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3巻
3-1
しおりを挟むアライズ連合国内に三つある旧王都の一つ、鉱山都市フォディーナを出発した俺――村瀬刀一は、意気揚々と歩いていた。
次の目的地はこれまた旧王都である旧エルフ国の首都『森林都市サルトゥス』。
目的はアレだ……え~っと、そう、この異世界の神話について調べたいとかそういうアレだ。
決してエルフさん達とムフフな展開を期待しているわけではない。断じて違うぞ!
森林都市サルトゥスは、鉱山都市フォディーナから南西へ伸びる街道の先にある。
そこそこ距離はあるが急ぐ理由もないし、まったり進もうと思う。
街道を進み始めて三日後、日が沈みかけた頃、宿場町に到着した。
宿に入りチェックインして部屋に入る。
この宿では朝飯しか出ないとのこと。ならばせっかくだし街で評判の店にでも行くか!
そう思い立った俺は装備を腰の袋(中は『アイテムボックスEX』だ)に収納して普段着に着替え、宿の受付へ向かう。
「すみません、この辺りでご飯を食べるのにオススメの店とかってありますか?」
俺が尋ねると、ガタイのいい店主は顎に手を当てて思案する。
「そうだな……あぁ、三軒隣の酒場がオススメだよ。エルフ国の飯と踊り子のダンスが最高だ。ただ、時間的に満席かもなぁ」
「へぇ、踊り子か。ありがとうございます、行ってみますね!」
礼を言ってから、宿を出て勧められた酒場へ足を運ぶ。
なかなか盛況だが、まばらに空席があるようだ。俺は空いていた席に腰を下ろす。
エルフのウェイトレスさんが注文を取りに来たので、エールとお店イチオシのメニューを注文して待つ。
程なくして運ばれてきたエールはぬるかったから氷魔法で冷やし、口に運ぶ。
「ぷはぁ……うん、普通」
不味くはないんだが、元の世界のビールの方が美味い。つくづく現代日本の食文化は凄ぇなあ、と思う。
そのタイミングでイチオシだという料理も運ばれてきた。
「おお、これは美味い!」
肉も美味いけど、エルフ料理は野菜が美味いんだな。甘味があって、そしてなんだか濃厚だ。
俺はパクパク食べ進め、あっという間に完食してしまった……ごち。
ウェイトレスさんが空いた食器を片付けに来たので、もう一杯エールを注文。
追加のエールが届いたところで、店の明かりが唐突に消える。「おや、なんだろう?」と思っていると、奥のステージを眩いライトが照らした。それから間もなく、綺麗なエルフの踊り子さん達が登場する。
激しい音楽が流れ、露出の多い衣装を纏った五人の踊り子が扇情的に踊り始める。
「……なるほど、宿の店主が勧めてくるワケだ」
俺の周りにいる客も「ほう……」と惚けている。
曲が終わり、ウェイトレスが動き始める。このタイミングで客が追加注文をする。
俺も追加でエールとおつまみを注文。
店内の客が追加注文を終わらせたところで二曲目が流れ始めた。
「しっかり閉店まで残ってしまった……」
宿に戻った俺はベッドに横になりながら呟く。
周りの客も誰一人帰らず、最後まで残って食べ物や飲み物を注文し続けていた。つまり俺は悪くない。
しかしあの踊り子さん達、綺麗だったなぁ。閉店まで残るのもしょうがないよなぁ、と心の中で言い訳してみる。
魅力の魔法とかスキルとか使っているんじゃなかろうか……『健康EX』を持つ俺には精神異常の魔法は無効なのにとか考えながら、俺は眠った。
◇ ◇ ◇
その翌日は、踊り子さんをもう一度見るために使ってしまい、さらに次の日。
俺は朝飯を食べてからチェックアウトした。
踊り子さん達は何回見ても良かったなぁ……ニヤニヤとそんなことを考えつつ歩いていると、豪華な馬車の一団がオークの群れに襲われているのを発見した。
旧エルフ国首都が近いので、襲われているのはエルフのお偉いさんだろうか。護衛らしき騎士もエルフだし。ちっ、イケメンめ。
しかし、そんなイケメンエルフさん達はオークの群れに押され気味だ。
「……はぁ、しょうがない」
面倒事は嫌なので魔法を使って隠蔽状態になってから、魔力を圧縮して小さな魔力の弾に変化させて放つ技『ライフル』を連発。オークの群れを殲滅する。
オークの死体から採れる魔石を回収できないのはもったいないが、見つかると面倒だ。俺は、そぉ~っと馬車の一団の横を通り抜けた。
