盗みから始まる異類婚姻譚

XCX

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21. 再会

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 翌朝三人で朝食を囲んでいると、セキシがいつになく上機嫌だった。彼が笑みを浮かべていると、何だかこっちまで嬉しくなってくるから不思議だ。

「セキシ、何かいいことあったのか?すごく嬉しそう」
「ええ。お二人の仲が睦まじいようで、とても嬉しくて」
「お二人って?」
「もちろん、蘇芳様とリュカ様のことですよ。仲良く寄り添い合って眠っていらっしゃって、起こすのが忍びなく感じる程でした」
「そんなんじゃねえって。蘇芳は俺のことを抱き枕にして、その対価に俺は菓子を買ってもらう。契約みたいなもんだよ。なあ?」

 白米を口いっぱいに頬張りながら、リュカは蘇芳に同意を求めた。赤鬼は味噌汁を啜りながら、肩を竦めた。

「まさか抱き枕に、何度も蹴られ殴られるとは思わなかったけどな。寝込んでた時は大人しかったのに、まるで詐欺にあった気分だ」
「でも痛くも痒くもないんだろ、別に」
「けど気分は良くねえ」
「じゃあ、離れて寝るようにしようぜ」
「おい、それじゃ抱き枕になんねえだろうが」
「も~、蘇芳って文句ばっか!結局どうしたいのか全然わかんねえ!俺、寝相悪いの無意識だから気を付けろったって無理があるし!」

 リュカは机を手のひらでバンバンと叩いて不満を訴えた。食事を終えた蘇芳は箸を置くと、深くため息を吐いた。

「治せなんて誰も言ってねえだろ。そのままでいい。セキシ、行商人を呼んでおけ」
「承知しました」
「セキシってどういう経緯で蘇芳に仕えるようになったんだ?弱みでも握られてるのか?」
「あ?どういう意味だそれ」
「だって、こんなに横暴な主人なのに、セキシってすごく献身的だからさ。不思議に思うじゃん」
「生意気なこと言ってんのは、この口か」
「いだあっ!そーゆうとこ!」

 額に青筋を浮かべた蘇芳がリュカの頬肉を引っ張る。痛みに涙を浮かべながら、少年は腕を振り回して抗議した。セキシはじゃれあう二人を穏やかな顔で見つめながら、くすくすと笑った。

「蘇芳様は行き場のなかった私を救ってくださったのです。戦闘民族に生まれながら、私はそういったことが苦手でして…。両親は私を無価値だと早々に見限り、山の中に捨てたのです。怪物に襲われそうになったところを、蘇芳様に助けていただき、戦えない私でも存在を認めてくれ、気にせず受け入れてくれたのです。人それぞれ向き不向きがあるものだと。それがきっかけでお仕えするようになりました」
「そうだったんだ…。セキシの親は今どうしてるんだ?」
「父母共に存命ですよ。黒鳶様の屋敷で働いています」
「セキシ、大丈夫なのか?今も嫌なこと言われたり、されたりするのか?」
「いいえ、顔を合わせることはほぼないです」

 セキシは相変わらず笑みを浮かべているものの、その奥に寂しさと悲しみが見える気がした。リュカは彼の膝の上に乗り上げ、きつく抱きついた。

「俺、セキシのこと大好きだ。もしセキシのこと傷つけるなら、俺がぶっとばしてやる」
「ふふ、大丈夫ですよ。偶然出くわしても、お互い知らぬふりです。絶縁状態ですから。私ももう彼らを親だとは思っていません。でも、ありがとうございます。私もリュカ様のことが大好きですよ」
「うん…」

 セキシに抱きしめ返され、柔らかな髪が首筋に触れる。リュカはセキシの胸に背中を預ける形で、彼の膝の上に座った。

「俺のことを見直したか?」

 赤鬼は机に頬杖を突き、にやにや笑っている。その表情がなんだかいけ好かなかったが、少年は素直に頷いた。

「俺達三人とも、親に恵まれなかったんだな。異形だからとか、人間だから、とか関係ないんだ」
「そうですね。少し悲しくはありますが…」
「まあ、弱肉強食の世界だからな。自分にとって、種族にとって有益にならなけりゃ捨てる。どこの家庭もそんなもんだ。……それより、いつまでセキシの膝に乗ってんだ。さっさと元の場所に戻れ」
「…蘇芳って、俺がセキシとくっついてるといつも不機嫌になるよな。自分もセキシにくっつきたいからって、俺に八つ当たりするのみっともないよ」
「はあ!?」

 少年の言葉に赤鬼は大きく目を見開き、従者の青年は噴いた。

「違えよ!」
「じゃあ何で?」

 リュカの真っ直ぐな視線を正面から受けた蘇芳は、がくりと項垂れる。少年の背後では、セキシが必死で笑いをこらえていた。

「お前、俺のこと弄んで楽しんでるだろ…」
「もてあそんでねーし!むしろ、蘇芳の方が俺のこと弄んでるじゃん!」

 むっつりと頬を膨らませるリュカを目にした蘇芳は、大きな溜息を長々と吐いて、鼻の付け根を指で揉んでいる。頭の上に疑問符をいくつも浮かべて赤鬼を見つめる少年の背後で、苦笑いを浮かべたセキシが主人を見つめていた。
 食後部屋でまったりしていたところに、セキシに伴われて現れた人物を目にして、リュカは表情を輝かせた。

「行商のおっちゃん!」
「姿を見かけんと思っておったが、ここにおったのか、リュカ」

 黒いヴェールで顔を隠した行商人は、駆け寄ってくる少年の頭を、骨と皮だけの手でわしゃわしゃと撫でた。表情には出ていないが、彼の声もどことなく再会を喜んでいるような響きを持っている。

