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「……どうぞ、おかけください」
バーベナ侯爵邸、私の自室。
これまで数々の修羅場(ドレス選びや求婚者の襲撃)が繰り広げられたこの部屋も、今は静寂に包まれていた。
招き入れたのは二人。
騎士団長、ジェラルド・アイアンサイド。
宮廷魔導師、サイラス・ヴァーミリオン。
二人は、借りてきた猫のように小さくなって、可愛らしい花柄のソファに並んで座った。
屈強な騎士と、長身の魔導師。
ソファがミシミシと悲鳴を上げている。
「……緊張するな。竜の巣に飛び込む前よりも心拍数が高い」
ジェラルド様が膝の上で拳を握りしめている。
「論理的に考えれば、結果は二分の一。確率は50パーセントですが……解析不能なエラーが出そうです」
サイラス様が眼鏡を何度も押し上げている。
私は彼らの対面に座り、深く息を吸い込んだ。
「お二人とも。……ここまで、私を守り、支えてくださって、本当にありがとうございました」
まずは感謝を。
これは嘘偽りのない本心だ。
「貴方達がいなければ、私はミナ様の嫌がらせや、アラン殿下の暴走に押し潰されていたかもしれません。……本当に、楽しかったです」
「……『楽しかった』と、過去形で言うな」
ジェラルド様が寂しげに眉を寄せる。
「これからが未来だろう? リーフィー嬢」
「ええ。ですが、この奇妙な『三角関係』は、ここで終わりです」
私は背筋を伸ばした。
「私は、どちらかお一人を選びます。……いえ、正確には、お一人の方に『ごめんなさい』を言わなくてはなりません」
部屋の空気が張り詰める。
私は視線を動かし、ある人物の瞳を真っ直ぐに見つめた。
「……サイラス様」
「……はい」
名前を呼ばれたサイラス様が、ピクリと肩を揺らした。
彼は、私の目を見て、全てを悟ったように薄く笑った。
「……やはり、僕が先ですか」
「察しが良すぎますわ」
「伊達に天才魔導師をやっていませんからね。君の魔力波長が、誰に向いているかくらい……分析しなくても分かりますよ」
サイラス様は、いつもの飄々とした態度を崩さなかったが、その声は少しだけ震えていた。
「サイラス様。貴方は素晴らしい方です。博識で、魔法が使えて、どんなトラブルも涼しい顔で解決してしまう」
「褒めても何も出ませんよ」
「貴方と一緒にいると、世界が広がります。新しい発見の連続で、退屈なんて言葉とは無縁でした」
私は言葉を選びながら、誠実に伝えた。
「でも……私が貴方に抱いている感情は、『愛』ではありませんでした」
「……」
「それは、尊敬であり、信頼であり、そして……最高の『共犯者』への友情です」
私の言葉に、サイラス様はふっと息を吐き出し、天井を仰いだ。
「……共犯者、ですか。悪くない響きだ」
彼は眼鏡を外し、素顔の瞳で私を見た。
そこには、諦めと、そして深い慈愛があった。
「分かっていましたよ。君がピンチの時、無意識に助けを求める名前が……僕ではないことくらい」
「え?」
「先ほどの自爆テロの時もそうでした。君は真っ先に、隣の筋肉ダルマの背中に隠れようとした。……僕の結界よりも、彼の肉体を信じたんです」
「……」
言われてみれば、そうかもしれない。
あの瞬間、私の体は思考するよりも先に、ジェラルド様の温もりを求めていた。
「負けました。確率論では測れない、本能の選択ですね」
サイラス様は立ち上がり、私の前まで歩いてくると、跪いて手を取った。
「リーフィー嬢。恋人にはなれませんでしたが……友人でいることは許されますか?」
「もちろんです! 貴方は私の恩人ですもの」
「良かった。なら、これからも研究室に遊びに来てください。新しいお茶とお菓子を用意して待っていますよ」
「……怪しい薬が入っていないなら」
「善処します」
サイラス様は私の手の甲にキスを落とし、そしてジェラルド様の方を向いた。
「おい、脳筋。……勝ち逃げか?」
「……すまん」
ジェラルド様が気まずそうに頭をかく。
「謝るな。腹が立つ」
サイラス様はジェラルド様の肩を杖で小突いた。
「彼女を泣かせたら、即座に『魅了魔法』で略奪するからな。覚悟しておけよ」
「フン! そんな隙は見せん!」
「……お幸せに」
サイラス様はヒラリと手を振り、空間転移魔法を発動させた。
「あばよ、リア充ども!」
シュン!
