婚約破棄された瞬間、不人気の呪いが解けてモテモテに!?

夏乃みのり

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「ごきげんよう、リーフィー様。本日はお招きに応じていただき、光栄ですわ」

「お招きありがとうございます、ダリア公爵夫人」

数日後。

私は、王都有数の実力者であるダリア公爵夫人が主催するお茶会に参加していた。

会場は、咲き誇る薔薇が美しい公爵邸の庭園。

集まっているのは、この国の流行を左右すると言われる高位貴族の令嬢や夫人たちだ。

「まあ、噂には聞いておりましたが……本当にお美しい」

「お肌が発光していますわ」

「どこの化粧水を使っていらっしゃるの?」

私が席に着くと、夫人たちが一斉に身を乗り出してきた。

「特別なことはしておりませんわ。ただ、悪いものが落ちてスッキリしただけです」

「悪いもの?」

「ええ、例えば……『見る目のない婚約者』とか」

私が優雅に微笑むと、夫人たちは扇子で口元を隠して「おほほ」と笑った。

「辛辣ですわね」

「でも、その通りですわ。アラン殿下は逃した魚の大きさに気づいていない」

「今や貴女は、国の三大英雄に求婚される『時の人』ですものね」

雰囲気は良好だ。

このまま穏便にお茶会が終わればいいと思っていた。

しかし、そうは問屋が卸さない。

「ちょっと! どうして私が末席なのよ!」

庭園の入り口で、金切り声が響いた。

場違いな派手なピンクのドレスを着たミナが、執事に食ってかかっていた。

「私は次期王太子妃よ!? リーフィーより上座に座るのが当然でしょう!」

「……招かれざる客が来たようですわね」

ダリア夫人が不快そうに眉をひそめる。

「ミナ様。招待状はお送りしていなかったはずですが」

「アラン様の名代として来たのよ! 文句ある!?」

ミナは強引に庭園に入り込むと、私の前の席にドカッと座った。

「ふん。相変わらず取り巻きに囲まれて、いい気なものねリーフィー」

「ごきげんよう、ミナ様。マナーという言葉をご存知ないようですので、家庭教師を紹介しましょうか?」

「うるさい! 今日はね、皆さんに真実を伝えに来たのよ!」

ミナは立ち上がり、周囲の夫人たちを見回した。

「皆さん、騙されてはダメよ! この女は『魅了の黒魔術』を使っているの!」

会場がざわめく。

「黒魔術?」

「そうよ! じゃなきゃおかしいでしょ!? あんな地味だった女が急に美人になったり、騎士団長や皇太子を手玉に取ったりできるわけがない!」

ミナは勝ち誇ったように私を指差した。

「きっと怪しい薬や儀式で、男たちを洗脳しているのよ! 魔女よ、魔女!」

根拠のない妄言だ。

しかし、貴族社会は噂が命。

変な疑惑を持たれるのは面倒だ。

私は紅茶を一口飲み、静かにカップを置いた。

「……ミナ様。一つ訂正してもよろしいですか?」

「なによ! 図星だから言い訳?」

「いいえ。洗脳などする必要がありませんの」

私はふわりと髪をかき上げた。

ただそれだけの動作で、周囲の夫人たちが「はぅ……っ」と溜息を漏らす。

「私が美しいのは事実。そして、殿方が私に惹かれるのも自然の摂理。そこに魔術など介在する余地はありません」

「は、はぁ!? ナルシストもいい加減にしてよ!」

「それに、もし私が黒魔術を使えるなら……」

私は瞳を細め、ミナをじっと見据えた。

その瞬間、私の背後から殺気にも似た冷たいプレッシャーが放たれた(ような気がした)。

「真っ先に、貴女の口を永遠に閉ざしていると思いませんか?」

「ヒッ……!」

ミナが青ざめて後ずさる。

「じ、冗談じゃないわよ! 証拠はあるのよ!」

ミナは震える手で、一枚の紙を取り出した。

