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大詰め ~佐野善左衛門からの貴重な情報~
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それから間もなくして、平蔵が佐野善左衛門を連れて意知と益五郎の元へと戻って来た。
佐野善左衛門はと言うと、実にいそいそとした様子であった。意知が呼んでいると、平蔵よりそう伝えられて気分が高揚していたのだ。
田安派から一橋派へと鞍替えしたことを後悔している、そして今後の身の振り方について頭を悩ませている佐野善左衛門にとって、意知との誼はそれこそ、
「蜘蛛の糸…」
そのような存在であり、そうであれば意知に呼びつけられた佐野善左衛門がいそいそとした様子を見せるのも無理からぬことであった。
ともあれ佐野善左衛門は意知と益五郎が待ち受ける御三卿家老の詰所へと足を運ぶと、そこで意知と初めて向かい合った。
佐野善左衛門は益五郎とは昨日、顔を合わせたので、すぐにそうと分かったが、意知とは生憎、これまで一度として顔を合わせたことがなかったので、意知の顔を知らず、しかし、この部屋には益五郎の他には意知しかおらず、それゆえ己の見知らぬ顔が意知であろうと、佐野善左衛門は直ぐにそうと察すると、意知と向かい合って着座すると、意知に対して平伏しようとして、意知に制された。
「私は貴殿の主ではないゆえに、平伏されるには及びませぬゆえ…」
意知は善左衛門に対してそう語りかけた。
それに対して善左衛門はと言うと、かえって恐縮した。何しろ意知と言えばいまをときめく老中・田沼意次の息である。そうであれば、
「横柄な仁…」
善左衛門は意知のことをそのような者に違いないと、勝手に想像していたのだ。それが実際には己が想像した人物像とは正反対であり、それゆえ善左衛門は大いに恐縮したのであった。
そういえば意知はてっきり上座に座っているものとばかり、やはり善左衛門は勝手に想像を巡らしていたわけだが、それが実際には客座に控えており、ゆえに善左衛門は障子を背にする下座に着座せずに済んだ。
「それより…」
善左衛門と向き合った意知は早速そう切り出すと、善左衛門が益五郎に渡した書付…、一橋家と縁のある、宿直担当の8人の新番士の名がしたためられているその書付を善左衛門に掲げながら、更に詳しい説明を…、一橋家との縁について説明を求めたのであった。
それに対して善左衛門は己がしたためた書付が意知の手に渡っていたと、そうと知るや、嬉しそうな表情を覗かせ、しかし、それも一瞬のことで、すぐに表情を引き締めるや、意知の「リクエスト」に応じて8人の新番士がそれぞれ、一橋家と如何なる縁で結ばれているのかについて、説明を始めた。
「まず萬年六三郎頼豊ですが、それがしと同じく田安家と縁がありまして…」
「と申されると、萬年六三郎も元来は佐野殿と同じく田安派であったと?」
「御意」
意知は「御意」と応ずる善左衛門に困惑した。まるで将軍に対するかのようであったからだ。それ程までに意知に取り入りたいとの想いであり、善左衛門のその想いは意知にも、そして陪席していた平蔵にも分かったが、しかし、「御意」だけは止めてくれと、意知は善左衛門に懇願し、善左衛門もそれからは意知に対して、
「御意」
という単語を使うことはなかった。
ともあれ、善左衛門は気を取り直して説明を続けた。
即ち、萬年六三郎は佐野善左衛門と同じく、田安家と縁があり、それゆえ次期将軍として嘱望されていた家基が存命の折には一橋派に属したものの、家基が薨去、代わって一橋家より次期将軍が輩出…、一橋家の当主、治済の実子・豊千代が次期将軍に内定するや、一橋家との細い縁を手繰っていち早く一橋派に鞍替えしたそうな。
具体的には萬年六三郎の本家筋に当たる、田安家にて用人の重職にある萬年七郎左衛門頼英という仁がいるのだが、この仁には嫡男の他に、十左衛門正倫なる次男坊がおり、その次男坊は何と、一橋家に仕える守能平三郎正明の許へと養嗣子として迎えられていたのだ。
