借金のカタに同居したら、毎日甘く溺愛されてます

なの

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過去と本心の暴露

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翌日、連れて行かれたのは病院というより、ホテルのラウンジのような場所だった。
磨かれた床、柔らかな間接照明、静かに流れるクラシック。
受付の女性は俺ではなく、弦也の顔を見て深々と頭を下げた。

「龍堂様、お待ちしておりました。
こちらが相沢様ですね、こちらへどうぞ」

白衣の男は穏やかな口調で「健康診断です」と微笑んだが、行われる検査は人間ドックそのものだった。
採血、レントゲン、エコー。着慣れない糊のきいた検査着の裾を落ち着かなく握りしめる。
カーテンの向こう側から、ずっと気配がする。弦也が、そこにいる。彼がそこにいるというだけで、まるで全身を見透かされているようで息が詰まりそうだった。

「……あの、弦也さん、会社は」

「半休だ」

壁一枚を隔てて聞こえる、短い返事。
俺ひとりのために、この人が時間を割いている。その事実が感謝よりも先に、重圧となって心臓にのしかかった。

すべての検査が終わり、柔らかなソファが置かれた個室で結果説明を受けた。
予想通り――、というべきか。モニターに映し出された数値のいくつかは基準値を下回り、医師は「軽度の栄養失失調と、慢性的な睡眠不足が見られますね」と淡々と告げる。

「無理を、されてきたんですね」

同情するような声色に、顔中の血液が沸騰するような恥ずかしさがこみ上げた。

――みっともない。
自分の管理不足を、こんな形で晒してしまうなんて。隣に座る弦也の横顔を盗み見ると、その表情は能面のように固まっていた。
冷え冷えとした怒りか、それとも底知れない失望か……。わからないのが一番怖い。

「……すみません」

俺が謝るべきことではないとわかっているのに、声が勝手に漏れた。
弦也は、ぴくりとも反応しなかった。その沈黙が、鉛のように俺の心に沈んでいく。

帰りの車内は、息が詰まるほどの静寂に満ちていた。ラジオも音楽も流れず、ただ高級車の滑らかな走行音だけが響く。
窓の外を流れていく街の景色が、まるで別世界のように遠い。何か話さなければ……。
この重い空気を、どうにかしなければ。そう思うのに喉はからからに乾いて言葉にならない。
隣に座る弦也は、窓の外を眺めたまま、その横顔は彫像のように無表情だった。

――

その夜、夕食を終えた俺は、弦也の書斎に呼ばれた。
重厚なマホガニーのデスク。壁一面を埋め尽くす本棚。部屋の空気が、昨日までとは明らかに違う張り詰めた緊張を纏っている。

「座れ」

勧められたソファは、体が沈むほど柔らかいのに、少しも落ち着かない。
弦也はサイドボードからグラスを二つ取り出し、一つに琥珀色の液体を、もう一つにはミネラルウォーターを注いで俺の前に置いた。その丁寧な所作が、かえって嵐の前の静けさのようで不気味だった。

彼はデスクの引き出しから、一枚の古い写真を取り出した。
色褪せ、角の丸くなった写真。そこに写っていたのは、まだ小学生くらいの日焼けした俺と、満面の笑顔の父。
そして、その隣に立つ、今よりずっと若いが、面影ははっきりとわかる高校生くらいの弦也だった。

夏の陽光、父が運転していたトラックの匂い、そんな断片的な記憶が、一気に蘇る。

「……なんで、これを」

「お前の父親──相沢誠一 さんは、俺の恩人だ」

弦也は静かに語り始めた。その声には、普段の彼にはない、微かな熱と痛みが滲んでいるようだった。

昔、龍堂家の内紛に巻き込まれ、まだ若かった弦也が命を狙われたこと。
偶然その場を通りかかったトラック運転手の男が何も聞かずに彼を荷台に乗せ、追手から逃してくれたこと。

「後日、礼に伺った。
親父さんは快く迎えてくれてな。その時、お前にも会った。まだ小さかったお前と、親父さんと……その時に撮ったのが、この写真だ」

弦也の指が、写真の中の幼い俺をそっとなぞる。

「だが、その後だ。
俺が龍堂の人間だと知った親父さんは、顔色を変えて言った。『アンタみたいな世界の人間とは関わらないでくれ。息子に、火の粉がかかる』とな。……それきり、会うことはなかった」

