プリズン食堂へようこそ ~収容分類級I・LA・A 朝霞刑務所食堂開店~

ご隠居

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企画担当・主席矯正処遇官の石谷茂の指示

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 石原いしはら晋太郎しんたろうおも足取あしどりで職場しょくばである朝霞あさか刑務所けいむしょへともどった。契約けいやく一件いっけんれなかったのだからそれも当然とうぜんであった。

 これが民間みんかん企業きぎょうならば直帰ちょっきゆるされるところであっただろうが、刑務所けいむしょともなるとそうもいかない。

 晋太郎しんたろう職員しょくいん専用せんよう通用口つうようぐちから所内しょないはいると、そのあし処遇しょぐう管理棟かんりとうへとかった。

 処遇しょぐう管理棟かんりとう一角いっかくにある企画きかく部門ぶもん事務室じむしつ晋太郎しんたろうのデスクがあった。

 そこには晋太郎しんたろうほかにも当然とうぜん、デスクがあった。つまりは企画きかく部門ぶもん事務室じむしつには晋太郎しんたろうほかにも職員しょくいんたちがはたらいているわけだが、営業えいぎょう担当たんとう晋太郎しんたろうだけであった。

 晋太郎しんたろう事務室じむしつ併設へいせつされているロッカーしつにてそれまでにつけていた背広せびろからトレードマークとも言うべき制服せいふくへと着替きがえると、デスクにこしけることなく、そのまま主席しゅせき矯正きょうせい処遇官しょぐうかんもとへとあしはこんだ。

 この朝霞あさか刑務所けいむしょにおける晋太郎しんたろういま階級かいきゅう公安職こうあんしょく2級の看守かんしゅ部長ぶちょうクラスであり、ひるがえって主席しゅせき矯正きょうせい処遇官しゅぐうかんはと言うと、公安職こうあんしょく8級の看守長かんしゅちょうクラスであり、晋太郎しんたろうよりも六階級ろっかいきゅう、いや、七階級ななかいきゅううえであった。ちなみに公安職こうあんしょく2級と3級との間には特2級なる階級かいきゅう存在そんざいするからだ。

 ともあれ、晋太郎しんたろうのようなまさ一介いっかい看守かんしゅ部長ぶちょうクラスが七階級ななかいきゅううえ主席しゅせき矯正きょうせい処遇官しょぐうかんもとへとじかあしはこぶことなど、本来ほんらいならばゆるされないことであった。銀行ぎんこうたとえるならば一介いっかい主任しゅにん直接ちょくせつ頭取とうどりもとへとあしはこぶようなものであろうか。

 だがこと晋太郎しんたろうかぎって言えば、それがゆるされていた。それもこれも、晋太郎しんたろう一人ひとり営業えいぎょうになっていることに由来ゆらいする。

 すなわち、主席しゅせき矯正きょうせい処遇官しょぐうかん一人ひとりである石谷いしがやしげる晋太郎しんたろう営業えいぎょう活動かつどう一切いっさいめいじたのであった。

 主席しゅせき矯正きょうせい処遇官しょぐうかんとは朝霞あさか刑務所けいむしょにおけるナンバースリーである処遇しょぐう部長ぶちょうささえるものであり、この主席しゅせき矯正きょうせい処遇官しょぐうかん処遇しょぐう担当たんとう企画きかく担当たんとうとにかれており、晋太郎しんたろう営業えいぎょうめいじた石谷いしがやしげるはこのうち企画きかく担当たんとう主席しゅせき矯正きょうせい処遇官しょぐうかんであった。

 そして企業きぎょうとの契約けいやくもこの企画きかく担当たんとう主席しゅせき矯正きょうせい処遇官しょぐうかん所掌しょしょう事務じむふくまれており、それゆえそのポストにある石谷いしがやしげる晋太郎しんたろう営業えいぎょうめいじたわけである。

 いや、そうだとしてもこの企画きかく担当たんとう主席しゅせき矯正きょうせい処遇官しょぐうかんもとにはかれささえるべき3人の統括とうかつ矯正きょうせい処遇官しょぐうかんがおり、作業さぎょう教育きょういく分類ぶんるいの3つの担当たんとう分担ぶんたんしており、うち企業きぎょうとの契約けいやく作業さぎょう担当たんとう統括とうかつ矯正きょうせい処遇官しょぐうかん所掌しょしょう事務じむであった。

 そうであれば石谷いしがやしげる晋太郎しんたろう営業えいぎょうめいじるとしても、それは作業さぎょう担当たんとう統括とうかつ矯正きょうせい処遇官しょぐうかんかいして、ということになる。

