借金のカタに同居したら、毎日甘く溺愛されてます

なの

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溺愛の終着点

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意識が浮上する直前、最初に感じたのは、すぐ隣にある確かな温もりだった。
自分のものではない、規則正しく胸を打つ力強い心音。そして、穏やかな寝息。

ゆっくりと瞼を開けると、視界いっぱいに広がったのは、たくましい裸の胸板だった。驚いて身じろぎすると、そこには安らかな寝顔で眠る弦也がいた。

昨夜、泣き疲れて意識を失うように眠ってしまった俺を部屋まで運び、甲斐甲斐しく世話を焼いてくれた後、彼は自分の部屋に戻ったはずなのに。

「……起きたか」

薄目を開けた弦也が、掠れた声で呟く。その無防備な姿に心臓が大きく脈打った。昨夜までの近寄りがたい支配者のオーラは鳴りを潜め、今はただ一人の男の顔をしている。
その抗いがたいギャップに、どうしようもなく惹きつけられる。

「な、なんでここに……っ」

「恋人の寝顔を見るのは、当然の権利だろう?」

言いながら、長い腕が伸びてきて、あっという間に俺の腰を引き寄せる。
抵抗する間もなく、再び柔らかなシーツの海に体が沈んだ。肌着越しに伝わる彼の熱が、じわりと全身に広がっていく。

「今日は会社は、休みだ」

「え、でも、昨日半休を取ったばかりですし……」

「俺が休ませた。お前には今日、もっと大事な仕事がある」

「大事な、仕事……?」

訝しむ俺の耳元で、弦也が意地悪く囁く。
その声に宿った熱に、背筋がぞくっと甘く震えた。

「俺を、満たす仕事だ」

その言葉の意味を理解した瞬間、全身の血液が沸騰したかのように顔が熱くなる。覆いかぶさってくる弦也の体は大きくて、重い。けれど、その重みは不思議と絶対的な安心感を与えた。もう、この腕から逃げたいとは思わない。むしろ、この重みに自分のすべてを委ねてしまいたいとさえ思う。

「悠斗」

熱を帯びた声で名を呼ばれ、絡め取られた視線が逸らせない。その黒い瞳の奥で燃えているのは、紛れもない独占欲と、それを上回るほどの深く底知れない愛情。

ゆっくりと顔が近づいてきて、唇が重ねられた。
最初は羽が触れるように優しかったキスは、すぐに俺の理性を焼き尽くすように熱を帯びて、深くなる。
与えられるだけじゃない。求め、応える、初めてのキス。彼の舌が俺のすべてを味わうように、貪欲に探ってくる。

「……ん、ふ……ぁ……」

息が続かなくなり、彼の胸を弱く押し返すと、弦也は名残惜しそうに唇を離した。吐息が混じり合い、二人の間に熱く濡れた糸が結ばれて消える。

「嫌か?」

まっすぐに問いかける声。俺は、潤んだ視界の中で、力の限り首を横に振った。

「……嫌じゃ、ないです。嬉しい、です」

正直に答えると、弦也は心の底から満足したように目を細め、もう一度深く、今度は慈しむように優しいキスを落とした。

その日は一日中、二人きりで過ごした。
まるで、俺が今まで失ってきた時間を取り戻すかのように……。

朝食は弦也が自らキッチンに立って作った完璧な形のスクランブルエッグ。
昼食は鷹羽さんが届けに来た有名ホテルのランチボックスを、バルコニーで温かい日差しを浴びながら食べた。

「俺、こんなふうに昼間からのんびりするの、高校生の時以来かもしれません」

「そうか。……これからは、毎日がこうだ。俺が、そうさせてみせる」 

当たり前のように告げる弦也の言葉に、胸の奥がじんわりと温かくなる。

午後は、弦也が「お前が見たがっていた映画だ」と言って、俺がバイト先の休憩室で雑誌を眺めながら「いいなあ」と呟いたきりの、アクション大作のディスクを再生した。
派手な爆発シーンよりも、時折こちらを向く彼の真剣な眼差しの方が、ずっと心臓に悪かった。

