20 / 22
意知拷問
しおりを挟む
その頃、意知は財務省本省の地下室にある警務隊の取調室で訊問を受けていた。いや、実際には訊問に名を借りた拷問であった。
意知は取調室内の真ん中に陣取る柱に縄で括り付けられ、完全に身動きを封じられた上で、警務隊員や、それに何とこれまで意知を護衛していた護衛官からも拷問を受けていた。
「オキトモさまぁ…、俺たにボコボコにされるお気持ちはどうっすか?」
意知の前に立つ、意知の護衛の責任者である警備隊長のサトーは実に嬉しげな様子でそう告げるや、意知の腹に拳を叩き込んだ。しかもその拳たるやグローブで保護されていたので、思い切り拳を振るえるというものである。
この異世界においてはボクシングなる競技があった。要は殴り合いのスポーツであり、完全に「男のスポーツ」であった。意知はそれを知った時、何と野蛮な競技かと驚いたものだが、どうやら拷問の場でもそれが活かされた。
グローブとは意知の見たところ、剣道の籠手のようなものであり、しかも固く、それで殴られるのだから堪らない。
いや、これでボクシングのようによけることができればまだ良いが、意知の場合、完全に動きを封じられていたのでよけようにもよけられなかった。
サトーのその拳を守っている分厚いグローブが意知の腹に叩き込まれた時、意知は思わず嘔吐しそうになったが、それもままならなかった。
と言うのも、意知は動きを封じられているばかりでなく、口には詰め物…、いや、詰め物などとそのような上品なものではなく、雑巾を突っ込まれており、声を上げることすらできなかったのだ。
ゆえに口の中に雑巾を突っ込まれている状態では吐こうにも吐けなかった。いや、正確には再び、吐瀉物が喉を下って胃の中へと押し戻された。おかげで喉は焼けるような痛みに襲われた。
しかも目隠しまでされていたので、次にどの部位を殴られるか、意知には全く予測がつかず、これでは覚悟も決められない。意知に分かるのはせいぜい、サトーに殴られていることぐらいであった。
果たして次は一体、どこを殴られるのか…、意知がそう思っていると、鼻が衝撃に襲われた。どうやら鼻を殴られたらしいと、意知はそう思うと、その途端、今度は何やら生暖かい感触に襲われたので、それで意知は鼻血を出したことを悟った。
但し、幸か不幸か、顔面はそれほど殴られることはなかった。それと言うのも、口の中に突っ込まれている雑巾がどうやらマウスピースの役目を果たしているようだからだ。いや、マウスピース以上であろうか。何しろ頬が膨れており、これでは頬を殴ったところで拳が跳ね返されるといった具合である。
そのお蔭で顔面、それも頬こそ殴られることはなかったが、しかしその代わりに…、不幸にも、どうしても拳は腹に集中することになる。
案の定、鼻血を噴出したかと思うとまたしても意知は嘔吐感に襲われた。しかも呼吸困難にも襲われ、失禁寸前であった。
「俺らのような下っ端にボコられんのはさぞかし屈辱でござんしょうなぁ…」
サトーは実に嬉しげな声で意知の腹を殴り続けた。意知は目隠しされていたのでサトーの顔色こそ分からないものの、それでも声の様子から察して嬉しそうな顔をしていることは容易に察せられた。
それにしても自分はそこまで下っ端から嫌われていたのかと、意知は非常時だというのにそのようなことに思いを馳せた。
意知はこれまで下っ端に嫌われている、いや、妬まれているという自覚はなかった。いや、そもそも下っ端など見向きもしなかったと言った方が正しいだろう。
意知はただ、己の信念に従い、これまで仕事にまい進してきたまでである。仕事が面白かったというのもあるだろう。
ゆえに意知はそのための努力は惜しまなかった。だがそれだけに下っ端の気持ちにはとんと疎かった。一々、考えるのも馬鹿らしかった。
だがそれが結果的に自分で自分の首を絞めてしまったようだと、意知は反省した。
と同時に、意知は既視感にも襲われた。以前にも同じ思いをしたことがあると。
すると意知は不意に佐野善左衛門のことを思い浮かべた。あの男もまた、意知に嫉妬し、そして意知を斬った男である。
意知は佐野善左衛門に対してもやはり、家柄しかすがりつくものがない無能な男と見下していた。いや、見下していたわけではなく、興味がなかったのだ。そしてそのことが佐野善左衛門の自尊心を大いに傷つけ、結果的に自分の首を絞めることに、すなわち、佐野善左衛門に斬られる元となったわけである。
意知はその時、もう少し、人の気持ちに寄り添うべきだったと、意知は善左衛門に斬られ、薄れゆく意識の中でそう反省した筈であったが、転生と同時に、その反省もきれいさっぱり忘れてしまい、それが今また、同じような痛い目に遭う中で不意にその反省を思い出した次第である。
そして今もまた、意知は意識が段々となくなってきた。サトーから腹を殴られ続け、最初は痛いと思っていたのが段々と、痛ささえ感じなくなってしまったからだ。
「もう…、これは駄目かも知れぬ…」
意知はそう思った。善左衛門に斬られた時もそうであった。最初こそ痛いという感覚があったが、段々とそれが痛さがなくなったのだ。いや、正確には痛みを感じなくなっていったのだ。それから死までは急転直下である。