それゆえ萬年六三郎はこの十左衛門正倫を通じて、一橋家と誼を通じ、同時に、己が番士として属する新番組内における一橋派の首領とも言うべき猪飼五郎兵衛にも徹底的にゴマをすることで、今や猪飼五郎兵衛の右腕とも称されるに至ったとのことである。
田澤傳左衛門正斯は本家筋に当たる田澤五兵衛昌名が一橋家にて近習として仕え、その娘も一橋家に侍女として仕えているそうな。
白井主税利庸も田澤傳左衛門と同様、父・直次郎尊利が一橋家にて近習として仕えていた。
一方、細田三右衛門時賢は些か毛色が違い、何と治済の実母・遊歌の実家である細田家に列なり、治済の遠い縁者であり、細田三右衛門の姉も一橋家にてやはり侍女として仕えていた。
鈴木清右衛門友光は一橋家にて用人の重職を務めたこともある、そして今は二ノ丸留守居の鈴木彦八郎茂正の次男であった。
それから根本大八郎成員と小池甚兵衛充方の二人は共に、一橋家にて近習として仕えていた仲だそうな。
そして本間主税高郡はと言うと、実姉が西之丸の書院番士であった野々山彌吉兼有の許へと嫁しているそうな。
「それが…、本間主税の姉が西之丸の書院番士であったそうな野々山彌吉なる者の許へと嫁ぎしことが、一橋家と如何なる縁で結ばれると?」
意知にはそれが分からず、しかし、「野々山」という実に気になる苗字が善左衛門の口から飛び出したことで、身を乗り出すようにして善左衛門に尋ねた。それは平蔵も同じで、興味津々といった体で善左衛門からの答えを待ち受けた。
一方、そうとは気付かぬ善左衛門は実に意外そうな表情を浮かべた。
「ご存知ありませなんだか?」
善左衛門がそう応じたので、
「と申されると…、よもや…、よもや野々山家は一橋家と…、例えば附切を輩出しているとか?」
意知もそう勘を働かせ、それに対して善左衛門は「左様」と首肯すると、詳しく説明した。
即ち、野々山家と言えば、意知が勘を働かせた通り、一橋家の附切を輩出する家柄であり、例えば今…、天明元(1781)年の4月3日現在、番方…、軍事部門の要路である御先手鉄砲頭を勤める野々山弾右衛門兼起の実弟・市郎右衛門兼驍が附切として一橋家に仕えており、また、本間主税の姉が嫁いだ野々山彌吉兼有、やはりその実弟の彌市郎兼命も附切として一橋家に仕えており、しかもこの野々山彌市郎兼命は本間主税の実弟の惣左衛門兼利を養嗣子として迎えており、彌市郎は現在、養嗣子の惣左衛門と共に一橋家にて仕えているとのことであった。
善左衛門よりそうと聞かされた意知は、そして平蔵も絶句したもので、事情を知らぬ善左衛門は首をかしげた。いや、益五郎にしてもそうであった。
「あの、それが何か…」
恐る恐る尋ねる善左衛門に対して、しかし、意知はまだこの段階では善左衛門には打ち明けられないと、
「いや、何でもござらぬ…」
そう適当に誤魔化すと、「ところで…」と話題を転じた。
「その、本間主税の姉は西之丸の書院番士であった野々山彌吉の許へと嫁したとのことなれど、されば畏れ多くも大納言様が西之丸におわされた折に西之丸の書院番士として仕え奉りしわけで?」
意知は確かめるように善左衛門に尋ねた。
「左様…」
「されば…、その折には一番組の書院番…、戸田但馬守光邦様が番頭として束ねられし一番組の書院番、その組頭も確か、野々山…」
意知が記憶を手繰り寄せつつ、そう言うと、後の言葉は善左衛門が引き取った。
「左様。野々山新兵衛兼逵にて、その野々山新兵衛が組頭を務めし一番組の書院番に野々山彌吉も…」
善左衛門は先回りしてそう答えた。
「されば、一番組にはさしずめ、野々山一族で占められていた、と?」
平蔵がそこで口を挟んだ。それに対して善左衛門は、
「野々山一族で占められていた…」
平蔵のその表現が如何にも大袈裟でおかしく感じられ、苦笑しつつも、
「まぁ、そうでござるな…」
そう応じたのであった。
