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18.異世界トリップして10分で即ハメされて、もう逃げられない

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 それからは絵に描いたような幸せな日々が続いた。好きな調理の仕事をして、それ以外は好きな人と生活を共にしている。いくら幹部の部屋とは言え、二人だと手狭だろうから、とより広い部屋を団長があてがってくれて、生活の質もより向上した。ライナスはいつも愛情をまっすぐぶつけてくれるのが嬉しくて、俺もそれを見習うようにした。二人でいる時はずっとじゃれあって、好きだ愛してるといちゃいちゃしている。傍目から見れば迷惑なバカップルでしかないが、二人きりの時にしかやってないから許して欲しい。
 セックスの間もずっと甘い言葉をかけられながら、快楽の底なし沼に沈められる。ライナスと俺は相性がいいのか、回を追うごとに自分の体がどんどんエロくなるのを実感している。この間は、とうとう潮吹きまで会得してしまった。そのうち、キスだけで射精できるようになってしまうかもしれない。
 心も体もあふれるほどに満たされて、ライナスなしで生きていけなくなりそう…。
 ヨハンやフランクとも、文通を続けている。ヨハンの気持ちには応えられないと伝えても、変わらず友情をはぐくんでいる。ライナスと恋人になったことも、本音はどうかわからないけど、祝福してくれた。フロランス領は貴族や金持ちばかりで疲れる、と書いてあったが、それなりに楽しくやっているようだった。
 フォルカを始め、ライナスを慕っていた団員からのやっかみはあった。直接暴力をふるわれることはなかったが、ちょっとした意地悪を受けることが多かった。だけどそれも長くは続かなくて、ある日を境にぴたりと止んだ。

「俺、勘違いしてたわ。アンタも大変だと思うけど、強く生きな」

 珍しく声をかけてきたかと思えばこれだ。目を細め、可哀想なものでも見るかのような眼差しを送ってくる。慰めるように肩をポンポンと叩かれる。180度変わった態度に疑問を抱くも、気味が悪すぎて理由を聞くことはできなかった。
 それから、より大きな部屋に移ることになった。結婚した団員は宿舎を離れて城下に家を持つことが多いらしい。けどそれは騎士団員以外と結婚した夫婦の場合で、ライナスも俺も城下に居を構えるつもりはなかった。ただでさえ料理番は朝早いし、ライナスも副団長だから至急の呼び出しがあると行き来が大変だからだ。ライナスの自室に俺が居候している今の形でも特に不便は感じなかったし。
 それを見かねてなのか、団長が宿舎内でより広い部屋をあてがってくれた。長らく使われていないというその部屋はほこりまみれで掃除が必要だったけど、ライナスと二人で壁にペンキを塗ったり自分達で色々とカスタマイズできて楽しかった。


 *********

「ユウタ、起きて。朝だよ」

 肩を叩かれる感覚と、耳に優しく囁く声。毎日ほぼ同じ時間に起こされているのに、全く慣れることができない。がっしりとした腕に抱きしめられるのが心地良くて、起きなきゃいけないと頭では分かっていても、体が言うことを聞かない。

「ゔ~…んん…あと5分…」
「ユウタ、さっきも同じこと言ってたよ。さあ起きて。遅刻したらムギ婆に小突かれるよ」
「うう…それは嫌だ…」

 小柄ながらに力の強いムギ婆に杖で小突かれたらどんなに痛いか、身に染みて知っている。想像しただけで顔面に力が入る。頭の上から押し殺した笑いが聞こえた。
 寝ぼけまなこを覚まそうと指で目を擦ると、妙に痛い。何か硬くてひんやりとした感触があった。手をかざして見る。指に何かがはまっているのが見えた。瞬きを何度も繰り返し、だんだんとはっきりする視界で、その正体を知ると眠気が一気に吹き飛んだ。

「えっ!?」

 眠たくてぐずぐずしていたのが嘘のように、勢いよく体を起こす。左手の薬指に輪っかがはめられている。銀色に輝く、細身の輪。
 驚きすぎて言葉が出ない。水面に顔を出した鯉のように口をぱくぱくと動かしながら、振り返る。上半身を起こしたライナスがドヤ顔で笑みを浮かべて左手をかざす。その薬指には、同じく指輪がはめられていた。

