婚約破棄された令息の華麗なる逆転劇 ~偽りの番に捨てられたΩは、氷血公爵に愛される~

なの

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第二章:追放

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どれほどの時間、冷たい廊下に立ち尽くしていたのだろうか。エリアスの記憶は途切れ途切れで、気がつけば自室のベッドに倒れ込んでいた。
手が震えて止まらない。
息が浅く、胸が締め付けられる。先ほどの光景と嘲りに満ちた声が、何度も何度も頭の中で再生される。

ジークフリートの冷たい瞳、オリヴァーの醜く歪んだ笑顔、そして踏みにじられた勿忘草の刺繍……。
あれは悪夢だ。そうに違いない。夜が明ければ、きっといつも通りの朝が来るはずだ。
そう自分に言い聞かせなければ、正気ではいられなかった。

しかし、夜明けと共に彼を待っていたのは、さらなる絶望だった。

朝、部屋を訪れた侍従の態度は、明らかに昨日までと違っていた。
その目に宿るのは、憐れみと軽蔑が混じり合ったような、気まずい色。
いつもの恭しい挨拶もなく、視線を逸らしながら最低限の世話だけを済ませようとする。

屋敷全体が不穏な空気に包まれ、使用人たちはエリアスを遠巻きにしながらひそひそと囁き合っている。

「……様が、昨夜、他の男と密会を……」
「王子との番契約が決まっているというのに……」
「確かに男の影を見たという話も……」
「あの方、実は以前から素行に問題が……」
「なんて恥知らずな……」

断片的に聞こえてくる言葉に、エリアスは愕然とした。
違う。違う、そうじゃない。すべてが捻じ曲げられている。彼らが、僕を陥れるために嘘の噂を流したのだ。 

湿った空気が重く肺に絡みつき、呼吸が苦しい。
でも、真実を訴えなければ。父上に、すべてを話さなければ……。

エリアスは震える足で廊下を歩き始めた。
しかし、書斎の扉の前まで来た時、中から聞こえてきたのは父と誰かの会話だった。

「……エリアスの件は、これで決着ですね」
「ジークフリート殿下のお言葉通りに」

エリアスは息を呑んだ。
もう、すべてが決まっているのだ。扉をノックしようと手を上げた、その瞬間、扉が内側から開かれた。

「エリアス。ちょうどよい。話がある」

父の冷たい声が、彼を書斎へと招き入れた。
重厚なマホガニーの机の向こうで、父は氷のように冷たい表情で息子を見下ろしていた。
その顔には、親が子に向けるべき愛情など一片もなかった。いつも温厚だった父の声は、今や鋼鉄のように硬く、冷たかった。

「エリアス。申し開きの言葉があるか」

「父上、違います!僕は……!」

エリアスは必死に訴えた。昨夜、自分が見てしまった裏切りのすべてを。
ジークフリート王子と親友のオリヴァーが寝室で睦み合い、自分を道具として利用していたという残酷な真実を。声が掠れ、涙が頬を伝う。
だが、父は眉一つ動かさなかった。それどころか、彼の顔には深い侮蔑の色が浮かんでいた。

「黙れ。見苦しい嘘を重ねるな」

「嘘ではありませ――」

「ジークフリート殿下から、すべて伺った!」

父の怒声が、部屋に響き渡る。書棚の本が震え、窓ガラスがびりびりと振動した。

「お前が夜更けに男を連れ込み、不貞を働いている現場を殿下ご自身が目撃されたと!それを恥じて、殿下とオリヴァー殿に泥を塗ろうとは……この恥知らずが!」

ジークフリートが、エリアスの行動を逆手に取り、完璧な嘘をでっち上げていたのだ。
王家の権威と、公爵家の財政難という弱み。天秤にかけるまでもなく、父が信じるのは息子の言葉ではなかった。

「父上……僕は、あなたの息子です。どうか、信じて……」

最後の懇願も、父の心には届かなかった。

「ラティス家の名誉は、お前によって地に堕ちた。
もはや、お前は我が息子ではない」

冷酷な声が、エリアスに最後の宣告を下す。

「エリアス・フォン・ラティス。本日をもって、お前を勘当する。二度と、ラティス家の敷居をまたぐことは許さん」

絶望が、彼の心を完全に覆い尽くした。
騎士たちに腕を掴まれ、なすすべもなく屋敷から引きずり出される。上等なシャツとスラックスのまま、最低限の荷物さえ持つことを許されずに……。
足元の石畳が冷たく、薄い革靴越しの足に鋭い痛みが走る。

ちょうどその時、空からぽつり、ぽつりと冷たい雫が落ちてきた。雨だ。
彼の心を映すかのように、天は泣き始めた。雨粒が肌を刺し、髪を濡らし、薄いシャツを体に張り付かせる。

巨大な鉄の門が、目の前でゆっくりと閉ざされていく。
ギィィィ……と重い音を立てて。その向こうには、昨日まで自分の家だった場所が、自分の家族がいた。
しかし、もうそこには彼の居場所はない。

降りしきる雨に打たれながら、エリアスはたった一人、泥濘の中に立ち尽くす。すべてを失った。
名誉も、家族も、信じていた絆も、未来さえも。

雨粒が頬を伝い、涙と混じり合って地面に落ちていく。
泥の匂いが鼻を突き、湿った空気が肺を満たす。世界が灰色に霞んで見える。
しかし、雨に打たれながら、エリアスの心の奥で何かが変わり始めていた。悲しみの底で、小さな炎がちらりと揺らめく。それは怒りでも憎しみでもない、もっと深い何か。生きるための、最後の意志だった。

――僕は、ここで終わるわけにはいかない。

ここから、彼の果てしない旅が始まろうとしていた。そして、その旅路の先には、運命の番となるαとの出会いが待っていることを、彼はまだ知らなかった。

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