今もまたそうであり、ゆえに意知は己の死が間近かも知れぬと、そう思ったわけである。
どうやら警務隊にしても意知から自供を得ようとは考えていないのかも知れない。拷問死させるつもりなのであろう。
ゆえにそれまで意知を守らされていた警備隊に意知の拷問を任せたに違いなかった。警備隊にしてもこれまで意知を…、どこぞの馬の骨とも分からぬ下賤な転生者である意知を守らされていた鬱屈から嬉々として意知の拷問を引き受けたのであった。
そうして警備隊に意知を拷問死させて、適当に自供をでっち上げる…、正に死人に口なしだなと、意知は薄れゆく意識の中でそう思った。
意知は取調室内の真ん中に陣取る柱に縄で括り付けられ、完全に身動きを封じられた上で、警務隊員や、それに何とこれまで意知を護衛していた護衛官からも拷問を受けていた。
「オキトモさまぁ…、俺たにボコボコにされるお気持ちはどうっすか?」
意知の前に立つ、意知の護衛の責任者である警備隊長のサトーは実に嬉しげな様子でそう告げるや、意知の腹に拳を叩き込んだ。しかもその拳たるやグローブで保護されていたので、思い切り拳を振るえるというものである。
この異世界においてはボクシングなる競技があった。要は殴り合いのスポーツであり、完全に「男のスポーツ」であった。意知はそれを知った時、何と野蛮な競技かと驚いたものだが、どうやら拷問の場でもそれが活かされた。
グローブとは意知の見たところ、剣道の籠手のようなものであり、しかも固く、それで殴られるのだから堪らない。
いや、これでボクシングのようによけることができればまだ良いが、意知の場合、完全に動きを封じられていたのでよけようにもよけられなかった。
サトーのその拳を守っている分厚いグローブが意知の腹に叩き込まれた時、意知は思わず嘔吐しそうになったが、それもままならなかった。
と言うのも、意知は動きを封じられているばかりでなく、口には詰め物…、いや、詰め物などとそのような上品なものではなく、雑巾を突っ込まれており、声を上げることすらできなかったのだ。
ゆえに口の中に雑巾を突っ込まれている状態では吐こうにも吐けなかった。いや、正確には再び、吐瀉物が喉を下って胃の中へと押し戻された。おかげで喉は焼けるような痛みに襲われた。
しかも目隠しまでされていたので、次にどの部位を殴られるか、意知には全く予測がつかず、これでは覚悟も決められない。意知に分かるのはせいぜい、サトーに殴られていることぐらいであった。
果たして次は一体、どこを殴られるのか…、意知がそう思っていると、鼻が衝撃に襲われた。どうやら鼻を殴られたらしいと、意知はそう思うと、その途端、今度は何やら生暖かい感触に襲われたので、それで意知は鼻血を出したことを悟った。
但し、幸か不幸か、顔面はそれほど殴られることはなかった。それと言うのも、口の中に突っ込まれている雑巾がどうやらマウスピースの役目を果たしているようだからだ。いや、マウスピース以上であろうか。何しろ頬が膨れており、これでは頬を殴ったところで拳が跳ね返されるといった具合である。
そのお蔭で顔面、それも頬こそ殴られることはなかったが、しかしその代わりに…、不幸にも、どうしても拳は腹に集中することになる。
案の定、鼻血を噴出したかと思うとまたしても意知は嘔吐感に襲われた。しかも呼吸困難にも襲われ、失禁寸前であった。
「俺らのような下っ端にボコられんのはさぞかし屈辱でござんしょうなぁ…」
サトーは実に嬉しげな声で意知の腹を殴り続けた。意知は目隠しされていたのでサトーの顔色こそ分からないものの、それでも声の様子から察して嬉しそうな顔をしていることは容易に察せられた。
それにしても自分はそこまで下っ端から嫌われていたのかと、意知は非常時だというのにそのようなことに思いを馳せた。
意知はこれまで下っ端に嫌われている、いや、妬まれているという自覚はなかった。いや、そもそも下っ端など見向きもしなかったと言った方が正しいだろう。
意知はただ、己の信念に従い、これまで仕事にまい進してきたまでである。仕事が面白かったというのもあるだろう。
ゆえに意知はそのための努力は惜しまなかった。だがそれだけに下っ端の気持ちにはとんと疎かった。一々、考えるのも馬鹿らしかった。
だがそれが結果的に自分で自分の首を絞めてしまったようだと、意知は反省した。
と同時に、意知は既視感にも襲われた。以前にも同じ思いをしたことがあると。
すると意知は不意に佐野善左衛門のことを思い浮かべた。あの男もまた、意知に嫉妬し、そして意知を斬った男である。
意知は佐野善左衛門に対してもやはり、家柄しかすがりつくものがない無能な男と見下していた。いや、見下していたわけではなく、興味がなかったのだ。そしてそのことが佐野善左衛門の自尊心を大いに傷つけ、結果的に自分の首を絞めることに、すなわち、佐野善左衛門に斬られる元となったわけである。
意知はその時、もう少し、人の気持ちに寄り添うべきだったと、意知は善左衛門に斬られ、薄れゆく意識の中でそう反省した筈であったが、転生と同時に、その反省もきれいさっぱり忘れてしまい、それが今また、同じような痛い目に遭う中で不意にその反省を思い出した次第である。
