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第九章
第四十三話
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そして夕刻──
採掘漁を終えたおっさん達は、リリの待つホテルへと帰還した。
リリが気を利かせ、砂風呂に加えてオイルマッサージまで予約してくれていたため、
おっさんはまるで石油王になったかのような気分で、ゆったりと寛ぐことができた。
もちろんテティスの魔法のお陰で、一滴の水にも濡れることなく海底探索をこなし、
呼吸も普段通りだった。
だが水圧だけは誤魔化せず、一日中その中を動き回っていたため、
全身がどうしようもなくかったるいのである。
それすらも、テティスに頼めば回復魔法で一瞬にして全快して貰う事も出来る。
だが──疲れているからこそマッサージは気持ちいい。
健康体で施術を受けても、面白みなんてないのだ。
ヌルヌルと、優しい女性の手で全身をほぐされ、
おっさんはすっきりとリフレッシュ。
石油王気分から一転、今度は仙人のような顔で、皆を連れてホビット族の街へ帰還した。
泊まっても良かったのだが──メシがアレなのでやめておいた。
その帰り際、セーブル達から電話が入る。
「シェリーの親の了解は得られた。ただ、少々ややこしい事態に巻き込まれていて、合流は数日後になる」
そんな報告だった。
カレーと考えるとどうしてもカレーの気分になってしまうのだが、
一からスパイスを精査し研究していたのでは、完成まで何日かかるか分かったものではない。
そんな事を考えつつ、お酒を取りに地下室へ降りてみると──
「マスター、カレー、クエ」
おっさんのシャトルシェフに、出来たてカレーが満タンで待っていた。
ビートル君の差し入れである。
あまりに予想外の嬉しさに、思わず握手を求めてしまったが……
実際やってみると、手のひらをカサカサと、大量の虫が這っているような感触で、正直ちょっと微妙だった。
それでも礼を言い、ついでに今日捕まえた大量のゴブリンをフレコンごと預けておく。
「メシでも研究でも好きに使ってくんちぇ」と言い残し、一階へ戻った。
異奇雰変更魔法パネルを弄って、部屋の中をキャンプ場に変える。
夜空には満点の星と、紅い月が怪しく輝く。
るんるん気分で白米を用意し、鍋の中を覗いてみれば──
そこには夏野菜がゴロゴロ入った、香り豊かなスープカレーが入っていたのである。
作戦を変更し、白米は仕舞い込み──黄金色に輝くサフランライスを盛り付ける。
ルーとライスは、もちろん別々の器に。
香り立つカレーと鮮やかなライスを手に、家族の待つテーブルへと運んだ。
さらに食卓には、王女謹製の糠味噌も添えられる。
日に日に腕を上げてきた彼女は、最近ではセロリやミニトマトといった変わり種まで漬け込み、驚くほど良い味を出すようになっていた。
盛り付けている時から思っていたが──薫りがヤバすぎる。
北海道のスープカレー専門店でさえも、こんな匂いは漂ってこない。
複雑に絡み合うスパイスのオーケストラが、まだ一口も食べていないのに「美味すぎる」と確信させてくるのだ。
家族もみな目を閉じ、器に向かって黙祷を捧げている。
「冷めないうちに、早く食うべか」
おっさんの声に合図され、ようやく食事が始まった。
大きめのスプーンでライスを少なめに掬い、そこへカレーをたっぷりと汲む。
舌の上に運んだ瞬間──
……カレー?
確かにカレーではあるのだろう。だが、これはまったく別物だった。
辛さはそこそこ。しかし、出汁とスパイスの不思議な辛み、そして圧倒的な旨味が幾重にも絡み合い、舌を支配していく。
「ヤッバ……これヤッバいっしょ……蛇口から出て欲しいレベル?」
──いや、いくらなんでも飽きるぞ?それに野菜で配管が詰まるわ。
「ん~~♪んん~~♪んっんっん~♪」
トゥエラは口いっぱいに詰め込みながら、ご機嫌で歌を口ずさんでいる。
「あぁ……本当に美味しいです……野菜の芯まで、味が染み込んでます……」
リリはメガネを真っ白に曇らせながら、至福の表情。どう考えてもおっさんの料理より格段に美味い。
だが、おっさんの作った料理でない限り、爆衣は発動しないらしい。
「はふっ……はふっ……とっても熱くて……美味しいですわ……。いつまでも、冷めてくれませんの……」
王女は上品ぶりながらも頬を赤らめ、ふうふうと息を吐いていた。
そう言われて気がついた。
おっさんは米をほんのひと口、カレーもお椀一杯ほどにして、冷えた焼酎をチビチビやりながら、ツマミのように啜っていた。
……だというのに、いつまで経ってもスプーンに乗せたルーが冷めないのだ。
最初はスパイスが効いて辛さが舌に残るせいかと思ったが──
どう考えてもおかしい。
「フーフー」しても、全然冷めないのである。
かといって、飲み込んだカレーが腹の中で煮えたぎっている訳ではない。
摩訶不思議な状況に首をひねっていると、カサカサと一匹のビートル君がテーブルに登ってきた。
「マスターノ、スパイス、キセキオキタ。
エタニティー。サメナイ、クサラナイ」
そしてさらに、白く濁ったライスペーパーのようなものを、人型ビートル君が両手で運んできた。
「シンカイゴブリン、ミズカキ。コレデクルム。
ボースイ、ボーセン、ボーシュウ。シカモクエル」
──今夜、この場で──
永遠に冷めず、腐ることのない、
