天明繚乱 ~次期将軍の座~

ご隠居

文字の大きさ
21 / 197

養父と実父 3

しおりを挟む
「良いか?仮に、仮にだが、重好しげよし卿が西之丸にしのまるに入られし折に、御伽おとぎ衆の件が…、本来、西之丸にしのまるに入られるはずであった豊千代とよちよぎみ御伽おとぎ衆として鶴松つるまつを含めし三人の者が選ばれていた…、そのことが仮に次期将軍となられし重好しげよし卿の知るところとなれば、どうなると思う?」

「どうなると申されても…」

「分からぬか…、良いか?重好しげよし卿は斯様かようおぼされるやも知れぬ…、この三人が豊千代とよちよぎみ御伽おとぎ衆に選ばれたからには、これらの父親か、あるいはその縁者が相当に工作をしたに違いない、と…」

「まぁ…、準松のりとし殿が話を聞く限りにおいては、御伽おとぎ衆なるお役は大層たいそう、人気のあるそれのようでござるから、あるいは左様におぼされるやも知れませぬなぁ…」

 源太郎げんたろう呑気のんきにそう応じたが、それが準松のりとしを余計に苛立いらだたせた。さしずめ、危機意識の違いであろう。

「そのように呑気のんきかまえてもらっては困る」

「はぁ…」

「良いか?仮に、重好しげよし卿が左様におぼされし場合、重好しげよし卿はさらにこの三人…、豊千代とよちよぎみ御伽おとぎ衆に選ばれし鶴松つるまつたちに対して…、いや、鶴松つるまつたちの縁者えんじゃに対して悪感情を持つやも知れぬのだ」

「そはまた、一体、何ゆえに?」

「良いか、今、申した工作の対象には当然、豊千代とよちよぎみの実父たる一橋ひとつばし治済はるさだ卿も含まれる…、それは身共みどものみならず、同じく我が子を豊千代とよちよぎみ御伽おとぎ衆とすることに成功せし松平まつだいら小十郎こじゅうろう加藤かとう玄蕃げんばにしてもそうであろう…」

「まぁ、そうかも知れませぬなぁ…」

「そしてそのことは重好しげよし卿にも察せられるであろう…、その時、万が一にもそのことで…、一橋ひとつばし治済はるさだ卿をも工作の…、いや、この際、はっきり申すが、一橋ひとつばし治済はるさだ卿に取り入ったに相違あるまいと、重好しげよし卿が不快に思われるやも知れぬのだ」

「まさか…、一度は将軍家しょうぐんけ御養君ごようくんの座を…、次期将軍の座を一橋ひとつばしに奪われたことで、重好しげよし卿は一橋ひとつばしに対して悪感情を抱いており、その一橋ひとつばしに取り入った者たちに対しても悪感情を抱くやも知れぬ、と?」

ようやく分かったようだのう…」

「なれど、それはいくらなんでも考え過ぎと申すものではござるまいか?それこそ、杞憂きゆうと申すもの…」

 源太郎げんたろう流石さすがあきれ果てた。良くもまぁ、そこまで思いつくものだと、準松のりとしのその連想力には源太郎げんたろうは心底、あきれ果てたものであるが、同時にある種の感動すらも覚えたほどであった。

「確かに、松房としふさ殿が申される通り、杞憂きゆうに過ぎぬやも知れぬが、なれど転ばぬ先のつえという格言もある」

「はぁ…」

「されば転ばぬ先のつえは何本あろうとも、あり過ぎるということはない」

「はぁ…」

「そしてその、転ばぬ先のつえの一つこそが、横田家と鷲巣わしのす家との縁談…、そなたの娘御むすめごふゆ殿と、鷲巣わしのす家の跡取あととりの…、いや、間もなく正式に鷲巣わしのす家をぎし益五郎ますごろうとの縁談なのだ」

「はっ?」

 源太郎げんたろうがそう疑問の声を上げると、準松のりとしは目を丸くした。

「そなた…、まことに分からぬのか?」

「何をでござろう?」

「良いか?益五郎ますごろうが父、式部しきぶには二人の弟がいるのだ」

「つまり…、益五郎ますごろうにとっては叔父おじ…、叔父おじのそれも兄弟というわけにて?」

「左様…、さればその二人だが…、利兵衛りへえ清胤きよたね伊織いおり清光きよみつと申すのだが、二人とも重好しげよし卿に仕えておいでなのだ…」

 準松のりとしからそう打ち明けられるや、今度は源太郎げんたろうが目を丸くする番であった。分家とは申せ、他家の縁談えんだんの相手の家族構成を良くもそこまで把握はあくしているものだと、源太郎げんたろう準松のりとしのその情報網に半分あきれ、そして半分感動した。

