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朝霞刑務所の懲りない面々
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石原晋太郎は石谷茂の元を辞去すると、それから受刑者が働いている工場棟へと足を運んだ。
晋太郎は処遇部に属する刑務官ではあるものの、その処遇部の中でも更に企画部門に属し、営業を担っていた。
それゆえそのような晋太郎が受刑者と直に接することは本来なかった。
だが晋太郎は営業を一手に引き受けるに際して、僅かな時間で良いので、受刑者と接する機会を設けて欲しいと、そう企画担当の主席矯正処遇官である石谷茂に懇願し、石谷茂もこれを受け、直属の上司に当たる処遇部長と談判に及び、更に所長と総務部長という刑務所の幹部の鳩首協議の末に認められた特例であった。
そのような経緯から、受刑者に接するとは言っても実際には見守る程度に過ぎず、しかし晋太郎としてはそれだけでも十分であった。
時刻はちょうど午後5時を回った頃であり、受刑者は刑務作業を終えて、入浴場へと向かうところであった。
この朝霞刑務所においては、外の刑務所とは違い、午後5時に刑務作業を終えるや、毎日、入浴が出来た。これもまた、当初は朝霞市内に刑務所を開設することに猛反対していた朝霞の地元住民との間で取り交わした協定の一つであった。
即ち、朝霞市内に新たに刑務所を開設することを認める条件として、更に受刑者に毎日入浴させることを、当初は刑務所開設に猛反対していた朝霞の地元住民が持ち出したのであった。
これは別段、受刑者のことを考えてのことではなく、異臭を恐れてのことであった。
刑務所は高い塀に囲まれており、それゆえ受刑者が毎日風呂に入れないとしても、それで近隣住民に異臭の被害が及ぶとは到底、考えられなかったものの、しかし、近隣住民は納得せず、受刑者に毎日、入浴させない限りは刑務所の開設は絶対に認めないと、そう言い募ったために、そこで法務省も已む無く、特例として毎日の入浴を認めることにしたのだ。そうでなくとも刑務所のような迷惑施設の開設には地元住民の反対運動が付きまとう。
それゆえ受刑者に毎日、入浴させることでその地元住民の反対運動が収まるのなら安いものであった。
さて、受刑者は晋太郎の姿を認めるや、皆いったん立ち止まっては一礼した。その様はまるで民間企業と変わらない。いや、これで受刑者が囚人服ではなくスーツ姿であったならば、立派に民間企業として通用するであろう。
そして並河亨もそんな受刑者の一人であった。
並河亨…、大手百貨店の丸越の元会長であり、しかし、5年前に東京地検特捜部によって逮捕された。被疑事実は特別背任であり、その後、東京地裁に起訴された並河亨は去年、懲役3年6月の実刑判決が下された。
誰もが並河亨の控訴を予期する中、しかし並河亨はそんな周囲の期待を裏切る格好で一審の実刑判決を受け入れ下獄の道を選び、この朝霞刑務所に収監された。
その並河亨は車椅子を押していた。車椅子にはやはり受刑者が乗っていた。
車椅子に乗せられていたのは高齢の受刑者であった。尤も、並河亨のような労役の義務のある懲役囚ではなく、その義務のない禁錮囚、つまりは収容分類級I指標の受刑者であった。
それでも希望すれば働くことが許され、今、並河亨によって車椅子を押して貰っている禁錮囚もその一人であり、反家嘉三その人であった。
反家嘉三…、独立行政法人の日本原子力研究開発機構の元理事長であり、理事長を退職後、瑞宝重光章を授与された。
だが2年前に交通事故を起こしてしまった。自らが運転する車で母子二人を撥ねたのであった。
幸い、母子二人は重傷で済んだものの、しかし、母の胎内に宿っていた胎児は流れてしまった。
事故原因は反家嘉三による運転ミスであったが、にもかかわらず自動車運転処罰法違反、過失運転致傷罪で在宅起訴された反家嘉三はあくまで自分の運転ミスを認めず、それどころか車の性能に問題があったと、自動車メーカーに責任転嫁する始末であった。
当然、裁判官の心証を著しく悪くし、そのため検察の求刑通り、禁錮7年の実刑判決が下された。
己の非を認め、例えその場限りの嘘であったとしても反省の態度さえ裁判官に示していれば間違いなく執行猶予が取れたであろう。
ともあれ反家嘉三自身は当初は控訴するつもりのようであったが、家族や弁護士に諭され、結局、禁錮7年の実刑判決を受け入れ、そのため、授与されていた瑞宝重光章も褫奪、つまりは剥奪された。
この朝霞刑務所ではI指標である禁錮受刑者も受け容れているので、交通刑務所としての側面もあり、それゆえ反家嘉三のような禁錮受刑者も服役していた。
殺人や強盗といった強行犯は受け容れない、というのが朝霞刑務所を開設するに際して、朝霞の地元住民との間で取り交わした協定の中でも最大のものであったが、殊、過失運転致死傷はその例外であった。
その反家嘉三も御齢89と高齢であり、それゆえ車椅子なしには日常生活を送れず、そこで並河亨が介助係として反家嘉三の車椅子を押していたのだ。