「……」

「だが、俺は忘れたことはない。お前のこともな。
だから、残されたお前がたった一人で借金を背負っていると知った時、今度こそ俺が守らなければならないと思った」

そういう、ことだったのか……。
恩人の息子だから。
同情と責任感。

納得した途端、胸の奥で淡い期待が音を立てて崩れた。冷たい棘が心臓に突き刺さる。
やっぱり、俺自身に価値があるわけじゃない。俺が「相沢誠一 の息子」だからだ。

「……そうだったんですね。理由がわかって、安心しました」

乾ききった喉から絞り出したのは、自分でも驚くほど冷たい声だった。

「悠斗」

俯いた俺の顔を覗き込むように、弦也が身を屈めた。その目が、射抜くように俺を捉える。

「嘘を吐くな。俺が、同情だけでお前をそばに置いているとでも思ったか」

「……違、うんですか」

「違う」

弦也はソファの肘掛けに手をつき、俺をその腕の中に閉じ込めるように距離を詰めた。

「恩義があるのは事実だ。だが、それはきっかけに過ぎん」

「……え」

きっぱりとした口調に、思わず顔を上げる。

「あの頃のお前は、守るべき恩人の息子……特別な存在として、俺の記憶に強く刻まれた。ただ、それだけだ。だが、すべてが変わったのは、数年前だ。
親父さんが病に倒れたと聞いた時……俺は、親父さんとの約束を破って、病院へ行った」

その瞳に、今まで見たことのないほどの熱が宿る。

「もう一度会いたかったのは、親父さんだけじゃない。お前だ。
病室の隅のパイプ椅子で、疲れ切った顔で居眠りをしていたお前を見た。それでも、親父さんの手を固く、固く握っていた。まるで、自分の命を分け与えるみたいに。……その時だ。俺の中で、すべてが決まった。単なる『特別な存在』が、唯一無二の、喉から手が出るほど『欲しい存在』に変わったんだ」

息が止まる。記憶の靄の向こう側、そんな場面は思い出せない。だが、彼はずっと見ていたのだ。

「お前が必死に働く姿も、借金取りに頭を下げる姿も、全部知っていた。だが、俺が手を差し伸べる『正当な理由』がなかった。……だから、使わせてもらったんだ。お前の父親が残した、その借金を」

「……口実、だったってことですか」

「ああ。お前を、誰にも文句を言わせず手に入れるための、最高の口実だ」

同情じゃない。恩返しでもない。

「これは執着だ、悠斗。病院であの日お前を見てから、ずっと募らせてきた、恋情だ」

熱を帯びた声が、すぐ耳元で囁かれる。大きな手が俺の頬に触れ、親指が涙の跡を確かめるように滑った。いつの間にか、泣いていたらしい。

「お前が欲しかった。ずっと前から……」

頭が真っ白になる。「俺なんて」と卑下して生きてきた。誰かに望まれることなどないと、とっくに諦めていた。なのに、この人は。こんなにも強く、俺という存在そのものを求めていたというのか。

「今日の検査結果を見た時、腸が煮えくり返るほど腹が立った。お前自身にも、こんなになるまでお前を追い詰めたすべてのものにも」

険しい顔は、怒っていたのか。呆れていたのではなく。俺のために。

「もう二度と、あんな思いはさせない。お前を骨の髄まで甘やかすのは、俺の権利だ」

有無を言わさず、力強く抱きしめられた。広い胸板に顔が埋まる。逃げ場を塞ぐための腕じゃない。壊れ物を守るように、それでいて二度と離さないと誓うように、強い力。

「借金のカタ……、なんて関係は今日で終わりだ」

「……じゃあ、俺は、これから……」

「お前は、俺の恋人になるんだ。文句は聞かん」

あまりに一方的で、傲慢な宣言。
でも、その強引さが、今はどうしようもなく心を震わせる。恋人。その言葉が、頭の中で何度も反響する。

弦也の腕の中で俺は声を上げて泣いた。
孤独も、絶望も、諦めも、すべてが熱い涙になって溶けていく。幸せになってはいけない、なんて呪いは、もうどこにもなかった。
俺は、ずっと前からこの人に望まれていたのだから。

長い長い夜が、ようやく明ける。借金から始まった歪な関係は、今、本物の愛の形へと変わろうとしていた。



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