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本当のこと
①
しおりを挟む「なんか今日ぼんやりしてねぇ? なんかあった?」
昼休み、学食で昼食を摂っているとふいに嶋田が顔を覗き込んできた。康介はハッと顔を上げる。どこか遠くに聞こえていた周りの学生たちの騒がしさが一気に鮮明になった気がした。
「いや、ちょっと考え事してただけ」
「ふうん、何を?」
カツ丼をかきこんでいた菅田が飄々と尋ねる。康介は苦笑をもらした。
「んーと、今日の晩ご飯は何にしようかなって」
「昼メシ食いながら晩メシのこと考えてんの?」
「どんだけ食いしん坊だよ」
ケタケタと笑う二人に合わせて康介も同じように口の端を持ち上げた。とは言え、晩ご飯のことで悩んでいるというのはあながち嘘でもなかったりする。
今日は水曜日で、夜になれば涼が部屋に来てくれる。それなのに、献立がまったく決まっていないのだ。
いや、メインの料理は決まっている。先週、ブリの照り焼きを平らげた後で次は何が食べたいかを涼に尋ねると、彼はレシピ本をパラパラとめくって親子丼のページを開いた。
「次はこれ、作ってくれる?」
そう言って首を傾げる仕草がいじらしくて、康介は「分かった、すげぇ美味いやつ作るな!」と胸を叩いたのだった。だからメインは親子丼に決まっているのだが、その付け合わせが思いつかない。
と言うより、献立を考えようとすると、あの金曜日の夜に抱いた疑問が頭をよぎり、風に吹かれた雲のような黒い影が胸を掠める。そのたびに考え込んでしまい、献立どころではなくなってしまうのだ。
ふう、と吐き出しそうになったため息を既のところでなんとか飲み込む。口に運んだばかりの麻婆豆腐のピリリとした辛さが、やけに舌に残った。
昼食を終えて食器を返却口に返しに行ったときも、学食内はいまだ盛況だった。次の授業が空きコマの人たちなのだろう、席に座ったままガヤガヤと談笑する集団があちこちにいる。
「次ってどこの教室だっけ?」
「B校舎の三階だろ。菅田、お前いい加減覚えろよなあ」
言い合う二人の後について歩いていた康介は、ふと少し離れた席に涼がいるのが目に留まった。思わず「あ」と声がもれる。
「ん? どした?」
もれた声に気づいた二人が康介の視線を辿って首を動かす。
「お、高倉じゃん」
「本当だ、珍しい」
口々に言う二人の言葉に、康介も頷く。
康介たち三人は入学以来ほとんど毎日のように学食のお世話になっているが、その中に涼の姿を見かけたことはなかったのに。
遠いところにいる涼をよくよく観察してみれば、そばに座っている男子学生に何やら話しかけられているようだ。その彼に誘われて来たのだろうか。
「お友達かな?」
「それまた珍しい」
こそこそと話す二人を尻目に、康介はじっと目を凝らす。友達……にしては、なんだか違和感がある。話しかけている男子学生は随分とにこやかだが、対する涼の表情はどこかぎこちない、気がするのだ。
涼に話しかけている男子学生は、よくよく見れば同じ学科の学生だった。英語の少人数クラスが同じなのでそれなりに話したこともあるが、ノリが軽めで人との距離が近い彼は涼とはタイプの違う性格だ。
「ごめん、先に教室行っといて」
「えっ、おい!」
困惑する二人の声を背中に受けながら、康介は涼たちのもとに向かった。
「よお、吉村。何してんの?」
涼に話しかけていた男子学生に声をかけつつ、二人の向かいの席に腰を下ろす。
「おー芝崎!」
パッと顔を上げた吉村が若干オーバーな動きで手を振った。
「今日の夜飲み会あんだけどさぁ、人数足んなくて。で、イケメン誘ってたんだけどノリ悪くてさぁ」
そう言って吉村は隣に座る涼の肩をポンポンと叩く。思わず引きつりそうになる顔をなんとか笑顔の形に取り繕いながら、康介は「そうなんだ」と相槌を打つ。
「だから行かないって言ってんだろ」
身を引く涼に、吉村は追いすがるように肩に手を回す。
「いやいやほんと、チラッと顔出してくれるだけでいいんだって」
ああこれ、ダシに使う気だな。やけににこやかな吉村の顔を眺めながら、康介は醒めた頭で考える。きっと女子に声をかけている奴もいて、そいつは「あの高倉も来るから!」と触れ回っているに違いない。羊頭狗肉の「羊頭」として、涼を利用するつもりなのだろう。
「おい、嫌がってるしそこらへんに……」
「あっ、じゃあ芝崎が来てよ」
「はぁっ!?」
突拍子もない言葉に康介は思いきり眉を寄せた。けれど吉村は構わずに、今度は康介に向かって両手を合わせてみせる。
「な、お願い! マジで人数足んねーし、芝崎なら顔広いしみんなも納得してくれるだろうし!」
それもう代打って言ってるようなもんだろ、と康介は内心で呟く。やっぱり涼をダシにするつもりだったようだ。
涼を利用しようとする態度も気に食わないし飲み会にも興味なんてないし、何より今夜は涼と晩ご飯を食べる日だ。
断ろうと口を開きつつ、ふと向かい側に座る涼に目をやった──そのとき。
涼は、こくりと首を縦に振った。微かながらも、けれど確かに。
その後、小さく唇を動かして「いいよ」と声なく呟かれる。
康介は思わず目を見開いた。目を逸らすように俯いた涼を、茫然と見つめる。
「なに? オッケーしてくれる?」
ずいっと身を乗り出してきた吉村に、ハッと我に返る。康介はぎこちなく手を振った。
「いや、行かねぇよ。今日は約束があるから」
「ふうん? ……なら仕方ねーなぁ」
他当たってみるわ、と席を立った吉村に、「悪いな」と声をかける。
離れていく背中が見えなくなってから、康介は涼へと向き直った。
「……さっきの、どういう意味?」
冷静になろうと思っていても、口から零れる声はひどく低くなってしまう。康介はガシガシと頭をかいた。
目の前の涼の様子をじっと窺うも、彼は一度ゆらりと視線をさまよわせたまま、それっきり俯いてしまう。ますます意図が分からない。思わずため息がもれる。
「水曜日楽しみにしてるって。……あれ、嘘だったの?」
「ちがっ、そうじゃない!」
涼が顔を上げる。
寄せられた形の良い眉も、必死さを湛えた目の光も、耐えるように歪んだ唇も。そのどれもが、否定する涼の言葉が本当だと告げているから。
だからこそ、彼の本心が分からない。
腕時計に目をやる。そろそろ三限目が始まる時間だ。
「ごめん、次の授業あるから。続きはまた……今夜にでも」
静かに告げて、康介は席を立った。
胸の中をよぎっていた雲は、重く垂れ込める鈍色の雨雲に変化していた。
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