夕食後、弦也は「少し話がある」と、俺をリビングのソファに座らせた。
どこか改まった雰囲気に、自然と背筋が伸びる。

まさか、良くない話だろうか!?
昨夜、恋人だと言ってくれたのは、あの場の雰囲気だけのことで、やはり俺たちは不釣り合いだ、とか──。

そんな最悪の想像が胸をよぎる。

沈黙の中、弦也はゆっくりと俺の前に跪いた。
世界を意のままに動かす男の、その予想外の行動に、息を呑む。
そして、ジャケットの内ポケットから、小さなベルベットの箱を取り出した。

「借金のカタ、という始まり方は最悪だった。お前を深く傷つけ、縛り付けたことを謝罪する」

深く、真摯な声だった。

「だが、もうそんなまやかしは必要ない」

パチン、と軽い音を立てて箱が開かれる。
そこに収められていたのは、光を静かに反射する、シンプルなプラチナのリングが二つ。

「悠斗。俺のすべてを、お前にやる。
この家も、会社も、龍堂の名も。俺が持つ金も地位も、この命さえも。

龍堂弦也という男のすべては、お前のものだ。
だから──お前のこれからの人生を、俺にくれ」

それは、脅しでも命令でもない、魂からの懇願のプロポーズだった。
あまりにまっすぐな言葉と、彼の瞳に浮かぶ真摯な光に視界が涙で滲む。

「俺は……俺には、あなたに何も返せるものがありません。
頭も良くないし、何の取り柄もない……」

また、呪いのように昔の癖が出そうになる。
けれど、弦也は静かに首を振った。

「お前がいればいい。
お前が俺のそばで、ただ笑ってくれるなら、それ以上のものは何もいらない。
俺がお前に与えたいんだ。世界中の誰よりも、お前を幸せにしたい」

「……ずるい、です」

嗚咽混じりに呟くと、弦也は困ったように、けれど心の底から愛おしそうに笑った。

「ああ、ずるい男だ。
だが、覚えておけ。俺はお前を手に入れるためなら、なんだってする。
いつだって、お前が最優先だ」

弦也はリングを一つ手に取ると、俺の左手を取った。震える指先に彼の温かい指が触れる。
薬指に、ひんやりとした金属の感触が滑り込んだ。それはまるで、最初からそこにあるべきだったかのように、ぴったりと、俺の指に収まった。

「……はい。……俺で、よければ。よろしくお願いします」

俺の返事を聞いて、弦也は心の底から安堵したように息を吐き、指輪がはめられた俺の手の甲に、誓うように唇を落とした。そして、もう一つのリングを俺の掌に乗せる。

「お前からも、つけてくれ」

促され、俺は震える手で彼の大きな左手を取った。その薬指に、俺がリングをはめる。この瞬間、俺たちは初めて対等な立場で、一つの誓いを交わしたのだと、実感した。

立ち上がった弦也は、俺を力強く抱きしめ、深く、深く口づけた。指輪の冷たさと、彼の唇の熱さが混じり合う。 

「もう離さない。永遠に、お前は俺のものだ」 

「はい。……あなたも、俺のものです」

どちらからともなく、笑みがこぼれる。弦也はそのまま、俺をふわりと横抱きにした。いわゆる、お姫様抱っこ。

「ちょっ……!自分で歩けます!」

「黙って運ばれていろ。これも、お前を甘やかす権利の一つだ」

悪びれもせずに言い切ると、彼は寝室へと向かう。彼の腕の中は、世界で一番安全で、温かい場所だった。

借金のカタに始まった同居生活は、こうして溺愛の終着点を迎えた。
いや、きっとこれは終着点じゃない。永遠に続く甘い日々の始まりなのだ。

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