捨て台詞と共に、彼は光の粒子となって消え失せた。
「……行ってしまわれた」
私はポツリと呟いた。
彼の優しさに、胸が締め付けられるようだった。
わざと明るく振る舞い、私が罪悪感を抱かないように去っていったのだ。
「……いい男だな、あいつは」
ジェラルド様が呟く。
「ええ。……最高の魔導師様です」
部屋には、私とジェラルド様の二人だけが残された。
静寂が戻る。
しかし、さっきまでの静寂とは違う。
甘く、重く、そして心臓が破裂しそうなほどの緊張感に満ちた静寂だ。
「……さて」
ジェラルド様が、ゴクリと喉を鳴らして私に向き直った。
「サイラスは去った。レオナルドも引いた。……残るは私だけだ」
「はい」
「リーフィー嬢。……いや、リーフィー」
彼が私の名前を呼ぶ。
その声の響きだけで、体温が一度上がった気がした。
「答えを聞かせてくれ。……君は、私を選んでくれるのか?」
彼の瞳は、揺れていた。
国最強の騎士団長とは思えないほど、不安げで、少年のように無防備な瞳。
私はゆっくりと立ち上がり、彼の目の前に立った。
身長差があるため、私は彼を見上げる形になる。
「ジェラルド様。……目を閉じていただけますか?」
「え? こ、こうか?」
彼が素直に目を閉じる。
長いまつ毛が震えている。
私は爪先立ちになり、そっと彼の頬に手を添えた。
まだ、言葉にするのは恥ずかしい。
だから、行動で示そうと思った。
「……ん」
私は彼の唇に、自分の唇を軽く重ねた。
触れただけの、小鳥のようなキス。
「!!?」
ジェラルド様が目を見開き、石像のように固まった。
「……これが、私の答えです」
私は真っ赤になって顔を背けた。
「言葉で言わなくても……分かりますよね?」
数秒の沈黙。
ジェラルド様の中で、情報処理が追いついていないらしい。
「……ゆ、夢か?」
「夢じゃありません」
「……殴られてない。魔法でもない」
彼は自分の唇を指で触れた。
そして、次の瞬間。
「うおおおおおおおおおおッ!!!」
屋敷が揺れるほどの雄叫びを上げた。
「り、リーフィー!! す、好きだ!! 愛している!! 結婚してくれ!! 今すぐ!!」
「声が大きいです! 近所迷惑!」
「嬉しすぎて制御できん!!」
ジェラルド様は私を抱き上げ、部屋の中でくるくると回り始めた。
「きゃあ! 回さないで! 目が回る!」
「ああ、なんて幸せなんだ! 生きてて良かった!」
彼の単純で、真っ直ぐで、爆発的な愛情表現。
私は彼の腕の中で、呆れながらも、こみ上げる笑いを抑えられなかった。
「……もう、バカなんだから」
私のモテ期騒動は、こうして「最強の脳筋騎士」の勝利で幕を閉じた。
……はずだった。
だが、この男と付き合うということは、平穏とは程遠い日常が待っていることを、私はまだ甘く見ていたのである。
バーベナ侯爵邸、私の自室。
これまで数々の修羅場(ドレス選びや求婚者の襲撃)が繰り広げられたこの部屋も、今は静寂に包まれていた。
招き入れたのは二人。
騎士団長、ジェラルド・アイアンサイド。
宮廷魔導師、サイラス・ヴァーミリオン。
二人は、借りてきた猫のように小さくなって、可愛らしい花柄のソファに並んで座った。
屈強な騎士と、長身の魔導師。
ソファがミシミシと悲鳴を上げている。
「……緊張するな。竜の巣に飛び込む前よりも心拍数が高い」
ジェラルド様が膝の上で拳を握りしめている。
「論理的に考えれば、結果は二分の一。確率は50パーセントですが……解析不能なエラーが出そうです」
サイラス様が眼鏡を何度も押し上げている。
私は彼らの対面に座り、深く息を吸い込んだ。
「お二人とも。……ここまで、私を守り、支えてくださって、本当にありがとうございました」
まずは感謝を。
これは嘘偽りのない本心だ。
「貴方達がいなければ、私はミナ様の嫌がらせや、アラン殿下の暴走に押し潰されていたかもしれません。……本当に、楽しかったです」
「……『楽しかった』と、過去形で言うな」
ジェラルド様が寂しげに眉を寄せる。
「これからが未来だろう? リーフィー嬢」
「ええ。ですが、この奇妙な『三角関係』は、ここで終わりです」
私は背筋を伸ばした。
「私は、どちらかお一人を選びます。……いえ、正確には、お一人の方に『ごめんなさい』を言わなくてはなりません」
部屋の空気が張り詰める。
私は視線を動かし、ある人物の瞳を真っ直ぐに見つめた。
「……サイラス様」
「……はい」
名前を呼ばれたサイラス様が、ピクリと肩を揺らした。
彼は、私の目を見て、全てを悟ったように薄く笑った。
「……やはり、僕が先ですか」
「察しが良すぎますわ」
「伊達に天才魔導師をやっていませんからね。君の魔力波長が、誰に向いているかくらい……分析しなくても分かりますよ」
サイラス様は、いつもの飄々とした態度を崩さなかったが、その声は少しだけ震えていた。