「えっ…な、ライ、…こ、これっ…!」

 もう意味不明な音しか口から出てこない。俺の驚きぶりに満足したのか、ライナスは俺の左手をぎゅっと握った。

「求婚の証だよ。ユウタは僕の大事な伴侶だから、誰も盗らないでって主張しないとね」
「だ…誰も盗らないよ!俺のことなんか」

 俺の反論に、ライナスはまるで子供のようにむうと頬を膨らませた。

「ユウタ、団員の中でも人気あるんだよ?ユウタが気がついてないだけで。だからちゃんと牽制しないと」

 そんな訳ない、と否定の言葉が出そうになるが、彼の表情は真剣そのものだった。遅刻しちゃうよと尻を叩かれ、慌てて服を着替える。

「い、いつの間に指輪準備したんだ!?しかもサイズぴったりだし!」
「ふふ、寝てる時にユウタの指の太さ測ったんだ。でもこれは急ごしらえの既製品。次のお休みの日に職人さん呼んで、ちゃんとしたものを発注しようね」

 ぼんやりとした頭ではライナスの発言をうまく咀嚼できなくて、聞きたいことは山ほどあったが、そこでタイムオーバーだった。ベッドの上にいる彼に見送られ、厨房まで走るハメになる。ギリギリ時間に間に合い、ムギ婆からのシゴキは回避することが出来た。
 目ざとい同僚によって、指輪の存在はすぐに発覚した。勿論、めちゃくちゃイジられた。外してポケットにしまっておこうかと思ったけど、ふとした拍子にどこかに落としてしまいそうなのが怖くて、結局つけたまま仕事をした。またもやカウンターに立たされ、料理にありつこうと並ぶ団員達からも冷やかしを受けた。なるべく左手を使わないようにしていたのが仇となって、逆に注意をひいてしまったらしい。
 そこでライナスが登場するもんだから、食堂はちょっとしたどんちゃん騒ぎと化した。今までこんな風に注目を浴びることなんか無くて、俺は顔から火が出そうなくらい恥ずかしくてたまらなくてどうすればいいのかわからないのに、ライナスは終始余裕そうだった。指笛を鳴らして調子よく祝福の言葉を叫ぶ団員達を、にこにこ笑みを浮かべて宥めている。

「ユウタは僕の大事な人だから、みんな手を出さないでね」

 しまいにはこれである。俺の体を抱き寄せて、皆の前で堂々とした宣言に、食堂は更に湧いた。いっそのこと気絶したかった。
 一向に騒ぎの収まる気配がないありさまに遂にムギ婆の雷が落ち、お祭り騒ぎは強制終了した。料理番以外は全員追い出された。料理番にも関わらず、俺も騒ぎの元凶として閉め出されてしまった。
 次の休みの日、ライナスは本当に職人を呼び寄せていた。様々なサンプルや宝石を見せられ、言葉を失う。職人が今流行している鉱石やデザインをつらつらと説明してくれるが、全く頭に入ってこない。

「ユウタ、どうしようか。ゴールドは目立つけど、ユウタの肌に映えそうだね。最硬度のアダマンティトを素材にしてもいいね。ちょっと無骨そうだから、指輪全面に色んな宝石をちりばめてみる?」

 ライナスも楽しそうだ。俺の指に色んな素材でできた指輪をはめては外して、あれもいいこれもいいと呟いている。職人の箱に大事そうに収納された宝石類に目を落とす。ダイヤモンドにルビー、エメラルド等々。いかにも高価そうな宝石が並べられている。指輪を宝石まみれにした場合の価格なんて恐ろしすぎて想像すらしたくない。

「シンプルなのがいいな…」

 ようやく絞り出せた一言だった。

「シンプルだとつまらなくない?ユウタは僕にとって特別だから、指輪も特別仕様なのを身に着けて欲しいな」
「でも俺、料理番だから、あんまり装飾がゴテゴテしてると仕事に支障が出る…」
「そっかあ…。じゃあ、二つ作る?普段使い用と仕事以外のプライベートでつける用と」

 諦めてくれるかと思いきや、ライナスは俺の予想を180度裏切る提案をしてきた。俺は慌てて頭を振って断った。
 発想が既に一般人とかけ離れてる!

