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19. 揺らぐ自己認識
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「おーい、いつまでいちゃついとる。儂らの存在忘れんでくれー」
どこをどう見たらいちゃついてるように見えるんだ、とリュカは内心思ったが、見知らぬ相手に生意気な態度だと思って口に出さないでおいた。振り返れば、しゃがみこんでにこにこ笑っている九鬼丸と、白い装束に身を包んだ人物がこちらを見ていた。顔の上半分を覆い隠す仮面をつけ、黒い短髪からは赤や緑など色とりどりの羽根が見え隠れしている。背中からは大きな黒い翼が生え、あぐらをかいた状態で宙に浮かんでいて、リュカはあんぐりと口を開けた。
「おぬしが蘇芳の嫁のリュカか。話はちらほら聞いておるぞ。儂は烏天狗の沙楼羅。よろしくしておくれ」
沙楼羅と名乗る人物は、手を差し出した。リュカはその手を握り返した後、あれと違和感を感じて蘇芳を一瞥した。琥珀の時のように阻まれると思ったのに、何もせずに握手を見ていた。少年の視線に気づいた蘇芳が、何だ、と問いかける。
「別に。この人と握手するのはいいのかと思って」
「あ?」
「琥珀って鬼と握手しようとした時は、握手する必要ないって、邪魔したじゃん。俺が人間だから、仲良くする価値ないって」
「…お前が人間だから、なんて一言も言ってねえだろ。それに、そういう意味で握手すんなって言ったわけじゃねえ」
「じゃあどういう意味なんだ?」
じっと見つめるリュカに対して、視線を泳がせる蘇芳。その反応に少年は眉間に皺を寄せる。
「…言わねえ」
「ほら、やっぱ俺が人間だからなんだろ。人間で奴隷の俺が自分の友達と仲良くすんのが嫌なんだ」
「違えって!リュカが人間だとか奴隷だとか関係ねえ」
「なら何!」
「あーもう、うるっせえなあ。黙らねえと口塞ぐぞ!」
「ぐぬ…っ」
ぐっと近づいてくる額に、リュカは咄嗟に赤鬼の肩に両手を置いて身をのけぞらせた。発言の自由を奪われる不快感に、すっかり苦手意識が芽生えていた。自分に都合が悪いとすぐ口を封じようとするのは、心底ずるいと思う。
「はっは、蘇芳の焦る姿なぞ滅多に見られぬから、愉快極まりないのう」
「うるせえ糞ジジイ」
「おお、怖い怖い」
蘇芳に睨みつけられた沙楼羅は怖いとは口では言うものの、全くそうは思っていないようだった。口元がにやついている。
リュカはリュカで、沙楼羅の言葉に目を丸くする。あれのどこが焦っているのか、全くわからなかった。うっとうしいと言わんばかりに怒っているのかと思っていた。
「リュカや、何かあれば儂に言うが良い。蘇芳は親である儂には逆らえん」
「親…?」沙楼羅に頭をわしゃわしゃと撫でられる。
「いかにも。蘇芳と九鬼丸の親じゃ」」
「全然似てないんだな。もしかして、蘇芳にも羽生えてるのか?」
リュカは赤鬼の肩から身を乗り出し、彼の背中を手でまさぐった。ごつごつとした筋肉しかない。
「ガハハ、似でなぐて当だり前だあ!親は親でも、沙楼羅は育ての親だがらなあ」
「育ての?蘇芳と九鬼丸は本当の兄弟なのか?」
「いや、俺達は誰も血が繋がってない。この山で、沙楼羅に育てられた」
「でも蘇芳は鬼族なのに、何でここで?意味わかんねえんだけど」
質問の答えを得ても全く理解ができず、逆に疑問ばかりが深まっていく。少年は眉間に皺を寄せて、首を傾げた。
「蘇芳、おぬし何も話しておらんのか」
「必要に迫られる場面がなかったからな。それに聞いて楽しい話じゃねえだろ」
「おぬし、リュカが自らここに来んかったら、儂ら家族を紹介せんつもりじゃったじゃろ!」
だんまりを決め込む赤鬼に、その沈黙を肯定と受け止めた烏天狗は装束の袖を目元にあて、泣き真似をした。
「何とも薄情じゃのう!リュカを娶って新しい家族が出来たら、儂等はお払い箱と言うことか?あんまりじゃと思わんか、のう、九鬼丸?」