「サイラス様。貴方は素晴らしい方です。博識で、魔法が使えて、どんなトラブルも涼しい顔で解決してしまう」
「褒めても何も出ませんよ」
「貴方と一緒にいると、世界が広がります。新しい発見の連続で、退屈なんて言葉とは無縁でした」
私は言葉を選びながら、誠実に伝えた。
「でも……私が貴方に抱いている感情は、『愛』ではありませんでした」
「……」
「それは、尊敬であり、信頼であり、そして……最高の『共犯者』への友情です」
私の言葉に、サイラス様はふっと息を吐き出し、天井を仰いだ。
「……共犯者、ですか。悪くない響きだ」
彼は眼鏡を外し、素顔の瞳で私を見た。
そこには、諦めと、そして深い慈愛があった。
「分かっていましたよ。君がピンチの時、無意識に助けを求める名前が……僕ではないことくらい」
「え?」
「先ほどの自爆テロの時もそうでした。君は真っ先に、隣の筋肉ダルマの背中に隠れようとした。……僕の結界よりも、彼の肉体を信じたんです」
「……」
言われてみれば、そうかもしれない。
あの瞬間、私の体は思考するよりも先に、ジェラルド様の温もりを求めていた。
「負けました。確率論では測れない、本能の選択ですね」
サイラス様は立ち上がり、私の前まで歩いてくると、跪いて手を取った。
「リーフィー嬢。恋人にはなれませんでしたが……友人でいることは許されますか?」
「もちろんです! 貴方は私の恩人ですもの」
「良かった。なら、これからも研究室に遊びに来てください。新しいお茶とお菓子を用意して待っていますよ」
「……怪しい薬が入っていないなら」
「善処します」
サイラス様は私の手の甲にキスを落とし、そしてジェラルド様の方を向いた。
「おい、脳筋。……勝ち逃げか?」
「……すまん」
ジェラルド様が気まずそうに頭をかく。
「謝るな。腹が立つ」
サイラス様はジェラルド様の肩を杖で小突いた。
「彼女を泣かせたら、即座に『魅了魔法』で略奪するからな。覚悟しておけよ」
「フン! そんな隙は見せん!」
「……お幸せに」
サイラス様はヒラリと手を振り、空間転移魔法を発動させた。
「あばよ、リア充ども!」
シュン!
捨て台詞と共に、彼は光の粒子となって消え失せた。
「……行ってしまわれた」
私はポツリと呟いた。
彼の優しさに、胸が締め付けられるようだった。
わざと明るく振る舞い、私が罪悪感を抱かないように去っていったのだ。
「……いい男だな、あいつは」
ジェラルド様が呟く。
「ええ。……最高の魔導師様です」
部屋には、私とジェラルド様の二人だけが残された。
静寂が戻る。
しかし、さっきまでの静寂とは違う。
甘く、重く、そして心臓が破裂しそうなほどの緊張感に満ちた静寂だ。
「……さて」
ジェラルド様が、ゴクリと喉を鳴らして私に向き直った。
「サイラスは去った。レオナルドも引いた。……残るは私だけだ」
「はい」
「リーフィー嬢。……いや、リーフィー」
彼が私の名前を呼ぶ。
その声の響きだけで、体温が一度上がった気がした。
「答えを聞かせてくれ。……君は、私を選んでくれるのか?」
彼の瞳は、揺れていた。
国最強の騎士団長とは思えないほど、不安げで、少年のように無防備な瞳。
私はゆっくりと立ち上がり、彼の目の前に立った。
身長差があるため、私は彼を見上げる形になる。
「ジェラルド様。……目を閉じていただけますか?」
「え? こ、こうか?」
彼が素直に目を閉じる。
長いまつ毛が震えている。
私は爪先立ちになり、そっと彼の頬に手を添えた。
まだ、言葉にするのは恥ずかしい。
だから、行動で示そうと思った。
「……ん」
私は彼の唇に、自分の唇を軽く重ねた。
触れただけの、小鳥のようなキス。
「!!?」
ジェラルド様が目を見開き、石像のように固まった。
「……これが、私の答えです」
私は真っ赤になって顔を背けた。
「言葉で言わなくても……分かりますよね?」
数秒の沈黙。
ジェラルド様の中で、情報処理が追いついていないらしい。
「……ゆ、夢か?」
「夢じゃありません」
「……殴られてない。魔法でもない」
彼は自分の唇を指で触れた。
そして、次の瞬間。
「うおおおおおおおおおおッ!!!」
屋敷が揺れるほどの雄叫びを上げた。
「り、リーフィー!! す、好きだ!! 愛している!! 結婚してくれ!! 今すぐ!!」
「声が大きいです! 近所迷惑!」
「嬉しすぎて制御できん!!」
ジェラルド様は私を抱き上げ、部屋の中でくるくると回り始めた。
「きゃあ! 回さないで! 目が回る!」
「ああ、なんて幸せなんだ! 生きてて良かった!」
彼の単純で、真っ直ぐで、爆発的な愛情表現。
私は彼の腕の中で、呆れながらも、こみ上げる笑いを抑えられなかった。
「……もう、バカなんだから」
私のモテ期騒動は、こうして「最強の脳筋騎士」の勝利で幕を閉じた。
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