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28. 心乱れて
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オークションの間、リュカは気もそぞろだった。複雑な思いが頭の中をぐるぐると巡っている。それに、オークションは思ったよりも気分が落ち込むものだった。確かに物珍しい物も出品されてはいるが、その大半は生き物だったのだ。
戦争に負けた一族の生き残りや、何に使うのか分からない珍獣の死骸。体の自由を奪う目的で拘束具をつけられた彼らの姿が、バトーの奴隷と重なる。最後の抵抗を続ける者もいれば、己の運命を受け入れ諦めた目をしている者もいる。そんな彼らを、薄ら笑いを浮かべた異形達が競り落としていく。各客の手元にある槌を打ち付ける回数によって落札金額が釣り上がるらしかった。
見ていられなくて、リュカは終始俯いていた。一刻も早くこのおぞましいオークションが終わることを、一心に願っていた。それでも聞こえてくる槌の音と、金額を叫ぶゴブリンの親玉の声に吐き気がした。下腹部がずんと重くなって、胃から何か酸っぱいものがこみ上げてくる気がする。
「…何の収穫もねえな。リュカ、帰るぞ」
「…!うんっ」
まだオークションは続いてたが、思いがけない一声に、リュカは大きく頷いた。蘇芳に抱き上げられ、暗がりの会場を後にし、廊下を歩き出口を目指す。屋敷に早く帰りたい。セキシに会いたくて堪らなかった。
幸いなことに、蘇芳は一度も槌を振るわなかった。彼のお気に召すものは無かったらしい。リュカは密かに安堵の息を吐いた。
「あれ、蘇芳?」
聞き覚えのある声に、蘇芳は立ち止まり振り返る。視線の先には、全身黄色まみれの鬼がいた。琥珀だ。二人の姿を目にした琥珀は嬉しそうな顔で駆け寄って来た。
蘇芳は小さく舌打ちすると、リュカを下ろした。手首は掴んだままで、さり気なく己の後ろに庇うように立つ。
リュカは思わず彼を見た。何故舌打ちするのか、その理由が分からなかった。だが、すぐに思い至る。蘇芳は自分と一緒にいるところを友人に見られるのが嫌なのだ。以前は違うと否定したが、明確な理由は言わなかった。とは言え今も琥珀のことが見えないように立ちはだかっているのは、きっとそういうことなのだろう。
「蘇芳も来てたんだ。しかも人間ちゃん連れて。やっほー」
にこやかに手を振ってくる琥珀に、リュカは軽く頭を下げて応じた。言葉で返事をするのは、蘇芳が嫌がるだろうと予想してのことだ。無駄に赤鬼の機嫌を損ねたくない。
「ああ、次の遠征で使えるものがあるかもと思ってな」
「へえ。でも出口に向かってるとこを見ると、期待外れだったみたいだね」
「まあな」
「えー。じゃあ俺も一緒に帰ろっかなあ。今来たところだけど」
「俺にとっては、期待外れだっただけだ。けど、興味深いものはたくさん出品されてるぜ。値段の釣り上がりも早い。今から参加しても、損はねえと思うがな」
「興味深いって例えばどんな?」
赤鬼は会話を切り上げたそうに見えたが、黄鬼は食いついてきた。彼を無下にはできないらしく、蘇芳はオークションで見たものを語り始めた。家に帰るまでもう少しかかるとわかり、リュカは二人に聞かれないように小さく息を吐いた。
長い通路の先から声が聞こえて、自然とそっちに意識が向く。扉が開いて、全身鱗だらけの巨大な二足歩行のトカゲが出てきた。手には綱を持ち、その先は背中から大きな鳥の羽根を生やし、全身黄緑色の毛に覆われた女の首輪に繋がっている。その顔は絶望に満ちていた。彼らの後ろには上機嫌のゴブリンが続いて現れた。
「良い買い物をした。極上の雌だ」
「ええ、ええ、そうでしょうとも。ケンゲ様は実に見る目がおありで」
「家に帰ったら、すぐにでも可愛がってやる。他の奴らも喜ぶ。一族の雄全員の子を孕ませてやる」
