島課長は捜査幹部の中でも事実上の最高責任者である捜査一課長である。そうであれば本来、帷幄にあってどっしりと構えるのが相場であった。すなわち、会議室でどっしりと構え、現場には臨場しないものなのである。
だが今回は特に押田部長の強い要請もあり、巻島課長はこうしてわざわざ臨場したのであった。
「無理を申し上げまして、申し訳ありません…」
押田部長はまずは巻島課長に対して足を運ばせたことを詫びた。それに対して巻島課長は押田部長に頭を上げるように促すと、
「私も現場が好きな性分ですから…」
そう言って押田部長を気遣ってみせた。
「それに1係のみならず、2係まで出動させてしまいまして…」
押田部長は田林主任検事を通じて、巻島課長に対して、「大捕物になるかも知れないので…」とそう告げて、2つの係の臨場をも要請したのであった。それゆえ巻島課長は押田部長からの要請に応じて、エリー・ホワイト殺人・死体損壊・死体遺棄事件特別捜査本部に詰めていた1係に加えて、待機番であった2係まで狩り出したのであった。
「実は巻島課長の臨場を賜りましたのは他でもありません、是非とも逮捕に御協力をと思いまして…」
押田部長がそう切り出すと、巻島課長は「大友龍二の逮捕ですね?」とさも当然といった顔付きで聞き返した。
「ええ。ですが、それだけではありません」
「といいますと?」
「巻島課長には別の人物の逮捕への協力を賜りたいと思いまして…」
「別の人物?」
「ええ」
「誰です?一体…」
「警視総監の小山文明です…」
押田部長がそう答えるや、巻島課長は一瞬、心臓が止まりそうになった。
「警視総監を、逮捕…、ですか?」
巻島課長は己の聞き間違いかと、そう思ったようで、聞き返した。それが自然な反応というものだろう。
「ええ。その通りです」
「一体…、何の容疑で…」
「虚偽告訴の教唆の容疑です」
「虚偽告訴教唆、ですか?」
巻島課長は首をかしげた。
「ええ。こいつが…」
押田部長は屈強な刑事たちによって両腕をおさえられている田島の方へと顎をしゃくってみせた。
「こいつが検察事務官…、浅井事務官を嵌めたんですよ」
「ええ。田林主任検事よりうかがっております。だからこそ特捜部が田島の身柄をまず別件で、と申し上げたら語弊があるかも知れませんが、まずは虚偽告訴の容疑で身柄を拘束し、いったん、我々の元へと田島の身柄を移送してくださった…、それに神奈川でも放送されましたから。浅井事務官の事件は…、虚偽告訴で逮捕されたと、田島の名と共に…、ってまさか、小山総監が?」
「ええ、そのまさかですよ」
「田島は小山総監に命じられて浅井事務官を嵌めたと?」
「そうです」
「証拠はあるんですか?」
「あります。既に疎明資料として逮捕状請求書に添えて、東京地裁に対して逮捕状を請求し、その発付を得ております」
「総監の逮捕状が発付されたと…」
「ええ。ですが我々、特捜部だけで警視庁本部に乗り込み、あまつさえ、総監の小山を逮捕するのはいささか荷が重い、ということで巻島課長のご出馬を願った次第でして…」
「それでは…、この私が総監の…、総監の小山の逮捕に立ち会えると?」
「できれば手錠もかけていただければ幸いです…」
押田部長が巻島課長にそう持ちかけるや、巻島課長の目は爛々と輝いた。
【午後1時29分】
神奈川県警本部刑事部捜査一課の強行1係の刑事たちは池袋にある大友商事へと乗り込み、営業課長の大友龍二に対して殺人と死体損壊、死体遺棄の共謀共同正犯の被疑事実により逮捕状を執行した。
同時刻、桜田門の警視庁本部には強行2係の刑事が運転するワゴン車が乗りつけ、中から巻島課長と強行2係の刑事たち、そして押田部長が降り立った。
それから押田部長は警視庁本部の正面玄関にて目を光らせていた衛視の制服警察官に対して身分を明かした上で、総監の小山文明に対する逮捕状が発付されていることを、その「現物」を見せて、本部内へと入ることを許してもらった。いや、実際にはその衛視の制服警察官は衝撃のあまり、口もきけず、といった有様であり、押田部長はこれを黙認とみなして、そんな衝撃を受けた制服警察官を尻目に、庁舎内へと立ち入り、巻島課長たちもそのあとに続いて庁舎へと入ったのであった。
