天明繚乱 ~次期将軍の座~

ご隠居

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公事上聴 4

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治済はるさだよりそのことを…、事件の概要がいようを打ち明けられたのだ…、南町奉行の牧野まきの大隅おおすみより伝え聞いた話としてな…、それゆえ今日の公事くじ上聴じょうちょうを思いついたのだ…」

 将軍・家治は静かにそう告げた。その言葉は治済はるさだの主張の正しさを後押しするものであり、同時に治済はるさだに事件の概要がいようを伝えた成賢しげかたのその行動にもお墨付すみつきを与えるかのようなものであり、さらに言うならば、意次を追及することを認めてもいた。

 実際、家治は成賢しげかたに対して、「続けよ…」と命じたので、それに対して「ははぁっ」と叩頭こうとうして応じた成賢しげかたの顔たるや、まさに、

喜色きしょく満面まんめん…」

 であり、それは家治の隣に座る治済はるさだにしても同様であり、一方、康福やすよし景漸かげつぐは信じられぬといった表情をした。

 ともあれ成賢しげかたは意次追及の「お墨付すみつき」を得られたことで、遠慮なく意次を追及、もとい、切り刻むことにした。

「されば主殿頭とのものかみ、そこもとは池原いけはら長仙院ちょうせんいん口封くちふうじの名目にて、家臣にでも命じてらせたのではあるまいか?」

口封くちふうじとな?」

「左様…、おそれ多くも今は亡き大納言だいなごん様をそれな池原いけはら長仙院ちょうせんいん手先てさき使つこうて大納言だいなごん様を殺害、だが、そのことが今になっておそれ多くも上様にぎ付けられるやも知れぬと、そこもとはそれを恐れて今度は己が手先てさきとして使つこうたそれな池原いけはら長仙院ちょうせんいんの口をふうじたのではあるまいか?」

 評席ひょうせきは再び、どよめいた。そんな中、意次はいささかも動ずる気配けはいを見せずに、「何か、かくたる根拠でも?」と静かな口調で尋ねた。

「二つある。まず一つはそこもとのそく大和守やまとのかみ意知おきともよ…」

「我が愚息ぐそくが何だと?」

大和守やまとのかみが先月、24日に中奥なかおくに招かれしことは存じておるか?」

 成賢しげかたよりそう問われた意次はチラリと家治の方を見た。それに対して家治はうなずいてみせたので、意次もそれを見て取ると、

如何いかにも存じておる。されば御用之間ごようのまへとし出されたと、愚息ぐそくより打ち明けられたわ…」

 意次がこうもあっさりと認めるとは、成賢しげかたには驚きであった。いや、成賢しげかただけでなく、治済はるさだにしても同様であった。その上、今しがた、意次が将軍・家治との間で、

「アイコンタクト」

 を交わしたことも治済はるさだには気にかかるところであった。

 一方、そこまでは気付かなかった成賢しげかたはいよいよ調子に乗って尋ねた。

「さればおそれ多くも上様御自おんみずからの御案内により御用之間ごようのまへとされし大和守やまとのかみはそこでおそれ多くも上様より、今は亡き大納言だいなごん様が薨去こうきょの真相を…、もそっとはっきりもうさば、大納言だいなごん様は何者かの手にかかり殺害されたのではないかと、お疑いあそばされし上様よりその真相を探るよう、おおせつかったのではあるまいか?大和守やまとのかみは…」

 成賢しげかたよりそう問われた意次は流石さすがに困惑した。事実はまったく違うからだ。いや、まったく違うわけでもなかったが、それでも「あべこべ」だからだ。

 意次はたまらずに再び、家治の方を見た。

意知おきともより聞きし、その内容を打ち明けても構いませぬか…」

 意次は家治に目で問いかけた。すると家治もそれを受け取ると、しかし、

「ならぬ、今は知らぬ存ぜぬで通せ…」

 家治もまた、やはり目でそう答えたので、意次はそれを受け取ると、

「はてさて…、何のことやら…」

 家治に命じられた通り、意次は知らぬふりをしてみせた。

 やはりこの間の家治と意次との間で交わされた「アイコンタクト」に気付いた治済はるさだは不安を覚えたものの、一方、そうとは気付かぬ成賢しげかたは「まぁ良い…」と薄笑いを浮かべて先を続けた。

「ともあれ、おそれ多くも上様より大納言だいなごん様の薨去こうきょの真相を…、大納言だいなごん様は果たして誰に殺されたのか、それを探るようにと命じられし大和守やまとのかみはさぞかし慌てたに相違あるまい…、何しろ大納言だいなごん様を害せしは他ならぬ父…、主殿頭とのものかみ意次なのだからな…」

「さればおそれ多くも上様におかせられては、大納言だいなごん様を害したてまつりしがこの意次であるとも気付かずに、この意次が愚息ぐそく大納言だいなごん様を害したてまつりし下手人げしゅにん探索たんさくをお命じあそばされたと申すのか?」

 それが本当だとしたら、家治は何とも間抜まぬけな男ということになる。本来ならば答えにきゅうするところであろう。何しろ、「はい」と答えれば将軍・家治を間抜まぬけ呼ばわりするも同然だからだ。

