『番はいらないと思ってた。君に出会うまでは』

なの

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心を照らす灯

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朝、部屋の扉をノックする音で目が覚めた。

「おはようございます、ミナト様。朝食の支度が整いました」

聞き慣れたフェンリルの明るい声にミナトは布団の中で小さく身体を丸める。
「様」という呼び方には、まだ慣れない。けれど無理やり起こされたり命令口調で叩き起こされたりすることはなかった。

変だな……前の世界じゃ、こういうこと、なかったのに……

奴隷として扱われると覚悟していたこの世界でミナトは食事を与えられ綺麗な部屋で眠り、誰かに怒鳴られることもなく過ごしている。
それが不思議で仕方なかった。

扉を開けると銀色の耳と尻尾を揺らしたフェンリルが笑顔で立っていた。

「よく眠れました? あ、今日は厨房からパンが焼けるいい匂いがしてましたよ」

「……うん。ありがとう」

返事をするとフェンリルがちょっと驚いたように目を丸くした。

「おお、返ってきた! ミナト様って、もっと無口な人かと思ってた!」

「そ、そんなこと……」

戸惑うミナトにフェンリルはニッと笑って手を差し出した。

「下までご案内しまーす。マールが朝食の準備、張り切ってましたから!」

フェンリルに導かれて廊下を歩きながらミナトはふと、この屋敷の空気にほんの少し心が緩んでいるのを感じていた。


***


食堂に行くと使用人の少年・マールが小さな体で一生懸命にパンを並べていた。

「あっ、ミナト様! おはようございます! 今日のスープは野菜たっぷりですよ」

「お、おはよう……ありがとう」

ミナトが戸惑いながらも席に着くと、温かいパンとスープが丁寧に配膳された。ナイフとフォークも銀製の美しいもの。
そして何より誰も彼を奴隷として命令したり無視したりしなかった。

……こんなふうに食事を出されたの何年ぶりだろう。

じんわりと涙が浮かび胸が熱くなった。この世界での生活は現実味がなかった。でも今は、少しずつ居場所のように思えてきた。


***


その日の午後、廊下を歩いているとジークとすれ違った。

「……ジークさん」

呼びかけるとジークは驚いたように足を止めた。

「……何かご用ですか」

「い、いえ。なんでも……」

気まずい空気が流れた。以前、彼の冷たい物言いに心を傷つけられたことを思い出してしまった。立ち去ろうとするとジークは静かに口を開いた。

「この城での生活には慣れましたか?」

「……うん。少しだけ。でも……俺、本当にここにいていいのかなって……」

「主が望んでいる。それが、すべてです」

ジークの声はやはり冷たい。だが以前よりもどこか柔らかさを感じた。

「……お前はまだ「番」ではない。ただの人間で、しかもΩだ。ここでは脅威になり得る存在です。だが主は、あなたを「人」として迎え入れた」

「……人として……」

その言葉が胸の奥にじんわりと染みていく。

「感情は時に判断を誤らせます。だが主は、それでもあなたを拒まなかった……その意味を、あなた自身が考えるべきでしょう」

ジークの背が去っていく後ろ姿を見つめながらミナトは胸の奥に何か小さな火が灯るのを感じた。


*** 


その夜、また眠れなかった。
熱はすっかり引いていたはずなのに心がざわついて、どうしても落ち着かなくてラザルの部屋の前で立ち止まった。手を伸ばしかけて拳を握ったときだった。

「来ると思っていた」

重く低い声がして扉が開いた。ラザルは、ろうそくの灯りの中に立っていた。

「……ごめん。邪魔するつもりじゃ……」

「構わない……入りなさい」

部屋に入るとラザルは本を閉じてソファに腰かけた。ミナトは彼の正面に座り何も言えずに視線を彷徨わせた。

「……私はお前を欲している」

その言葉にミナトの心臓が跳ねた。

「けれど手を出さない。お前の気持ちが分からないうちは本能に負けたくないからだ」

「ラザル……」

「お前が私を拒むなら、それも受け入れる。だから……お前自身の意思で、ここにいろ」

ミナトの目から、つっと涙がこぼれた。

「なんで……そんなふうに優しくするの……」

「お前が私にとって「特別」だからだ」

ラザルの言葉は静かだった。でも、その奥に確かに熱があった。
ミナトは震える手でラザルの手を握った。

「俺……まだ怖いよ。でもラザルのそばにいたい。俺のこと「人」として見てくれたから……」

「ならば、ここにいろ。私はお前を決して傷つけない」

その夜、彼らはただ手をつないで静かな時間を過ごした。炎のように熱い感情ではなく灯火のような優しさが二人を包んでいた。


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