眉尻の垂れた九鬼丸が沙楼羅の問いかけに頷く。本当に悲しんでいるらしく、心なしか図体まで小さくなっているように見えた。
「かわいそう…」
「分かった分かった、悪かったな!謝りゃいいんだろ…ったく」
「分かればいいんじゃ。分かれば」
皆から非難がましい視線を向けられた蘇芳は、苛ついた様子で髪を雑に掻いた。沙楼羅はけろりと一転して笑みを見せた。リュカは、おちょくられる赤鬼を目の当たりにして、早くも沙楼羅のことが好きになっていた。
「…それにしてもリュカや、おぬし人間じゃと言っておったが。両親共に人間かのう?」
「ううん。母親は下半身が蛇の異形なんだ。一度も会ったことはないけど、父親が人間だって聞いた。母親には全く似てなくて、俺は人間の父親にそっくりらしい」
「ふうむ。いくら父親が人間とは言え、母方の遺伝子を全く受け継いでおらんと言うのはあり得ぬが……。おや」
沙楼羅は顎に手を添えると、まじまじとリュカの顔を覗きこんだ。触れそうな程の至近距離だが、嫌な感じはせず、逆に少年も烏天狗を観察し返した。仮面に描かれた紋様をじっと眺める。
「これはこれは。何とも興味深い。契角を介して流れ込んだ蘇芳の力で、魂への干渉が剥げつつあるのう」
「ハゲ!?」
「馬鹿、違えよ。沙楼羅、一人で納得してんな。何か知ってるなら教えろ」
烏天狗の言葉を聞き違えたリュカは、咄嗟に両手で頭を抱えた。髪の毛を撫でまわし、禿げているところがないか確認する。蘇芳はその手を掴んで外させた。
「無理じゃ。口にした瞬間、儂の首がちょん切られてしまう」
言葉とは裏腹に、にっこりと快活な笑みを見せる沙楼羅に、蘇芳は舌打ちをした。眉間に皺の寄った顔がこちらを向く。
「リュカ、母親の目は何色だ?」
「緑だけど…。なあ何の話?全然わかんないんだけど」
「…俺の予想では、お前は人間じゃねえ。二度、瞳の色が銀色になってるのを見た。母親の目の色と違うとなれば、きっと父親が銀の瞳をしてるな」
「え、でも、…でも、俺の体には何の特徴も表れてない…!」
まさかの蘇芳の発言にリュカは困惑しながらも袖をまくった。肌を撫でるも、鱗のようなものも色が変わっている部分も何もない。
「俺だってはっきりとは分かんねえよ。人間に擬態した異形かと思ったけど、子のリュカに身体的特徴が表れてないのがどうにも解せねえ。だけどな、瞳の色が銀色に変化する人間の存在も聞いたことねえ」
「俺の父親は人間じゃないってことは…母親が俺に嘘ついてたってこと?」
「さあな。でもお前の母親はテル・メルの娼婦だろ。日々不特定多数の客を相手にしてるなら、どの客の種で妊娠したかなんてわかんねえんじゃねえか?…沙楼羅がゲロってくれりゃあ話は早いんだがな」
「すまぬが、無理じゃのお」
「もう十分生きただろ」
「嫌じゃ。永く生きてはおるが、まだ死にとうない」
「ってか、あんただったら首切られても案外生きてんじゃねえ?」
「何と酷い言われよう!親に向かってあんまりだとは思わんか、九鬼丸!」
「そうだぞお、蘇芳。沙楼羅がいなぐなっちまったら、寂しいだろがあ。滅多なこと言うもんでねえ」
目の前で繰り広げられる会話は、リュカの耳には届いていなかった。自分が人間ではないかもしれないと知らされて、自分でも驚く程に当惑している。異形として生まれていたらどんなに良かったか、と異形を羨んでいたというのに、いざ自分もそうかもしれないと突き付けられても素直に喜べなかった。自分という存在の根っこの部分がぐらぐらとして心もとないように感じる。
自分も異形だとすれば何故、身体的特徴が何一つ表れていないのか。父親は一体何者なのか。自分はいったい何者なのか。様々な疑問や考えが湧き水のように溢れ出て、身動きが取れなくなってしまっていた。
「リュカ」
顎を取られ、蘇芳が視線を合わせてくる。
「あまり思い悩むな」
「そうじゃぞ、リュカ。自分が何者なのかはおのずと分かる」
「沙楼羅、テメーが言うな。……いいか。少なくとも、お前はもう奴隷じゃねえ。俺の嫁だ。それだけは理解しとけ」
嫁って言っても、しょせん暇潰しの嫁じゃん…。
