婚約破棄された瞬間、不人気の呪いが解けてモテモテに!?

夏乃みのり

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「……帰りたい」

王都のメインストリート。

私は、待ち合わせ場所である広場の噴水前で、本日10回目の溜息をついた。

今日は雲ひとつない快晴。

絶好のデート日和だ。

しかし、私の周囲には、デートという甘い響きを粉砕するような、異様なプレッシャーが漂っていた。

「どうだリーフィー! 今日の私の私服は! 動きやすさを重視して、鎖帷子(チェーンメイル)をインナーに着込んできたぞ!」

右サイドには、筋肉隆々の騎士団長、ジェラルド。

爽やかな白いシャツを着ているが、その下から金属音がジャラジャラと聞こえる。

「暑苦しいですね。僕は機能美を追求しましたよ。このローブ、自動温度調節機能と防汚加工、さらに光学迷彩付きです」

左サイドには、怪しげな銀色のローブを纏った宮廷魔導師、サイラス。

片眼鏡が日光を反射して光っている。

「貧乏くさいな、お前ら。俺を見ろ。この国の流行を取り入れつつ、帝国の威信を示したこの姿を」

そして正面には、胸元を大きく開けた派手なシャツに、黄金の装飾品をジャラジャラとつけたレオナルド皇太子。

歩く金塊のようだ。

「……皆様。一つお尋ねしてもよろしいですか?」

私はこめかみの血管を押さえながら尋ねた。

「なぜ、全員そんなに『戦闘態勢』なのですか?」

「当然だろう! デートとは戦場だ! 何が起きても君を守れるよう準備万端だ!」

「君に見惚れて暴走する民衆を鎮圧するためには、これくらいの装備は必須ですよ」

「俺が歩けば道が開くが、万が一俺の女に手を出そうとするバカがいれば、即座に消すためだ」

「……そうですか」

私は深く帽子を目深に被った。

今日の私は、なるべく目立たないように地味なクリーム色のワンピースを選んだ。

変装用の伊達メガネもかけた。

しかし、この三人が連れ添っている時点で、ステルス機能は皆無だ。

「おい見ろよ……あれ、騎士団長と宮廷魔導師様じゃねえか?」

「真ん中の派手な男は誰だ? すげぇイケメンだけど……」

「あの中にいる女の子、誰?」

「めちゃくちゃ美人じゃないか? メガネかけてるけど隠しきれてないぞ」

周囲の視線が痛い。

もはや公開処刑だ。

「さあリーフィー! どこへ行きたい? 武器屋か? それとも闘技場か?」

ジェラルドが私の右腕を取ろうとする。

「武器屋には行きません。闘技場もデートスポットではありません」

「じゃあ魔導具屋に行こう。君にぴったりの『拘束具』……じゃなかった、『護身具』を見繕ってあげるよ」

サイラスが左腕に手を伸ばす。

「言い直したのが聞こえましたよ。行きません」

「チッ、しけた街だな。俺の国なら、象に乗ってパレードするところだが」

レオナルドが私の腰に手を回そうとする。

「パレードもしません。あと触らないでください」

バシッ、バシッ、バシッ!

私は三人の手を素早く叩き落とした。

「いいですか、ルールを決めます。本日は『一般市民』として振る舞ってください。武器の使用禁止、魔法の乱用禁止、権力の行使禁止。そして私に半径50センチ以上近づかないこと!」

