『番はいらないと思ってた。君に出会うまでは』

なの

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魔王の城と不思議な日々

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魔王の城での生活は想像していた奴隷という立場とは程遠いものだった。

目が覚めると柔らかなベッドと日差しが俺を迎えてくれ、食事は栄養と味のバランスを考えられたもの。食器は銀製の美しいものばかりだった。部屋には鍵もなく俺を監視するような者もいない。

「……まるで、客人扱いだな……」

呟いた声が虚しく響いた。
奴隷だったはずの俺が、こんなふうに大事に扱われている理由が、まるで分からなかった。

けれど、いちばん不可解なのは、魔王ラザル・ヴェルゼの態度だった。

あの日、発情期の兆しを見せた俺に彼は一切、手を出さなかった。それどころか乱れた体をそっと抱き上げ冷えた額にそっと唇を寄せてきた。

「落ち着け。お前は、まだ壊れない」

その言葉と低く囁く声が、どうしようもなく心を撫でてきて……俺は、ただ泣いた。

それから数日、ラザルは俺に触れてこない。

会えば短く言葉を交わすだけで無理に距離を詰めてくることもない。

俺はといえば、彼が現れるたびに胸がざわつくのに、それがなんの感情なのか分からないままだった。

「……今日は散歩でもするか」

部屋に閉じこもってばかりいても気分が滅入る。そう思って扉を開けると、ちょうど廊下の先にラザルの姿が見えた。

「ミナト、よければ城の庭を案内しようか」

「えっ……うん。お願い」

自然にそう答えていた。


***


魔王城の庭は思ったよりも色とりどりの花にあふれていた。赤や青、銀色の花弁が魔法のようにふわりと風に舞っている。空には二つの月が浮かび、どこか幻想的な雰囲気に包まれていた。

「意外だね。魔族の城って、もっと殺風景かと思ってた」

「……昔はそうだった。だが、ある日、何もかもが虚しくなった」

「虚しい……?」

ラザルは目を細め空を見上げた。

「千年も生きて、争いも勝利も飽きた。手に入れたものの中で心を満たすものはなかった。私は……ただ番を待っていたのかもしれない」

ドクン、と心臓が跳ねる。

「番……って、もしかして俺?」

「そうかもしれないし、違うかもしれない。だが、お前を初めて見たとき私は……どうしても、お前を手放したくはなかった」

吐息のような告白に胸の奥が苦しくなった。

ずるいよ。そんなの。まだ気持ちも整理できていないのに……ラザルはまっすぐで優しすぎる。

「……俺、番とか運命とか、よく分からない。好きって気持ちも、よく知らない」

正直に言うとラザルは少しだけ驚いた顔をした。

「そうか。ならば、ゆっくりでいい。無理に求めはしない」

「……ほんとに優しいよね。魔王のくせに」

「褒め言葉として受け取っておこう」

笑ったその顔があまりに綺麗で俺は思わず目を逸らした。でも、本当に……この人が、αなのか?

俺の身体は彼の近くにいるとやたらと落ち着く。視線を交わすだけで体温が上がり、声を聞くだけで鼓膜が震えるような気がする。

まるで運命の……番みたいに……

心の奥に芽生えた気持ちが、ゆっくりと大きくなる。

けれど、その一方で不安も膨らんでいった。どうして俺なんかを選んだんだろう?俺なんか、番という特別な存在になれるような人間じゃないのに……

「ラザル……俺がもし番じゃなかったら?」

ふと問うとラザルは足を止めて俺の方へ顔を向けた。

「それでも、お前を手放すつもりはない」

「……どうして?」

「理由が必要か?それとも……ただの奴隷でありたかったか?」

ラザルの声に怒りも冷たさもない。ただ、まっすぐだった。

「お前がΩであろうと番でなかろうと私はお前に惹かれている。それでは足りないか?」

そんなふうに言われたら何も言い返せない……

「……足りないどころか、俺には贅沢すぎるよ」

かすれた声で答えたとき不意に風が吹いて銀の花びらが二人の間を舞った。

どこか遠い場所で運命の糸が、ゆっくりと引かれているような、そんな気がした。

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