 いや、統括とうかつ矯正きょうせい処遇官しょぐうかん看守かんしゅ部長ぶちょうクラスの晋太郎しんたろうとのあいだにはさらに、課長かちょう課長かちょう補佐ほさ、そして係長かかちりょうがおり、かれらをかいして、ということになるだろう。

 だが石谷いしがやしげること晋太郎しんたろうに対しては直接ちょくせつ営業えいぎょうめいじたのであった。そこには晋太郎しんたろうへの並々なみなみならぬ期待きたいがあった。

 石谷いしがやしげる晋太郎しんたろう期待きたいせたのも当然とうぜんと言えた。それと言うのも晋太郎しんたろうはこの朝霞あさか刑務所けいむしょにて勤務きんむする刑務官けいむかんなかでも唯一人ただひとり民間みんかん企業きぎょうはたらいていた経験けいけんっていたからだ。

 晋太郎しんたろうじつはかつては民間みんかん企業きぎょう、それも保険ほけん会社がいしゃ営業えいぎょう担当たんとうであった。

 だが、晋太郎しんたろう自分じぶん仕事しごとむなしさをおぼえた。保険ほけんなど究極きゅうきょく虚業きょぎょうおぼえたからだ。

 そこで晋太郎しんたろうはもっとのある仕事しごとをしたいとおもうようになり、そしてある時、テレビで放映ほうえいされた刑務官けいむかん特集とくしゅう偶々たまたまにしたことから一念いちねん発起ほっき刑務官けいむかんへと転身てんしんしたのであった。

 受刑者じゅけいしゃじかせっし、そして矯正きょうせいへとみちびき、見事みごと社会しゃかい復帰ふっきさせる…、晋太郎しんたろうはそのような刑務官けいむかん仕事しごとを感じたからこそ、刑務官けいむかんへの転身てんしん決意けついし、そしてれて転身てんしんたしたのであった。

 だが現実げんじつあまくはなかった。晋太郎しんたろう転職てんしょくさきである朝霞あさか刑務所けいむしょにおいても、保険ほけん会社がいしゃつづいて営業えいぎょうめいじられたのであった。

 主席しゅせき矯正きょうせい処遇官しょぐうかんともなると、所長しょちょう部長ぶちょう同様どうよう個室こしつあたえられ、晋太郎しんたろう石谷いしがやしげる執務室しつむしつのドアのまえつと、一呼吸ひとこきゅうしてからドアをノックした。

 すると間髪かんぱつれず、「はいれ」との石谷いしがやしげるりのあるこえこえたので、晋太郎しんたろうはらちかられてドアノブをまわし、一気いっきけた。

 それから晋太郎しんたろうはドアをじると、デスクのまえまであゆり、そしてまどにしてデスクにかう石谷いしがやしげるに対して直立ちょくりつ不動ふどう姿勢しせいった。

「どうだった?」

 石谷いしがやしげる開口一番かいこういちばん、そうたずねた。契約けいやく成否せいひたずねているのはあきらかであり、晋太郎しんたろうはかつて保険ほけん会社がいしゃにいたおりにそうしたように、

もうわけありません」

 契約けいやくれなかったことをびると、深々ふかぶかこしった。

 だが保険ほけん会社がいしゃちがって、いや、保険ほけん会社がいしゃかぎらず、すべての民間みんかん企業きぎょうちがって、そんな晋太郎しんたろう罵声ばせいびせられることはなかった。

「そうか…」

 石谷いしがやしげる晋太郎しんたろうからの報告ほうこく事実じじつとして冷静れいせいめると、晋太郎しんたろうあたまげるようにうながすとがり、晋太郎しんたろうをソファへといざなった。

 そうして石谷いしがやしげるあらためて晋太郎しんたろう今度こんどはソファでかいうと、「大変たいへんだったな」とまずは晋太郎しんたろう努力どりょくねぎらったものである。

 それにたいして晋太郎しんたろうはそんな石谷いしがやしげる配慮はいりょむねみた。民間みんかん企業きぎょうにおいては努力どりょくだけではねぎらわれることはないからだ。あくまで結果けっかしてこそ、であった。

