婚約破棄された瞬間、不人気の呪いが解けてモテモテに!?

夏乃みのり

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「お嬢様! 大変です! 昨日の件が新聞に載っています!」

翌朝。

私が優雅に紅茶を飲んでいると、マリーがまたしても新聞を片手に飛び込んできた。

「落ち着いてマリー。どうせ『公衆の面前で男を侍らせる悪女』とか書かれているんでしょ?」

私はカップを置き、諦め半分で新聞を受け取った。

昨日の商店街での大立ち回り。

騎士団長、宮廷魔導師、隣国皇太子が揃って暴れたのだ。

悪評が立たないはずがない。

しかし、紙面を見た私は、紅茶を吹き出しそうになった。

『王都に聖女降臨!? 凶悪な賊を一瞬で改心させる!』

『美しき猛獣使いリーフィー嬢! 国の三大巨頭を手玉に取るカリスマ性!』

『彼女こそ次代の国母か? 街の声「あの方になら踏まれたい」』

「……何これ」

「絶賛の嵐です!」

マリーが目をキラキラさせている。

「記事によりますと、『暴れていたチンピラたちに対し、リーフィー嬢は慈悲深い眼差しを向けただけで、彼らを戦意喪失させた』と書かれています!」

「嘘よ。あいつらが殺気で威圧しただけじゃない」

「さらに、『三人の英雄たちが彼女に跪く姿は、まさに女神の再来。彼女こそが真の王妃に相応しいのではないか』という世論が高まっています!」

「過大評価もいいところだわ……」

私は頭を抱えた。

呪いが解けた反動なのか、世間の評価が「嫌われ者」から「崇拝対象」へと極端に振れている。

中間はないのか、中間は。

「とにかく、街の様子を見てくるわ。誤解を解かないと」

「えっ、お忍びですか? でしたら変装を……」

「いいえ。コソコソするのは性に合わないわ。堂々と行く」

私はあえて、バーベナ侯爵家の紋章が入ったドレスを身に纏い、馬車ではなく徒歩で街へ向かった。

護衛には、父が厳選した強面の私兵を二人連れて。

商店街に足を踏み入れると、すぐにザワザワと人が集まってきた。

「あっ、あの方は……!」

「昨日の美女だ!」

「リーフィー様だ! 本物だ!」

人々が道を開ける。

まるでモーゼの海割りのようだ。

私は背筋を伸ばし、毅然とした態度で歩を進める。

「皆様、ごきげんよう」

私が軽く会釈をすると、

「きゃあああっ! こっち見た!」

「目が潰れるほど眩しい!」

「リーフィー様万歳!」

黄色い声援が飛んでくる。

昨日の今日で、完全にファンクラブができている。

その時だった。

「騙されないで! その女は猫を被っているだけよ!」

群衆をかき分けて、一人の女性が現れた。

派手なピンク色のドレスに、不釣り合いなほど濃い化粧。

ミナだ。

彼女の後ろには、数人の取り巻き(アラン殿下の腰巾着たち)がいる。

「あら、ミナ様。奇遇ですわね」

私が涼しい顔で言うと、ミナは憎々しげに私を睨みつけた。

「ふん! いい気にならないでよ! ちょっと顔が変わったからって、中身はあの意地悪なリーフィーのままじゃない!」

ミナは群衆に向かって叫んだ。

「皆さん聞いて! この女はね、学園で私をいじめていたのよ! 私の教科書を破いたり、靴に画鋲を入れたりしたの! 本当は性格が歪んだ悪女なのよ!」

ミナが得意げに演説する。

以前なら、これで周囲の人々は「なんて酷い」「可哀想なミナ様」と同調していただろう。

しかし、今日の反応は違った。

シーン……。

群衆は冷ややかな目でミナを見ている。

「えっ……? な、なによその目……」

ミナが狼狽える。

そこへ、魚屋のおじさんが声を上げた。

「いじめ? そんなわけねぇだろ」

「え?」

「だって見ろよ、あんなに綺麗で気品のある方が、お前みたいな小娘をいじめるか? 時間の無駄だろ」

「ぶっ」

私は吹き出すのを堪えた。

ド直球すぎる。

「そ、そうよ!」

八百屋のおばさんも続く。

「リーフィー様は昨日、あの怖い兄ちゃんたち(ジェラルドたち)をピシッと躾けていたんだよ! そんな強い方が、陰湿な嫌がらせなんてするもんか! やるなら堂々と正面から叩き潰すはずさ!」