押田部長一行はそのまま、一気に階段を使って11階まで駆け上がった。11階が総監室であることは押田部長も把握していたからだ。
と言っても11階に辿り着いたからと言って、すぐに総監室が間近に控えているわけではなかった。その前に関所とも言うべき警視総監秘書室が構えていた。総監秘書室からは既に、数人の総監秘書…、刑事たちがそうと気付いて11階の階段の踊り場に姿を見せた押田部長一行を出迎えた、いや、押田部長一行と対峙した。
「誰だっ、貴様らっ!」
そう怒鳴ったのは後で分かったことだが、総監秘書室長の前田警視であった。
それに対して押田部長はここでもやはり身分を明かした上で、警視総監の小山文明に対する逮捕状を掲げて見せたのであった。すると秘書室長の前田警視を始めとする皆はやはりと言うべきか、先ほどの制服警察官と同様に茫然自失の体であった。その逮捕状が決して偽造されたものでもなければ、玩具の類でないことも、警察官である以上、すぐに分かったからだ。
ともあれ押田部長一行は茫然自失状態の秘書室の連中の間をすり抜けるようにして、一気に総監室を目指して走った。
そして押田部長がまず、総監室のドアを蹴破るようにして勢い良く開けた。そこには執務中の小山の姿があり、小山は突然、扉が開かれたのでギョッとした表情を向けた。
「何だね、君たちは…」
小山は椅子から立ち上がると、押田部長一行に対してその無作法に抗議の声を上げた。
押田部長一行はそんな小山の元へとゆっくりと歩み寄ると、執務机の前で立ち止まり、そして、
「東京地検特捜部部長の押田剛志でございます…、実は総監にお話をうかがわねばならないこと…」
押田部長は思わせぶりにそう告げると、遂に本人に対して逮捕状を掲げて見せたのであった。小山は眼前に逮捕状が突きつけられるや、顔面蒼白となった。
それに対して押田部長は巻島課長に目配せし、すると巻島課長もうなずき返すと、執務机を回り込んで小山と向かい合うや、腰に手を当てて手錠を取り出すと、それを小山の両腕にかけた。その時の巻島課長の顔たるや、正に恍惚といった表現がそのまま当て嵌まる。警視庁本部とはライバル関係にある神奈川県警本部の刑事部捜査一課長たる者がそのライバルの警視庁本部のそれも親玉である警視総監に手錠をうつことができたとあらば、しかもさらに付け加えるならノンキャリアの自分がキャリア、それもキャリア中のキャリアである警視総監に手錠をうつことができたとあらば、恍惚になるのも当然と言えた。
【午後1時59分】
東京地検特捜部によって…、いや、神奈川県警本部刑事部捜査一課の巻島課長によって逮捕された警視総監の小山文明の身柄は直ちに東京地検に移送され、押田部長自ら取り調べることになった。ちなみに既に、同じく神奈川県警本部刑事部捜査一課強行2係によって身柄を拘束された大友龍二については田林主任検事が取調べに当たっていた。
さて、小山は押田部長を前にして何もかも自供した。別段、押田部長が何かしたというわけではない。無論、拷問を加えたりなど一切、していない。
そうではなく、小山は逮捕された現実を前にして、これ以上の抵抗は無意味と悟ると、自分だけが地獄に落ちてたまるとか、そんな思いから何もかも自供したのであった
すなわち、浅井事務官を痴漢冤罪で嵌めた件についてはやはりと言うべきか、カジノ管理委員会委員長に就任した元警察庁長官の国見孝光と、それにカジノ管理委員会委員に内定している前警察庁長官の城崎家光、前警視総監の河井良昭、そして前警察庁刑事局長の垣内孝治、この4名の依頼によるものだと自供したのであった。
小山の供述によれば、藤川の調査活動費の横領を捨て身の覚悟で告発しようとしている浅井事務官の存在が目障りとなった国見たちは総監の小山に対して浅井事務官の処置を命じたそうで、それに対して小山はそれならばと、浅井事務官を痴漢冤罪で嵌めてはと、国見たちに逆提案し、それに国見たちが許可を与えると、小山はかねてより付き合いのあった…、いや、脅されていたというべきか、田島にコンタクトを取り、田島に事情を明かした上で、浅井事務官を痴漢冤罪で嵌めるよう命じたのであった。