そんなトラブルがありつつも、俺は野営地に到着。
テントを張り、夜飯の準備をしていると、オークの群れに襲われていた馬車の一団が到着したのが見えた。騎士達とは別のエルフが出てきて設営を始める。
それを横目に俺はジュージューと一人バーベキューを開始。肉を焼きながら、元の世界の物を購入したり、調べ物をしたり、動画を見たりできるスキル『タブレットPC』で購入した日本のビールを開けて飲み始める。
「……ぷはぁ……美味い」
やっぱり日本のビールだな、うんうん。
そうして一人満足していると、馬車の一団から騎士が近付いてくる。騎士は先程前線で戦っていたイケメンじゃなくて女騎士だ。
エルフの女騎士がオークに襲われていたなら、リアルに『くっ殺せ……!』を聞くことになっていたところじゃないか。オーク殲滅しておいて良かったわ。
そんな失礼なことを考えていると、女騎士は俺に話しかけてくる。
「実は魔物に襲われて食料を失くしてしまったのです。少しで良いので譲っていただけないでしょうか?」
女騎士さんは随分丁寧に頼んできた。
まあ、好感が持てるから良いか。上からだったら断ってやったがな。
「ふむ……何人分必要ですか?」
「えっ? いえ、一人分で結構なんですが……」
「遠慮しなくても大丈夫ですよ。食料には余裕がありますから」
「すみません、実は二十人程いるのですが……」
二十人もいるのに、一人分でいいって言っていたのか、この人は。まったく、しょうがないな……。
「なら、明日の朝食分と合わせて四十人分ですね」
「……えっ?」
俺はテントに入り、テントの中の荷物から取り出した風を装って『アイテムボックスEX』から食料を持ってきた。
「えぇっ⁉」
「これで足りると思いますけど、良いですか?」
「いや……あ、すみません! 大丈夫です! ありがとうございますっ‼」
女騎士は何往復かして食料を運び、最後に「代金です」と金貨十枚を渡してきた。
食料四十人分には金貨四枚程度の価値しかないから最初は断ったが、どうしてもと譲らないためもらっておいた。さすがに少し罪悪感があったので日本産の某焼き肉のタレを追加で渡して、「後は知らん」と結界を張り直し俺はテントに入った。
翌朝、まだ暗いうちに俺はさっさと野営地を離れた。
タレを渡した後のことは実際に見たわけではないが、どうせ味わった全員を虜にしたであろうことは分かっている。
絡まれる前に戦略的撤退をすることにした。さらば女騎士さん。
早い時間に野営地を出たからか、お昼過ぎには森林都市サルトゥスに到着した。
◇ ◇ ◇
かつて緑の王国・エルフ国という、純血のハイエルフのみが王として政治を行う国家があった。その首都が現在の森林都市サルトゥスなのだそうだ。
そこでは当時、種族融和の政治を行っていた王が、周囲のエルフ至上主義を掲げる者達と対立したことで、政争が起こっていた。その争いを裏で糸引いていたのが、宗教を政治的あるいは軍事的に悪用する組織――教国だったのだ。しかし教国を追ってエルフ国に行きついた転移者がエルフ国にいる教会の間者とエルフ至上主義者達を粛清したことで政争は収束したとのこと。
そんな過去を持つ森林都市サルトゥスは、現在では非常に穏やかな都市として大陸一の人気都市になっている。
サルトゥスに到着した俺はひとまず宿を取り、支度をして早速街を散策――。
「いや、その前に腹が減ったな」
お昼を食べず、到着優先で来てしまったので腹の虫が鳴いている。
良さげなお店を探すべく、都市中央にそびえ立つ世界樹へ続く大通りを歩く。
エルフの暮らす森林都市だから、立ち並んだ大木を住居にして暮らしているのかなとか思っていたんだけど……普通に石造りの建物が並ぶ街でした。
ちょっとガッカリ感はあるが、まあいいや。木の上なんて普通に考えて住みにくいもんね。
「しかし世界樹はデカいな~」
そう呟きつつ、ぼけっと通りを歩いていると、どこからか良い匂いがしてくる。
匂いの元を探すと、こぢんまりとしたレストランがあったので入店した。
カランカランというベルの音に気付いたエルフのウェイトレスさんが迎えてくれる。
「いらっしゃいませぇ」
「――ッ⁉」
ツインテきょぬー眼鏡エルフのウェイトレスでアニメっぽいのんびりボイス……だと⁉
どんだけ属性盛ってんだ、この娘?