いや、実際には平蔵の表現は大袈裟どころか、至極真っ当なものであった。何しろ家基殺害…、見殺しにしようとしたことが立証されたも同然だからだ。
尤もそのような事情を知らぬ善左衛門ならば、平蔵の表現を大袈裟と考え、苦笑するのもこれまた至極真っ当と言うべきであり、ともあれ平蔵は質問を重ねた。
「ところで、今宵はその彼らが宿直を務めしことのようであるが…」
今夜…、将軍・家治の暗殺、いや、家治ばかりではない、側室の千穂や養女の種姫の暗殺までもが企まれている今夜、彼ら一橋家と縁のある新番士が宿直を務める経緯について、平蔵は何としてでも確かめずにはいられなかった。何しろ、急遽決まったとのことだからだ。
「されば、番頭様のお指図にて…」
平蔵が「番頭様?」と聞き返すや、
「駒木根様…、駒木根肥後守政永様にて…」
善左衛門からそのような答えが返ってきた。
「その、駒木根様もよもや、一橋様と関わりがあるのではござるまいか?」
平蔵が恐る恐る尋ねるや、善左衛門は「ほう」と感心したような声を上げたかと思うと、
「良くお分かりになられましたな…」
そうも付け加え、暗に駒木根政永も一橋家と縁があることを認めたのであった。
「されば具体的には…」
平蔵は善左衛門を促した。
「されば、駒木根様の妹御が婚家が小宮山家にて…、妹御は今は寄合の小宮山織部殿の許に嫁がれておりまして、その一族の中に今は一橋家にて勤仕せし…、用人の要職にありし小宮山利助殿がおられましてな…」
善左衛門の解説に平蔵は絶句した。いや、平蔵ばかりではない、意知も、それにさしもの「ヤンキー旗本」の益五郎までもが同様に絶句したものである。
これで一橋が…、治済が将軍・家治や、さらには側室の千穂に養女の種姫までも暗殺しようとしていることが最早、疑いようのない事実へと、そのレベルまで引き上がったからだ。
治済の意図は明らかである。家基を暗殺、毒殺した時と同様、今もまた、将軍・家治や側室の千穂、さらに養女の種姫を今宵、まとめて「片付ける」にあたり、その「お片づけ」を確実なものとすべく、己の息のかかった者たちで固めさせ、つまりは宿直を勤めさせることで、「お片づけ」が確実に実行されることを企んだに相違ない。つまりは、
「見殺し…」
治済はそれを企み、己の息のかかった者たちで今宵、宿直を勤めさせようとの腹積もりなのであろう。己の息のかかっていない者ならば、家治たちが毒で…、家基の命を奪ったのと同じく、
「シロタマゴテングタケ」
その毒で苦しめば必ずや、何とかしようと奥医師などに助けを求めるに違いないからだ。
いや、宿直は何も新番士に限らず、書院番士や小姓組番士なども宿直を務め、そしてそれら全ての宿直を己の息のかかった者でとは、不可能というものだろう。
それでも少しでも多く…、治済はそう考えたからこそ、新番士については己の息のかかった者たちに宿直を務めさせることに漕ぎ着けたに相違ない。
また仮に、治済の息のかかっていない者が…、宿直を担うその者が奥医師などに助けを求めたところで最早、手遅れというものであり、それに、治済の息がかかっている者でも、将軍たる家治が苦しむサマに際会すればやはり奥医師に助けを求めることぐらいのことはするであろう。
それでも治済は心理的に…、家治たちの暗殺の成功を少しでもより確実なものにしたいと、その一心からこのような…、己の息のかかった者たちで宿直を務めさせようとしたに違いない。正しくそれは、
「小賢しい…」
その一語に尽きた。
「ところで、組頭殿は…、番頭様…、駒木根様のお指図にどのような反応を示されたか…」
平蔵はそう尋ねた。最後の問いであった。言うまでもなく、組頭までが果たして一橋家と縁があるのか否か、それを確かめるためであった。
「されば組頭様…、春田様は怒っておられました」
「駒木根様のお指図に春田様は怒っておられたと?」
平蔵が確かめるように尋ねると、善左衛門は頷き、