 すると準松のりとし源太郎げんたろうの様子からどうやら本当に源太郎げんたろうは知らなかったものと見て、準松のりとし源太郎げんたろうのその無頓着むとんちゃくさに心底しんそこあきれた。

「そなた…、娘御むすめごの縁談相手の家族構成も把握はあくしてはおらなんだか?」

「いや、身共みどもとしてはあくまで益五郎ますごろうという男にれたのであって、益五郎ますごろうの縁者には何の興味もござらん」

 源太郎げんたろうははっきりとそう言ってのけたので、準松のりとし源太郎げんたろうのその豪放ごうほう磊落らいらくぶりにいよいよあきれたものである。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

日本の運命を変えた天才少年-日本が世界一の帝国になる日-

ましゅまろ
歴史・時代
――もしも、日本の運命を変える“少年”が現れたなら。 1941年、戦争の影が世界を覆うなか、日本に突如として現れた一人の少年――蒼月レイ。 わずか13歳の彼は、天才的な頭脳で、戦争そのものを再設計し、歴史を変え、英米独ソをも巻き込みながら、日本を敗戦の未来から救い出す。 だがその歩みは、同時に多くの敵を生み、命を狙われることも――。 これは、一人の少年の手で、世界一の帝国へと昇りつめた日本の物語。 希望と混乱の20世紀を超え、未来に語り継がれる“蒼き伝説”が、いま始まる。 ※アルファポリス限定投稿

もし石田三成が島津義弘の意見に耳を傾けていたら

俣彦
歴史・時代
慶長5年9月14日。 赤坂に到着した徳川家康を狙うべく夜襲を提案する宇喜多秀家と島津義弘。 史実では、これを退けた石田三成でありましたが……。 もしここで彼らの意見に耳を傾けていたら……。

世界はあるべき姿へ戻される 第二次世界大戦if戦記

颯野秋乃
歴史・時代
1929年に起きた、世界を巻き込んだ大恐慌。世界の大国たちはそれからの脱却を目指し、躍起になっていた。第一次世界大戦の敗戦国となったドイツ第三帝国は多額の賠償金に加えて襲いかかる恐慌に国の存続の危機に陥っていた。援助の約束をしたアメリカは恐慌を理由に賠償金の支援を破棄。フランスは、自らを救うために支払いの延期は認めない姿勢を貫く。 ドイツ第三帝国は自らの存続のために、世界に隠しながら軍備の拡張に奔走することになる。 また、極東の国大日本帝国。関係の悪化の一途を辿る日米関係によって受ける経済的打撃に苦しんでいた。 その解決法として提案された大東亜共栄圏。東南アジア諸国及び中国を含めた大経済圏、生存圏の構築に力を注ごうとしていた。 この小説は、ドイツ第三帝国と大日本帝国の2視点で進んでいく。現代では有り得なかった様々なイフが含まれる。それを楽しんで貰えたらと思う。 またこの小説はいかなる思想を賛美、賞賛するものでは無い。 この小説は現代とは似て非なるもの。登場人物は史実には沿わないので悪しからず… 大日本帝国視点は都合上休止中です。気分により再開するらもしれません。 【重要】 不定期更新。超絶不定期更新です。

四代目 豊臣秀勝

克全
歴史・時代
アルファポリス第5回歴史時代小説大賞参加作です。 読者賞を狙っていますので、アルファポリスで投票とお気に入り登録してくださると助かります。 史実で三木城合戦前後で夭折した木下与一郎が生き延びた。 秀吉の最年長の甥であり、秀長の嫡男・与一郎が生き延びた豊臣家が辿る歴史はどう言うモノになるのか。 小牧長久手で秀吉は勝てるのか? 朝日姫は徳川家康の嫁ぐのか? 朝鮮征伐は行われるのか? 秀頼は生まれるのか。 秀次が後継者に指名され切腹させられるのか?

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

if 大坂夏の陣 〜勝ってはならぬ闘い〜

かまぼこのもと
歴史・時代
1615年5月。 徳川家康の天下統一は最終局面に入っていた。 堅固な大坂城を無力化させ、内部崩壊を煽り、ほぼ勝利を手中に入れる…… 豊臣家に味方する者はいない。 西国無双と呼ばれた立花宗茂も徳川家康の配下となった。 しかし、ほんの少しの違いにより戦局は全く違うものとなっていくのであった。 全5話……と思ってましたが、終わりそうにないので10話ほどになりそうなので、マルチバース豊臣家と別に連載することにしました。

処理中です...