婚約破棄された令息の華麗なる逆転劇 ~偽りの番に捨てられたΩは、氷血公爵に愛される~

なの

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第六章:月下の約束

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春の訪れと共に、庭園は見事な花々で彩られていた。

桜の花びらが風に舞い、チューリップやヒヤシンスが色とりどりに咲き誇る中、エリアスが心血を注いで育てた月下美人も、ついに蕾を膨らませ始めている。アレクシスとの約束の花が、もうすぐ咲こうとしていた。

「公爵様、月下美人の蕾が……」

エリアスが興奮気味に報告すると、アレクシスの表情がわずかに和らいだ。
彼の純粋な喜びに、胸の奥が温かくなる。この数ヶ月、彼の一生懸命な姿を見続けてきた。
雨の日も風の日も、彼は庭に出て植物たちと向き合い続けた。その献身的な姿が、いつしかアレクシスの心を捉えて離さなくなっていた。

「そうか。今夜咲くのか?」

「はい。月下美人は一晩だけしか咲きません。夜中の数時間だけの、幻の美しさです」

彼の瞳が、期待に輝いている。その輝きは、まるで星のようにアレクシスの心を照らした。
彼がこれほどまでに喜んでくれるなら、あの時この花を頼んで良かった。

「では、一緒に見よう。
お前が育てた花だ。お前と見るのが相応しい」

その言葉に、エリアスの頬がほんのりと染まる。
二人きりで、夜の庭で花を愛でる。それは、まるで恋人同士のような、甘い時間の約束のようだった。

夜が更け、月が中天に昇った頃。庭園の一角で、ついに月下美人が花開き始めた。
純白の花弁が、月光を受けて神秘的に輝いている。甘い香りが夜風に乗って二人を包み込んだ。その香りは上品で、心を酔わせるような芳香だった。

「……美しい」

アレクシスの呟きに、エリアスは振り返った。
しかし、彼の視線は花ではなく、月光に照らされた彼の横顔に注がれていた。銀色の光が彼の肌を照らし、その儚い美しさにアレクシスは息を呑んだ。

「アレクシス様?」

「いや……花が、美しいと言ったのだ」

慌てて視線を逸らすアレクシスに、エリアスは小さく微笑む。彼の不器用さが、なぜかとても愛おしく感じられた。
いつも完璧で冷静な彼が見せる、こんな人間らしい一面。それが、エリアスの心を温かくした。

「ありがとうございます。アレクシス様に喜んでいただけて、嬉しいです」

夜風が頬を撫でていく。
虫の音が静かに響き、花の香りが二人を包む。二人は並んで花を見つめながら、静かな時間を共有していた。

「エリアス」

突然、アレクシスが彼の名前を呼んだ。
その声には、いつもとは違う響きがあった。まるで、何かを決意したかのような、深い響き。振り返ると、彼がいつになく真剣な表情で自分を見つめている。

「お前は……今、幸せか?」

予想外の質問に、エリアスは戸惑った。
――幸せ。
その言葉を、最後に感じたのはいつだっただろう。故郷での裏切り以来、そんな感情を抱くことすら忘れていた。でも、今この瞬間は……。

「僕は……」

言葉に詰まるエリアスを見て、アレクシスは一歩近づいた。
月光の下、二人の距離がほんの数十センチまで縮まる。彼の白檀の香りが、エリアスの鼻腔をくすぐった。その香りは、もう彼にとって安らぎの象徴となっていた。

「俺は、お前がここにいてくれて……嬉しい」

彼の声は、いつもより低く、感情がこもっていた。その声に、エリアスの心臓が激しく鼓動を始める。彼の瞳の奥に、今まで見たことのない熱い光が宿っているのを見た。

「アレクシス様……」

「アレクシスでいい。お前だけは、これから、そう呼んでくれ」

その瞬間、夜風が強く吹き、エリアスの柔らかな髪が舞い上がった。
アレクシスは自然な動作で、彼の頬にかかった髪を指先でそっと払う。その優しい仕草に、エリアスは息を呑んだ。指先が頬に触れた瞬間、電流のような感覚が走る。

「アレクシス……」

彼が初めて名前を呼び捨てにした瞬間、アレクシスの瞳が熱を帯びる。
二人の間に流れる空気が、甘く、危険なものに変わっていく。月下美人の香りが、二人の感情を高ぶらせているかのようだった。

アレクシスの手が、ゆっくりとエリアスの頬に触れる。彼の肌は月光のように白く、驚くほど滑らかだった。エリアスは瞳を閉じ、彼の温かい手のひらに頬を委ねる。

「エリアス……」

彼の声は、愛おしさに満ちていた。二人の距離が、さらに縮まる。もう少しで、唇が触れ合いそうな距離まで。

しかし、その時、遠くから夜警の声が聞こえ、二人ははっと我に返った。
アレクシスは慌てて手を引き、一歩後ずさる。現実が、甘い夢を打ち破った。

「……遅いな。もう、部屋に戻ろう」

「はい……おやすみなさい、アレクシス」

エリアスが去った後、アレクシスは一人、月下美人を見つめながら、胸の奥で燃え上がる感情に戸惑っていた。
一夜限りの花のように、この想いもまた儚いものなのだろうか。それとも……。

月下美人は、夜明けまでその美しさを保ち続けた。まるで、二人の想いを見守るかのように。

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