お昼は過ぎているので店内は空いている。ウェイトレスさんは驚く俺をさらっと席に通した。
席に着きメニューを見ていたら、ウェイトレスさんが水を持ってきてくれた。
「注文決まりましたらぁ、お呼びくださぁい」
耳が、鼓膜が癒されるっ!
そんなこんなでお腹を満たし、耳が癒された俺は散策を開始する。
改めて周りを見回すと、旧エルフ国首都ということもあって当然エルフが多い。そして次に多いのが人族。エルフの整った容姿が好きな人族がかなり多いということなのか……?
人の流れに従って歩いていたら都市中央、世界樹の近くに図書館を発見。
何か面白い本はあるかな~っと入館する。
魔法関係の本や魔道具関係の蔵書は今までの図書館で一番豊富で、なかなか面白かった。
特に自分には使えない『精霊魔法』『召喚魔法』に興味を惹かれるな。
『精霊魔法』は精霊を召喚し協力を得る魔法で、それに対して『召喚魔法』は魔獣や神獣を使役する魔法と性質が異なっているのだとか。
ただ、俺や俺より前にこの世界に転移しているソウシ先輩などを喚んだ大規模召喚はまったく別のカテゴリーになるらしい。
「……召喚魔法か……」
英霊とか喚びたいよなぁ。
そんなことを考えつつ、俺は本を読みふけった。
図書館を出てもまだ夕方前だった。
フォディーナ方面に続く宿のある北門側の大通りから、世界樹を経由して旧獣人国方面の南門へ続く通りへ出る。
こちらの通りにもいろいろな商店が並んでいるが、それはまた後日でいい。
俺は少しばかり早足で、一旦宿へ戻る。
宿の夕食はなかなか美味しかったわけだが、俺の目的はその後だ。
俺は再度宿を出て、南通りへと足を向ける。
「ふっ、久しぶりだからな。今日は本気出す」
そう呟いて、俺は裏通りへと消えていった……。
◇ ◇ ◇
その翌日――『今夜は攻めるぞ!』と意気込んで夜の街へ繰り出した俺は見事に女の子に返り討ちにされ、絶賛賢者モードに突入していた。ありがとうございました。
さらに次の日、しっかりと朝食をいただき、再び図書館へ。神話関係の本を探す。
転移者に関する情報があまりに出回っていないことを不思議に思った俺は、召喚された時に会話した『神』についての情報を集めようと考えたわけだ。
創造神、生命神、大地神、海神、武神、魔法神、鍛冶神などなど……。
名前こそ違うものの、地球でも見たような神話や逸話についての本しかない。
念のため、他のジャンルの本が並ぶ本棚も見つつ、転移者について書かれた本が紛れていないか探してみる。だが、異世界に来てから最初に訪れた街――ベルセで読んだような本しかなく、空振りに終わる。
一度図書館を出て昼食をとり、タバコを吸いに行ってから図書館に戻る。
改めて転移者についての情報を探してみるが、転移者が持ち込んだ文化についての情報すら掴めない。
『神と転移者』という本が辛うじて転移者について触れていたが、両者の関係は薄いと書かれており、信頼性に欠ける。
だって神と俺ら転移者が関係ないなんてことはあり得ないんだから。俺はこちらの世界に来る前に女神に会いスキルも付与された。ソウシ先輩も似たようなことを言っていたし。
同じく転移者で、冒険者ギルドのマスターであるマサシは聞いてないから分からんが、まさか彼だけが別口で転移して名を馳せたなんてことはないだろう。それにもかかわらず書物に神と転移者の関係性についての記述が残っていないということは、あえて転移者が情報を残さなかったと考えた方が納得できる。
情報を公開すると、現代知識無双ができないからとか? それとも他に残せない理由でもあるのか?