それに対して田島は当然のごとく、報酬を要求、それもその額、1千万円。のみならず、田島は小山に対して報酬の受け取り方法についてまで指示してきた。
すなわち、小山には銀行に新規に口座を作ってもらい、そこに国見たちが支払う報酬をまずは国見たちの口座…、オーストラリア・ニュージーランド銀行にある国見たちの共有名義の口座から、小山が作った新規の口座へと送金、そして小山はその新規口座、その口座に振り込まれた報酬を引き出し、つまりは現金で、それも小山からの手渡しを求めたのであった。ちなみに小山は田島に対して国見たちがオーストラリア・ニュージーランド銀行に共有名義の口座があることも打ち明けていたのだ。
そこで小山は三つ葉中央銀行に新規で口座を開設すると、国見たちに報酬の件を伝えた上で、報酬を国見たちの口座から自分の新規口座へと送金してくれるよう頼んだのであった。国見たちにしてみれば事後報告であり、それも驚くべき要求であったが、しかし、国見たちには拒否権はなく、やむなく田島の求めに応じて、オーストラリア・ニュージーランド銀行にある国見たちの共有名義の口座から、小山が新規に開設した三つ葉中央銀行の口座へと報酬を送金したのであった。但し、小山の新規口座に送金された報酬は2千万であった。
そう、小山は中間搾取を企み、そこで国見たちに対しては、田島から要求された額である1千万のちょうど倍額の2千万を要求…、田島は2千万の報酬を要求していると国見たちに嘘をついたのであった。
それに対して国見たちも2千万で浅井事務官を処分できるならば安い買い物だと、びた一文値切らずに2千万を小山の口座へと送金、振り込んだのであった。そして小山は1千万だけ残して、1千万を引き出し、田島に交付したとのことである。ちなみに小山は田島がその1千万をどういう風に使ったのか…、具体的にはどのように配分したのかまでは関知しないとのことであったが、ここまでの小山の供述は田島の供述とも合致、整合性があった。
すなわち田島にしてもやはり、小山と同じ思いから何もかも自供するに至ったのだ。田島については志貴が取調べに当たった。その志貴の取調べにおいても田島は小山の供述を裏書するかのような供述をし、その上で、小山より手交された1千万については、小山の指掌紋が付着した札束、すなわち5百万は自分の手元におき、残り500万のうち100万を草壁忍に手交し、残り400万を近野和也と杉山玄にそれぞれ200万ずつ手交したとのことであった。
やはりと言うべきか、近野和也にしろ杉山玄にしろ田島の直属の部下であった。すなわち警護管理係に所属する刑事たちであった。
小山と田島はさらに、1年半前の世田谷警察署管内で発生したゲームセンターでの会社員暴行傷害致死事件についても自供するに及んだ。すなわち、小山は倅の文隆が検事総長の加藤泰三の倅の泰明と、さらに当時は安西首相の政策秘書であった三鷹洋幸の倅の三郎と共に会社員に暴行を加えた挙句、死に至らしめた…、その事実を文隆より打ち明けられるや、これを隠蔽すべく、当時、生活安全部少年事件課少年事件指導指導第二係長であった田島に命じて世田谷警察署で保管されていた、小山の馬鹿息子たちの犯行現場が映し出されていた防犯カメラのビデオテープをダッシュするよう命じたのであった。
それと同時に小山はまず三鷹洋幸に対して、倅の文隆から打ち明けられた事実、すなわち、ゲームセンターで三鷹の倅や、さらに検事総長の加藤の倅と共に会社員を暴行した事実を伝え、その上で、倅たちがパシリに使っていた中村太郎を身代わりに立てることを提案。都合の良いことに、中村太郎の両親が経営するマスク製造工場が今、経営難に陥っており、そこで銀行からの融資を引き出すことを条件に、中村太郎の両親に対してその旨、頼めば、中村太郎の両親は必ずや倅の太郎を身代わりに立てることを承諾するに違いなく、そこで首相の政策秘書としての三鷹洋幸の力を借りたいと、小山はそう頼み、一方、三鷹洋幸にしても最初はまさかと思ったものの、小山が防犯カメラのビデオテープの件にまで触れたので、これは嘘ではないと確信、そして小山のアドバイスに従えば大事な倅が捕まらないで済むのならと、これを承諾し、実際、中村太郎の両親は銀行からの融資を引き出してくれることを条件に倅の太郎を身代わりとして差し出すことを承諾し、三つ葉中央銀行より3億の融資を受けられ、経営を立て直した。
