雪解けを待つ森で ―スヴェル森の鎮魂歌(レクイエム)―

なの

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第1章 月影の森へ

EP1:生贄の夜

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スヴェル村を覆う雪は、もうずいぶんと昔に、この地のすべての音を喰い尽くしてしまったかのようだった。

家々から漏れるはずの暖かな生活の音も、子供たちのはしゃぎ声も、恋人たちが交わす囁きも、すべてが分厚い雪の下に塗り込められて、ただしいんとしている。
降り積もった絶望が、世界から色彩と音を奪っていく。そんな場所だった。

百年に一度の『鎮めの儀』の夜。村の中央広場には、等間隔に立てられた松明の火が頼りなげに揺らめいていた。
炎は骨身に染みる凍てつく空気に絶えず熱を奪われ、まるで琥珀の中に閉じ込められた古代の光のように、ぼんやりとあたりを照らすだけだ。その光は人々の顔に深い影を落とし、まるで仮面を被っているかのように無表情に見せた。

人々はみな、分厚い毛皮の外套を目深にかぶり、誰一人として言葉を発しない。その沈黙は祈りや畏怖ではなく、諦観と、そして冷たい無関心の色を帯びていた。彼らの視線は、ある一点へと緩やかに注がれている。

広場の中央――そこに、少年が一人、ぽつんと立っていた。
アシェル・ノースフィールド。十六歳。

生まれつき雪のように白い髪と、冬の曇り空を映したような灰色の瞳を持つ彼は、この村で「雪の子」と呼ばれてきた。
それは決して、雪のように美しい、といった愛称などではなかった。
忌み子。呪われた子。親もなく、誰の庇護も受けず、まるで厳しい冬そのものがこの世に落としていったかのような少年。
彼は、誰にも必要とされていなかった。

だから、彼が今年の「生贄」に選ばれたのは、あまりにも自然なことだった。誰もが納得し、誰もが安堵した。自分や、自分の愛する者たちではなかったことに。

「アシェル・ノースフィールド」

村の長老が、乾いた声で静寂を破る。広場に集まった村人たちの間を、その声は虚しく滑っていった。

「お前を北の森の主への供物とする。お前の清らかなる魂をもって、我らが長き冬の怒りを鎮めたまえ。
そして、お前の命をもって、我らに春の息吹をもたらしたまえ」

それは儀式のための定型句で、そこに感情は一片もなかった。
ただ、古くから伝わる役割をこなすだけ。アシェルは黙ってその言葉を受け止める。薄い衣一枚の身体は、とっくに感覚を失っていた。寒さでかじかんだ指先を、意識のないまま、ぎゅっと握りしめる。

怖いか、と自問する。
答えは、決まっている。
怖い。死ぬのは、怖い。

けれど、それ以上にアシェルを苛んでいたのは、圧倒的な孤独だった。

広場を埋め尽くす人々。その視線は確かに自分に向けられている。だが、その瞳には何も映っていなかった。アシェルのことなど見えていない。彼らが見ているのは「生贄」という名の役割、自分たちの安寧を保証するための道具だけだ。

誰一人として、自分がいなくなることを惜しんではいない。彼らの恐怖は、森の魔物に対して向けられるものであり、アシェルという存在への無関心と奇妙な共存をしていた。

恐ろしい魔物がいる。だから生贄が必要だ。その生贄が、村の厄介者である孤児のアシェルで良かった。その思考の連鎖に、一片の慈悲も、罪悪感も存在しない。

(ああ、これで終わるんだ)

心の中で、ぽつりと呟いた。
誰かに愛されることもなく、誰かを愛することもなく。まるで初めからこの世に存在しなかったかのように、自分のちっぽけな物語は終わるのだ。

それでいい、と自分に言い聞かせる。そうでも思わなければ、凍てつく空気の中で、震える脚で立っていることすらできなかった。

儀式が始まった頃から降り出した雪が、少しずつ勢いを増してきた。白い髪に舞い落ちる雪は、溶けることなく、まるで彼が本当に雪でできているかのように同化していく。

「行け」

長老の短い言葉が、終わりを告げる。
背後から、誰かの硬い手が伸びてきて、アシェルの背中を無造作に押した。

よろめきながら、数歩前に出る。その先には、暗い森へと続く一本道が、まるで巨大な獣の喉のように、黒々と口を開けていた。

一瞬、振り返りたい衝動に駆られた。
万が一でもいい。誰か一人くらい、ほんの少しでも、憐れむような、悲しむような顔をしてくれてはいないだろうか。そんな淡い期待が、胸の奥で火花のように散った。

だが、振り返らなかった。振り返れない。
もしそこに、期待した光景ではなく、ただ冷え切った無関心の壁しか見つけられなかったら、きっと自分は今度こそ、この場で崩れ落ちてしまうだろう。

アシェルは前を向いたまま、森へと続く道へ、その小さな一歩を踏み出した。
一歩、また一歩と、村の明かりが遠ざかっていく。人々の気配が消えていく。やがて、自分の足音が雪を踏む音だけが、世界で唯一の音になった。

それは、まぎれもなく死へと続く道だった。
そして同時に、彼が初めて自分の人生を歩き始める、運命の道でもあったのだと知るのは、もう少し先のことである。


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