「されば宿直の当番と申すものは前もって、決められており、それを直前になって動かしますのは如何なものかと…、組頭様…、春田様は駒木根様に猛抗議された由にて…」
そのような事情をも平蔵に打ち明けた。
「なれど、駒木根様に押し切られたと?」
平蔵がそう尋ねると、「左様」と善左衛門は首肯した。
成程、それも無理からぬことであった。何しろ相手は番頭である。そして組頭はその番頭の直属の部下であり、そうであれば番頭である駒木根政永の命令ともなれば、組頭である春田なる者の抵抗にも限界があろう。
「それでその春田殿でござるが…」
平蔵がそう問いかけるや、善左衛門も平蔵が何を問おうとしているのか察したようで、
「されば春田様…、春田長兵衛様は一橋家とは何の所縁もなく…、まぁ、強いて申すならば田安様との所縁がある程度で…」
先回りしてそう答え、平蔵を納得させた。一橋家とは何の所縁もないとすれば、その春田長兵衛が駒木根政永の指図に反発したのも頷けるからだ。
佐野善左衛門はと言うと、実にいそいそとした様子であった。意知が呼んでいると、平蔵よりそう伝えられて気分が高揚していたのだ。
田安派から一橋派へと鞍替えしたことを後悔している、そして今後の身の振り方について頭を悩ませている佐野善左衛門にとって、意知との誼はそれこそ、
「蜘蛛の糸…」
そのような存在であり、そうであれば意知に呼びつけられた佐野善左衛門がいそいそとした様子を見せるのも無理からぬことであった。
ともあれ佐野善左衛門は意知と益五郎が待ち受ける御三卿家老の詰所へと足を運ぶと、そこで意知と初めて向かい合った。
佐野善左衛門は益五郎とは昨日、顔を合わせたので、すぐにそうと分かったが、意知とは生憎、これまで一度として顔を合わせたことがなかったので、意知の顔を知らず、しかし、この部屋には益五郎の他には意知しかおらず、それゆえ己の見知らぬ顔が意知であろうと、佐野善左衛門は直ぐにそうと察すると、意知と向かい合って着座すると、意知に対して平伏しようとして、意知に制された。
「私は貴殿の主ではないゆえに、平伏されるには及びませぬゆえ…」
意知は善左衛門に対してそう語りかけた。
それに対して善左衛門はと言うと、かえって恐縮した。何しろ意知と言えばいまをときめく老中・田沼意次の息である。そうであれば、
「横柄な仁…」
善左衛門は意知のことをそのような者に違いないと、勝手に想像していたのだ。それが実際には己が想像した人物像とは正反対であり、それゆえ善左衛門は大いに恐縮したのであった。
そういえば意知はてっきり上座に座っているものとばかり、やはり善左衛門は勝手に想像を巡らしていたわけだが、それが実際には客座に控えており、ゆえに善左衛門は障子を背にする下座に着座せずに済んだ。
「それより…」
善左衛門と向き合った意知は早速そう切り出すと、善左衛門が益五郎に渡した書付…、一橋家と縁のある、宿直担当の8人の新番士の名がしたためられているその書付を善左衛門に掲げながら、更に詳しい説明を…、一橋家との縁について説明を求めたのであった。
それに対して善左衛門は己がしたためた書付が意知の手に渡っていたと、そうと知るや、嬉しそうな表情を覗かせ、しかし、それも一瞬のことで、すぐに表情を引き締めるや、意知の「リクエスト」に応じて8人の新番士がそれぞれ、一橋家と如何なる縁で結ばれているのかについて、説明を始めた。
「まず萬年六三郎頼豊ですが、それがしと同じく田安家と縁がありまして…」
「と申されると、萬年六三郎も元来は佐野殿と同じく田安派であったと?」
「御意」
意知は「御意」と応ずる善左衛門に困惑した。まるで将軍に対するかのようであったからだ。それ程までに意知に取り入りたいとの想いであり、善左衛門のその想いは意知にも、そして陪席していた平蔵にも分かったが、しかし、「御意」だけは止めてくれと、意知は善左衛門に懇願し、善左衛門もそれからは意知に対して、
「御意」
という単語を使うことはなかった。
ともあれ、善左衛門は気を取り直して説明を続けた。