そして今もまた、意知は意識が段々となくなってきた。サトーから腹を殴られ続け、最初は痛いと思っていたのが段々と、痛ささえ感じなくなってしまったからだ。
「もう…、これは駄目かも知れぬ…」
意知はそう思った。善左衛門に斬られた時もそうであった。最初こそ痛いという感覚があったが、段々とそれが痛さがなくなったのだ。いや、正確には痛みを感じなくなっていったのだ。それから死までは急転直下である。
今もまたそうであり、ゆえに意知は己の死が間近かも知れぬと、そう思ったわけである。
どうやら警務隊にしても意知から自供を得ようとは考えていないのかも知れない。拷問死させるつもりなのであろう。
ゆえにそれまで意知を守らされていた警備隊に意知の拷問を任せたに違いなかった。警備隊にしてもこれまで意知を…、どこぞの馬の骨とも分からぬ下賤な転生者である意知を守らされていた鬱屈から嬉々として意知の拷問を引き受けたのであった。
そうして警備隊に意知を拷問死させて、適当に自供をでっち上げる…、正に死人に口なしだなと、意知は薄れゆく意識の中でそう思った。
0
あなたにおすすめの小説
つまらなかった乙女ゲームに転生しちゃったので、サクッと終わらすことにしました
蒼羽咲
ファンタジー
つまらなかった乙女ゲームに転生⁈
絵に惚れ込み、一目惚れキャラのためにハードまで買ったが内容が超つまらなかった残念な乙女ゲームに転生してしまった。
絵は超好みだ。内容はご都合主義の聖女なお花畑主人公。攻略イケメンも顔は良いがちょろい対象ばかり。てこたぁ逆にめちゃくちゃ住み心地のいい場所になるのでは⁈と気づき、テンションが一気に上がる!!
聖女など面倒な事はする気はない!サクッと攻略終わらせてぐーたら生活をGETするぞ!
ご都合主義ならチョロい!と、野望を胸に動き出す!!
+++++
・重複投稿・土曜配信 (たま~に水曜…不定期更新)
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
クラス転移したけど、皆さん勘違いしてません?
青いウーパーと山椒魚
ファンタジー
加藤あいは高校2年生。
最近ネット小説にハマりまくっているごく普通の高校生である。
普通に過ごしていたら異世界転移に巻き込まれた?
しかも弱いからと森に捨てられた。
いやちょっとまてよ?
皆さん勘違いしてません?
これはあいの不思議な日常を書いた物語である。
本編完結しました!
相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです!
1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…
貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。
黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。
この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。
【完結】乙女ゲーム開始前に消える病弱モブ令嬢に転生しました
佐倉穂波
恋愛
転生したルイシャは、自分が若くして死んでしまう乙女ゲームのモブ令嬢で事を知る。
確かに、まともに起き上がることすら困難なこの体は、いつ死んでもおかしくない状態だった。
(そんな……死にたくないっ!)
乙女ゲームの記憶が正しければ、あと数年で死んでしまうルイシャは、「生きる」ために努力することにした。
2023.9.3 投稿分の改稿終了。
2023.9.4 表紙を作ってみました。
2023.9.15 完結。
2023.9.23 後日談を投稿しました。
転生ヒロインは不倫が嫌いなので地道な道を選らぶ
karon
ファンタジー
デビュタントドレスを見た瞬間アメリアはかつて好きだった乙女ゲーム「薔薇の言の葉」の世界に転生したことを悟った。
しかし、攻略対象に張り付いた自分より身分の高い悪役令嬢と戦う危険性を考え、攻略対象完全無視でモブとくっつくことを決心、しかし、アメリアの思惑は思わぬ方向に横滑りし。
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
悪役令息、前世の記憶により悪評が嵩んで死ぬことを悟り教会に出家しに行った結果、最強の聖騎士になり伝説になる
竜頭蛇
ファンタジー
ある日、前世の記憶を思い出したシド・カマッセイはこの世界がギャルゲー「ヒロイックキングダム」の世界であり、自分がギャルゲの悪役令息であると理解する。
評判が悪すぎて破滅する運命にあるが父親が毒親でシドの悪評を広げたり、関係を作ったものには危害を加えるので現状では何をやっても悪評に繋がるを悟り、家との関係を断って出家をすることを決意する。
身を寄せた教会で働くうちに評判が上がりすぎて、聖女や信者から崇められたり、女神から一目置かれ、やがて最強の聖騎士となり、伝説となる物語。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる