盗みから始まる異類婚姻譚

XCX

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20. 寝物語

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 その夜、久しぶりに三人で食事を取った。蘇芳にからかわれて、むきになってやり返したが、以前と変わらぬ光景にリュカは心のどこかでほっとしていた。

「なあ、このお菓子、何て言うんだ?すげーうまい」

 リュカは漆塗りの箱を開け、中の砂糖菓子を見せた。食事と風呂を終えた後も、蘇芳は少年の部屋でふんぞり返っている。

「金平糖。うまいって言うわりに減ってねえけど」
「もったいないから、一日一粒で我慢してる」
「そんなみみっちいことしなくても、また買ってやるよ」

 金平糖の蓋を閉める少年に、赤鬼は吹き出した。くつくつとのどを鳴らして笑いながら、彼の黒髪をかき混ぜる。また買ってもらえると言われて嬉しく思ったものの、少しの戸惑いを感じる。

「…いい。もらってばっかだし、欲しくなったら自分で買う」
「はあ?餓鬼が遠慮すんなよ。そんな高いもんじゃねえし、黙って受け取っておけ」

 リュカはすぐには頷けなかった。自分は何もあげられてないのに、もらってばかりなのは気が引けるし、立場が対等でなくなる気がして嫌だ。元より異形と人間と言う点で対等とは程遠い存在ではあるが。

「じゃあ、こうするか?毎晩俺の抱き枕になってくれんなら、労働の対価として菓子を買ってやる」
「…抱き枕って、つまりはセックスってこと?」
「違えよ。言葉通り、俺に抱きしめられて寝る、ってことだ」

 セックス、という言葉を呟くと、あの夜のことを思い出して全身がこわばる。毎日などとてもじゃないが、死んでしまう。少年の緊張を見て取ったのか、赤鬼は苦虫を噛み潰したような表情を浮かべた。
 何もしないならどうしてそんなことを要求されるのか、疑問に思う。

「…それならいいけど。でも、何で?蘇芳に得があるようには思えないけど」
「別に。添い寝した時に腕に収まってちょうど良かったってだけだ。あと、体温も高くて湯たんぽ代わりにちょうどいい」

 子供であることをからかわれた気がして、少しむっとする。だが、赤鬼に付き添われて眠ったとき、彼の体温が心地良かったのを思い出す。変なことをせず、ただ眠るだけなら…、とリュカは頷いて承諾した。
 了承を得た蘇芳は早速とばかりに布団の上に、その巨体を横たえた。布団は二人が寝そべっても十分なスペースが確保できる程に大きいが、赤鬼の体はなかなかの存在感だ。視線で促され、リュカは灯りを消して蘇芳に背中を向ける形で横になった。

「ぎゃーっ、重いっ、苦しい!」
「うるせえ抱き枕だな」

 がっしりした腕が体に巻きつき、リュカはたまらず声を上げた。腹に手を回され、ぐっと体を引き寄せられる。旋毛に蘇芳の息がかかる。

「…なあ、何で沙楼羅に山で育てられたんだ?蘇芳はここで生まれたんじゃないのか?」
「…別に楽しい話じゃねえぞ」
「いいよ。嫌じゃなかったら教えてくれ」

 しばしの沈黙の後、蘇芳は口を開いた。

「鬼の一族は肌の色によって、更に派閥が分かれる。赤の一族、青の一族…とな。俺の父は赤の一族の族長だった」
「そういや会合で、黒い鬼のことを親父って呼んでたけど、あの人が蘇芳の父親?」
「違う。黒鳶くろとびは鬼一族の頭領だ。血のつながりがあるのは息子の琥珀だけだが、皆親しみをこめて親父と呼んでいる」

 リュカは琥珀と黒鬼の姿を思い出していた。軟派な息子と厳格そうな父親で、全く似ていないなと思った。

「話を戻すが、俺の親父は妻子が既にいるにも関わらず、ある鬼女を見初めた」
「それが、蘇芳の母親?」
「そうだ。親父は傲岸不遜な男で、母には意中の相手がいると知っても、歯牙にかけず力ずくで自分の女にした。母からすれば族長の言うことに逆らうことなど出来ず、程なくして俺を身ごもり、出産した。鬼の世界では、複数の伴侶を持つことはタブーじゃねえ。だが、正妻はプライドの高い女で、父が妾を侍らせ孕ませたのを良しとはしなかった。加えて生まれたのが男児で、自分の息子の脅威になっては困ると思ったんだろうな。正妻は父のいぬ間に、母と俺を屋敷から追いやった。正妻の命を受けたごろつきによって、母は俺を抱えて山に逃げるしかなかった。…山にいる気味の悪い化け物、見たろ」

 リュカは頷いた。昼間見た、底の知れない闇をたたえた不気味な視線を思い出して、思わず身震いする。

「乳飲み子なんざ、格好の獲物だ。柔らかな極上の肉に、化け物どもは歓喜して襲い掛かった。鬼とは言え、産後間もない体では奴らを蹴散らすことなど到底無理だった。そう悟った母は俺を庇って、化け物どもの餌食になって絶命した。そこへ現れた沙楼羅のおかげで、俺だけは間一髪助かった」

 自分の身の上に起きたことなのに、蘇芳は淡々とまるで他人事のように言葉を紡いでいる。不憫な出自だと思ったが、羨ましくもあった。蘇芳は、自分とは違って少なくとも母親からは愛されていたのだ。
 リュカは身じろぎし、向かい合う体勢を取った。窓から差し込む月明かりを受けた蘇芳を見上げるが、何の感情も読み取れなかった。そこにあるのは、完全な無だった。

「誰も探しに来なかったのか?」
「いや、来てねえ。あの山は鬼にとっても危険だって言ったろ。だから俺は一族とは何の関わりもなく、九鬼丸と一緒に沙楼羅の元で鍛えられながら育った」
「母親の仇を討ちたい、とか思わなかったのか?」
「あー…毎日生きるのに必死で、そんなことを考える暇は無かったな。それにほんの赤子だったからか、母親の記憶が全くと言っていい程ねえ」
「そっか。……それで何をきっかけにこっちに戻ってきたんだ?」
「父親が捜索隊を山に放ってな。戻って来いと言われた」
「え、それだけでほいほい戻ったのか?」
「まあ、最低な父親の面でも拝んでやるか、って軽い気持ちだったな。嫌ならまた山に戻ればいいって。で、会ってみたら予想通りの屑で思わず笑っちまった。俺を呼び戻した理由も、自分の跡継ぎである正妻の子が死んだからだった。逆を言えば、正妻の子が死ななきゃ、俺を呼び戻すつもりなんざこれっぽっちもなかったみてえだな」
「はあ?何だそれ!すげえ自分勝手だし、むかつく」

 怒りに顔を歪める少年に、蘇芳は苦笑した。リュカの後頭部を優しく撫でる。

「だよな。他の奴らも妾腹ってことで、俺を見下す奴が多くてな。こんな糞野郎たちのせいで、自分の母親は死んだのかと思うと、そこで初めて怒りが沸いた。だから、殺した」
「……え?」

 リュカは耳を疑った。自分の耳がおかしくなったのではないかと錯覚する。

「初めて参加した戦争で、殺したんだよ。さも敵にやられたように見せかけてな。沙楼羅に鍛えられたおかげで初戦でも戦果を挙げることができた俺は、父親の跡を継いで赤の一族の長になった。戦ごとに手柄を上げ続ける俺に、格下扱いして舐めていた野郎共も掌返して媚びへつらってきてな。そいつらも、戦火に乗じて一人ずつ殺してやった。で、今に至るって訳だ」

 クク、傑作だろ?
 そう言って蘇芳は笑ったが、目は笑っていない気がした。昏く淀んだ目に、何故だかリュカの胸が苦しくなる。

「……俺が怖いか?」
「…うん」
「ははっ、正直だな」

 首筋を撫でられる。その手の冷たさに、リュカは思わず肩を竦めた。先程頭を撫でられた時は温かったのに、すっかり温度を失っている。少年は氷のような手を、両手でぎゅっと握りしめた。

「けど、俺も同じ立場だったらそうしてたかも。今、力を得られたら、嫌がらせしてきたテル・メルの奴ら全員殺してるかもしれない。だから、蘇芳のしたことは怖いけど、軽蔑はしないし非難したりもしない。俺だって清廉な存在じゃないし」
「…そうか」

 目を丸くしていた蘇芳だったが、ふと柔らかな笑みを浮かべた。きつく抱き寄せられて、リュカは赤鬼の胸元に顔を埋める形になる。

「青藍も、いつかは殺すのか?」
「あ?青藍?」

 蘇芳に聞き返され、リュカは彼の顔を見上げながら頷いた。

「蘇芳、青藍のこと嫌いなんだろ?」
「馬は合わねえし、腹は立つけどな、嫌ってはねえよ。…あいつも俺の父親に人生を狂わされた不憫な奴だからな」
「狂わされた…?」
「俺の母親は、青藍と想い合っていたらしい。奴からすれば、俺は自分から恋人を奪った憎い仇の子供なんだよ。あとな、あの池だが、俺の母親が作った池だそうだ。青藍と二人でそこでよく会ってたんだと」
「え…」

 リュカは目を瞬いた。もう誰のものでもない、と語った寂しげな横顔を思い出した。かつての恋人のことだったのか、と合点がいった。

「元恋人との大事な場所に、仇の息子の嫁であるお前がうろちょろしてたら面白くねえだろ。何されるか分かんねえから、だから近寄るなっつったんだよ。分かったら、金輪際行くなよ」

 小さく頷く。青藍には悪いことをしてしまったな、と思った。いつでも来ていいと言ってくれたが、内心はさぞ面白くなかったことだろう。
 と同時に、ちゃんとした理由があるなら、そう言ってくれれば良かったのに、と蘇芳に対して思った。嘘を吐かれるより、事情を話してくれていたら、連日足を運ぶこともなかった。とは言え赤鬼を責めることなどできない。みだりに話したい内容ではない。

「それにしても…何なんだよ、その泥沼。蘇芳の父親、ほんと最低じゃん…」
「だろ。実の父親に手をかけたことについては一瞬たりとも後悔したことはねえ」
「だから、青藍は蘇芳に突っかかるのか?」
「だろうな」

 少年は広い背中に手を回して、赤鬼を元気づけるかのように背中をぽんぽんと軽く叩いた。リュカの突然の行動に、蘇芳は怪訝そうに眉を跳ね上げた。

「何て言葉をかければいいのかわかんねーけど、慰めようと思って」
「んだよ、それ。別に落ち込んでねえよ」

 赤鬼は面食らった様子だったが、すぐに破顔した。くつくつとのどを鳴らして笑っている。頭の上で蘇芳が、ありがとな、と小さくつぶやくのが聞こえて、リュカは小さく頷いたのだった。
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