長い舌で舌舐めずりするトカゲに、鳥女は泣いて懇願した。恐怖に腰を抜かし動かない彼女の首輪についた縄を、トカゲは力任せに引いた。首を締めつけられた女の口から耳障りな苦悶の声が漏れる。
目の前の恐ろしい光景に、一旦は収まっていた吐き気がまたこみ上げてきた。視線を逸らしたいのに、出来ない。蘇芳と琥珀の会話は続いていて、こちらに気が付いていない。いや、気が付いていても、彼らにとっては普通のことで気にしていないのかもしれない。
こみ上げる酸っぱいものを、リュカはどうにか嚥下した。掴まれている手を振り解こうと試みる。ようやく蘇芳の意識がこちらに向いた。
「…トイレ、行きたい」
「すぐに帰る。我慢しろ」
「できない…っ。もれそう。すぐ戻るから、お願いだ…!」
「いいじゃん、行かせてやんなよ。トイレなら向こうを右に曲がって左にあるよ」
琥珀の助け舟に、蘇芳が眉をひそめる。険しい表情から、リュカが逃げるのを警戒しているのが丸わかりだった。だが、リュカには逃げるつもりなど毛頭ない。狂った異形だらけのこの会場で脱走を図る程愚かではない。蘇芳の傍が一番安全なのだ。
「…すぐに戻れよ」
リュカが頷くと、手首を掴む力が弱まった。少年は二人の横を駆け抜けながら、手で口を覆った。今にも吐き出してしまいそうだった。
中に入るなり個室に駆け込み、鍵をかける。便器に顔を突っ込んで、リュカは胃の中のものを全て吐き出した。ぜえぜえ、と呼吸をしながら、ぐったりともたれかかる。口の中の不快感と吐瀉物の嫌な臭気に、さらにえずいてしまう。出すものは何もないのに、気持ち悪さが拭えない。だがいつまでもここにいる訳にはいかない、とリュカは吐瀉物を流して個室から出た。そこにいた人物を目にして、少年は驚いた。
青白い顔をした、全身青い鬼の青藍がいた。向こうも予想外だったらしく、わずかに目を見開いている。
「…来ていたのか」
「う、うん」
会うのはあの日以来だ。話しかけられ、返事がつかえてしまう。トイレ内にはリュカと青藍以外の人影はなく、静まり返っていた。気まずい。青鬼となるべく視線を合わせないよう、リュカは小走りで洗面台に向かった。横からの強烈な視線を感じながら、口と手をすすぐ。顔を上げると同時に手巾を差し出され、少年はその布と青鬼の顔を交互に見た。使え、ということらしい。
「へ、平気!袖で拭いときゃいいし!」
少年は袖で雑に口元を拭った。脳裏に蘇芳の姿がよぎる。なかなか戻ってこないリュカに焦れた蘇芳がいつ探しに来るともわからない。赤鬼に妙な誤解をされるのはまっぴらご免だった。
行儀のよくない少年の行動に眉間を皺を刻みつつも、青藍は手巾を懐に収めた。
「えと…俺、蘇芳のとこ戻んなきゃ」
沈黙の空気に耐えかねた少年は踵を返したが、腕を掴まれて阻まれた。
「もう、あの池には来ないのか」
「あ…」
「…別に俺がいる時に来なくても構わない。俺も蘇芳と共に戦で時折留守にする。お前が鯉達に餌をやってくれると助かる」
それならできる、とリュカは危うく返事をしかけたが、どうにか言葉を飲み込んだ。顔を覗きこんでくる青藍の真っ青な瞳を直視できず、俯く。
出来ることなら池に行きたいし、餌やりだってしたい。だが、蘇芳が良い顔をしないのは明らかだ。そこに青藍の姿が無くとも、あの池にリュカが近づくことすら嫌がるだろう。赤鬼に内緒で行ったとしても、露見した時が怖い。
「…行かない。餌やりも、しない」
「蘇芳に折檻されるからか」
「…分かってるなら、何で聞くんだよ」
少年はむっとした。青藍の腕を振り払おうとするが、力の差で失敗に終わる。ただ無駄に体力を消耗しただけだった。
「この傷も、蘇芳にやられたのか」
青藍の手が伸びてきて、ステラにつけられた首元の傷を撫でていく。青鬼が勘違いしていることに気づき、リュカは慌てて首を振って否定した。
「違うっ!これは蘇芳じゃなくて、別の奴にやられたんだ」
少年の反論に青鬼の眉間の皺はさらに深くなった。