即ち、萬年六三郎は佐野善左衛門と同じく、田安家と縁があり、それゆえ次期将軍として嘱望されていた家基が存命の折には一橋派に属したものの、家基が薨去、代わって一橋家より次期将軍が輩出…、一橋家の当主、治済の実子・豊千代が次期将軍に内定するや、一橋家との細い縁を手繰っていち早く一橋派に鞍替えしたそうな。
具体的には萬年六三郎の本家筋に当たる、田安家にて用人の重職にある萬年七郎左衛門頼英という仁がいるのだが、この仁には嫡男の他に、十左衛門正倫なる次男坊がおり、その次男坊は何と、一橋家に仕える守能平三郎正明の許へと養嗣子として迎えられていたのだ。
それゆえ萬年六三郎はこの十左衛門正倫を通じて、一橋家と誼を通じ、同時に、己が番士として属する新番組内における一橋派の首領とも言うべき猪飼五郎兵衛にも徹底的にゴマをすることで、今や猪飼五郎兵衛の右腕とも称されるに至ったとのことである。
田澤傳左衛門正斯は本家筋に当たる田澤五兵衛昌名が一橋家にて近習として仕え、その娘も一橋家に侍女として仕えているそうな。
白井主税利庸も田澤傳左衛門と同様、父・直次郎尊利が一橋家にて近習として仕えていた。
一方、細田三右衛門時賢は些か毛色が違い、何と治済の実母・遊歌の実家である細田家に列なり、治済の遠い縁者であり、細田三右衛門の姉も一橋家にてやはり侍女として仕えていた。
鈴木清右衛門友光は一橋家にて用人の重職を務めたこともある、そして今は二ノ丸留守居の鈴木彦八郎茂正の次男であった。
それから根本大八郎成員と小池甚兵衛充方の二人は共に、一橋家にて近習として仕えていた仲だそうな。
そして本間主税高郡はと言うと、実姉が西之丸の書院番士であった野々山彌吉兼有の許へと嫁しているそうな。
「それが…、本間主税の姉が西之丸の書院番士であったそうな野々山彌吉なる者の許へと嫁ぎしことが、一橋家と如何なる縁で結ばれると?」
意知にはそれが分からず、しかし、「野々山」という実に気になる苗字が善左衛門の口から飛び出したことで、身を乗り出すようにして善左衛門に尋ねた。それは平蔵も同じで、興味津々といった体で善左衛門からの答えを待ち受けた。
一方、そうとは気付かぬ善左衛門は実に意外そうな表情を浮かべた。
「ご存知ありませなんだか?」
善左衛門がそう応じたので、
「と申されると…、よもや…、よもや野々山家は一橋家と…、例えば附切を輩出しているとか?」
意知もそう勘を働かせ、それに対して善左衛門は「左様」と首肯すると、詳しく説明した。
即ち、野々山家と言えば、意知が勘を働かせた通り、一橋家の附切を輩出する家柄であり、例えば今…、天明元(1781)年の4月3日現在、番方…、軍事部門の要路である御先手鉄砲頭を勤める野々山弾右衛門兼起の実弟・市郎右衛門兼驍が附切として一橋家に仕えており、また、本間主税の姉が嫁いだ野々山彌吉兼有、やはりその実弟の彌市郎兼命も附切として一橋家に仕えており、しかもこの野々山彌市郎兼命は本間主税の実弟の惣左衛門兼利を養嗣子として迎えており、彌市郎は現在、養嗣子の惣左衛門と共に一橋家にて仕えているとのことであった。
善左衛門よりそうと聞かされた意知は、そして平蔵も絶句したもので、事情を知らぬ善左衛門は首をかしげた。いや、益五郎にしてもそうであった。
「あの、それが何か…」
恐る恐る尋ねる善左衛門に対して、しかし、意知はまだこの段階では善左衛門には打ち明けられないと、
「いや、何でもござらぬ…」
そう適当に誤魔化すと、「ところで…」と話題を転じた。
「その、本間主税の姉は西之丸の書院番士であった野々山彌吉の許へと嫁したとのことなれど、されば畏れ多くも大納言様が西之丸におわされた折に西之丸の書院番士として仕え奉りしわけで?」
意知は確かめるように善左衛門に尋ねた。
「左様…」
「されば…、その折には一番組の書院番…、戸田但馬守光邦様が番頭として束ねられし一番組の書院番、その組頭も確か、野々山…」