リュカはそう思ったが、口には出さなかった。自分は暇潰しの存在、などと言葉にするのが何故だか寂しかった。俯いていると、名前を呼ばれて顔を覗きこまれる。鋭い赤い瞳が、わかったか、と返事を促してくる。少年は小さく頷いた。
その後二人は沙楼羅と九鬼丸に別れを告げ、屋敷に戻った。リュカが外に出てからそんなに時間は経っていなかったのだが、セキシは少年の姿を目にした途端、彼をきつく抱きしめた。
「どこにもいらっしゃらないから、心配しました…!てっきりさらわれたのかと…!」
「セキシ、大げさだよ」
「いいえ!リュカ様はご自分がどれだけ愛らしいか、もっと自覚を持つべきです。ちょっと生意気そうな顔がたまらなく愛おしいったら、もう。私はご覧の通り垂れ目ですから、羨ましいです」
眉をキリリと吊り上げ、真剣な面持ちで熱弁するセキシへの反応に困って、リュカは振り返った。三白眼が可愛いわけないよな?という気持ちをこめて、蘇芳を見上げる。少年の訝しむ視線を受けて、赤鬼は苦笑した。
「…俺も別にお前の顔は嫌いじゃねえな」
「二人とも、目悪いんだな」
照れくさくて体がむずむずする。心配されるのも、生まれて初めてだった。落ち着かないが、嬉しくて心臓の部分が温かい。
目が悪いと言われたセキシはショックを受けたように肩を落とすが、少年は彼の首に腕を回して抱きついた。
「でも俺は垂れ目のセキシ、好きだ」
「リュカ様…!」
「おい、俺は」
「……蘇芳は普通」
「何だと?」
不機嫌そうな声と共に、いつもの如く襟首を掴まれて従者の青年から引き離される。まるで猫や犬にするかのように襟首を掴まれたまま、宙ぶらりんの状態になる。いちいち絡まれて面倒だと思うが、赤鬼が満足する答えを言わないと解放されないであろうことは、ここでの生活の中でだんだんと理解し始めていた。
「蘇芳の顔は、雄!って感じがする」
「漢らしい色気に満ちていて、見惚れるってことか?」
「ええー…うーん、まあ、そう」
恥ずかし気もなく堂々とのたまう赤鬼に同意すれば、彼は不敵な笑みを浮かべた。明らかにぞんざいな返事だったと言うのに満足気な蘇芳に、やっぱりおかしな奴だとリュカは思った。
どこをどう見たらいちゃついてるように見えるんだ、とリュカは内心思ったが、見知らぬ相手に生意気な態度だと思って口に出さないでおいた。振り返れば、しゃがみこんでにこにこ笑っている九鬼丸と、白い装束に身を包んだ人物がこちらを見ていた。顔の上半分を覆い隠す仮面をつけ、黒い短髪からは赤や緑など色とりどりの羽根が見え隠れしている。背中からは大きな黒い翼が生え、あぐらをかいた状態で宙に浮かんでいて、リュカはあんぐりと口を開けた。
「おぬしが蘇芳の嫁のリュカか。話はちらほら聞いておるぞ。儂は烏天狗の沙楼羅。よろしくしておくれ」
沙楼羅と名乗る人物は、手を差し出した。リュカはその手を握り返した後、あれと違和感を感じて蘇芳を一瞥した。琥珀の時のように阻まれると思ったのに、何もせずに握手を見ていた。少年の視線に気づいた蘇芳が、何だ、と問いかける。
「別に。この人と握手するのはいいのかと思って」
「あ?」
「琥珀って鬼と握手しようとした時は、握手する必要ないって、邪魔したじゃん。俺が人間だから、仲良くする価値ないって」
「…お前が人間だから、なんて一言も言ってねえだろ。それに、そういう意味で握手すんなって言ったわけじゃねえ」
「じゃあどういう意味なんだ?」
じっと見つめるリュカに対して、視線を泳がせる蘇芳。その反応に少年は眉間に皺を寄せる。
「…言わねえ」
「ほら、やっぱ俺が人間だからなんだろ。人間で奴隷の俺が自分の友達と仲良くすんのが嫌なんだ」
「違えって!リュカが人間だとか奴隷だとか関係ねえ」
「なら何!」
「あーもう、うるっせえなあ。黙らねえと口塞ぐぞ!」
「ぐぬ…っ」
ぐっと近づいてくる額に、リュカは咄嗟に赤鬼の肩に両手を置いて身をのけぞらせた。発言の自由を奪われる不快感に、すっかり苦手意識が芽生えていた。自分に都合が悪いとすぐ口を封じようとするのは、心底ずるいと思う。