「何故、嘘を吐いてまで奴を庇う」
「かばってる訳じゃない!本当に蘇芳じゃない!離せ、離せよっ!」
「哀れな。暴力と恐怖で支配されているのか。父親同様に、何とも卑劣な手を使う」
青藍の言動は侮蔑に満ちていた。昏く淀んだ瞳に見下ろされる。腕を掴む手に更に力が込められ、骨がきしみそうだ。自分の言うことを聞こうとしない青鬼に、激しい怒りに見舞われたリュカは、彼の腕に噛みついた。
突然のことにたじろいだ青藍は反射的に手を引き、リュカの腕を離した。
「俺はあんたの恋人の赤鬼じゃないし、蘇芳も蘇芳の父親じゃない!一緒くたにすんな!あんたから恋人を奪ったのは蘇芳の父親で、悪いのはそいつだろ!蘇芳は関係ねえっ」
会ったこともない人物に自分を重ねられることに無性に腹が立つ。自分は自分だ。それに、父親の罪にもかかわらず蘇芳を責め立てるのは間違いだと思った。確かにリュカと蘇芳の間に婚姻関係が生じてはいるが、赤鬼にとっても不本意だったはずだ。リュカが契角を盗んでしまったせいで、蘇芳もまたある意味被害者なのだ。
腕力で押さえつけられたのだって、犯されたあの日だけだ。それ以外に殴られたり蹴られたり、身体的な暴力を受けたことなどない。
リュカは我に返ると、しまった、と瞬時に思った。青鬼を見上げてみれば、驚いた様子で目を丸くしていた。さあっ、と血の気が引いていく音が聞こえる。感情のままに吐き捨ててしまったが、人間の自分に言われてもただ不愉快なだけだろう。ますます蘇芳に対して反感を持つに違いない。
今更謝罪したところで手遅れだと思ったリュカは、くるりと回れ右をした。今すぐこの場を去った方がいいだろうと思った。だが、出来なかった。
ステラが入り口に立っていた。リュカと目が合うと、彼の目はニンマリと弧を描いた。
「ご主人様が探してたよ?でも、取込み中みたいだね。僕が君のご主人様に言っておいてあげるよ」
「…!ま、待って、ステラ!」
ステラは一方的にそう言い残し、駆け出した。一拍遅れて、リュカも追いかける。後ろから青藍の制止する言葉が聞こえたが、少年は足を止めなかった。蘇芳にあることないこと吹き込まれては困る。青藍と話していたことも知られたくない。
ステラの姿を見失わないようにするのに必死なあまり、リュカは元来た道とは全く異なる方向に走っていることに気がついていなかった。
戦争に負けた一族の生き残りや、何に使うのか分からない珍獣の死骸。体の自由を奪う目的で拘束具をつけられた彼らの姿が、バトーの奴隷と重なる。最後の抵抗を続ける者もいれば、己の運命を受け入れ諦めた目をしている者もいる。そんな彼らを、薄ら笑いを浮かべた異形達が競り落としていく。各客の手元にある槌を打ち付ける回数によって落札金額が釣り上がるらしかった。
見ていられなくて、リュカは終始俯いていた。一刻も早くこのおぞましいオークションが終わることを、一心に願っていた。それでも聞こえてくる槌の音と、金額を叫ぶゴブリンの親玉の声に吐き気がした。下腹部がずんと重くなって、胃から何か酸っぱいものがこみ上げてくる気がする。
「…何の収穫もねえな。リュカ、帰るぞ」
「…!うんっ」
まだオークションは続いてたが、思いがけない一声に、リュカは大きく頷いた。蘇芳に抱き上げられ、暗がりの会場を後にし、廊下を歩き出口を目指す。屋敷に早く帰りたい。セキシに会いたくて堪らなかった。
幸いなことに、蘇芳は一度も槌を振るわなかった。彼のお気に召すものは無かったらしい。リュカは密かに安堵の息を吐いた。
「あれ、蘇芳?」
聞き覚えのある声に、蘇芳は立ち止まり振り返る。視線の先には、全身黄色まみれの鬼がいた。琥珀だ。二人の姿を目にした琥珀は嬉しそうな顔で駆け寄って来た。
蘇芳は小さく舌打ちすると、リュカを下ろした。手首は掴んだままで、さり気なく己の後ろに庇うように立つ。
