婚約破棄された瞬間、不人気の呪いが解けてモテモテに!?

夏乃みのり

文字の大きさ
1 / 28

1

しおりを挟む
「リーフィー・バーベナ! 貴様との婚約は、今この時をもって破棄する!」

王立学園の卒業記念パーティー。

華やかな音楽と談笑が満ちていた大広間は、その一言で水を打ったように静まり返った。

壇上で高らかに叫んだのは、この国の第一王子であるアラン。

その隣には、小柄で可愛らしい男爵令嬢ミナが、怯えたようにアランの腕にしがみついている。

衆人環視の中、私は扇を静かに閉じ、ゆっくりと一礼した。

「……アラン殿下。それは、正気で仰っているのでしょうか?」

「正気も何も、俺はいつだって本気だ! 貴様のような可愛げのない、冷酷な悪女を王妃にするわけにはいかん!」

アランが大げさに腕を振り上げる。

周囲の貴族たちからは、ひそひそと嘲笑の声が漏れ聞こえてきた。

「見ろよ、悪役令嬢だ」

「ついに捨てられたか」

「いつも能面のように無愛想で、殿下に説教ばかりしていたからな」

やれやれ、と私は心の中で溜息をつく。

確かに私は、彼に厳しく接してきた。

だがそれは、次期国王としての自覚が足りない彼を矯正するためであり、決して悪意があったわけではない。

公務をサボって街へ遊びに行こうとするのを止め、予算会議で居眠りをするのを小突き、女性関係のだらしなさを諫めてきただけだ。

それが「冷酷な悪女」とは、随分な言い草である。

「リーフィー、貴様はミナにいじめを働いただろう! 教科書を隠したり、ドレスにワインをかけたり、階段から突き落とそうとしたり!」

「……身に覚えがございませんが」

「嘘をつくな! ミナは全て俺に打ち明けてくれたぞ! 『リーフィー様が怖いですぅ』と泣きながらな!」

アランが守るように抱き寄せると、ミナは上目遣いで私を見つめ、勝ち誇ったように口元を歪めた。

「そ、そうですわリーフィー様……。私、もう耐えられません……っ」

「ミナ、可哀想に……。俺が守ってやるからな」

「アラン様ぁ……」

二人の茶番劇に、こめかみがピクリと引きつる。

いじめ?

そんな暇があるなら、領地の経営改革案でも練っている。

そもそも、その男爵令嬢に興味などない。

しかし、完全に愛想が尽きた。

これほど愚かだったとは。

私は冷めた目で二人を見据える。

「証拠はあられるのですか?」

「証拠だと!? ミナの涙が証拠だ!」

「……左様でございますか」

会話が成立していない。

これ以上、ここで問答を続けても時間の無駄だろう。

国益を考えれば、こんな王子に嫁ぐこと自体がリスクでしかない。

むしろ、向こうから願い下げてくれるなら好都合だ。

「わかりました。婚約破棄の件、謹んでお受けいたします」

私のあっさりとした返答に、アランは拍子抜けしたような顔をした。

「なっ……。泣いて縋るかと思えば、随分と殊勝な態度だな。まあいい、貴様のような冷たい女には、王太子の婚約者という地位は重荷だったのだろう」

「ええ、大変重荷でございました」

嫌味を込めて肯定するが、アランには通じていないようだ。

彼はふんぞり返り、私に右手を差し出した。

「ならば、婚約の証である『王家の指輪』を返してもらおうか。それは代々の王太子妃に受け継がれる由緒ある指輪だ。貴様のような女が着けていていい代物ではない」

「はい、ただいま」

私は左手の薬指に手をかけた。

王家から贈られた、大粒の黒い宝石がついた指輪。

『加護の指輪』だと聞かされていたが、正直なところ、これを着けてからというもの、常に体が鉛のように重く、気分が優れなかった。

しかも、妙に指に食い込んで外れにくいのだ。

「ぐっ……」

指輪を引っ張るが、なかなか抜けない。

まるで私の指に吸着しているかのようだ。

「ふん、往生際が悪いぞ。指輪を返したくないのか?」

「いいえ、少しきつくて……」

「見苦しい! 早く渡せ!」

「くっ……んんっ!」

私は指が千切れんばかりの力を込め、一気に指輪を引き抜いた。

スポンッ!

勢いよく指輪が外れた、その瞬間だった。

バチバチバチッ!!