「はっは、蘇芳の焦る姿なぞ滅多に見られぬから、愉快極まりないのう」
「うるせえ糞ジジイ」
「おお、怖い怖い」
蘇芳に睨みつけられた沙楼羅は怖いとは口では言うものの、全くそうは思っていないようだった。口元がにやついている。
リュカはリュカで、沙楼羅の言葉に目を丸くする。あれのどこが焦っているのか、全くわからなかった。うっとうしいと言わんばかりに怒っているのかと思っていた。
「リュカや、何かあれば儂に言うが良い。蘇芳は親である儂には逆らえん」
「親…?」沙楼羅に頭をわしゃわしゃと撫でられる。
「いかにも。蘇芳と九鬼丸の親じゃ」」
「全然似てないんだな。もしかして、蘇芳にも羽生えてるのか?」
リュカは赤鬼の肩から身を乗り出し、彼の背中を手でまさぐった。ごつごつとした筋肉しかない。
「ガハハ、似でなぐて当だり前だあ!親は親でも、沙楼羅は育ての親だがらなあ」
「育ての?蘇芳と九鬼丸は本当の兄弟なのか?」
「いや、俺達は誰も血が繋がってない。この山で、沙楼羅に育てられた」
「でも蘇芳は鬼族なのに、何でここで?意味わかんねえんだけど」
質問の答えを得ても全く理解ができず、逆に疑問ばかりが深まっていく。少年は眉間に皺を寄せて、首を傾げた。
「蘇芳、おぬし何も話しておらんのか」
「必要に迫られる場面がなかったからな。それに聞いて楽しい話じゃねえだろ」
「おぬし、リュカが自らここに来んかったら、儂ら家族を紹介せんつもりじゃったじゃろ!」
だんまりを決め込む赤鬼に、その沈黙を肯定と受け止めた烏天狗は装束の袖を目元にあて、泣き真似をした。
「何とも薄情じゃのう!リュカを娶って新しい家族が出来たら、儂等はお払い箱と言うことか?あんまりじゃと思わんか、のう、九鬼丸?」
眉尻の垂れた九鬼丸が沙楼羅の問いかけに頷く。本当に悲しんでいるらしく、心なしか図体まで小さくなっているように見えた。
「かわいそう…」
「分かった分かった、悪かったな!謝りゃいいんだろ…ったく」
「分かればいいんじゃ。分かれば」
皆から非難がましい視線を向けられた蘇芳は、苛ついた様子で髪を雑に掻いた。沙楼羅はけろりと一転して笑みを見せた。リュカは、おちょくられる赤鬼を目の当たりにして、早くも沙楼羅のことが好きになっていた。
「…それにしてもリュカや、おぬし人間じゃと言っておったが。両親共に人間かのう?」
「ううん。母親は下半身が蛇の異形なんだ。一度も会ったことはないけど、父親が人間だって聞いた。母親には全く似てなくて、俺は人間の父親にそっくりらしい」
「ふうむ。いくら父親が人間とは言え、母方の遺伝子を全く受け継いでおらんと言うのはあり得ぬが……。おや」
沙楼羅は顎に手を添えると、まじまじとリュカの顔を覗きこんだ。触れそうな程の至近距離だが、嫌な感じはせず、逆に少年も烏天狗を観察し返した。仮面に描かれた紋様をじっと眺める。
「これはこれは。何とも興味深い。契角を介して流れ込んだ蘇芳の力で、魂への干渉が剥げつつあるのう」
「ハゲ!?」
「馬鹿、違えよ。沙楼羅、一人で納得してんな。何か知ってるなら教えろ」
烏天狗の言葉を聞き違えたリュカは、咄嗟に両手で頭を抱えた。髪の毛を撫でまわし、禿げているところがないか確認する。蘇芳はその手を掴んで外させた。
「無理じゃ。口にした瞬間、儂の首がちょん切られてしまう」
言葉とは裏腹に、にっこりと快活な笑みを見せる沙楼羅に、蘇芳は舌打ちをした。眉間に皺の寄った顔がこちらを向く。
「リュカ、母親の目は何色だ?」
「緑だけど…。なあ何の話?全然わかんないんだけど」
「…俺の予想では、お前は人間じゃねえ。二度、瞳の色が銀色になってるのを見た。母親の目の色と違うとなれば、きっと父親が銀の瞳をしてるな」
「え、でも、…でも、俺の体には何の特徴も表れてない…!」
まさかの蘇芳の発言にリュカは困惑しながらも袖をまくった。肌を撫でるも、鱗のようなものも色が変わっている部分も何もない。
「俺だってはっきりとは分かんねえよ。人間に擬態した異形かと思ったけど、子のリュカに身体的特徴が表れてないのがどうにも解せねえ。だけどな、瞳の色が銀色に変化する人間の存在も聞いたことねえ」
