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赦せなかった記憶
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ラザルの部屋に身を預けて、どれくらい時間が経ったのか。大理石の床に敷かれた毛足の長い絨毯が体の冷えを少し和らげてくれている。だがミナトの胸の奥にはまだ熱と冷たさが共に渦巻いていた。
昼間、突然訪れた発情期の兆し。
ラザルが来なければ、また誰かに……そんな昔の記憶が思い出されて吐き気がして喉の奥にこみ上げてくるものを抑えながらミナトは膝を抱えた。
ラザルは黙って椅子に腰掛けていた。少し距離を置くように、けれど視線だけはずっとミナトのことを捉えていた。どこか遠くを見ているようなその瞳の中にミナトは自分の存在を感じ取ろうとするが、どうしてもその意図を読み取ることができなかった。
「……すまなかったな」
ぽつりとラザルが声をかけてきた。普段の冷静なラザルとは違い、その言葉には何か重みがあった。自分に向けられた責任を感じているような、そんな響きがこもっていた。
「俺がもっと早く気づいていれば、あんな……こともなかった」
ミナトはラザルを見上げることなく静かに首を振った。
「……違うんです。俺が……記憶のこと言えなかったから……」
「それでも守るべきだった。俺の屋敷にいる以上、お前は俺の客だ。今後、誰にも触れさせるつもりはない」
その言葉にミナトの心が少しだけ温まる。けれど、ふとした不安が口をついて出る。
「……でも、ラザルさんはオメガが嫌いなんですよね?」
ラザルが静かに息を吐いた。ミナトの問いに答えをすぐ返さなかったのは、否定できなかったからだ。
「前に……番なんて不要だって言ってました。オメガなんて信用できないって」
その言葉を口にした瞬間、ミナトは自分が震えていることに気づいた。声が震えているわけではない。しかし心が震えていた。それでも知りたかった。この人の本当の気持ちを……守ってくれた人が本当はどんな気持ちでいるのか。
やがて、ラザルが重い口を開いた。
「……昔の話だ。だが、今もその影に縛られているのは確かだ」
「……」
「ルシエルというオメガがいた。幼い頃から共に育ち、俺の側近として仕えていた。慎ましく忠義に厚い男だった。だが……奴は、俺を裏切った」
ラザルの瞳が炎のゆらめきを映して揺れる。
「魔族の上層部は、俺の血を欲しがった。支配の象徴として。ルシエルはその命を受けて俺に近づいた。番になることで、その力を手に入れようとした」
「……!」
「俺は信じていた。唯一、心を許した相手だった。けれど戦の最中、奴が敵側に情報を流していたことが明るみに出た。多くの仲間が命を落とした。俺は……何も守れなかった」
沈黙が部屋に落ちた。その重さにミナトの胸も痛んだ。ラザルがどれほどの傷を背負っているのか少し……わかる気がした。
「それ以来、俺はオメガに近づかないと決めた。あの時のように惹かれ、利用され、裏切られるくらいなら……誰にも心を許さない方がマシだと思った」
その言葉の裏にあるラザルの深い傷を思うとミナトは何も言えなかった。けれどラザルが過去の痛みから逃げるようにして自分に近づけないのは理解できた。
だからこそミナトは少しずつその距離を埋めようとしていた。ラザルの心の奥に少しでも温かいものがあったら、そこに手を伸ばしてみたかった。
「……ラザルさん。俺、誰かに信じられたことなんて、なかったです」
「……」
「でも信じてくれたあなたの言葉に救われました。……だから俺も、あなたを信じたい」
そう言ってミナトは膝をついてラザルの手を握った。少し冷たい指先が伝わってきた。それでもラザルはその手を逃げることなく受け止め少しだけ目を細めた。
「……お前は似ていないな。あいつとは何もかもが違う」
「俺は、あなたを裏切ったりしません」
その言葉がラザルの胸の奥にそっと届いた。その瞬間ラザルがほんのわずかにミナトの手を握り返した。強くはなくても確かな温もりを感じた。
