黄泉国紛異世界徒花(よみにまごういせかいあだばな)

ご隠居

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大工の仕事にありついた次郎吉はアサカと共に祝杯を挙げるべく再びカフェへと訪れ、そこで平賀源内と邂逅する

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「ところで…、この異世界は非業の死を遂げた者がやって来るって話だが…、俺もそうなわけだが…、ならもう一度、殺すなんてことは可能なのか?いや、善左衛門の野郎はもう一度、意知様を切り刻もうと意気込んで、どっかで息を潜めているようだが…」

 もう意知にしろ善左衛門にしろこの世の者ではないのだから、改めて息の根を止めるなどそんなことは可能なのかと次郎吉にはそれが疑問であった。

「死人をもう一度、殺せるのかって疑問よね?」

 アサカが次郎吉に疑問を一言で言い表した。

「そうだ」

「可能よ。少なくとも転生者ならば…」

「じゃあ…、縁起でもねぇが、善左衛門の野郎が意知様を切り刻む…、もう一度、斬り殺すことも可能だと?この異世界においては…」

「そうよ」

「その場合はどうなるんだ?」

「その場合?」

「被害者である意知様はこの異世界に再び、転生するとか?」

「ああ、そういうことね…、それなら再びの転生はないって話よ」

「と言うと…」

「その場合には被害者である意知様は天界に召されるはずだわ」

「天界…、天国に?」

「そう」

「それじゃあ加害者…、この場合は善左衛門は…」

「無間地獄に落ちるって話よ」

「そうか」

「ああ。ちなみにこれは転生者に限らず、現地人…、生まれながらの異世界人にも共通する話よ」

「生まれながらの異世界人…、現地人もまた、殺したり、殺されたりすれば、かたや無間地獄に、かたや天界に、ってか?」

「そう…、ああ、被害者が現地人、加害者が転生者、あるいはその逆もまた然り、よ」

「そうか…。それじゃあまだまだ安心できねぇな、意知様は…、いくら家基公を抱えているとは言え、今でもどっかで善左衛門の野郎が息を潜めているとなれば…」

「勿論、それだけじゃないわよ」

「なに?」

「だから、意知様は家基公を抱えているだけじゃなく、警備もついているわよ」

「ああ。今の意知様は主計局長だっけか?財務省のお偉いさんだから、今ではちゃんと警備がついている、と?」

「そう」

「だがカフェではそんな影は…、警備の影は見当たらなかったが…」

「ちゃんと外から警備してくれているそうよ」

「ああ、そういうことか…」

「それに外ではちゃんと近くから気付かれないによう警備してくれているそうだから、万が一、善左衛門が意知様を襲おうとしたとしても…、もう家基様がいても構わないと…、そう善左衛門が破れかぶれに意知様を襲おうとしても警備がちゃんと制してくれるから大丈夫よ」

「それなら一安心だな…、それにしても善左衛門の野郎は今でもどっかて息を潜めてるのか…、それとも野垂れ死んだか…」

「その場合も…、野垂れ死んだり、あるいは病死したりした場合も天界に召されるわね…」

「あるいは辻斬りでも働いて生きてるのか…」

「幸い、この異世界ではそんな物騒な事件は起こってないから少なくとも、善左衛門が辻斬りをしている可能性は低いわね…」

 だがこの先も善左衛門が辻斬りを働かないという保証はどこにもなかった。何しろ手に職のない、しかし、剣術の腕は立つ善左衛門のような男にとって手っ取り早く稼ぐ方法と言えば辻斬り以外にはあり得なかったからだ。ゆえに辻斬りをして生計を立てようと、善左衛門がそう考えても何ら不思議ではなかった。