「なんだと!? 50センチとは遠すぎる! 君の香りが嗅げないじゃないか!」

「嗅ぐな」

「まあいいでしょう。ハンデとしては丁度いい」

「フン、俺の魅力があれば、距離など関係ないがな」

三人は不服そうだが、なんとか承諾させた。

「では、行きましょうか……」

私たちは、奇妙なカルテット(四重奏)として歩き出した。

最初に向かったのは、賑やかな商店街だ。

道の両脇には、露店が立ち並び、香ばしい匂いが漂っている。

「おいリーフィー。あれは何だ?」

レオナルドが串焼きの屋台を指差した。

「焼き鳥です」

「鳥? 孔雀か? それとも鳳凰か?」

「ただの鶏です」

「ふむ。庶民の味というやつか。よし、店ごと買おう」

「買いません。一本だけ買ってください」

レオナルドが金貨袋を放り投げ、店主が泡を吹いて倒れそうになるのを横目に、私たちは焼き鳥を買った。

「ほら、リーフィー。あーんしろ」

レオナルドが串を突き出してくる。

「自分で食べます」

「むぅ。つれないな」

その横で、ジェラルドが串を真剣な目で見つめていた。

「……ふむ。この串の先端、角度が甘いな。これでは敵の急所を突けない」

「食べ物です。武器じゃありません」

「しかし、万が一の時に……よし、削ろう」

ジェラルドがナイフを取り出し、串の先端を鋭利に加工し始めた。

「やめてください。美味しく食べられなくなります」

さらにその横で、サイラスが携帯用の分析器を肉にかざしていた。

「……塩分濃度が高すぎますね。それに、この焦げ目には発癌性物質が微量に含まれている。摂取すると寿命が0.002秒縮む可能性がありますよ」

「……食べる気が失せました」

私は三人から離れ、一人で黙々と焼き鳥を齧った。

美味しいはずの肉が、砂のような味がした。

次に向かったのは、服飾店だ。

「リーフィー嬢! このドレスはどうだ! 赤だ! 情熱の赤!」

ジェラルドが持ってきたのは、なぜか甲冑のようなプレートがついたドレス。

「重くて歩けません」

「では、これはどうです? 露出面積を極限まで計算し、見る者の理性を98%破壊するデザインですが」

サイラスが持ってきたのは、布の面積が少なすぎる過激な衣装。

「逮捕されます」

「俺が選んでやる。……店員、ここからここまで全部包め」

レオナルドが棚の端から端まで指差す。

「タンスに入りません」

ため息しか出ない。

この人たち、一人一人のスペックは高いはずなのに、なぜ集まるとこうもポンコツになるのか。

「……少し、休憩しましょう」

私は疲れ果て、オープンカフェの椅子に座り込んだ。

「大丈夫かリーフィー! 疲れたのか! 俺がおんぶしてやろうか!」

「魔力回復ポーションを打ちますか? 直腸から吸収させると早いですけど」

「俺の膝に座れ。特別だぞ」

「……黙ってください。アイスティーを飲みます」

私が注文を済ませ、一息ついたその時だった。

「よう、お嬢ちゃん。一人かい?」

ありがちな展開が起きた。

柄の悪い男たち数人が、ニヤニヤしながら近づいてきたのだ。

彼らの視界には、私しか入っていないらしい。

私の背後に控える、三匹の猛獣(うち一人は他国の皇太子)が見えていないのだろうか。

「可愛い顔してるねぇ。俺たちと遊ばない?」

「あ、ごめんなさい。今、猛獣使いの仕事中で忙しいので」

私が断ると、男の一人が私の肩に手を伸ばした。

「つれないこと言うなよ。ほら、ちょっと顔見せて……」

その手が、私に触れる直前。

ゴォッ……!

凄まじい殺気が、カフェ全体を凍りつかせた。

「……おい」

「……君たち」

「……死にたいのか?」

三人の男たちが、同時に立ち上がった。

ジェラルドの背後には鬼のオーラが。

サイラスの周囲には黒い雷が。

レオナルドの瞳には捕食者の輝きが。

チンピラたちの顔色が、一瞬で青ざめた。

「ひっ、えっ、な、なんだこの圧は……!?」

「騎士団長に……魔導師筆頭……!? それにあの赤いのは……!?」

「わ、悪かった! 人違いだ!」

チンピラたちが逃げようとする。

しかし。

「逃がすか。俺のリーフィーに指一本でも触れようとした罪、万死に値する!」

ジェラルドがテーブルを飛び越えた。

「実験体が増えて嬉しいですねぇ。脳の恐怖中枢を刺激するとどうなるか、試してみましょう」

サイラスが杖を振るう。

「俺の国の法律では、皇太子の所有物を狙った賊は、象の餌と決まっている」

レオナルドが剣を抜く。

「ぎゃあああああああ!!」

商店街に、男たちの悲鳴が響き渡った。

……数分後。

「ふん、雑魚が」

「骨のない連中でしたね」

「運動にもならん」

三人はスッキリした顔で戻ってきた。

チンピラたちは、すでに星の彼方へ消え去っていた(あるいは黒焦げになって転がっていた)。

カフェの客や店員たちは、恐怖で震え上がってテーブルの下に隠れている。

私は飲みかけのアイスティーを飲み干し、静かに席を立った。

「……帰ります」

「えっ? もう帰るのか?」

「まだデザートを食べていないぞ!」

「夜はこれからだぜ?」

「帰ります!!」

私は叫んだ。

「もう、お腹いっぱいです! 貴方達と一緒にいると、寿命が縮みます!」

私は三人を置いて、早足で歩き出した。

「あっ、待てよリーフィー!」

「照れているんですね、分かります」

「追いかけっこか? 可愛い奴め」

背後から、懲りない男たちがついてくる。

トリプルデートの結果。

ときめき:ゼロ。
疲労度:マックス。
街の被害:甚大。

しかし、不思議と「嫌だ」という感情だけではなかった。

彼らが私を守ろうとしてくれたこと(過剰防衛だが)は、嘘偽りのない行動だったからだ。

「……バカな人たち」

私は小さく呟き、ほんの少しだけ笑った。

だが、この「お祭り騒ぎ」の裏で、とある影が動き出していることに、私たちはまだ気づいていなかった。

元婚約者アランと、その愛人ミナ。

彼らの歪んだ執着が、最悪の形で暴走しようとしていたのだ。
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