リュカは思わず彼を見た。何故舌打ちするのか、その理由が分からなかった。だが、すぐに思い至る。蘇芳は自分と一緒にいるところを友人に見られるのが嫌なのだ。以前は違うと否定したが、明確な理由は言わなかった。とは言え今も琥珀のことが見えないように立ちはだかっているのは、きっとそういうことなのだろう。
「蘇芳も来てたんだ。しかも人間ちゃん連れて。やっほー」
にこやかに手を振ってくる琥珀に、リュカは軽く頭を下げて応じた。言葉で返事をするのは、蘇芳が嫌がるだろうと予想してのことだ。無駄に赤鬼の機嫌を損ねたくない。
「ああ、次の遠征で使えるものがあるかもと思ってな」
「へえ。でも出口に向かってるとこを見ると、期待外れだったみたいだね」
「まあな」
「えー。じゃあ俺も一緒に帰ろっかなあ。今来たところだけど」
「俺にとっては、期待外れだっただけだ。けど、興味深いものはたくさん出品されてるぜ。値段の釣り上がりも早い。今から参加しても、損はねえと思うがな」
「興味深いって例えばどんな?」
赤鬼は会話を切り上げたそうに見えたが、黄鬼は食いついてきた。彼を無下にはできないらしく、蘇芳はオークションで見たものを語り始めた。家に帰るまでもう少しかかるとわかり、リュカは二人に聞かれないように小さく息を吐いた。
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「良い買い物をした。極上の雌だ」
「ええ、ええ、そうでしょうとも。ケンゲ様は実に見る目がおありで」
「家に帰ったら、すぐにでも可愛がってやる。他の奴らも喜ぶ。一族の雄全員の子を孕ませてやる」
長い舌で舌舐めずりするトカゲに、鳥女は泣いて懇願した。恐怖に腰を抜かし動かない彼女の首輪についた縄を、トカゲは力任せに引いた。首を締めつけられた女の口から耳障りな苦悶の声が漏れる。
目の前の恐ろしい光景に、一旦は収まっていた吐き気がまたこみ上げてきた。視線を逸らしたいのに、出来ない。蘇芳と琥珀の会話は続いていて、こちらに気が付いていない。いや、気が付いていても、彼らにとっては普通のことで気にしていないのかもしれない。
こみ上げる酸っぱいものを、リュカはどうにか嚥下した。掴まれている手を振り解こうと試みる。ようやく蘇芳の意識がこちらに向いた。
「…トイレ、行きたい」
「すぐに帰る。我慢しろ」
「できない…っ。もれそう。すぐ戻るから、お願いだ…!」
「いいじゃん、行かせてやんなよ。トイレなら向こうを右に曲がって左にあるよ」
琥珀の助け舟に、蘇芳が眉をひそめる。険しい表情から、リュカが逃げるのを警戒しているのが丸わかりだった。だが、リュカには逃げるつもりなど毛頭ない。狂った異形だらけのこの会場で脱走を図る程愚かではない。蘇芳の傍が一番安全なのだ。
「…すぐに戻れよ」
リュカが頷くと、手首を掴む力が弱まった。少年は二人の横を駆け抜けながら、手で口を覆った。今にも吐き出してしまいそうだった。
中に入るなり個室に駆け込み、鍵をかける。便器に顔を突っ込んで、リュカは胃の中のものを全て吐き出した。ぜえぜえ、と呼吸をしながら、ぐったりともたれかかる。口の中の不快感と吐瀉物の嫌な臭気に、さらにえずいてしまう。出すものは何もないのに、気持ち悪さが拭えない。だがいつまでもここにいる訳にはいかない、とリュカは吐瀉物を流して個室から出た。そこにいた人物を目にして、少年は驚いた。
青白い顔をした、全身青い鬼の青藍がいた。向こうも予想外だったらしく、わずかに目を見開いている。
「…来ていたのか」
「う、うん」
会うのはあの日以来だ。話しかけられ、返事がつかえてしまう。トイレ内にはリュカと青藍以外の人影はなく、静まり返っていた。気まずい。青鬼となるべく視線を合わせないよう、リュカは小走りで洗面台に向かった。横からの強烈な視線を感じながら、口と手をすすぐ。顔を上げると同時に手巾を差し出され、少年はその布と青鬼の顔を交互に見た。使え、ということらしい。
