婚約破棄、感謝!今日からただの愉快な隣人として生きていきます。

夏乃みのり

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平和なボロ家での朝食タイム。


メニューは市場で仕入れた「少し形は悪いが味は最高なリンゴ」と、アンナが近所のおばあちゃんから貰った焼き立てのパンです。


「あぁ、幸せ……。このパンの耳のカリカリ具合、王宮のどの高級スイーツよりも私の心を満たしてくれるわ……」


私が至福の表情でパンを齧っていると、庭の方から「ギャアアア!」というマンドラゴラの絶叫が聞こえてきました。


「また不法侵入者? ララ様、スネーク・ヴァインの拘束強度を『中』にしてきてちょうだい」


「はい、メーサ様! ……あ、でもメーサ様、今日のお客さんはなんだかキラキラした鎧を着ていますよ?」


ララ様が窓から外を覗き、不思議そうに首を傾げました。


私は嫌な予感を抱きながら、縁側へと向かいました。

そこには、毒蔦に足を取られながらも必死に姿勢を保とうとしている、見覚えのある王宮の使者が立っていました。


「メ……メーサ・ド・アトラス様! 並びにララ・フォン・ベルナール様! 王家より緊急の書状をお持ちいたしました!」


「お帰りください。うちは今、宗教上の理由で『王家』という言葉を禁止しているの」


私はピシャリと言い放ち、扉を閉めようとしました。


「待ってください! これを届けないと、私は不敬罪で首が飛びます! お願いですから、受け取ってください!」


使者が泣きそうな声で叫ぶので、私は渋々、蔦の隙間から差し出された豪華な封筒を受け取りました。

金縁の装飾、王家の紋章の封蝋。

触るだけで指が「窮屈なマナー」を思い出して拒絶反応を示します。


「なになに……?『建国記念祭に伴う王立晩餐会への招待状』……?」


中身を確認した私は、そのままゴミ箱にシュートしようとしました。


「メーサ様、待って! 捨てちゃダメです! これ、『強制出席』の魔印が押されていますよ!」


ララ様が慌てて封筒を奪い取りました。

確かに、書状の端には淡く光る魔法の刻印がありました。

これに従わない場合、爵位剥奪(私はもうないけれど)や、平民としての権利停止などの罰則が自動的に発動する、実に悪趣味な代物です。


「……ジュリアン殿下の仕業ね。私とララ様を公衆の面前に引きずり出して、また何か自分勝手なショーを始めるつもりだわ」


「どうしましょう、メーサ様。私、あんな場所に戻ったら、また山のような書類を思い出して胃に穴が開いちゃいます……」


ララ様がプルプルと震え始めました。

私は腕を組み、超・合理主義者の脳をフル回転させました。


「……大丈夫よ、ララ様。招待状には『健康上の理由による欠席は、医師の証明があれば可』と書いてあるわ。……アンナ、私の木刀を持ってきて」


「お嬢様、まさか自分の足を叩き折るつもりですか? それは合理主義ではなく自傷行為です」


アンナが冷静に突っ込みました。


「違うわよ。……証明書が必要なら、私が納得のいく理由を書いてあげるわ。カシム! ちょっとこっちに来なさい!」


私は生け垣の向こう側で、朝の剣の素振りをしていたカシムを呼びつけました。


「……今度はなんだ。使者が来ていたようだが、また殿下が吊るされたいのか?」


カシムが生け垣を越えてやってきました。

私は彼に招待状を突きつけました。


「これの返信を書きたいの。カシム、あなたの名義で『メーサは現在、深刻な健康被害により出席不能である』という一文を添えてちょうだい」


「……お前、どこが病気なんだ。今さっきまでパンを三枚も食って、肌艶も騎士団の新人よりいいじゃないか」


「病名なら決まっているわ。……『深刻な筋肉の過度な疲労による、直立不動不能症』よ!」


私はキリッと言い放ちました。


「……。それを世間一般では『筋肉痛』と言うんだぞ、メーサ」


「いいえ! 昨日、あなたと百本もスパーリングしたせいで、私の広背筋が『ドレスの重みに耐えられない』と悲鳴を上げているの! これは立派な戦闘負傷だわ!」


「通るか、そんな理由!」


カシムが頭を抱えました。


「いい、カシム。私が行けば、会場の雰囲気が私の合理的な発言で凍り付くわよ? ララ様が行けば、彼女はシャンパンではなく胃薬を要求するわ。それは王家の威信に関わるでしょう?」


「……それは、確かにそうだが」


カシムは困ったように私とララ様を交互に見ました。


「お願いよ、カシム。あなたは騎士団長でしょう? 軍務上の負傷ということにして、適当に書類を偽造……いえ、作成してちょうだい。報酬は、今日から一週間、私の手作り『疲労回復・毒消しスープ』の毒見を免除してあげるわ!」


「……。その報酬は、かなり魅力的だな」


カシムが揺らぎました。

彼はしばらく考え込んでいましたが、やがて諦めたように筆を執りました。


「わかった。ただし、『筋肉痛』とは書かないぞ。『過酷な特別訓練による負傷治療のため、静養を要する』とだけ書いておく。これなら公爵家への体裁も保てるだろう」


「さすがカシム! 頼りになるわね!」


私はカシムの背中をバンバンと叩きました。

これで、あの忌々しいパーティーとはおさらばです。


しかし、使者に返信を手渡そうとしたその時。

カシムが私の肩を掴んで、真剣な目で言いました。


「……だが、メーサ。殿下はこれを予想しているはずだ。おそらく、医師を派遣してくるか、あるいは直接乗り込んでくるぞ」


「その時は、その時よ。私の広背筋が本当にプルプルしているところを見せてあげるわ!」


私は自信満々にガッツポーズを決めましたが、心なしか二の腕のあたりが少しだけ震えていました。


自由を守るための戦いは、どうやら豪華なドレスではなく、筋肉との戦いになりそうな予感がしていました。
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