それだけでミナトの心の奥底が優しく震えた。夜の闇は深く、痛みも癒えたわけではない。それでも二人の心には、少しだけあたたかい灯が灯った気がした。
昼間、突然訪れた発情期の兆し。
ラザルが来なければ、また誰かに……そんな昔の記憶が思い出されて吐き気がして喉の奥にこみ上げてくるものを抑えながらミナトは膝を抱えた。
ラザルは黙って椅子に腰掛けていた。少し距離を置くように、けれど視線だけはずっとミナトのことを捉えていた。どこか遠くを見ているようなその瞳の中にミナトは自分の存在を感じ取ろうとするが、どうしてもその意図を読み取ることができなかった。
「……すまなかったな」
ぽつりとラザルが声をかけてきた。普段の冷静なラザルとは違い、その言葉には何か重みがあった。自分に向けられた責任を感じているような、そんな響きがこもっていた。
「俺がもっと早く気づいていれば、あんな……こともなかった」
ミナトはラザルを見上げることなく静かに首を振った。
「……違うんです。俺が……記憶のこと言えなかったから……」
「それでも守るべきだった。俺の屋敷にいる以上、お前は俺の客だ。今後、誰にも触れさせるつもりはない」
その言葉にミナトの心が少しだけ温まる。けれど、ふとした不安が口をついて出る。
「……でも、ラザルさんはオメガが嫌いなんですよね?」
ラザルが静かに息を吐いた。ミナトの問いに答えをすぐ返さなかったのは、否定できなかったからだ。
「前に……番なんて不要だって言ってました。オメガなんて信用できないって」
その言葉を口にした瞬間、ミナトは自分が震えていることに気づいた。声が震えているわけではない。しかし心が震えていた。それでも知りたかった。この人の本当の気持ちを……守ってくれた人が本当はどんな気持ちでいるのか。
やがて、ラザルが重い口を開いた。
「……昔の話だ。だが、今もその影に縛られているのは確かだ」
「……」
「ルシエルというオメガがいた。幼い頃から共に育ち、俺の側近として仕えていた。慎ましく忠義に厚い男だった。だが……奴は、俺を裏切った」
ラザルの瞳が炎のゆらめきを映して揺れる。
「魔族の上層部は、俺の血を欲しがった。支配の象徴として。ルシエルはその命を受けて俺に近づいた。番になることで、その力を手に入れようとした」
「……!」
「俺は信じていた。唯一、心を許した相手だった。けれど戦の最中、奴が敵側に情報を流していたことが明るみに出た。多くの仲間が命を落とした。俺は……何も守れなかった」
沈黙が部屋に落ちた。その重さにミナトの胸も痛んだ。ラザルがどれほどの傷を背負っているのか少し……わかる気がした。
「それ以来、俺はオメガに近づかないと決めた。あの時のように惹かれ、利用され、裏切られるくらいなら……誰にも心を許さない方がマシだと思った」
その言葉の裏にあるラザルの深い傷を思うとミナトは何も言えなかった。けれどラザルが過去の痛みから逃げるようにして自分に近づけないのは理解できた。
だからこそミナトは少しずつその距離を埋めようとしていた。ラザルの心の奥に少しでも温かいものがあったら、そこに手を伸ばしてみたかった。
「……ラザルさん。俺、誰かに信じられたことなんて、なかったです」
「……」
「でも信じてくれたあなたの言葉に救われました。……だから俺も、あなたを信じたい」
そう言ってミナトは膝をついてラザルの手を握った。少し冷たい指先が伝わってきた。それでもラザルはその手を逃げることなく受け止め少しだけ目を細めた。
「……お前は似ていないな。あいつとは何もかもが違う」
「俺は、あなたを裏切ったりしません」
その言葉がラザルの胸の奥にそっと届いた。その瞬間ラザルがほんのわずかにミナトの手を握り返した。強くはなくても確かな温もりを感じた。
それだけでミナトの心の奥底が優しく震えた。夜の闇は深く、痛みも癒えたわけではない。それでも二人の心には、少しだけあたたかい灯が灯った気がした。
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