 しかしこのに及んでまさかに「いいえ」とも答えられまい。果たして成賢しげかたはどのように答えるつもりかと、意次はそちらの方が興味深かった。

 果たして成賢しげかたは、「如何いかにも」とそれも胸を張って堂々どうどうと答えたのであった。これでは、

如何いかにも家治は間抜まぬけである…」

 そう言ったも同然であり、これには思わず治済はるさだも頭を抱えたものである。治済はるさだにしても家治に対してそのことを…、家基いえもとを殺害したのは他ならぬ意次であり、ところが家治はそうとも知らずに意次のせがれ意知おきとも家基いえもと殺しの探索たんさくを命じてしまった、そのことを示唆しさした際には申し訳なさそうな態度を取ったものである。

 それが成賢しげかたの態度たるや、町奉行の分際で堂々どうどうと…、それこそ堂々どうどうと家治のことを間抜まぬけ呼ばわりするとは、治済はるさだが頭を抱えたのも当然であった。

 やはり景漸かげつぐ相役あいやく…、同僚として成賢しげかたのためを思えばこそ、

「口をつつしめ…」

 そう訓戒くんかいを与えたものの、しかし、成賢しげかたには通じなかった。

 成賢しげかた景漸かげつぐからの心からの忠告を無視して先を続けた。

「さればおそれ多くも上様より、大納言だいなごん様を害せし下手人げしゅにん探索たんさくを命じられし大和守やまとのかみはすわ一大事いちだいじと、屋敷に帰るや、直ちに父である主殿頭とのものかみ、そなたにそのむね、伝えたに相違あるまい。そしてこのままでは己が奥医師おくいし池原いけはら長仙院ちょうせんいん手先てさき使つこうておそれ多くも大納言だいなごん様を害せしことが上様に発覚するやも知れぬと、そこで池原いけはら長仙院ちょうせんいんの口をふうじることを思い立ったのではござるまいか?」

 成賢しげかたの名推理ならぬ迷推理に意次は内心、やれやれと思わずにはいられなかったが、それでも家治からの「命令」もあって、ここは今しばらく、シラを切らざるを得なかった。

随分ずいぶんたくましい妄想もうそうだが…」

 意次はそう切り出した。ちなみにこれは意次のいつわらざる心境であった。

「繰り返すが、何か根拠でもあるのか?」

 そう尋ねる意次に対して成賢しげかたは「ある」と即答そくとうするや、評定所一座の一人である公事くじ方勘定奉行の山村やまむら信濃守しなののかみ良旺たかあきら目配めくばせした。

 すると山村やまむら良旺たかあきら心得こころえたとそう言わんばかりにうなずき返すと隣…、将軍・家治とそれに治済はるさだ重好しげよし鎮座ちんざする誓詞之間せいしのまとは反対側の隣の白洲しらすへと体の向きを変えたかと思うと、

「証人をこれへ…」

 良旺たかあきらはそう声を上げたのであった。

 すると白洲しらすに接する公事人くじにんだまりより、旗本の鷲巣わしのす益五郎ますごろう寄合よりあい医師の長谷川はせがわ玄通げんつうが姿を見せた。

 益五郎ますごろう玄通げんつうは昨日より南町奉行所内の座舗ざしきに留め置かれ、今朝になって内与力ないよりき高原たかはら半右衛門はんえもん年番ねんばん与力よりき山本やまもと茂一郎もいちろう、そして定町じょうまちまわり同心の原田はらだ和多五郎わたごろうの案内によりここ辰ノ口たつのぐちにある評定所ひょうじょうしょへと足を向けたのであった。

 いや、官医かんい長谷川はせがわ玄通げんつうはともかく、益五郎ますごろうのような旗本が町方まちかたに…、町奉行所内に留め置かれるなど絶対にあり得なかった。

 南町奉行の牧野まきの成賢しげかた益五郎ますごろうより身許みもとを確かめるや、小川丁にある鷲巣わしのす家の屋敷へと内与力ないよりき高原たかはら半右衛門はんえもんつかわし、応対に出た家老の上野うえの左太夫さだゆうに対して、当主の益五郎ますごろうをある事件の参考人として南町奉行所内にて留め置いていることを告げたのであった。

 すると家老の左太夫さだゆう仰天ぎょうてんすると同時に、直ちに当主を返してくれるよう、益五郎ますごろうの釈放を求めたのであった。当主がとらわれの身となっていると知った以上、当然の反応と言うべきであろう。

 それに対して半右衛門はんえもん益五郎ますごろうは旗本家の当主に相応ふさわしく、丁重に扱っていることを告げた上で、寄合よりあい医師の長谷川はせがわ玄通げんつう博打ばくち帰りにある事件に遭遇そうぐうしたのだと、やんわりとおどしをかけたのであった。

 おどしとは他でもない、旗本ともあろう者が博打ばくちに興じていたことが、それも事件に遭遇そうぐうしたのは大名や旗本の門限である暮六つ(午後6時頃)を過ぎてからであり、このことが幕府に知られれば鷲巣わしのす家は最悪、お取りつぶしのき目にうやも知れず、おどしとはこのことであった。

 そうなると左太夫さだゆうとしても強くは出られず、くっするより他になかった。旗本の益五郎ますごろうの実家である鷲巣わしのす家でさえくっしたのだから、官医かんいに過ぎない玄通げんつうのその実家である長谷川家がくっしたのは言うまでもない。
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