「俺の父親は人間じゃないってことは…母親が俺に嘘ついてたってこと?」
「さあな。でもお前の母親はテル・メルの娼婦だろ。日々不特定多数の客を相手にしてるなら、どの客の種で妊娠したかなんてわかんねえんじゃねえか?…沙楼羅がゲロってくれりゃあ話は早いんだがな」
「すまぬが、無理じゃのお」
「もう十分生きただろ」
「嫌じゃ。永く生きてはおるが、まだ死にとうない」
「ってか、あんただったら首切られても案外生きてんじゃねえ?」
「何と酷い言われよう!親に向かってあんまりだとは思わんか、九鬼丸!」
「そうだぞお、蘇芳。沙楼羅がいなぐなっちまったら、寂しいだろがあ。滅多なこと言うもんでねえ」
目の前で繰り広げられる会話は、リュカの耳には届いていなかった。自分が人間ではないかもしれないと知らされて、自分でも驚く程に当惑している。異形として生まれていたらどんなに良かったか、と異形を羨んでいたというのに、いざ自分もそうかもしれないと突き付けられても素直に喜べなかった。自分という存在の根っこの部分がぐらぐらとして心もとないように感じる。
自分も異形だとすれば何故、身体的特徴が何一つ表れていないのか。父親は一体何者なのか。自分はいったい何者なのか。様々な疑問や考えが湧き水のように溢れ出て、身動きが取れなくなってしまっていた。
「リュカ」
顎を取られ、蘇芳が視線を合わせてくる。
「あまり思い悩むな」
「そうじゃぞ、リュカ。自分が何者なのかはおのずと分かる」
「沙楼羅、テメーが言うな。……いいか。少なくとも、お前はもう奴隷じゃねえ。俺の嫁だ。それだけは理解しとけ」
嫁って言っても、しょせん暇潰しの嫁じゃん…。
リュカはそう思ったが、口には出さなかった。自分は暇潰しの存在、などと言葉にするのが何故だか寂しかった。俯いていると、名前を呼ばれて顔を覗きこまれる。鋭い赤い瞳が、わかったか、と返事を促してくる。少年は小さく頷いた。
その後二人は沙楼羅と九鬼丸に別れを告げ、屋敷に戻った。リュカが外に出てからそんなに時間は経っていなかったのだが、セキシは少年の姿を目にした途端、彼をきつく抱きしめた。
「どこにもいらっしゃらないから、心配しました…!てっきりさらわれたのかと…!」
「セキシ、大げさだよ」
「いいえ!リュカ様はご自分がどれだけ愛らしいか、もっと自覚を持つべきです。ちょっと生意気そうな顔がたまらなく愛おしいったら、もう。私はご覧の通り垂れ目ですから、羨ましいです」
眉をキリリと吊り上げ、真剣な面持ちで熱弁するセキシへの反応に困って、リュカは振り返った。三白眼が可愛いわけないよな?という気持ちをこめて、蘇芳を見上げる。少年の訝しむ視線を受けて、赤鬼は苦笑した。
「…俺も別にお前の顔は嫌いじゃねえな」
「二人とも、目悪いんだな」
照れくさくて体がむずむずする。心配されるのも、生まれて初めてだった。落ち着かないが、嬉しくて心臓の部分が温かい。
目が悪いと言われたセキシはショックを受けたように肩を落とすが、少年は彼の首に腕を回して抱きついた。
「でも俺は垂れ目のセキシ、好きだ」
「リュカ様…!」
「おい、俺は」
「……蘇芳は普通」
「何だと?」
不機嫌そうな声と共に、いつもの如く襟首を掴まれて従者の青年から引き離される。まるで猫や犬にするかのように襟首を掴まれたまま、宙ぶらりんの状態になる。いちいち絡まれて面倒だと思うが、赤鬼が満足する答えを言わないと解放されないであろうことは、ここでの生活の中でだんだんと理解し始めていた。
「蘇芳の顔は、雄!って感じがする」
「漢らしい色気に満ちていて、見惚れるってことか?」
「ええー…うーん、まあ、そう」
恥ずかし気もなく堂々とのたまう赤鬼に同意すれば、彼は不敵な笑みを浮かべた。明らかにぞんざいな返事だったと言うのに満足気な蘇芳に、やっぱりおかしな奴だとリュカは思った。
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