天明繚乱 ~次期将軍の座~

ご隠居

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養父と実父 4

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 ともあれ、源太郎げんたろうの娘のふゆ益五郎ますごろうめあわせること自体は準松のりとしの理に、いや、利にかなうものであった。

 するとさしもの、にぶ源太郎げんたろうもそうと察したようで、

「よもや…、準松のりとし殿は我が娘のふゆ益五郎ますごろうと夫婦になれば、それな…、重好しげよし卿につかえし、益五郎ますごろう叔父おじにも当たりし利兵衛りへえ殿と伊織いおり殿とも縁者えんじゃになるということで、利兵衛りへえ殿と伊織いおり殿を通じて重好しげよし卿に取り入ろうと考えているのではござるまいな?」

 源太郎げんたろう準松のりとしに対して確かめるようにそう尋ねると、準松のりとしは目を丸くして、「ほう…」と感嘆かんたんしたような声を上げた。実際、準松のりとし感嘆かんたんさせられた。

「ほう…、そなたにしてはするどいではないか…」

 準松のりとしがあっさりと認めるような発言をしたので、源太郎げんたろうは胸のうちで、「やはりそうか…」と思った。

「されば…、身共みどもの娘の縁談えんだんを利用される所存しょぞんで?」

「不服か?」

「いえ…、準松のりとし殿が利兵衛りへえ殿と伊織いおり殿を通じて重好しげよし卿に取り入りたいと願うのであらば、どうぞご随意ずいいに…、それが我がせがれ鶴松つるまつのためになると申すのであらば尚更なおさらにご随意ずいいに…」

 源太郎げんたろうとしては準松のりとし一矢いっしむくいるというわけでもないが、そう主張した。それに対して準松のりとしは平然と、

「無論、鶴松つるまつがためなるぞ…」

 そう答えたので、源太郎げんたろうは思わず、「お前自身のためだろう…」と心の中でつぶやいた。

 ともあれ源太郎げんたろうとしてはそれだけでは…、利兵衛りへえ伊織いおりを通じて重好しげよしに取り入るだけでは不充分のように思えたので、源太郎げんたろうはその点を準松のりとしに問いただした。

「ほう…、やはり気になると見ゆるな…」

 準松のりとし源太郎げんたろうに対してそれこそ、

値踏ねぶみでもするかのよう…」

 そんな視線を注いだ。豪放ごうほう磊落らいらくを気取ってはいても、所詮しょせんはお前も人の子だな…、準松のりとしは今にもそう言いたげな様子であり、それは源太郎げんたろうにもひしひしと感じられたので、

鶴松つるまつのため、なれば…」

 そう自分に言い訳した。そうしないことには源太郎げんたろうとしてはおさまりがつかなかったからだ。準松のりとしから軽く見られたことに対して、どうしても我慢がならなかったためだ。

 我ながら実に幼稚ようちな態度だと、源太郎げんたろうとて十分に自覚しているところであるが、しかし、これが生まれ持った性分しょうぶんなのでどうにもならなかった。

 それに対して準松のりとしもそうと察すると、これ以上、源太郎げんたろうをからかうようなことをすれば、源太郎げんたろうのその矯激きょうげき、過激な性分しょうぶんからしてりかかる恐れがあり得たので、これ以上は源太郎げんたろうをからかうようなおろかな真似まねつつしんだ。

「いや、松房としふさ殿が申される通り、如何いかにも利兵衛りへえ伊織いおりを頼るだけでは不充分ふじゅうぶんと申すものにて…、されば利兵衛りへえ伊織いおり、この二人の存在こそが最前さいぜん申した通り、転ばぬ先のつえの一つと申すものにて…」

「転ばぬ先のつえの一つ…」

「左様…」

「されば他にも転ばぬ先のつえが…、頼るべき相手がいると申されるので?」

 源太郎げんたろうからそう問われた準松のりとしうなずいた。

「して、そは一体…」

 源太郎げんたろうから今度はそう問われた準松のりとしは果たして答えて良いものか、流石さすが逡巡しゅんじゅんした。

 するとそうと察した源太郎げんたろうは、

「いや、無理に聞き出そうとは思いませなんだ…」

 そう言ってあっさりと引き下がった。実際、源太郎げんたろうには興味のない話であったからだ。一応、準松のりとし手前てまえ…、と言うよりは準松のりとしへの対抗心から、

鶴松つるまつのため…」

 そう称しては気になる素振そぶりを見せはしたものの、実のところ、源太郎げんたろうにはまるで興味のない話であった。

 一方、準松のりとし源太郎げんたろうという男の性分しょうぶんからして、

「よもや、他人にらすことはしまい…」

 そう確信して打ち明けることにした。

「いや、松房としふさ殿なれば別段べつだん、打ち明け申しても支障ししょうはござるまいて…」

 準松のりとしはそう前置まえおきした後、転ばぬ先のつえ、もとい頼るべき相手を源太郎げんたろうに打ち明けたのであった。

「まずはやはり安祥院あんしょういん様であろうな…、何と申しても重好しげよし卿のご母堂ぼどう様にあらせられるゆえ…」

 成程なるほど…、と源太郎げんたろうは思った。しょうんとほっすれば何とやら、重好しげよしの実母の安祥院あんしょういんを頼る、いや、取り入るという準松のりとしのその作戦は悪くはなかった。

 だが問題があった。それは安祥院あんしょういんが今は櫻田さくらだ御用ごよう屋敷にいるということであった。
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