『番はいらないと思ってた。君に出会うまでは』

なの

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発情期と本能の檻

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異世界に来てからどれくらいの時が経ったのだろう。

魔王城での日々は穏やかで、けれど不思議な緊張感もあった。理由は簡単だ。俺の中で、また「それ」が近づいてきているからだ。

……発情期。

こっちの世界に来てから初めての発情期は、あまりに突然で何が起きたか分からなかった。
でも今は体の奥に熱が生まれるこの感覚が何を意味しているか分かる。

……嫌だ、また……

ラザルの顔が浮かんで息が詰まった。彼は俺に決して無理強いしない。でも、その優しさが苦しい。

「……ミナト殿。お加減は?」

扉の外から聞こえた声にびくりと体が跳ねた。開けた先にいたのはラザルの側近ジーク・エルバードだった。

長身で黒に近い濃紺の髪。整った顔立ちに銀縁の片眼鏡。冷静沈着そのものという男で、まるで感情を持たないような声で話した。

「……ちょっと、体が熱くて……」

「やはり、兆候が現れているようですね。発情抑制薬をお持ちしました」

そう言って差し出された小瓶を受け取ろうとして手が震えた。

「……これを飲めば……抑えられるの?」

「はい。ただし完全なものではありません。主ラザル様もご存じです。あなたの身体が、彼に強く反応していることも」

その言葉に思わず顔をそむけた。

「なぜ……そんなことまで知ってるの……」

「我らは主に仕える身。必要な情報は全て把握しておく義務があります」

冷たい声だった。でも、どこかで哀れみのようなものも感じた。ジークの目が、ふと鋭く細められる。

「……あなたは、この世界で自分の居場所を見つけようとしているのか、それとも……逃げようとしているのか」

「っ……!」

ズキンと胸の奥を突かれた気がした。

「主はあなたを『番』だとは言っていません。ただ惹かれている……と。それが何を意味するか、あなた自身が考えるべきでしょう」

そう言葉を残してジークは静かに去っていった。


***


夜。
抑制薬を飲んでも熱は完全には消えなかった。体の奥がじんじんと疼いてシーツを握る手に力が入る。

「っ……やだ、また……」

呼吸が浅くなり喉の奥から甘い声が漏れそうになる……このままだと自分を抑えきれなくなってしまう。

会いたい。……ラザルに会いたい。
本能が彼を求めていた。

気づけば足が勝手に動いていた。夜の回廊を抜けて彼の部屋の前まで来ていた。扉の前で立ち尽くす俺に静かに声がかかった。

「ミナトだろ?入れ」

……バレてた!?

部屋の中は広くて静かだった。ラザルは窓際に立ち夜空を見上げていた。その姿はまるで絵画のように美しかった。

「……ごめん勝手に来て……でも、どうしても……」

言い終える前にふらりと体が傾いた。強い腕が俺を抱きとめる。熱に浮かされた身体をラザルの香りが包んだ。

「……危険だぞ。今のお前は本能の檻に囚われている。私に触れるな」

「……触れたくて来たんだよ……」

小さな声が零れた。

「俺……ラザルが怖かった。でも、あの時、優しくされて嬉しかった。あんなふうに扱われたの初めてだったから……」

震える手でラザルの服の裾を握った。

「俺が……番じゃなくても、そばにいていいの?」

ラザルは黙っていた。けれど、しばらくして、その額にそっと口づけられた。

「お前が何者でも私はお前を望む。だから焦るな」

「……ラザル」

抱きしめられる感触が全身を包み込んだ。胸の鼓動が自分のものと重なっていく気がした。

この人がいる場所が俺の帰る場所なのかもしれない…… 




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