「スープカレーブリトー」が、この世に産声をあげたのだった。
採掘漁を終えたおっさん達は、リリの待つホテルへと帰還した。
リリが気を利かせ、砂風呂に加えてオイルマッサージまで予約してくれていたため、
おっさんはまるで石油王になったかのような気分で、ゆったりと寛ぐことができた。
もちろんテティスの魔法のお陰で、一滴の水にも濡れることなく海底探索をこなし、
呼吸も普段通りだった。
だが水圧だけは誤魔化せず、一日中その中を動き回っていたため、
全身がどうしようもなくかったるいのである。
それすらも、テティスに頼めば回復魔法で一瞬にして全快して貰う事も出来る。
だが──疲れているからこそマッサージは気持ちいい。
健康体で施術を受けても、面白みなんてないのだ。
ヌルヌルと、優しい女性の手で全身をほぐされ、
おっさんはすっきりとリフレッシュ。
石油王気分から一転、今度は仙人のような顔で、皆を連れてホビット族の街へ帰還した。
泊まっても良かったのだが──メシがアレなのでやめておいた。
その帰り際、セーブル達から電話が入る。
「シェリーの親の了解は得られた。ただ、少々ややこしい事態に巻き込まれていて、合流は数日後になる」
そんな報告だった。
カレーと考えるとどうしてもカレーの気分になってしまうのだが、
一からスパイスを精査し研究していたのでは、完成まで何日かかるか分かったものではない。
そんな事を考えつつ、お酒を取りに地下室へ降りてみると──
「マスター、カレー、クエ」
おっさんのシャトルシェフに、出来たてカレーが満タンで待っていた。
ビートル君の差し入れである。
あまりに予想外の嬉しさに、思わず握手を求めてしまったが……
実際やってみると、手のひらをカサカサと、大量の虫が這っているような感触で、正直ちょっと微妙だった。
それでも礼を言い、ついでに今日捕まえた大量のゴブリンをフレコンごと預けておく。
「メシでも研究でも好きに使ってくんちぇ」と言い残し、一階へ戻った。
異奇雰変更魔法パネルを弄って、部屋の中をキャンプ場に変える。
夜空には満点の星と、紅い月が怪しく輝く。
るんるん気分で白米を用意し、鍋の中を覗いてみれば──
そこには夏野菜がゴロゴロ入った、香り豊かなスープカレーが入っていたのである。
作戦を変更し、白米は仕舞い込み──黄金色に輝くサフランライスを盛り付ける。
ルーとライスは、もちろん別々の器に。
香り立つカレーと鮮やかなライスを手に、家族の待つテーブルへと運んだ。
さらに食卓には、王女謹製の糠味噌も添えられる。
日に日に腕を上げてきた彼女は、最近ではセロリやミニトマトといった変わり種まで漬け込み、驚くほど良い味を出すようになっていた。
盛り付けている時から思っていたが──薫りがヤバすぎる。
北海道のスープカレー専門店でさえも、こんな匂いは漂ってこない。
複雑に絡み合うスパイスのオーケストラが、まだ一口も食べていないのに「美味すぎる」と確信させてくるのだ。
家族もみな目を閉じ、器に向かって黙祷を捧げている。
「冷めないうちに、早く食うべか」
おっさんの声に合図され、ようやく食事が始まった。
大きめのスプーンでライスを少なめに掬い、そこへカレーをたっぷりと汲む。
舌の上に運んだ瞬間──
……カレー?
確かにカレーではあるのだろう。だが、これはまったく別物だった。
辛さはそこそこ。しかし、出汁とスパイスの不思議な辛み、そして圧倒的な旨味が幾重にも絡み合い、舌を支配していく。
「ヤッバ……これヤッバいっしょ……蛇口から出て欲しいレベル?」
──いや、いくらなんでも飽きるぞ?それに野菜で配管が詰まるわ。
「ん~~♪んん~~♪んっんっん~♪」
トゥエラは口いっぱいに詰め込みながら、ご機嫌で歌を口ずさんでいる。
「あぁ……本当に美味しいです……野菜の芯まで、味が染み込んでます……」
リリはメガネを真っ白に曇らせながら、至福の表情。どう考えてもおっさんの料理より格段に美味い。
だが、おっさんの作った料理でない限り、爆衣は発動しないらしい。
「はふっ……はふっ……とっても熱くて……美味しいですわ……。いつまでも、冷めてくれませんの……」
王女は上品ぶりながらも頬を赤らめ、ふうふうと息を吐いていた。
そう言われて気がついた。
おっさんは米をほんのひと口、カレーもお椀一杯ほどにして、冷えた焼酎をチビチビやりながら、ツマミのように啜っていた。
……だというのに、いつまで経ってもスプーンに乗せたルーが冷めないのだ。
最初はスパイスが効いて辛さが舌に残るせいかと思ったが──
どう考えてもおかしい。
「フーフー」しても、全然冷めないのである。
かといって、飲み込んだカレーが腹の中で煮えたぎっている訳ではない。
摩訶不思議な状況に首をひねっていると、カサカサと一匹のビートル君がテーブルに登ってきた。
「マスターノ、スパイス、キセキオキタ。
エタニティー。サメナイ、クサラナイ」
そしてさらに、白く濁ったライスペーパーのようなものを、人型ビートル君が両手で運んできた。
「シンカイゴブリン、ミズカキ。コレデクルム。
ボースイ、ボーセン、ボーシュウ。シカモクエル」
──今夜、この場で──
永遠に冷めず、腐ることのない、
「スープカレーブリトー」が、この世に産声をあげたのだった。
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