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3章 希う大学生編

僕が最強?

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 特大の溜め息を放ち、色々と諦めた八千代は、桜華さんからサックスを奪い取って朔の元へ向かった。

「バリサクか。渋いな」

「杉村の親父の趣味でな。かじってた程度だけどよ」

 ピアノに向かう朔の隣に、八千代がサックスを持って立つ。曲の相談をしているらしいが、そんなのどうだっていい。カッコ良すぎるんだけど!

「あらぁ、すっごく絵になるわねぇ」

 母さんがぽやんと眺めている。その横で保ける僕。心臓が煩いくらい鳴って、ムスッとしたりっくんと啓吾に挟まれている事さえ気づかなかった。
 むすくれた2人が僕の腰と肩を抱いて、漸く事の次第に気づく。物凄く不満そうだ。僕は慌てて2人を宥めつつ、演奏が始まるのを待つ。

 そして、静かな単音から演奏が始まった。朔の奏でる美しい旋律に、八千代の柔らかい重低音が乗ってゆく。これってジャズ··なのかな。分からないけど好きだ。きっと、僕が好きそうなのを選曲してくれたのだろう。2人らしいや。
 それにしても、相変わらずピアノを弾く朔の横顔は綺麗だ。とても穏やかで、僕を愛でるときの雰囲気に似ている。
 それに対して八千代は、何故なんだってくらい雄々しい顔で吹いている。楽しそうというか、凄く気持ち良さそうだ。何だかんだ言ってるけど、たぶんサックスが好きなんじゃないかな。そんな表情かおをしている。
 なんだ····、そうだったのか。バイク以外にも、楽しいと思える事があったんだ。本人は気づいていないみたいだけど。なんだか、嬉しいような安心したような、何とも言い難いが温かい気持ちで僕の心は満たされている。
 
 朔の実家で聴いた時と同様に、むくれていたりっくんと啓吾ですら聴き入っている。演奏が終わると、拍手喝采の中、朔と八千代が見つめ合って笑った。
 何だそれ。なんでこの瞬間を撮影していないんだ。と、物凄く後悔したのも束の間、凜人さんがバッチリカメラを回していた。
 僕の視線に気づくと、凜人さんはパチンとウインクを寄越してくれた。おそらく、後でデータをくれるのだろう。本当に、すっっっごくありがたい。

 宴もたけなわ、日が沈んできたのでバーベキューは終了した。だって、めちゃくちゃ寒いんだもん。りっくんと八千代が凍えそうなのを見て、大人達が気を遣って帰ると言い出したのだ。
 そうと決まれば皆の行動は素早く、あっという間に帰ってしまった。凜人さんは残り、後片付けを手伝ってくれる。


 片付けを終えると、啓吾が凜人さんをコーヒーで労った。僕にはホットココアだ。

「凜人さん、今日は朝からありがとうございました」

「何を仰いますか。このような場に呼んでいただけただけで、私は天にも昇るような思いでした」

「ハッ、そのまま天に召されとけ」

 偉そうにコーヒーを啜りながら、ふんぞり返った八千代が悪態をつく。散々お世話になってるのに、どうしてこういつも喧嘩腰なんだ。
 今更かもしれないが、凜人さんの前では特に態度が悪い。余程嫌いなのだろう。けれど、流石に今日は見過ごせない。

「むぅ····八千代、凜人さんに謝って」

「は?」

「今日だってお世話になったでしょ! そんな意地悪ばっかり言うのダメだよ。僕、そういうのヤダッ」

 ふいっと顔を背けてやる。頬を膨らませて、子供じみているだろうか。だけど、どうしても今日は許せないんだ。
 だって、僕たちの大切な日を手助けしてくれたのだから。そんな人に酷い事を言うなんて、絶対にダメじゃないか。

「ヤダっておま····くそ··········さーせんした」

 なんてふてぶてしい態度なんだ。そんなの、謝ったとは到底言えない。けれど、凜人さんは大人で寛大だから、そんな八千代でも許してくれる。

「ふふっ····。はっ、申し訳ございません。私は気にしておりませんので、どうか喧嘩はなさらないでください。それにしても流石、結人様はお強いですね」

 僕が強い? どこをどう見てそう思うのだろう。僕一人、成長が止まってしまったかのように小さいままなんだけどな。

「僕、強くなんてないですよ。全然おっきくなれないし····」

「結人様、強さは体格や腕っぷしだけではございません。精神的な上下関係だってあるのです。先程、場野様が私に謝罪してくださったのも、そういう事なんです」

「はぁ····。精神的な、上下関係····」

 啓吾曰く、僕はドMで従順な飼い犬ペットなのに? 皆が僕に逆らえないって事なのかな。確かに、皆甘いなぁとは思うけど。なんだか難しいや。
 あぁ、じゃれてくる犬にされるがままになる的なアレかな。だとしたら、やはり逆らえないって言うのは少し違う気がするんだけど。

