幼馴染が勇者になって、桜井さんも大変そう。

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06.勇者、何かおかしいと思いはじめる

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 勇の嫌いな授業は、体育だった。

 勇はいわゆる運動音痴である。
 足は遅いし、筋力も体力もない。

 加えて、球技に関しては天才的にセンスがなかった。だから、今日の授業は悪夢に終わるだろうと、勇は考えていた。

 体育館の中。筋肉質な体育教師が、地鳴りのように響く声で言う。

「じゃあ今日は、こないだ宣言した通りバスケットボールをやってもらう。5人一組でチームを作ってくれ。いいか、ちゃんとバランス考えてチーム作れよ」

 ――――だったらそっちでチームを決めてよ。

 勇はそう思いながら、不満そうに頬を膨らませた。

 バランスを考えろと言われても、生徒たちに任せてチームを構成させれば、仲がいい同士で組むに決まっている。

 結果、陽キャは陽キャ、陰キャは陰キャでまとまるのだ。パワーバランスは自ずと偏るだろう。

 そして、残念ながら勇は陽キャとは言えなかった。

 勇の自己評価では、自分はヒエラルキーの中の下くらいにいると思っているが、周囲の評価は実際のところ、それ以下だ。

 結果、勇のチームは、なんとも酷いメンツになる。

 メガネのオタクが1人に、太いのが1人。
 ヒョロガリが1人と、もう1人は舞島だった。

 しっかり動けるのは舞島くらい。
 あとは、2人で一人前になるかどうかのメンツだ。

 他のチームを見てみれば、どのチームも勇のチームよりはマシに見える。

「……あそこのチーム、ひでえな」

 そう言ったのは、舞島だった。彼はあるチームを指さして言う。勇は、彼が指差す方を見て、「なるほど」と頷いた。確かにそのチーム構成は、ひどいものだ。

 バスケ部の1年のエース、神山カミヤマをリーダーにし、後のメンバーは運動部で名を馳せている運動神経のいい連中ばかり。

 ヒエラルキーも、もちろん全員上位の人間だった。

 明らかに偏ったチームだが、体育教師は指摘しなかった。神山が怖いのだろう。

 彼の父親は、政界に通じる権力者だと聞く。何か口を出せば、あとの展開は勇でも予想できた。

 チームが全員まとまったところで、体育教師が笛を鳴らす。

「よーし。それじゃあ、試合を始めるぞ。コートは2つしかないから、それ以外のチームは試合を見ていてくれ」

 教師が試合をするチームを決める。

「じゃあ、右のコートで、佐藤と山中のチーム。左のコートで、冬樹と神山のチームが対戦してくれ」

 ――――最悪だ。

 よりにもよって、神山との対戦。
 ボロ負けが目に見えていた。

 負けるとしても、せめて1回くらいはシュートを決めたいものだが、それも難しく思える。

 神山と舞島がコートのセンターに立ち、ジャンプボールで試合が始まる。

 高く上がったボールを神山が右手でトスし、ボールは勇の陣地に落ちた。神山が走り、そのボールを取る。

 神山は周りを翻弄しながら、あっという間にゴールまで近づくと、華麗なフォームでシュートした。ボールは綺麗な弧を描き、バックボードにぶつかることなく気持ちのいい音を鳴らしながらリングを通る。