 それから夕方になるとアサカは次郎吉のために夕飯を作ってくれた。

「何やら…、これまた面妖な夕飯だが…」

 白米の上に黄土色の液体がかけられたその料理は次郎吉の眼には未知の料理に映った。

「何やら香ばしい香りだが…」

「カレーというものよ」

「かれー?」

「そう。私も始めて食べた時は驚いたけれど、中々に美味よ。自分で言うのも何だけど…」

 アサカに振舞われたそのカレーはなるほど、確かに美味であった。

「うん。うまい」

 次郎吉は一口、口にするとそう言った。決してお世辞ではなく実際、美味であった。

「でしょ?」

 アサカは嬉しそうに言った。

「週に一回は家族でカレーを…」

 アサカはそれからそんなキャッチフレーズを口にした。

「何だ?そりゃ…」

「ああ。源内先生が考えた宣伝文句ね」

「宣伝文句…」

「そう。カレー屋から頼まれて、何とか集客につながるような宣伝文句はないか、って…」

「それが源内先生が考えた宣伝文句、ってわけか?」

「そう。それでそれが功を奏してか、家族連れで訪れる客が増えたそうよ」

「へぇ…、異世界案内人のかたわら、そんな仕事もしてるのか…、いや、源内先生は今でも異世界案内人を?」

「ええ。務めてるわよ。そのかたわら宣伝文句を考えたりしてるのよ。源内先生の宣伝文句は結構、評判良くって、結構、色々な店から依頼が来るらしいわよ」

「それじゃあ忙しいだろう…」

「そうね。その他にも本業と言える発明にも手を出しているしね…」

「発明ねぇ…、そう言やぁエレキテルだっけか?そいつを作ったのが源内先生だったな…」

 次郎吉は平賀源内のことを詳しく知っているわけではなかったものの、それでも通り一遍の知識程度は持ち合わせていた。

「その通りよ。でも今はさらに空飛ぶ機械の発明に熱中しているらしいわ」

「空飛ぶ機械、だと?」

「そう、人やモノを乗せて空を飛ぶ機械…、何でも飛行機というものを発明している最中らしいわ」

「ひこうき…」

 それが飛行機であると、次郎吉はアサカから教えられ、何だか手を広げ過ぎではと次郎吉は思ったものの、アサカの手前、黙っていた。

「あっ、そうそう。ここだけの話だけど…」

 アサカはそれから更に思い出したようにそう切り出した。

「何だ?」

「紙幣だけど…」

「意知様が考案した?」

「そう…、でも実際には意知様が考案したわけじゃないのよ」

「もしかして…、源内先生の入れ知恵があったとか?」

「その通りなのよ。だから意知様は源内先生に財務省に入らないかって誘ったそうよ」

「財務省に入らないかって…、公務員試験に受からないと入れないだろ?」

「それが民間枠ってのがあるらしくて…」

「特別に入省できる、ってか?試験に受からなくても…」

「そうなのよ」

「だがどうやら源内先生がそれを断ったとか?」

「その通り」

「だろうな…、今までの話を聞いている限り、源内先生はどうやら縛られた生活は性に合わない御仁のようだからな…」

 次郎吉がふと思ったことをそのまま口にすると、アサカの目を丸くさせた。

「正しくそうなのよ」

「なに?」

「だから源内先生、そう言って意知様からの誘いを断ったそうよ。自分には縛られた生活は性に合わない、って…」

「だろうな」

「それから自分は在野で気儘にやる方が性に合うから、とも…」

「確かに…、源内先生はお役所勤めは無理だろうなぁ…」

 次郎吉は源内を見知っているわけではなかったものの、それでもこれまでアサカから聞いた限りの人物像からそうと察せられた。

 それから夕食を食べ終えた次郎吉はアサカの案内により炊事や洗濯、それに入浴のレクチャーを受け、寝間着の世話まで受けた。

「それじゃあ私はこれで…」

 アサカはそう言って部屋をあとにしようとしたので、次郎吉はそれを引き留めた。

「もう夜だぜ?今から帰るのは危なくないか?」

 次郎吉は別に下心があってアサカを引き留めたわけではなかった。いや、多少は下心はあったが、それ以上にアサカの身を案じたからだ。

 するとアサカは苦笑した。

「大丈夫よ。すぐ隣…、次郎吉の隣が私の部屋だから」

 アサカにそう返されて次郎吉は赤面した。

 翌日、次郎吉はアサカの訪問で目を覚ました。今日から早速、仕事探しということで、次郎吉はアサカの案内により、異世界職業安定所へと足を伸ばし、そこで次郎吉は大工の仕事にありつくことができた。

 次郎吉は江戸の世界においては泥棒こそが本業であったが、その本業を助けるべく副業として大工仕事をしていた。大名屋敷の作事場で働くかたわら、屋敷の見取り図を頭に叩き込み、それを本業に活かしていたのだ。

 ともあれ手に職があるということは仕事探しにおいて有利に働き、それは古今東西…、この異世界においても変わらず、次郎吉はすぐに大工仕事にありつくことができたわけだ。

 何でも今、財務大臣のアソー邸が改修中であり、人手を必要としていた。この異世界では大工の数が少なく、ゆえに次郎吉はアソー邸の作事場で働くことに決まった。

 次郎吉は異世界職業安定所の待合所で待っていたアサカにそのことを報告するとアサカは素直に喜び、そして驚いた。何でもこんなに仕事が早くに見つかるのは滅多にないとのことであった。