「惚れた弱みっつぅのもあんじゃねぇの? 結人にガチで怒られんのが1番精神的にクるもんな~」

「精神的に、クる····」

 手の中にあるマグが温かい。悠々としているこの空気も心地良くて、話が頭に入ってこなくなってきた。

「あれ? ねぇ、ゆいぴ起きてる?」

 失礼だな。ちゃんと起きてるし、ココアだって飲んでいる。しっかりマグを持って、唇を添えてちびちびと····──



 寝不足の体で慣れないパーティーの準備と片付け、それに加え長時間の緊張。仕上げに安寧な時間。僕の身体は限界だったらしい。

 落としかけたマグは、りっくんが受け止めてくれたので零さずに済んだのだと思う。ソファで失神するように眠った僕を、啓吾がベッドへ運び、そのまま朝まで添い寝してくれてたのだろう。
 目が覚めたら、啓吾の綺麗な寝顔が眼前にあった。

 寝惚けて『綺麗だにゃぁ』と言ったら、啓吾の大きな目がパチッと開いた。

「····にゃ?」

 啓吾も寝惚けているのだろか。すぐに目がトロンと蕩けて、なんとも可愛く鳴いた。

「啓吾ねぇ、猫目でしょぉ。綺麗な猫みたいなの」

「んへぇ~····結人はマロに似てるよなぁ。ん? マロが結人に似てんだっけ? なんでもいーや····めっちゃ可愛かぁいぃ······」

 啓吾は僕を腕の中に収め、再び眠ってしまった。抱き返して啓吾の寝息に聞き耳を立てているうちに、僕もまた眠りに落ちていた。


 耳元で『お昼だよ』と甘い囁きが響いて目が覚める。りっくんだ。お昼まで寝ていたらしい。随分な体たらくだ。
 慌てて飛び起きようと思ったが、啓吾に強く抱き締められていて身動きが取れない。

「啓吾、起きて。ん··にぃ····抜けれないぃ」

 頑張って抜け出そうとしたが、ビクともしないんだもの。仕方がないから、おヘソを突いてみた。

「えいっ」

「んあ゙ッ!?」

「んへへ。勝ったぁ」

「負けたぁ。って、これ何の勝ち負けなの?うぁ~っ、ヘソいてぇ~」

 漸く退けてくれた手で、大袈裟におヘソを押さえる啓吾。口はよく動くが、まだ目が覚めないのか瞼は閉じたままだ。
 けど、ちゃっかり寝起きのキスは交わす。

「んふ、ごめんね。啓吾が寝たフリして離してくれないから、お返ししちゃった」

「やぁべぇ~、こえぇ~」

「ゆいぴにイタズラできないね。仕返し怖すぎだよ~」

 なんて言いながら頬にキスを落とし、布団に頭を突っ込んで服越しに腰をあじあじ噛んでくる。····あぁ、仕返ししてほしいのかな?
 だけど、りっくんのおヘソには到底手が届かないし、どうしよう。

「あっ。······つむじ押すと下痢ぃ」

 布団を捲って、出てきた頭に人差し指を突き刺す。

「痛っ····え、何それ」

「昔ね、雄くんにやられたんだ。つむじ押したら下痢になるんだって」

「へぇ、おもろ~。後で場野にやってみよ」

「俺もやろ。····ねぇ、ゆいぴはそんなに俺を下痢にしたいの?」

 いつまでもグリグリしていると、りっくんが不安そうに聞いてきた。2人こそ、どうして八千代を下痢にしたいのだろう。
 もしかして、喧嘩でもしたのかな。まぁけど、さして問題はない。

「大丈夫だよ。僕、1回もこれで下痢になった事ないから」

「なーんだ、つまんねぇ。場野のつむじ押すの日課にしようと思ったのにぃ」

「ははっ、バカ啓吾。2日目で殺されるって」

 なんて馬鹿な話を切り上げ、啓吾の目が覚めたようなのでリビングへ向かう。待ちくたびれた様子の朔と八千代だったが、僕を見るなり表情が和らいだ。

「おはよう、結人。よく寝れたか?」

「うん。いっぱい寝ちゃった」

 席へ着く前に、2人へおはようのキスをする。

「よっしゃ。んじゃ飯食ったら行くか」

「んぇ、八千代、どこか行くの?」

「皆でお出掛けだよ。イブもクリスマスも、デートできなかったでしょ」

 りっくんが、後ろから抱きついてきて言う。本当に甘いんだから。

 僕たちは昼食を食べ、さっさと準備をし、少し遅めのクリスマスデートを始める。と言っても、特別な事は何もない。
 いつも通り皆で出掛けて、時々イチャついて、寒さに凍えるりっくんと八千代を気遣って帰ってくるんだ。明日は学校だから、朝まではできないけれど、抱かないという選択肢はないらしい。
 激しくも擽ったいえっちで、幸せな温もりに包まれる。そして、綻びを隠しきれない頬をりっくんに食べられながら、八千代に奥をぶち抜かれて眠りに落ちた。

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