「ライナスさんが特別なものを贈ろうとしてくれてる気持ちは嬉しい。でも二つも作るなんてお金がもったいないよ。それに仕事をしていないときは別のに付け替えて、ってそんな器用なことできない」

 残念そうに肩を落とすライナスの手を、テーブルの下でそっと握る。

「俺のいたところではさ、指輪の裏側に刻印するのが一般的だったよ。例えばお互いの名前を彫ったりしてさ。そういうのはどう?世界で二つしかない特別な指輪になるよ」

 俺の提案に、ライナスは瞬時に表情を輝かせた。頬がぽっと染まって、大きな犬の尻尾がブンブンと振れているのが見える。素直な彼の反応が可愛くて仕方がない。
 職人も、それはいい!と嬉しそうに手を叩いている。結果、錆びや傷に強い丈夫な素材で、ライナスの指輪には俺の名前を、俺の分にはライナスの名前を彫ることにした。

「お二方のお名前を頂戴しても?」
「ライナス・ボーデントッドと、ユウタ・ボーデントッドだよ」

 ……ん?
 思考がフリーズする。隣でライナスが俺達の名前を紙に書いている。違和感を口にする間もなく、職人はこちらに一礼して帰っていった。

「ライナスさん…」
「ん?どうしたの、ユウタ。可愛い顔して」
「俺の名字…知ってるよね…?樫木、だけど…」
「うん、勿論知ってるよ。でも、ユウタの名字はもうボーデントッドなんだよ」
「えっと…この世界って男同士でも結婚できるの?」
「ううん。まだそこまでは法整備が整ってないよ」

 ますます訳が分からなくて、自然と眉間に力が入る。ライナスの言ってることは支離滅裂だ。男同士は結婚できないのに、名字が変わるなんてどういうことだ?ライナスの願望?

「あのね、実はユウタの戸籍を作ったときに、名字をボーデントッドで登録してたんだ。僕が庇護者になるわけだし、その方が都合がいいかなと思って…。勝手にしてごめんね?でも結果的に名実ともにユウタと家族になれて嬉しいなあ」

 とろけるような笑みを浮かべたライナスが俺を抱き寄せ、唇を啄んでくる。一方で俺はまだ事態に頭が追いつかず、呆然としていた。

「え…、あの、俺最初からボーデントッド姓だったってこと…?」
「うん、そうだよ。正式な書類あるけど確認する?」

 激しく何度も頷くと、彼は机の引き出しから一枚の紙を取り出した。どうやら戸籍抄本らしい。本当に樫木優太ではなく、ユウタ・ボーデントッドと登録されている。

「お、俺、王族の一員ってこと!?」
「一応そうなるけど、僕の場合は継承権も高くないし、王族なんて名ばかりだよ。そんなに大したことじゃない。それに僕は生涯の伴侶をユウタ以外に作るつもりなんてない。仮にユウタ・カシキのままで名字を変えなくても事実婚扱いになって、実質はボーデントッド家の一員になるんだよ?」

 そう言うと、男は俺の手を取って恭しく口づけた。優雅な仕草があまりにも似合いすぎていて、胸がきゅんとしてしまう。
 予想だにしない出来事の連続。少し前まではただの学生だったのに、異世界トリップして生涯の恋人を得て、更には王族の一員となってしまった。
 未知の世界すぎて、完全にキャパオーバーだった。

「わ、ユウタ、大丈夫!?」

 頭が真っ白すぎて、何も考えられない。力が入らず、ぐでっとした体をライナスが抱きかかえる。
 俺が王族!?ライナスが王族なのは忘れてはいなかったけど、まさか自分がなるなんて!
 短期間で怒涛の展開だったが、これからもそれは続きそうな予感に俺の意識はだんだんと遠のいていったのだった。
 
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