 まるで、それが当たり前であるかのような涼しい顔で、神山はそれを見届けた。

 シュートが決まると女子からの歓声が上がる。

 ゲームは、予想通り一方的なものになった。
 次々と相手チームに点が入り、勇のチームは0点のまま。

 勇はといえば、試合中ほとんど動かなかった。コートの端の方で神山を眺めながら、ぼーっとしているだけだ。

 勇は、ボールを怖れていた。ボールに当たったら死ぬ。そう思い込んでいた。

 相手チームの点数が30点を超えた頃、舞島が端っこで固まっている勇を睨みながら大股で近づいてきた。

「冬樹さんよお!? 少しは動いてくれませんかねえ!?」

 舞島は青筋を立てて怒っている。
 勇は短く答えた。

「無理。ボール怖い。当たったら死ぬ」

「死なねえよ! 動いてくれよ、マジで! うちのチーム、お前が動かなきゃマジで0点で終わるぞ!?」

 舞島が小さく舌打ちをしてから、勇の耳元で囁く。

「お前だって、あんなチームに負けるの悔しいだろ? 負けるにしたって、一矢報いたいとは思わねえの?」

 舞島はそうとだけ言って、冬樹から離れた。
 再び、試合が始まる。

 ――――仕方ないなあ。
 勇はそう思いながら、とぼとぼとボールを追う。

 ボールは舞島が持っていたが、神山がそれを奪った。
 勇はそちらに向かって走る。

 神山は華麗なパスでオタクやヒョロガリを翻弄すると、ドリブルしながら勇の前に立った。

「なんだ、冬樹。ようやく動いたのか、お前」

 神山は涼しい顔で言う。勇の心の中は、逃げ出したい気持ちでいっぱいだった。

 どうせ、彼に敵うことはない。勇など、彼には障害物にもならないだろう。それは、わかりきってることだ。

 神山が立っているところからは、十分シュートが打てる距離だった。神山はシュートするためにボールを持ち直すと、ジャンプをするためにゆっくりと足を屈伸させる。

 ――――そう。それは、本当にゆっくりだった。

 神山はひどくゆっくりと屈伸し、ゆっくりと腕を伸ばし、ゆっくりとシュートしようとする。勇はそれを見て、首を傾げる。

 ――――え。なにこれ?
 もしかして僕、相当バカにされてる?
 ……いくら何でも、これは僕をナメ過ぎだろ。

 いくら球技が苦手な勇でも、このシュートはブロックできた。

 勇は膨れながらも、神山の持つボールを右手で叩き落とす。
 ボールは床にバウンドし、相手チームの方へ跳ねていく。しかし、誰もそれを取ろうとしない。勇は仕方なく、ボールを追い、手に持った。

 一瞬、体育館が静まり返る。
 隣のコートで試合をしている生徒以外は、みんな勇のことを見ていた。

 徐々に、体育館はざわつき始める。

「おい……なんだよ、今の冬樹の動き」
「今、ありえないスピードで走らなかった?」
「冬樹って、運動神経悪くなかったっけ?」

 そんな声が辺りから聞こえ始める。
 滅多に怒らない勇でも、さすがにこの反応には腹を立てた。

 ――――そんなざわつくほどの事じゃないでしょ。みんなして、僕を馬鹿にして。……頭にくるなあ。

 冬樹はそのまま、おぼつかない手つきでドリブルしながら、ゴールへと走る。

 すると、勇の前にサッカー部の磯山が立ちふさがった。

「やるじゃん、冬樹。アイツからボール取るとか、まぐれにしてもスゲーよ」

 磯山はニヤニヤと笑いながら両手を広げ、道を塞いだ。

 勇には、バスケに関しての技術などない。
 運動神経のいい磯山をかわすことなど、不可能だ。
 その上、周りには味方もおらず、パスもできそうにない。

 ――――ああ。ここで終わりか。
 でも、僕にしては頑張った方だな。

 勇は諦め半分で、ドリブルしながら磯山の横を通ろうとする。

 当然、ボールは取られる。
 勇はそう思った。

 しかしその予想に反して、勇は磯山の横を難なく通り過ぎてしまったのである。

 ――――あれ?

 勇は不思議に思い、磯山に振り返る。
 磯山は勇を見ながら、口をあんぐりと開けていた。

「……なんだよ、今の」

 磯山は、驚きに満ちた目で勇を見てる。

 ――――なんなの? 一体。
 勇は不審に思いながらも、とりあえずゴールへと向かった。

 ゴールへと十分に近づいた辺りで、勇はシュートの体制に入る。

 勇は、シュートが苦手だった。勇も何度かバスケのシュートを練習したことがあるが、シュートが決まったことは人生において10回にも満たない。

 しかし、この時の勇は、不思議とこのシュートが入るような気がした。

 ――――なんでだろう。
 このシュート、外れるような気がしない。

 不格好なフォームで、勇はシュートを放つ。
 ボールはまるで、吸い込まれるようにリングに入った。

 体育館には、ボールの跳ねる音だけが響く。
 数秒の沈黙。

 その後で、わっと歓声が沸き起こった。

「マジかよ!? 冬樹、神山のチームから1点取りやがった!」
「嘘でしょ!? あの、運動音痴の冬樹が!?」
「なんなんだよ、あいつの動き! ありえねえ!」

 舞島が、目をぱちくりさせながら勇に駆け寄ってくる。

「冬樹! お前、やればできるじゃん! すげえよ、さっきの動き! どうしちゃったんだよ、お前!?」

 舞島はそう言いながら、勇の背中をバンバンと叩いた。

 勇は首をひねる。
 別段、特別なことをした覚えはない。
 むしろ、周りの動きがおかしいのだと、勇は思った。

 その後も試合は続き、結果として勇のチームは神山のチームに勝ってしまった。
 ほとんどのゴールは勇が決め、いくつかは舞島が貢献してくれた。

 ゲームが終わり、何人かの女子の視線は、勇に熱く注がれる。
 男子からも、「お前すげえんだな」「見直したよ」などの声がかけられた。

 ――――何かがおかしい。
 勇はそう思いながらも、しかし、悪い気はしなかった。
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