意知が記憶を手繰り寄せつつ、そう言うと、後の言葉は善左衛門が引き取った。
「左様。野々山新兵衛兼逵にて、その野々山新兵衛が組頭を務めし一番組の書院番に野々山彌吉も…」
善左衛門は先回りしてそう答えた。
「されば、一番組にはさしずめ、野々山一族で占められていた、と?」
平蔵がそこで口を挟んだ。それに対して善左衛門は、
「野々山一族で占められていた…」
平蔵のその表現が如何にも大袈裟でおかしく感じられ、苦笑しつつも、
「まぁ、そうでござるな…」
そう応じたのであった。
いや、実際には平蔵の表現は大袈裟どころか、至極真っ当なものであった。何しろ家基殺害…、見殺しにしようとしたことが立証されたも同然だからだ。
尤もそのような事情を知らぬ善左衛門ならば、平蔵の表現を大袈裟と考え、苦笑するのもこれまた至極真っ当と言うべきであり、ともあれ平蔵は質問を重ねた。
「ところで、今宵はその彼らが宿直を務めしことのようであるが…」
今夜…、将軍・家治の暗殺、いや、家治ばかりではない、側室の千穂や養女の種姫の暗殺までもが企まれている今夜、彼ら一橋家と縁のある新番士が宿直を務める経緯について、平蔵は何としてでも確かめずにはいられなかった。何しろ、急遽決まったとのことだからだ。
「されば、番頭様のお指図にて…」
平蔵が「番頭様?」と聞き返すや、
「駒木根様…、駒木根肥後守政永様にて…」
善左衛門からそのような答えが返ってきた。
「その、駒木根様もよもや、一橋様と関わりがあるのではござるまいか?」
平蔵が恐る恐る尋ねるや、善左衛門は「ほう」と感心したような声を上げたかと思うと、
「良くお分かりになられましたな…」
そうも付け加え、暗に駒木根政永も一橋家と縁があることを認めたのであった。
「されば具体的には…」
平蔵は善左衛門を促した。
「されば、駒木根様の妹御が婚家が小宮山家にて…、妹御は今は寄合の小宮山織部殿の許に嫁がれておりまして、その一族の中に今は一橋家にて勤仕せし…、用人の要職にありし小宮山利助殿がおられましてな…」
善左衛門の解説に平蔵は絶句した。いや、平蔵ばかりではない、意知も、それにさしもの「ヤンキー旗本」の益五郎までもが同様に絶句したものである。
これで一橋が…、治済が将軍・家治や、さらには側室の千穂に養女の種姫までも暗殺しようとしていることが最早、疑いようのない事実へと、そのレベルまで引き上がったからだ。
治済の意図は明らかである。家基を暗殺、毒殺した時と同様、今もまた、将軍・家治や側室の千穂、さらに養女の種姫を今宵、まとめて「片付ける」にあたり、その「お片づけ」を確実なものとすべく、己の息のかかった者たちで固めさせ、つまりは宿直を勤めさせることで、「お片づけ」が確実に実行されることを企んだに相違ない。つまりは、
「見殺し…」
治済はそれを企み、己の息のかかった者たちで今宵、宿直を勤めさせようとの腹積もりなのであろう。己の息のかかっていない者ならば、家治たちが毒で…、家基の命を奪ったのと同じく、
「シロタマゴテングタケ」
その毒で苦しめば必ずや、何とかしようと奥医師などに助けを求めるに違いないからだ。
いや、宿直は何も新番士に限らず、書院番士や小姓組番士なども宿直を務め、そしてそれら全ての宿直を己の息のかかった者でとは、不可能というものだろう。
それでも少しでも多く…、治済はそう考えたからこそ、新番士については己の息のかかった者たちに宿直を務めさせることに漕ぎ着けたに相違ない。
また仮に、治済の息のかかっていない者が…、宿直を担うその者が奥医師などに助けを求めたところで最早、手遅れというものであり、それに、治済の息がかかっている者でも、将軍たる家治が苦しむサマに際会すればやはり奥医師に助けを求めることぐらいのことはするであろう。
それでも治済は心理的に…、家治たちの暗殺の成功を少しでもより確実なものにしたいと、その一心からこのような…、己の息のかかった者たちで宿直を務めさせようとしたに違いない。正しくそれは、