もうわけありません…」

 晋太郎しんたろうもうわけなさでむね一杯いっぱいとなり、今度こんど心底しんそこからあやまった。

「いや、営業えいぎょうすべきみけているとしては、きみめる資格しかくはない」

 石谷いしがやしげるはまずはきっぱりとそうってから、「しかし…」とつづけた。

「このままではまずいな…」

 石谷いしがやしげる言葉ことば晋太郎しんたろう心底しんそこ同感どうかんであったので、深々ふかぶかうなずいた。

 なにしろ刑務けいむ作業さぎょうがなくなれば刑務所けいむしょ機能きのううしなわれると言っても過言かごんではないからだ。

処遇しょぐう希望きぼうしていたきみにしてみれば、営業えいぎょうまわされて、さぞかし不本意ふほんいのこととはおもう」

 石谷いしがやしげる唐突とうとつにそうしたかとおもうと、

「だが、営業えいぎょう刑務所けいむしょにおいては大事だいじ仕事しごとなんだよ」

 晋太郎しんたろうさとすようにそうげた。

 成程なるほどたしかにそうかもれないと、晋太郎しんたろうおもった。受刑者じゅけいしゃあたえるべき刑務けいむ作業さぎょう民間みんかん企業きぎょうとの契約けいやくというかたちってこなければ、刑務所けいむしょ機能きのう麻痺まひしてしまう。

 だとするならば、受刑者じゅけいしゃじかせっし、そして矯正きょうせいへとみちび処遇しょぐうだけが刑務官けいむかんではないのだ。

たしかに処遇しょぐうの方が刑務所けいむしょ花形はながたと言えるだろう。たまのテレビの特集とくしゅうにおいても、カメラレンズがとらえるのは処遇しょぐうだけで、きみのようなわばえんした力持ちからもちにレンズがたることはない…」

 石谷いしがやしげるのその言葉ことばにも晋太郎しんたろうはやはりうなずいた。それもおおいにうなずかされた。晋太郎しんたろう自身じしん、テレビ画面がめんうつった処遇しょぐう部門ぶもん刑務官けいむかんのその姿すがたたりにして転職てんしょく決意けついしたからだ。

「だが、えんした力持ちからもちも大事だいじなんだよ。派手はで処遇しょぐうだけが刑務所けいむしょじゃないんだよ…」

 石谷いしがやしげるかさねて晋太郎しんたろうさとすようにそうげた。

 そして石谷いしがやしげるのその言葉ことば晋太郎しんたろうむねするどさった。

 晋太郎しんたろう保険ほけん会社がいしゃ営業えいぎょうという虚業きょぎょうぶりに嫌気いやけがさし、ひるがえって、受刑者じゅけいしゃ矯正きょうせいへとみちびき、そして立派りっぱ社会しゃかい復帰ふっきさせるという刑務官けいむかん、それも「花形はながた」の刑務官けいむかんあこがれて刑務官けいむかんへの転職てんしょく決意けついし、見事みごと、それをたしたわけだが、しかし、晋太郎しんたろうけていたのは希望きぼうとは裏腹うらはらの、保険ほけん会社がいしゃ勤務きんむしていたころわらぬ営業えいぎょうという仕事しごとであった。

 だが、受刑者じゅけいしゃ刑務けいむ作業さぎょうをさせるべく、そのために民間みんかん企業きぎょうとのあいだ契約けいやくむすぶのもまた、受刑者じゅけいしゃ矯正きょうせいへとみちびき、そして立派りっぱ社会しゃかい復帰ふっきさせることにつながる。

 にもかかわらず、晋太郎しんたろうは「花形はながた」ではないからと、営業えいぎょういとうていた。そしてそのことを、石谷いしがやしげる指摘してきされて、晋太郎しんたろうはそんな自分じぶんおおいにじた。花形はながたではないから営業えいぎょういやだなどと、それでは保険ほけん会社がいしゃ営業えいぎょうという虚業きょぎょうぶりとなんわらないからだ。

 石谷いしがやしげるもそんな晋太郎しんたろう胸中きょうちゅうづいたようで、表情ひょうじょうやわらげると、

「まぁ、いまも言ったが営業えいぎょうきみ一人ひとりけているとしてはきみ非難ひなんする資格しかくはない」

 石谷いしがやしげるあらためてそうかえすと、

「だが、刑務けいむ作業さぎょうはこのままでは払底ふっていしてしまう。それは受刑者じゅけいしゃにとっての死活しかつ問題もんだいとも言える。なんとか、もうひとりしてもらいたい」

 そうげたうえで、晋太郎しんたろうあたまげたのであった。これには晋太郎しんたろうおおいにあわてると同時どうじ恐縮きょうしゅくし、「はい」と即答そくとうするしかなかった。
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