「へ、平気!袖で拭いときゃいいし!」
少年は袖で雑に口元を拭った。脳裏に蘇芳の姿がよぎる。なかなか戻ってこないリュカに焦れた蘇芳がいつ探しに来るともわからない。赤鬼に妙な誤解をされるのはまっぴらご免だった。
行儀のよくない少年の行動に眉間を皺を刻みつつも、青藍は手巾を懐に収めた。
「えと…俺、蘇芳のとこ戻んなきゃ」
沈黙の空気に耐えかねた少年は踵を返したが、腕を掴まれて阻まれた。
「もう、あの池には来ないのか」
「あ…」
「…別に俺がいる時に来なくても構わない。俺も蘇芳と共に戦で時折留守にする。お前が鯉達に餌をやってくれると助かる」
それならできる、とリュカは危うく返事をしかけたが、どうにか言葉を飲み込んだ。顔を覗きこんでくる青藍の真っ青な瞳を直視できず、俯く。
出来ることなら池に行きたいし、餌やりだってしたい。だが、蘇芳が良い顔をしないのは明らかだ。そこに青藍の姿が無くとも、あの池にリュカが近づくことすら嫌がるだろう。赤鬼に内緒で行ったとしても、露見した時が怖い。
「…行かない。餌やりも、しない」
「蘇芳に折檻されるからか」
「…分かってるなら、何で聞くんだよ」
少年はむっとした。青藍の腕を振り払おうとするが、力の差で失敗に終わる。ただ無駄に体力を消耗しただけだった。
「この傷も、蘇芳にやられたのか」
青藍の手が伸びてきて、ステラにつけられた首元の傷を撫でていく。青鬼が勘違いしていることに気づき、リュカは慌てて首を振って否定した。
「違うっ!これは蘇芳じゃなくて、別の奴にやられたんだ」
少年の反論に青鬼の眉間の皺はさらに深くなった。
「何故、嘘を吐いてまで奴を庇う」
「かばってる訳じゃない!本当に蘇芳じゃない!離せ、離せよっ!」
「哀れな。暴力と恐怖で支配されているのか。父親同様に、何とも卑劣な手を使う」
青藍の言動は侮蔑に満ちていた。昏く淀んだ瞳に見下ろされる。腕を掴む手に更に力が込められ、骨がきしみそうだ。自分の言うことを聞こうとしない青鬼に、激しい怒りに見舞われたリュカは、彼の腕に噛みついた。
突然のことにたじろいだ青藍は反射的に手を引き、リュカの腕を離した。
「俺はあんたの恋人の赤鬼じゃないし、蘇芳も蘇芳の父親じゃない!一緒くたにすんな!あんたから恋人を奪ったのは蘇芳の父親で、悪いのはそいつだろ!蘇芳は関係ねえっ」
会ったこともない人物に自分を重ねられることに無性に腹が立つ。自分は自分だ。それに、父親の罪にもかかわらず蘇芳を責め立てるのは間違いだと思った。確かにリュカと蘇芳の間に婚姻関係が生じてはいるが、赤鬼にとっても不本意だったはずだ。リュカが契角を盗んでしまったせいで、蘇芳もまたある意味被害者なのだ。
腕力で押さえつけられたのだって、犯されたあの日だけだ。それ以外に殴られたり蹴られたり、身体的な暴力を受けたことなどない。
リュカは我に返ると、しまった、と瞬時に思った。青鬼を見上げてみれば、驚いた様子で目を丸くしていた。さあっ、と血の気が引いていく音が聞こえる。感情のままに吐き捨ててしまったが、人間の自分に言われてもただ不愉快なだけだろう。ますます蘇芳に対して反感を持つに違いない。
今更謝罪したところで手遅れだと思ったリュカは、くるりと回れ右をした。今すぐこの場を去った方がいいだろうと思った。だが、出来なかった。
ステラが入り口に立っていた。リュカと目が合うと、彼の目はニンマリと弧を描いた。
「ご主人様が探してたよ?でも、取込み中みたいだね。僕が君のご主人様に言っておいてあげるよ」
「…!ま、待って、ステラ!」
ステラは一方的にそう言い残し、駆け出した。一拍遅れて、リュカも追いかける。後ろから青藍の制止する言葉が聞こえたが、少年は足を止めなかった。蘇芳にあることないこと吹き込まれては困る。青藍と話していたことも知られたくない。
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