「小賢しい…」
その一語に尽きた。
「ところで、組頭殿は…、番頭様…、駒木根様のお指図にどのような反応を示されたか…」
平蔵はそう尋ねた。最後の問いであった。言うまでもなく、組頭までが果たして一橋家と縁があるのか否か、それを確かめるためであった。
「されば組頭様…、春田様は怒っておられました」
「駒木根様のお指図に春田様は怒っておられたと?」
平蔵が確かめるように尋ねると、善左衛門は頷き、
「されば宿直の当番と申すものは前もって、決められており、それを直前になって動かしますのは如何なものかと…、組頭様…、春田様は駒木根様に猛抗議された由にて…」
そのような事情をも平蔵に打ち明けた。
「なれど、駒木根様に押し切られたと?」
平蔵がそう尋ねると、「左様」と善左衛門は首肯した。
成程、それも無理からぬことであった。何しろ相手は番頭である。そして組頭はその番頭の直属の部下であり、そうであれば番頭である駒木根政永の命令ともなれば、組頭である春田なる者の抵抗にも限界があろう。
「それでその春田殿でござるが…」
平蔵がそう問いかけるや、善左衛門も平蔵が何を問おうとしているのか察したようで、
「されば春田様…、春田長兵衛様は一橋家とは何の所縁もなく…、まぁ、強いて申すならば田安様との所縁がある程度で…」
先回りしてそう答え、平蔵を納得させた。一橋家とは何の所縁もないとすれば、その春田長兵衛が駒木根政永の指図に反発したのも頷けるからだ。
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さて|黄昏《たそがれ》は、一日のうち日没直後、雲のない西の空に夕焼けの名残りの「赤さ」が残る時間帯のことを言う。「|黄昏時《たそがれどき)」。 「黄昏れる《たそがれる》」という動詞形もある。
「たそがれ」は、江戸時代になるまでは「たそかれ」といい、「たそかれどき」の略でよく知られていた。夕暮れの人の顔の識別がつかない暗さになると誰かれとなく、「そこにいるのは誰ですか」「誰そ彼(誰ですかあなたは)」とたずねる頃合いという意味で日常会話でよく使われた。
今回の私の小説のテーマはこの黄昏である。
この風習は広く日本で行われている。
「おはようさんです」「これからですか」「お晩でございます。いまお帰りですか」と尋ねられれば相手も答えざるを得ず、互いに誰であるかチェックすることでヨソ者を排除する意図があったとされている。
「たそかれ」という言葉は『万葉集』に
誰そ彼と われをな問ひそ 九月の 露に濡れつつ 君待つわれそ」
— 『万葉集』第10巻2240番
と登場するが、これは文字通り「誰ですかあなたは」という意味である。
「平安時代には『うつほ物語』に「たそかれどき」の用例が現れ、さらに『源氏物語』に
「寄りてこそ それかとも見め たそかれに ほのぼの見つる 夕顔の花」
— 『源氏物語』「夕顔」光源氏
と、現在のように「たそかれ」で時間帯を表す用例が現れる。
なおこの歌は、帖と登場人物の名「夕顔」の由来になった夕顔の歌への返歌である。
またこの言葉の比喩として、「最盛期は過ぎたが、多少は余力があり、滅亡するにはまだ早い状態」をという語句の用い方をする。
漢語「|黄昏《コウコン》」は日没後のまだ完全に暗くなっていない時刻を指す。「初昏」とも呼んでいた。十二時辰では「戌時」(午後7時から9時)に相当する。
「たそがれ」の動詞化の用法。日暮れの薄暗くなり始めるころを指して「空が黄昏れる」や、人生の盛りを過ぎ衰えるさまを表現して「黄昏た人」などのように使用されることがある。
この物語はフィクションです。登場人物、団体等実際に同じであっても一切関係ありません。
それでは、小説「黄昏夫婦」をお楽しみ下さい。
読者の皆様の何かにお役に立てれば幸いです。
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