「その通りだ!」

「リーフィー様はコソコソしない!」

「大体、お前の方が意地悪そうな顔してるぞ!」

民衆からの総ツッコミ。

ミナの顔がみるみる赤くなる。

「な、なによお前たち! 平民の分際で! 私は王子の婚約者よ!」

「王子の婚約者? あのバカ王子の?」

「婚約破棄騒動の元凶だろ?」

「略奪愛ってやつか。汚らわしい」

ヒソヒソと陰口が聞こえる。

呪いが解けた今、私に向けられていた「悪役令嬢補正」とも言うべきネガティブなバイアスは消え失せ、逆にミナの「腹黒さ」や「浅ましさ」が露呈してしまっていたのだ。

「う、ううっ……! 違う! 私はヒロインなのに! 私が主役なのにぃぃ!」

ミナが地団駄を踏む。

私は一歩前に進み出た。

「ミナ様。もうおやめなさい」

「うっ……!」

「貴女が私をどう言おうと構いませんが、民衆を巻き込んで騒ぎを起こすのは感心しません。アラン殿下の品位にも関わりますよ?」

「……っ! 偉そうに!」

ミナは涙目で私を睨み、そして懐から何かを取り出した。

黒い小瓶だ。

「こうなったら、これを使ってやるわ!」

ミナが小瓶の蓋を開けようとした、その瞬間。

バシュッ!

どこからともなく飛んできた小さな石礫が、ミナの手を弾いた。

「いたっ!?」

小瓶が地面に落ちて割れる。

中からドロリとした紫色の液体が広がり、鼻をつく悪臭が漂った。

「くさっ!」

「なんだこれ!」

人々が鼻をつまんで後退る。

「……あれは『汚臭ポーション』ですね。かかると一週間はお風呂に入っても臭いが取れないという、地味に嫌な代物です」

屋根の上から声がした。

見上げると、サイラスが優雅に座っていた。

「サイラス様!?」

「やあ、リーフィー嬢。散歩ですか? 奇遇ですね」

「ストーカーですね」

「護衛と言ってください。……さて、ミナ嬢。公衆の面前で危険物(主に臭い的な意味で)を撒き散らすとは、テロ行為とみなしますよ?」

サイラスが杖を向ける。

さらに、群衆の中から大男が現れた。

「街中での騒乱罪、現行犯だ!」

変装(全然できていない)をしたジェラルドだ。

「ジェラルド団長まで……」

「リーフィー嬢に悪臭をつけるなど、言語道断! この私が許さん!」

二人の登場に、ミナは完全にパニックになった。

「ひっ、ひいいっ! 覚えてなさいよ! アラン様に言いつけてやるんだから!」

ミナは捨て台詞を吐いて、ドレスの裾を捲り上げて逃げ出した。

取り巻きたちも慌てて後を追う。

後に残されたのは、悪臭と、呆れた空気だけ。

「……はぁ」

私は大きな溜息をついた。

「ジェラルド様、サイラス様。助けていただいたことには感謝します。……が、なぜここに?」

「君の匂いを辿ってきた」

「君の魔力反応を追ってきた」

「警察を呼びますよ」

私が冷たく言うと、二人は嬉しそうに笑った。

「照れ屋だなぁ」

「そこがいい」

「いいえ、本気で引いています」

しかし、周囲の人々は拍手喝采だ。

「さすがリーフィー様! 英雄たちを従えている!」

「悪を追い払ったぞ!」

「聖女リーフィー万歳!」

いつの間にか、私は「悪役令嬢」から「悪を挫く聖女」へとクラスチェンジしていたらしい。

(……汚名は返上できたけど、別の何かが付着した気がする)

私は複雑な心境で、歓声を浴び続けるのだった。

だが、逃げ去ったミナが落とした小瓶の破片。

それをサイラスが拾い上げ、真剣な眼差しで見つめていることに、私はまだ気づいていなかった。

「……ふむ。これはただのイタズラグッズじゃないですね。裏ルートの気配がする」
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