「これ! 街で拾ったのよ! リーフィーが怪しい売人と取引している現場の目撃証言!」

……捏造だ。

あまりにも稚拙な工作に、私は呆れてものも言えない。

「見せてごらんなさい」

ダリア夫人が紙を取り上げ、一読した。

そして、冷ややかに笑ってビリビリに破り捨てた。

「えっ?」

「ミナ様。この字、貴女の筆跡にそっくりですわね」

「へっ? そ、そんなこと……!」

「それに、この紙に使われているインク。王宮の文官が使う特殊なものではありませんか? 市井の売人が使うとは思えません」

ダリア夫人の指摘に、周囲の夫人たちもクスクスと笑い始めた。

「まあ、自作自演?」

「可愛らしい工作ですこと」

「アラン殿下も、こんな浅はかな方を……」

ミナの顔が真っ赤になる。

「ち、違う! これは……!」

「もうお帰りになっては?」

私が冷たく告げると、ミナは涙目で私を睨みつけた。

「覚えてなさいよ! 今に見てなさい! アラン様が黙っていないんだから!」

ミナはまたしても捨て台詞を吐いて、逃げるように去っていこうとした。

その時。

「おや、ミナ嬢。また逃走ですか? 足腰が鍛えられていいですね」

入り口から、にこやかな声がした。

「サ、サイラス!?」

宮廷魔導師サイラスが、優雅に現れた。

「どうしてここに!?」

「リーフィー嬢の護衛任務(自称)ですよ。……それより、貴女に少しお尋ねしたいことがありまして」

サイラスはにっこりと笑いながら、ポケットから小さなガラス片を取り出した。

先日の、ミナが落とした「汚臭ポーション」の破片だ。

「このポーションの成分を分析したんですがね。これ、ただのイタズラグッズじゃありませんでしたよ」

「……っ!」

ミナの動きが止まる。

「中には『精神錯乱剤』と『魔力暴走誘発剤』が微量に含まれていました。これ、王都では所持が禁止されている『闇ギルド』製の違法薬物ですよね?」

サイラスの目が、眼鏡の奥で冷たく光った。

「これをどこで手に入れたんですか? 男爵令嬢の小遣いで買えるような代物じゃありませんよ」

会場の空気が凍りつく。

ただの嫌がらせが、犯罪の領域に踏み込んでいたとなれば話は別だ。

「し、知らない! 拾ったのよ!」

「ほう、拾った? 都合よく?」

「う、うるさい! 無礼者! 私は王子の婚約者よ!」

ミナはサイラスを突き飛ばし(サイラスはわざとらしくよろけた)、脱兎のごとく走り去った。

「あーあ。行っちゃいましたね」

サイラスは肩をすくめて、私の元へ歩み寄ってきた。

「やあ、リーフィー嬢。ドレス姿も素敵ですね。この庭のどの花よりも美しい」

「お世辞は結構です。……それより、本当なのですか? その薬の話」

「ええ。嘘はつきませんよ、君には」

サイラスは私の耳元で囁いた。

「どうやら彼女の背後には、誰か『入れ知恵』をしている黒幕がいるようです。アラン殿下のような単細胞ではありませんね」

「黒幕……」

単なる痴話喧嘩だと思っていたが、少し雲行きが怪しくなってきた。

「まあ、心配はいりません。僕と、あの脳筋騎士団長がついている限り、君に指一本触れさせませんから」

サイラスは私の手を取り、甲にキスを落とした。

「キャアアアッ!」

「見た!? 今の!」

「サイラス様がデレたわ!」

周囲の夫人たちが大興奮している。

「……場所をわきまえてください」

私は顔が熱くなるのを感じながら、手を引っ込めた。

嫌がらせは撃退したが、謎は深まるばかり。

そして、ミナの暴走が失敗したことで、次に動き出すのは――。

「さて、次は『本丸』のお出ましですかね」

サイラスが呟いた通り、事態はアラン殿下の暴挙へと繋がっていくのだった。
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