「知り合いか?」
「うん。テル・メルに出入りしてて、色々とお世話になってたんだ。それより、蘇芳がおっちゃんと知り合いなのに驚いたんだけど!」
「ああ、他の行商人とは違って面白えものを取り扱ってるからな。ちなみに先日お前にあげた品物も全部、この行商から買ったんだよ」
「奥方への贈答とは聞いておったが、まさかリュカのことだったとはのう。まこと、世は不思議に満ち溢れておる」

 行商人は腰を下ろすと、広げた風呂敷の上に行李を置いた。蘇芳は少年の手を引き、あぐらをかいた己の股の間に座らせる。嫌がられるかと思ったが、リュカの視線は行李に釘づけだった。

「リュカが、この間買った金平糖をえらく気に入ってな。また甘味を買いたい」

 蘇芳の言葉に、行商人はそう言うことならばと、行李のあちこちから甘味を風呂敷の上に広げた。今までの自分にはおよそ縁のなかった品々に、リュカは興味津々と言わんばかりに身を乗り出す。

「美味そうだからって、涎垂らしたりすんなよ」
「垂らしてないっ」

 否定はしつつも心配になって、少年は咄嗟に口元を手のひらで拭う。背後では赤鬼がくつくつとのどを鳴らして笑っていた。行商人が一つ一つ指さしてはどのような菓子なのか説明をしてくれるが、甘味などついこの間口にした金平糖が初めてのリュカにとっては何が何だかわからない。ただ一つわかっていることと言えば、どれもおいしそう、ということだけだった。

「うっ…どれもおいしそう。どうしよ…」
「なら全部買ってやるよ。行商人、いくらだ」
「えっ!?全部は多すぎだって!俺にそんなにお金使わなくていい!おっちゃん、今の無しな!」

 まさかの言葉にリュカは目を剥いた。眼前で腕を交差させ、バツを作って行商人に知らせる。どういうつもりなのか蘇芳を振り返れば、本人は訝し気に柳眉の片方だけを跳ね上げていた。

「いいだろうが別に」
「よくない!絶対高いじゃん!」
「金なら掃いて捨てる程ある。心配すんな」
「捨てる……。で、でも、こんなにたくさん買ってもらっても食いきれない!」
「別に一度に全部食えってわけじゃねえよ。少しくらい日持ちするだろ。なあ、行商人?」
「だからって…!」
「選べねえんだろ?だったら全部買うだろ」

 暖簾に腕押しで、何を言っても蘇芳は聞き入れる気はないらしい。飄々とした顔で大枚はたいて全ての菓子を買おうとする彼に、困惑してしまう。金などまるでただの紙だとでも言わんばかりに湯水のごとく自分に対して大金を使おうとする蘇芳が理解できない。

「選ぶ!ちゃんと選ぶっ」

 リュカは慌てて二つを選んで指さしたが、行商人が告げた金額に戦慄した。やっぱりやめる、と言いかけるが、それよりも早く蘇芳が承諾の返事をする。風呂敷の上から取り除かれた菓子は、座卓の上へと置かれた。

「それから、新しい春画本ねえか」
「そう言われると思って、持って来ておる」

 行商は甘味をしまうと、今度は冊子を並べた。すると蘇芳は中身も金額も確認することなく、全て買うと告げて、リュカはまた驚く羽目になった。服を買ってくれた時も身請けの時もそうだが、蘇芳は金に執着しない質のようだ。硬貨一枚でも惜しい生活を送っていたリュカには信じられない世界だ。

「リュカの所在を知って安堵したが、テル・メルにいないとなると金輪際珍品に出逢えなくなるのは至極残念だ」

 行商人は黒いヴェールの下で顎を撫でた。それを聞いたリュカは弾かれたように押し入れから、盗品を詰めこんだ箱を手に戻った。箱の中から小袋を取り出す。

「まだたくさんあるよ。くすねて日が浅いから、まだおっちゃんには売れないと思ってさ、取っておいたんだ」
「どれ、見せてみるが良い」

 行商人の声は心なしか弾んでいる。小袋の中から一つ一つ手に取って鑑定する様子を、リュカはじっと見つめる。その隣で、蘇芳も身を乗り出して覗きこんできた。

「これ全部盗品か?えげつねえな」
「しょうがないだろ。そうでもしなきゃ、生きていけなかったんだ」
「あわや俺の角も売られるところだったってことかよ。あぶねえな」
「…俺がおっちゃんに角売ってた方が、蘇芳にとっては良かったんじゃねえの?」
「はァ?何だそれ」
「いや、だって…」

 人間の俺を嫁に迎えずに済んで、運が良ければこの行商人から契角を取り戻せたかもしれないじゃん。
 唇が触れそうな程の至近距離で見つめられ、リュカはぐっと言葉を飲み込んだ。蘇芳の赤い瞳が怒気を孕んでいるように見えたからだ。そもそも、リュカが赤鬼から盗みをしなければよかった話だが。

「よし、全て買い取ろう」

 気まずい雰囲気の中、行商人の言葉はまさに鶴の一声だった。

「おっちゃん、買い取ってくれた分の金額は俺のおやつ代から引いといて!」
「あァ?行商人、そんなことしなくていい」
「良くないっ。俺、買ってもらってばっかりなの嫌なんだよ」
「……わかったよ。行商人、それでいい。金はセキシからもらってくれ」

 食い下がる少年に、赤鬼は呆れたような溜息を吐いた。彼は頷くと早々に身支度を済ませ、行李を担いだ。リュカの頭を撫で、また来ると挨拶をして、彼は部屋を出て行った。
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