『番はいらないと思ってた。君に出会うまでは』

なの

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閉じ込められた夜

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どれだけ身体が癒えても夜になると、あの記憶がミナトを喉元から締めつけてくる。この世界にきても心の傷はまだ深く残り続けていた。

布団の中で目を閉じると、すぐに夢が襲ってくる。ざわざわとした街の気配。誰かが歩く足音、車のエンジン音が遠くから聞こえてくる。背後に不穏な空気が漂い次第に近づく足音。振り返ると男の大きな手が伸びてきた。

「オメガだって噂、本当だったんだな……ほら、発情してんだろ?」

耳元で囁かれたその声が今でもはっきりと脳裏に焼きついている。恐怖と混乱、絶望が一気に押し寄せ体が固まった。声を出そうとしても喉が塞がってしまって助けを呼べなかった。まるで自分の身体が他人に奪われているような感覚に陥り冷や汗が背中を伝う。

逃げられなかった。目の前がぐにゃりと歪み冷たい壁に押しつけられたとき、自分の身体が自分のものじゃなくなる気がした。思考は止まり、ただただ恐怖に支配されていった。

俺はこのまま、汚されて、壊れて……

ぐしゃぐしゃになりそうな恐怖の中で、なぜか「ごめんなさい」という言葉だけが浮かんだ。自分がオメガだから、周囲に迷惑をかける存在だから。母に「お前なんかいなければ良かった」と言われた言葉が何度も頭の中でリフレインする。

自分の存在が無意味で、みんなにとって迷惑でしかない。そう思いながら心の中でひたすら謝り続ける自分がいた。

だがそのとき、どこからか聞こえた車のクラクションが彼を救った。犯人は怯えて逃げ出しミナトはその場に崩れ落ちた。意識がもうろうとし、身体の自由が効かなくなったが、どうにかその場を離れることができた。しかし誰も助けてはくれなかった。

交番に行っても警察は曖昧な対応しか返してこなかった。父はただ唇を固く結び、母は「アンタが誘ったんじゃないの?」とさえ口にした。その言葉にミナトは深く傷ついた。誰も自分を信じてくれない守ってくれないという絶望感に押し潰されそうになった。

俺なんか、いなければよかったんだ……

そんなふうにしてミナトは人を信じるのをやめた。信じられるものが何もない世界で、自分だけが無力で孤独だと感じた。それからすぐだ。事故に遭って気づけば、この世界にいた。新たな場所、新たな環境、しかし心の中の傷は消えなかった。

「う、っ……やだ……やめて……!」

夢の中でうなされミナトは叫びながら目を覚ました。身体は汗でびっしょりになり心臓は壊れそうなほど暴れている。目を開けると、部屋は暗く静寂に包まれているが体の震えは止まらなかった。

「ミナト!」

部屋の扉が開く音がして駆け込んできたのはラザルだった。慌てた様子でベッドに駆け寄り、ミナトの肩に手を添える。ラザルの温かい手がミナトの震える体に触れた瞬間、少しだけ安心感を覚えた。

「どうした、何があった?」

「こ、わかった……いや……また……あの夢が……」

ミナトは頭を抱え全身を震わせた。恐怖と恥ずかしさと後悔が混ざった涙が次々とこぼれていく。どうしてこんなにも痛い記憶が、夢の中で蘇ってくるのか。自分はどうしてこんなにも傷ついているのか、その理由が分からない。

「俺……犯されかけたんだ昔……オメガだからってだけで……誰にも守ってもらえなかった……っ」

その言葉を聞いた瞬間ラザルの瞳が鋭く光った。まるでミナトが話したその瞬間、全ての過去を理解したかのような表情を見せた。しかし次の瞬間ラザルはミナトに優しく微笑み、強い手で彼の背を撫で始めた。

「お前は何も悪くない」

低く、けれどはっきりとした声だった。ラザルの言葉はミナトの心にじわじわと染み込んでいく。

「過去に何があったとしても、お前はここで守られるべき存在だ。誰にも傷つけさせない。私が守る」

その言葉がミナトの心に響きミナトは顔を伏せたままラザルの胸にしがみついた。涙が止まらない。ようやく初めて心から泣けた気がした。あの時、誰にも助けてもらえなかった自分が今ここでラザルに守られている。それだけで少しだけ心が軽くなった気がした。

その夜、ラザルはミナトの隣に腰を下ろし、そっと手を握ってくれた。手のひらから伝わる温もりが、ミナトの凍えた心の奥にまで染みわたっていく。

「俺……生きてて、よかったのかな……」

「生きててくれて、この世界に来てくれてありがとう。私はそう思っている」

その言葉を聞いた瞬間、ミナトの心の奥で何かが崩れ、そして光が差し込んだ。あの恐怖と孤独の中で、ようやく自分を必要としてくれる存在ができた気がした。ラザルの温もりがミナトにとっての新しい希望となった。


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