指輪からどす黒い火花が散り、強烈な閃光が会場全体を包み込んだ。

「うわっ!?」

「なんだ!?」

「きゃあああっ!」

会場が悲鳴に包まれる。

私も思わず目を閉じた。

数秒後。

光が収まり、私は恐る恐る目を開ける。

「……あれ?」

何かが違う。

まず、体が軽い。

今まで背負っていた重石が消えたように、羽が生えたような軽やかさを感じる。

視界もクリアだ。

世界がこんなにも鮮やかだったとは。

「おい、どうなっているんだ……?」

アランの呆けたような声が聞こえた。

顔を上げると、アランも、ミナも、そして会場にいる貴族たちも、全員が私を凝視していた。

先ほどまでの嘲笑や軽蔑の眼差しではない。

まるで、見たこともない稀少な生物を見るような、あるいは神々しいものを拝むような、驚愕と陶酔が入り混じった目だ。

会場はしんと静まり返っている。

私は首を傾げた。

「あの……アラン殿下? 指輪をお返しいたしますが」

外した指輪を差し出す。

すると、アランは口を半開きにし、顔を真っ赤にして後ずさった。

「だ、誰だ……貴様は……?」

「はい?」

何を言っているのだろう。

「リーフィー・バーベナでございますが」

「う、嘘をつくな! リーフィーはもっと……こう、陰気で、目つきが悪くて、パッとしない女だったはずだ! なんだその……光り輝くような美貌は!?」

美貌?

何を寝ぼけたことを。

私は自分の顔をペタペタと触る。

感触は変わっていない。

しかし、周囲の反応は異常だった。

近くにいた令息が、ふらふらと夢遊病のように私に近づいてくる。

「あ、ありえない……。女神だ……」

「なんて美しいんだ……」

「あんな方が、学園にいたのか?」

さざ波のように、どよめきが広がっていく。

今まで私を「悪役令嬢」と陰口を叩いていた令嬢たちでさえ、頬を染めて私に見惚れているではないか。

(一体、何が起きたの?)

混乱する私をよそに、アランの横にいたミナが、引きつった声で叫んだ。

「な、なによこれ!? どうして急に、そんなに綺麗になるのよ! ずるいじゃない!」

「ずるいと言われましても……」

私は手元の指輪に視線を落とす。

黒い宝石は、指から外れた途端に色を失い、ただの薄汚い石ころのように変色していた。

まさか。

これが『加護』などではなく、何か別の――例えば『呪い』の類だったとしたら?

私の魅力を封じ込め、周囲に悪印象を与えるような認識阻害の呪いだったとしたら?

「……ふふ」

思わず笑みがこぼれた。

だとしたら、アランは自らの手で、私にかかっていた呪いを解いてしまったことになる。

「あ、あの……リーフィー……嬢?」

アランが戸惑いながら、手を伸ばそうとしてくる。

その瞳には、先ほどまでの嫌悪感はなく、明らかに欲情と執着の色が浮かんでいた。

「やはり婚約破棄は……」

「待てェェェェいッ!!」

アランの言葉を遮るように、会場の扉がバーンと開け放たれた。

低い、しかしよく通る男の声が響き渡る。

「その婚約破棄、確かに聞き届けたぞ!」

カツカツカツと、重厚な足音が近づいてくる。

現れたのは、漆黒の騎士服に身を包んだ長身の男。

鋭い眼光、鍛え上げられた肉体、そして荒々しくも整った顔立ち。

我が国の騎士団長、ジェラルド・アイアンサイドその人であった。

彼は私の目の前まで大股で歩み寄ると、アランを押しのけるようにして、その場に片膝をついた。

「なっ、ジェラルド騎士団長!? 貴様、何をするつもりだ!」

アランの抗議など耳に入っていない様子で、ジェラルドは私の手を取り、熱っぽい瞳で見上げてきた。

「リーフィー・バーベナ嬢! いや、麗しの女神よ!」

「は、はい?」

「ずっと見ていた! 君のその凛とした立ち振る舞いを! だが、今夜の君は輪をかけて美しい! アラン殿下が君を手放すというのなら、私が立候補させてもらう!」

「はい?」

ジェラルドは私の手の甲に、音が出るほどの口づけを落とした。

「私と結婚してくれ! 今すぐにだ!」

「……はぁ!?」

思考が追いつかない。

婚約破棄された直後、呪いが解けたと思ったら、今度は国一番の堅物騎士団長に求婚されている。

会場は阿鼻叫喚の嵐となった。

私の新しい、そして騒がしい人生は、どうやらここから幕を開けるらしい。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

大好きなあなたが「嫌い」と言うから「私もです」と微笑みました。

桗梛葉 (たなは)
恋愛
私はずっと、貴方のことが好きなのです。 でも貴方は私を嫌っています。 だから、私は命を懸けて今日も嘘を吐くのです。 貴方が心置きなく私を嫌っていられるように。 貴方を「嫌い」なのだと告げるのです。