その並河亨が車椅子を止めたことから、反家嘉三も刑務官である石原晋太郎の存在に気づき、反家嘉三もまた、並河亨同様に石原晋太郎に頭を下げた。
晋太郎は処遇部に属する刑務官ではあるものの、その処遇部の中でも更に企画部門に属し、営業を担っていた。
それゆえそのような晋太郎が受刑者と直に接することは本来なかった。
だが晋太郎は営業を一手に引き受けるに際して、僅かな時間で良いので、受刑者と接する機会を設けて欲しいと、そう企画担当の主席矯正処遇官である石谷茂に懇願し、石谷茂もこれを受け、直属の上司に当たる処遇部長と談判に及び、更に所長と総務部長という刑務所の幹部の鳩首協議の末に認められた特例であった。
そのような経緯から、受刑者に接するとは言っても実際には見守る程度に過ぎず、しかし晋太郎としてはそれだけでも十分であった。
時刻はちょうど午後5時を回った頃であり、受刑者は刑務作業を終えて、入浴場へと向かうところであった。
この朝霞刑務所においては、外の刑務所とは違い、午後5時に刑務作業を終えるや、毎日、入浴が出来た。これもまた、当初は朝霞市内に刑務所を開設することに猛反対していた朝霞の地元住民との間で取り交わした協定の一つであった。
即ち、朝霞市内に新たに刑務所を開設することを認める条件として、更に受刑者に毎日入浴させることを、当初は刑務所開設に猛反対していた朝霞の地元住民が持ち出したのであった。
これは別段、受刑者のことを考えてのことではなく、異臭を恐れてのことであった。
刑務所は高い塀に囲まれており、それゆえ受刑者が毎日風呂に入れないとしても、それで近隣住民に異臭の被害が及ぶとは到底、考えられなかったものの、しかし、近隣住民は納得せず、受刑者に毎日、入浴させない限りは刑務所の開設は絶対に認めないと、そう言い募ったために、そこで法務省も已む無く、特例として毎日の入浴を認めることにしたのだ。そうでなくとも刑務所のような迷惑施設の開設には地元住民の反対運動が付きまとう。
それゆえ受刑者に毎日、入浴させることでその地元住民の反対運動が収まるのなら安いものであった。
さて、受刑者は晋太郎の姿を認めるや、皆いったん立ち止まっては一礼した。その様はまるで民間企業と変わらない。いや、これで受刑者が囚人服ではなくスーツ姿であったならば、立派に民間企業として通用するであろう。
そして並河亨もそんな受刑者の一人であった。
並河亨…、大手百貨店の丸越の元会長であり、しかし、5年前に東京地検特捜部によって逮捕された。被疑事実は特別背任であり、その後、東京地裁に起訴された並河亨は去年、懲役3年6月の実刑判決が下された。
誰もが並河亨の控訴を予期する中、しかし並河亨はそんな周囲の期待を裏切る格好で一審の実刑判決を受け入れ下獄の道を選び、この朝霞刑務所に収監された。
その並河亨は車椅子を押していた。車椅子にはやはり受刑者が乗っていた。
車椅子に乗せられていたのは高齢の受刑者であった。尤も、並河亨のような労役の義務のある懲役囚ではなく、その義務のない禁錮囚、つまりは収容分類級I指標の受刑者であった。
それでも希望すれば働くことが許され、今、並河亨によって車椅子を押して貰っている禁錮囚もその一人であり、反家嘉三その人であった。
反家嘉三…、独立行政法人の日本原子力研究開発機構の元理事長であり、理事長を退職後、瑞宝重光章を授与された。
だが2年前に交通事故を起こしてしまった。自らが運転する車で母子二人を撥ねたのであった。
幸い、母子二人は重傷で済んだものの、しかし、母の胎内に宿っていた胎児は流れてしまった。
事故原因は反家嘉三による運転ミスであったが、にもかかわらず自動車運転処罰法違反、過失運転致傷罪で在宅起訴された反家嘉三はあくまで自分の運転ミスを認めず、それどころか車の性能に問題があったと、自動車メーカーに責任転嫁する始末であった。
当然、裁判官の心証を著しく悪くし、そのため検察の求刑通り、禁錮7年の実刑判決が下された。
己の非を認め、例えその場限りの嘘であったとしても反省の態度さえ裁判官に示していれば間違いなく執行猶予が取れたであろう。
ともあれ反家嘉三自身は当初は控訴するつもりのようであったが、家族や弁護士に諭され、結局、禁錮7年の実刑判決を受け入れ、そのため、授与されていた瑞宝重光章も褫奪、つまりは剥奪された。
この朝霞刑務所ではI指標である禁錮受刑者も受け容れているので、交通刑務所としての側面もあり、それゆえ反家嘉三のような禁錮受刑者も服役していた。
殺人や強盗といった強行犯は受け容れない、というのが朝霞刑務所を開設するに際して、朝霞の地元住民との間で取り交わした協定の中でも最大のものであったが、殊、過失運転致死傷はその例外であった。
その反家嘉三も御齢89と高齢であり、それゆえ車椅子なしには日常生活を送れず、そこで並河亨が介助係として反家嘉三の車椅子を押していたのだ。
その並河亨が車椅子を止めたことから、反家嘉三も刑務官である石原晋太郎の存在に気づき、反家嘉三もまた、並河亨同様に石原晋太郎に頭を下げた。
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