 それから次郎吉とアサカは再び、宗春の働くカフェへと向かった。祝杯を挙げるためである。と言っても酒ではなくコーヒーで、であったが。

 次郎吉とアサカがカフェに再び入店すると、意外な人物と邂逅した。

「あっ、源内先生…」

 アサカは店内に入るなり、窓際の席で一人、コーヒーを啜っていた男を見つけるなり、そう声を上げたので、それで次郎吉はその男が平賀源内なのだと知った。

 一方、アサカによって名を呼ばれた窓際に座っていたその男、もとい平賀源内も口元からコーヒーを離すと、声の主であるアサカの方へと振り向き、「おお」と声を上げて右手を挙げた。

 アサカは次郎吉を伴い、源内のテーブルへと近付いて行った。

「こりゃ奇遇だな。アサカちゃんに会えるとは…」

 源内はそう言うと、アサカに席をすすめた。アサカはその前に隣に立つ次郎吉のことを源内に紹介し、次郎吉もアサカの紹介を受けて源内に会釈した。

「へぇ、そう…、次郎吉さんね。大名屋敷ばかり狙うってのが何とも痛快だねぇ…」

 源内は心底、そう思っている様子であり、次郎吉もそうと察して、確かにこれではお役所勤めは無理であろうと、内心、苦笑したものだった。

 ともあれアサカと次郎吉は二人並んで座り、源内と向かい合った。

「ところで…、源内先生…、これは例の飛行機の図面ですか?」

 アサカはテーブルに広げられた図面らしきものを見て源内にそう尋ねた。

「ああ。その通りだ。もう少しで完成しそうなんだよ」

 源内は実に嬉しそうにそう言った。

「確か…、人やモノを乗せて空を飛ぶ機械とか…」

 次郎吉がそう口を挟むと、「そうなんだよ」と源内は答えて、

「アサカちゃんから教えてもらったんだな?」

 源内からそう問われた次郎吉は「ええ」と素直に答えた。

「そう。人やモノを乗せて運ぶ…、そうなれば輸送は勿論、旅行にも大いに役立つ。そうなればそれらの産業も…、輸送行や旅行業も大いに振興するというものだ」

 源内が眼を輝かせてそういうので、次郎吉も調子を合わせて、「とても世の中に役立つ発明のようですねぇ」と応じていよいよもって源内の眼を輝かせた。

 そんな子供のような源内を目の当たりにして、次郎吉は果たして根っからの発明好きの源内が果たして人を殺めるものだろうかと、そんな疑問がわいたが、しかし源内に直に尋ねるわけにもゆかず、その疑問はそっと胸にしまいこんだ。

「それで実際、どれぐらいの人を運ぶことができるんです?やっぱり家族揃って、とか?」

 次郎吉は昨晩のアサカより聞かされた、源内が考えたと言う例のカレー屋のキャッチフレーズを思い浮かべてそう尋ねた。

 するとそこで源内は渋い顔になった。

「いや、まだ人を運ぶのはちょっとな…」

 どうやらそれが渋い顔の原因のようであった。

「まだ人を運べるほどには…、そこまでの重量には耐えられない、とか?」

 次郎吉がそう合いの手を入れると、「そうそう」と源内は何度も頷いた。

「ちなみに…、今の時点ではどれぐらいの重さのものなら運べそうなんです?」

 次郎吉は重ねて問うた。

「そうだな…、うまくいけば五貫(約19kg)ってところか…」

「五貫(約19kg)…」

 ちょうど千両と同じ重さだと次郎吉は良からぬことを思った。仮にそんな飛行機が次郎吉がかつていた江戸の世界にあったならば盗みなどかなり楽であったはずに違いない。何しろ盗みで一番大変なのは侵入よりも金を盗む段、それも抱えて逃げる段であった。良く千両箱を抱えてと、イメージされがちだが、実際にはそんなに格好良いものではなく、千両を持参したずた袋へと入れ換えて、そして、

「えっちらおっちらと…」

 金を入れた重たいずた袋を引きずるようにして抱えて逃げるというのが現実であった。

 だがこの飛行機があれば金の持ち運びにも苦労しない。それはすなわち、「仕事」に苦労しないというわけで、もっと早くに発明してもらいたかったと、次郎吉はそう思わずにはいられなかったが、勿論、やはりそんなことは口が裂けても言えなかった。
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