【完結】皇太子の愛人が懐妊した事を、お妃様は結婚式の一週間後に知りました。皇太子様はお妃様を愛するつもりは無いようです。

五月ふう
恋愛
 リックストン国皇太子ポール・リックストンの部屋。 「マティア。僕は一生、君を愛するつもりはない。」  今日は結婚式前夜。婚約者のポールの声が部屋に響き渡る。 「そう……。」  マティアは小さく笑みを浮かべ、ゆっくりとソファーに身を預けた。    明日、ポールの花嫁になるはずの彼女の名前はマティア・ドントール。ドントール国第一王女。21歳。  リッカルド国とドントール国の和平のために、マティアはこの国に嫁いできた。ポールとの結婚は政略的なもの。彼らの意志は一切介入していない。 「どんなことがあっても、僕は君を王妃とは認めない。」  ポールはマティアを憎しみを込めた目でマティアを見つめる。美しい黒髪に青い瞳。ドントール国の宝石と評されるマティア。 「私が……ずっと貴方を好きだったと知っても、妻として認めてくれないの……?」 「ちっ……」  ポールは顔をしかめて舌打ちをした。   「……だからどうした。幼いころのくだらない感情に……今更意味はない。」  ポールは険しい顔でマティアを睨みつける。銀色の髪に赤い瞳のポール。マティアにとってポールは大切な初恋の相手。 だが、ポールにはマティアを愛することはできない理由があった。 二人の結婚式が行われた一週間後、マティアは衝撃の事実を知ることになる。 「サラが懐妊したですって‥‥‥!?」

好きでした、さようなら

豆狸
恋愛
「……すまない」 初夜の床で、彼は言いました。 「君ではない。私が欲しかった辺境伯令嬢のアンリエット殿は君ではなかったんだ」 悲しげに俯く姿を見て、私の心は二度目の死を迎えたのです。 なろう様でも公開中です。

【完結】旦那は堂々と不倫行為をするようになったのですが離婚もさせてくれないので、王子とお父様を味方につけました

よどら文鳥
恋愛
 ルーンブレイス国の国家予算に匹敵するほどの資産を持つハイマーネ家のソフィア令嬢は、サーヴィン=アウトロ男爵と恋愛結婚をした。  ソフィアは幸せな人生を送っていけると思っていたのだが、とある日サーヴィンの不倫行為が発覚した。それも一度や二度ではなかった。  ソフィアの気持ちは既に冷めていたため離婚を切り出すも、サーヴィンは立場を理由に認めようとしない。  更にサーヴィンは第二夫妻候補としてラランカという愛人を連れてくる。  再度離婚を申し立てようとするが、ソフィアの財閥と金だけを理由にして一向に離婚を認めようとしなかった。  ソフィアは家から飛び出しピンチになるが、救世主が現れる。  後に全ての成り行きを話し、ロミオ=ルーンブレイス第一王子を味方につけ、更にソフィアの父をも味方につけた。  ソフィアが想定していなかったほどの制裁が始まる。

【完結】愛したあなたは本当に愛する人と幸せになって下さい

高瀬船
恋愛
伯爵家のティアーリア・クランディアは公爵家嫡男、クライヴ・ディー・アウサンドラと婚約秒読みの段階であった。 だが、ティアーリアはある日クライヴと彼の従者二人が話している所に出くわし、聞いてしまう。 クライヴが本当に婚約したかったのはティアーリアの妹のラティリナであったと。 ショックを受けるティアーリアだったが、愛する彼の為自分は身を引く事を決意した。 【誤字脱字のご報告ありがとうございます!小っ恥ずかしい誤字のご報告ありがとうございます!個別にご返信出来ておらず申し訳ございません( •́ •̀ )】

王子妃教育に疲れたので幼馴染の王子との婚約解消をしました

さこの
恋愛
新年のパーティーで婚約破棄?の話が出る。 王子妃教育にも疲れてきていたので、婚約の解消を望むミレイユ 頑張っていても落第令嬢と呼ばれるのにも疲れた。 ゆるい設定です

【完結】ずっと、ずっとあなたを愛していました 〜後悔も、懺悔も今更いりません〜

高瀬船
恋愛
リスティアナ・メイブルムには二歳年上の婚約者が居る。 婚約者は、国の王太子で穏やかで優しく、婚約は王命ではあったが仲睦まじく関係を築けていた。 それなのに、突然ある日婚約者である王太子からは土下座をされ、婚約を解消して欲しいと願われる。 何故、そんな事に。 優しく微笑むその笑顔を向ける先は確かに自分に向けられていたのに。 婚約者として確かに大切にされていたのに何故こうなってしまったのか。 リスティアナの思いとは裏腹に、ある時期からリスティアナに悪い噂が立ち始める。 悪い噂が立つ事など何もしていないのにも関わらず、リスティアナは次第に学園で、夜会で、孤立していく。

王妃様は死にました~今さら後悔しても遅いです~

由良
恋愛
クリスティーナは四歳の頃、王子だったラファエルと婚約を結んだ。 両親が事故に遭い亡くなったあとも、国王が大病を患い隠居したときも、ラファエルはクリスティーナだけが自分の妻になるのだと言って、彼女を守ってきた。 そんなラファエルをクリスティーナは愛し、生涯を共にすると誓った。 王妃となったあとも、ただラファエルのためだけに生きていた。 ――彼が愛する女性を連れてくるまでは。

処理中です...