婚約破棄された瞬間、不人気の呪いが解けてモテモテに!?

夏乃みのり

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「……ん」

私は恐る恐る目を開けた。

視界いっぱいに広がっていたのは、黒煙でも瓦礫の山でもなく、たくましい胸板だった。

鋼のような筋肉、微かに香る汗と鉄の匂い。

私を抱きしめていたのは、ジェラルド様だった。

彼は私を自分の体ですっぽりと覆い隠し、背中で爆風(呪いの煙)を受け止めていたのだ。

「……大丈夫か、リーフィー嬢」

頭上から降ってくる声は、いつもより低く、そして優しかった。

「ジェラルド様……! 背中、大丈夫なのですか!?」

「問題ない。鎧の下の筋肉を硬化させた。蚊に刺された程度だ」

「人間業じゃありません……」

私が彼の腕から抜け出して周囲を見ると、庭は薄紫色の霧に包まれていた。

しかし、その霧は私たちには届いていない。

私たちの周りに、透明なガラスのようなドーム状の結界が張られていたからだ。

「やれやれ。自爆呪詛とは、芸がないですね」

霧の向こうから、サイラス様がハンカチで口元を覆いながら現れた。

「『拡散防止結界』と『空気清浄化』を最大出力で展開しました。この霧、吸い込むと一週間ほど顔がカボチャになる呪いですよ」

「カボチャ……」

「そんなものをリーフィー嬢に吸わせるわけにはいきませんからね」

二人の完璧な連携によって、ミナのテロは完全に防がれていた。

霧が晴れると、そこには力尽きて座り込むミナの姿があった。

「う、嘘よ……。なんで……なんで効かないのよぉぉぉ!」

ミナは髪を振り乱し、地面を叩いて泣き叫んだ。

「私の全財産をはたいて闇市で買ったのに! あんたたちさえいなければ、私が王妃になれたのにぃぃ!」

醜い。

かつては可愛らしいとチヤホヤされていた男爵令嬢の姿は、そこにはなかった。あるのは、嫉妬と欲望に食い尽くされた、哀れな亡者の姿だけ。

「往生際が悪いぞ」

屋上から飛び降りてきたレオナルド殿下が、ミナの前に着地した。

「テメェの負けだ。実力も、覚悟も、そして美しさも……全てにおいてリーフィーの足元にも及ばねえよ」

「う、うるさい! 私はヒロインなのよ! 世界の中心なのよ!」

ミナが錯乱して叫ぶ。

その時、屋敷の門の方から、鎖の擦れる音が近づいてきた。

「おい、歩け! さっさとしろ!」

兵士に引きずられて現れたのは、泥だらけの服を着たアラン(元)王子だった。

どうやら北の国境へ護送される途中だったようだが、ミナの騒ぎを聞きつけて連れてこられたらしい。

「アラン様ぁ!」

ミナがアランを見つけて這い寄ろうとする。

しかし、アランはミナを見て、露骨に顔をしかめた。

「ひっ、来るな! お前のせいで俺は王位を失ったんだぞ! 疫病神め!」

「なっ……! ひどい! アラン様が私を唆したんじゃない! 『リーフィーよりお前がいい』って!」

「俺は騙されていたんだ! お前が猫を被っていたから! ああ、リーフィー! 俺の女神!」

アランは私の方へ向き直り、必死に手を伸ばした。

「助けてくれリーフィー! 俺が悪かった! お前の足の裏を舐めてもいい! だからこの護送を止めてくれぇぇ!」

「……」

私は二人の前に歩み寄った。

ジェラルド様とサイラス様が、万が一のために私の両脇を固める。

私は扇子を開き、口元を隠して冷ややかに二人を見下ろした。

「見苦しいですわ、お二人とも」

「リ、リーフィー……」

「アラン殿下。いいえ、アラン・元王子。貴方は最後まで、自分の失敗を他人のせいにするのですね」

「だ、だって……」

「ミナ様もです。貴女が王妃になれなかったのは、私のせいではありません。貴女自身が、努力もせず、他人を蹴落とすことしか考えていなかったからです」

私の言葉に、二人は言葉を詰まらせた。

「お似合いですわ。傷を舐め合い、責任を押し付け合いながら、北の果てで仲良く暮らしてください」

「い、嫌だぁぁ! 寒いのは嫌だぁぁ!」

「ドレスがない生活なんて無理ぃぃ!」

二人が泣き叫ぶ。

そこへ、マーサ様が近衛兵を率いて現れた。

「お遊びは終わりです。さあ、連れてお行きなさい」

「はっ!」

兵士たちがアランとミナを乱暴に引っ張り上げる。

「リーフィー! 待ってくれ! やり直そう!」

「あんたなんか呪われてしまえぇぇ!」

捨て台詞と命乞いが交錯する中、二人はズルズルと引きずられていった。

誰も彼らに同情する者はいなかった。

かつて国の未来を担うはずだった二人の若者は、自らの愚かさによって、文字通り舞台から「退場」させられたのだ。

二人の声が聞こえなくなると、庭には静寂が戻った。

「……終わったな」

ジェラルド様が呟く。

「ええ。完全に」

サイラス様が頷く。

私は、二人が消えた門の方をしばらく見つめていた。

胸の中にあるのは、悲しみでも怒りでもなく、ただ「空っぽになった」という清々しい感覚だけだった。

長年、私を縛り付けていた「婚約者」という鎖。

そして「悪役令嬢」というレッテル。

それらが全て消え去り、私は本当の意味で自由になったのだ。

「……ふぅ」

私は大きく息を吐き出し、振り返った。

そこには、私を見守る三人の男たちがいた。

ジェラルド様。
サイラス様。
レオナルド殿下(屋根から降りてきた)。

彼らは何も言わず、ただ私が前を向くのを待っていてくれた。

「皆様」

私は微笑んだ。

「お見苦しいところをお見せしました。……でも、これでやっと、前へ進めます」

「ああ、いい顔だ」

レオナルド殿下がニカッと笑う。

「さあ、邪魔者は消えた。いよいよクライマックスだぜ?」

「ええ。……約束通り、答えを出さなくてはなりませんね」

私はジェラルド様とサイラス様を見つめた。

レオナルド殿下は既に辞退されている。

残るは二人。

私の心を、人生を預ける相手は、どちらなのか。

「……場所を変えましょうか」

私は言った。

「ここでは落ち着きません。……私の部屋へ来てください」

「へっ!?」

「部屋……ですか?」

二人が動揺する。

「はい。そこでお伝えします。……私の、最後の決断を」

物語は、ついに結末へと向かう。

私が選ぶのは、最強の盾か、最高の頭脳か。

それとも――。
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