また、会社員の遺族…、妻には2億、両親には1億をそれぞれ慰謝料として渡したのだが、これについては妻への2億の慰謝料については三鷹が用意し、1億については検事総長の加藤が用意したことで、小山の負担額はゼロであった。これはやはり証拠のビデオテープを小山で押さえているという強みからであった。小山は馬鹿息子たちの所業について三鷹に伝えた後で、検事総長の加藤にも伝え、加藤にしてもやはり小山の話を最初は半信半疑の体で聞いていたそうだが、防犯カメラのビデオテープの件に触れられるや、それで真実と確信し、さらに馬鹿息子である泰明にも詰問して事実を確かめたところ、泰明もこれを認めたために、加藤はようやく小山の話を信ずるようになったらしく、小山はそんな加藤と、それに既にその前に伝えていた三鷹に対して、遺族への慰謝料についてはこの二人で負担するよう求めたのであった。
そんな小山に対して加藤も三鷹も勿論、抗議したものの、しかし例のごとく、証拠となる防犯カメラのビデオテープを小山の方でおさえているとなれば加藤にしろ三鷹にしろ、手も足も出ないというもので、やむなく小山の言葉に従ったそうだ。つまり加藤と三鷹とで会社員の遺族に対する賠償を担ったそうだ。と言っても、当たり前だが加藤と三鷹が自ら遺族に慰謝料を渡したわけではなく、中村太郎の両親を通じて、である。
一方、田島はその小山の命令に忠実に従うフリをして、その実、世田谷警察署からビデオテープを奪取するや、大量のダビングテープを作り、小山にはダビングテープを渡してそのことを…、大量のダビングテープの存在と、それに原本は自分が大事に所持していることをも田島は小山に伝えたのであった。
当然、小山は大激怒し、公安を使って田島の自宅マンションや、あるいは草壁忍のアパートまで家捜しさせてビデオテープの奪取を図ろうとしたものの、しかし、失敗したので、爾来、小山は田島の求めに応じて出世させると同時に、自分の手足として使うこととし、それが浅井事務官を痴漢冤罪で嵌めたことへとつながった。
【午後3時29分】
特捜部において田島と小山の両名の取調べを終えると、二人の勾留を東京地裁に請求すべく、やはり地裁へといったんその身柄を預けた。
同時に特捜部では田島と小山、この両名の供述を受けて、国見孝光・城崎家光・河井良昭・垣内孝治の4人を虚偽告訴の共謀共同正犯によりその逮捕状を請求し、その発付を得た。
また、検事総長の加藤泰三と今は官房長官の政策秘書の三鷹三郎、そして中村太郎の両親…、中村良平と竹子夫妻については証拠隠滅、及び犯人蔵匿の共謀共同正犯の被疑事実によりやはりその逮捕状を請求し、その発付を得た。
これだけの逮捕者となると当然、特捜部の手に余るので、やはり巻島課長が指揮する1係と2係の刑事たちに逮捕の協力を求めた。無論、彼らがやる気満々な様子を見せたのはいうまでもない。とりわけ、国見たちの逮捕には並々ならぬやる気を見せた。
国見はいったんは任意聴取から解放されていたものの、虚偽告訴の共謀共同正犯の被疑事実により正式に逮捕状が発付されたことで地検に逆戻りすることになった。この国見の逮捕には警視総監の小山に引き続いて、巻島課長が当たることになった。また、巻島課長は前警察庁長官の城崎とさらに前警視総監の河井の逮捕も担当し、巻島課長の胸のうちたるや、絶頂にあった。それはそうだろう、現職の警視総監に加えて、前警視総監とさらに、2人の警察庁長官経験者にも手錠をうつことができたのだから。こんなことは恐らく最初で最後に違いなく、そんな歴史的と言っても過言ではない逮捕劇に参加することができたのだから、その巻島課長が絶頂にいたるのも当然であった。
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