「う~ん……分からん!」
とりあえず先送りだな。俺は諦めて図書館を出た。
情報を仕入れたら次は、旅の支度だ。
資金を調達するべく商業ギルドへ行き、魔物素材と魔石を売る。
まあそれほど金に困っているワケではないんだけどな。
そうして手にした金で食材を大量に買い込む。
普段は肉を多めに買うが、エルフの料理を食べた時に野菜が美味しかったのを思い出し、気持ち野菜を多めに購入する。
連合国の首都アライズや鉱山都市フォディーナで売っていなかった野菜もあったから、食べるのが楽しみだな。
宿に戻り夕食を済ませた俺は、部屋に戻った後、『転移』で街の外へ。
タブレットで購入した缶コーヒーのプルタブをカシュッと起こし、タバコとともに嗜む。
「……ふぅ」
火を消し携帯灰皿へ入れ、缶コーヒーを飲み干す。缶ゴミは『アイテムボックスEX』内のゴミ箱へ。そして再度『転移』を使って宿に戻る。
「……よし、行くか!」
俺は両手で頬を張り、気合いを入れてからドアを開け、力強く一歩を踏み出す。
翌日、自室のベッドでニヨニヨしている賢者モード中の俺が発見されたとか、されなかったとか。
さらに翌日、賢者モードが解除された俺は再び街の散策に向かう。
魔道具店や道具屋、武具店、装飾品店にて必要なものを買った後に洋品店に入店。
下着や普段使いの洋服を選び、支払いをしようとしていると……おや、店の奥にカッコいいマントがあるぞ。
ちょっと見ていただけなのだが、店主が目敏く気付く。
「ご興味がおありで?」
「そうですね、旅とか戦闘に役立つのならば欲しいですね」
「ふむ。あのマントはそれほど性能が高くないのですが、高レベルの素材があれば、オーダーメイドで高品質なものを作ることも可能ですよ」
「例えば、どんな素材があればいいんですか?」
「龍素材があればかなり良いものができます。後は特殊効果が付与された魔石や、糸状もしくは液体状に加工された鉱石素材があれば最高ですね」
そこまで聞いて、ふと気付く。
確かレベルの高い素材を扱うためには、それに見合ったスキルレベルが必要だってフォディーナに住む鍛冶職人のドワーフ――ドゥバルが言っていなかったか? となると、俺の持っているレア素材をこの職人が扱えなければ加工できないかもしれないのか。
それは予め聞いておかないとな。そう思い、俺は口を開く。
「かなり高いランクの素材を持ってきても加工してもらえるんですか?」
すると、店主は自慢げに語る。
「エルフ国にはマジックアイテムの加工を行う、魔導裁縫師という特殊な職業の者がおります。当店には国内で五指に入る魔導裁縫師がおりますので、どのような素材でも加工してみせましょう!」
へぇ~、なんか凄そうな人がいるんだな。
感心していると、職人は続けて言う。
「ただ最近は質より見た目のデザイン重視の仕事が多く、その者も少々腐っていまして。デザインなんて機能や実用性に比べて二の次三の次なんですがね……多くの人間にはそれが分からないんです」
ちょっとカッコいいと思ったから目に留まったなんて言えねぇ……。
内心冷や汗をかきながら、俺は鉱石の糸状化ができるかを確認してみる。
フォディーナにてドゥバルに無理やり錬金術スキルを上げさせられたから、レア素材でも加工できるんじゃないか? そんなことを考えながら『アイテムボックスEX』を覗くと……できるな。
いやでもさすがにオリハルコンは………これもできる、と。
ふむ、さすが錬金術レベル10――って嬉しくねぇ!
便利ではあるが、無理やりスキルを上げさせられたことへの怒りが、ふつふつと再燃しているのを感じるぜ。ドゥバルめ……今度はどんなロボアニメを布教してやろう……じゃなかった。今大事なのはマントだ。
俺は店主に向かって口を開く。
「割といい素材を持っていると思いますよ」
「本当ですかっ⁉」
俺の言葉を聞いた店主はもの凄い勢いで、目を見開いて詰め寄ってくる。
近い近いっ!
俺は手でぐいっと店主の体を押し退けつつ、『アイテムボックスEX』から糸状化したオリハルコンを出す。
「これとかどうですかね?」
「おおっ、これはオリハルコンの……」
店主は息を呑んでオリハルコンの糸を手に取り、じっくり見た後、がばっと顔を上げ俺を見る。
そしてすぐに大きく頭を下げて――
「当店でぜひっ! オーダーメイドの品を作らせてください!」
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