『番はいらないと思ってた。君に出会うまでは』

なの

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目覚めは鉄檻の中で(後半)

重たい馬車の中、俺は手枷をされたまま座らされていた。
隣にいるのは魔族の王と呼ばれた男、ラザル・ヴェルゼ。沈黙のまま窓の外を見ているその横顔は信じられないほど整っていた。

白銀の髪に赤い瞳。長身で威圧感はあるのに不思議と近くにいると落ち着く。
……いや、落ち着いてる場合じゃない。さっきの競売で、こいつは俺を「買った」のだ。

俺は……こいつの奴隷……?

冷たい鉄の枷が現実を思い出させる。怖い。けれど、なぜかさっきの連中に売られるよりは、ましなような気がする。

「名を」

ラザルが低い声で言った。命令というより確認のような響き。

「……望月、湊。も、もちづき……みなと」

「ミナト、か。人間には珍しい響きだ。……お前は異世界から来た者だな」

「知ってるの……?」

ラザルは頷いた。

「ごく稀に、この世界に異邦の魂が流れ着く。それが人かどうかも定かではないが……Ωとして転生した者は例外なく番と強く惹かれ合う」

番……

この世界でも運命を意味する言葉なのか……αとΩの間にだけ生まれる特別な絆。一度巡り会えば本能が相手を求め続け他の存在では満たされなくなるという。

「……あなたもαなんだろ?」

俺の問いにラザルはわずかに口元をゆるめた。

「そうだ。だが私は番に執着したことはない……今までは、な」

……え?

ドクン、と心臓が跳ねた。
意味深な言葉に動揺しながらも馬車はやがて巨大な門の前で止まった。

「着いた。ここが我が城だ」

見上げた先に広がるのは、黒曜石のように漆黒の城。魔王の名にふさわしい重厚な威圧感。護衛たちに囲まれ俺は城の奥へと連れて行かれた。

けれど、案内された部屋は意外なほど静かで清潔だった。鉄の枷もすぐに外されて傷薬や温かい食事まで用意された。

……なんで?俺は奴隷なのに……

戸惑いながらも空腹には抗えず食事を口にした。涙がにじんだのは塩味のせいじゃない。

「安心しろ。私はお前に無理強いはしない」

そう言ったラザルの声は低いけど優しかった。けれど、その目には獣のような熱が宿っている。理性の奥に、なにかを押し込めているような……そんな視線。

「お前が番であるか否か……確かめるつもりはない。だが……」

言葉が途切れた瞬間、ふわりと空気が熱を帯びた。

……甘い香り。
自分の体から立ち昇るような得体の知れないフェロモン。

「っ……やだ……また、これ……」

ラザルが近づいてきた。何かを言いかけた俺の言葉が喉の奥で消えた。

「……これは予想以上に厄介だな。お前の発情期は私の理性を試すには強すぎる」

その声に震えた。けれど、どこか安心している自分もいるのに気がついた。彼の傍にいれば、なぜか本能が落ち着く。それはきっと……

「お前を縛る鎖は必要ない……ここでは自由であれ」

そう告げた魔王の言葉が心の奥に染み渡っていく。

そして俺は、まだ気づいていなかった。この出会いが俺のすべてを変える運命だということに……



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