婚約破棄された瞬間、不人気の呪いが解けてモテモテに!?

夏乃みのり

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「最後は、レオナルド・ガルガディア殿下ですね」

温室を出た私は、屋敷の屋上へと向かった。

「高いところが好き」と公言していた彼のことだ。きっと一番見晴らしの良い場所にいるに違いない。

屋上の扉を開けると、予想通り、彼はそこにいた。

夕焼けに染まる空を背に、手すりに腰掛け、リンゴを片手で放り投げている。

足元には、なぜか脱走したはずのホワイトタイガーが大人しく伏せている。

「遅かったな、リーフィー」

レオナルド殿下が振り返る。

逆光の中で、その褐色の肌と金の瞳がギラリと輝いた。

「待ちくたびれて、リンゴを3個も食べてしまったぞ」

「それはどうも。……さて、殿下」

私は風に髪を押さえながら、彼の前に立った。

「貴方の番です。何か言いたいことは?」

レオナルド殿下はリンゴを虎に放ってやり(虎が空中でキャッチした)、ニッと笑って私を見下ろした。

「俺は回りくどいことは嫌いだ。単刀直入に言う」

彼はドカッと私の前に着地し、私の顔を覗き込んだ。

「俺の国に来い。俺の女になれ」

「……知っています。最初からそう仰っていました」

「ああ。だが、少し条件を変えてやる」

彼は私の顎を指で持ち上げた。

「『側室』はやめた。お前を『正妃』にしてやる」

「……へえ」

「俺の隣で、俺と共に帝国を支配しろ。お前のその度胸、その美貌、そして俺をも手玉に取るその才覚……。我が国の女帝に相応しい」

レオナルド殿下は、腕を広げて空を仰いだ。

「この国は狭すぎる。お前のような傑物を収める器じゃない。あんなバカ王子や、陰湿な貴族社会……お前には窮屈だろう?」

「……」

「俺の国なら、力こそが正義だ。お前が望むなら、軍隊の指揮権もやる。政治の実権もやる。象の群れもやる。……どうだ? 世界を手に入れたくはないか?」

あまりにもスケールの大きい口説き文句。

「愛してる」とか「好きだ」なんて言葉は一つもない。

ただ、「お前の価値を誰よりも高く買っている」という、彼なりの最大限の敬意と評価。

それは、かつて「無能な悪役令嬢」として扱われてきた私にとって、ある意味で最も甘美な誘惑だったかもしれない。

「……魅力的なお話ですね」

私は正直に答えた。

「貴方の国に行けば、私は自由になれる。誰にも縛られず、自分の力を試せる」

「そうだろ? なら、今すぐ象に乗れ。国境までパレードだ」

レオナルド殿下が手を差し出す。

その手を取れば、私は「帝国の女帝」としての未来を約束される。

けれど。

私はゆっくりと首を横に振った。

「お断りします」

「……ああん?」

レオナルド殿下の眉がピクリと動いた。

「条件が不満か? なら俺の私財を全部やる。無人島も10個つける」

「違います。条件の問題ではありません」

私は真っ直ぐに彼の瞳を見つめた。

「私の居場所は、この国だからです」

「……この国だと? お前を冷遇し、捨てた国だぞ?」

「ええ。確かにバカ王子もいましたし、理不尽なこともありました。……でも」

私は屋上の手すりから、眼下に広がる王都の街並みを見下ろした。

「私を育ててくれた家族がいます。私を『聖女』と呼んでくれた街の人たちがいます。そして……」

私は二人の男の顔を思い浮かべた。

「私を守ろうとしてくれた、不器用な騎士と、変人な魔導師がいます」

「……」

「私は、この国が好きなんです。泥臭くて、面倒で、でも温かいこの場所が。……だから、貴方の国へは行けません」

私の言葉に、レオナルド殿下はしばらく黙り込んでいた。

虎が心配そうに「グルル」と喉を鳴らす。

怒るだろうか。

プライドの高い彼のことだ、「俺を拒絶するとは何事だ」と暴れ出すかもしれない。

私は身構えた。

しかし。

「……クックック」

レオナルド殿下の肩が震えた。

そして。

「ガハハハハハ!!」

彼は腹を抱えて大爆笑した。

「傑作だ! 帝国の皇太子の求婚を、『この国が好きだから』という理由で蹴るとは! 欲のない女だ!」

「笑い事ではありません。真剣です」

「分かっている! だから面白いんだ!」

レオナルド殿下は涙を拭い、清々しい顔で私を見た。

「いいだろう。振られた俺が言うのもなんだが……お前は、本当にいい女だ」

彼は私の頭を、大きな手でガシガシと撫でた。

「髪が乱れます!」

「俺の国に来ないのは残念だが、無理強いはしねぇ。……惚れた女が泣く顔は見たくないからな」

「殿下……」

「その代わり、俺は『友人』としてお前を支援してやる。もしこの国でまた理不尽な目に遭ったら言え。すぐに軍を率いて助けに来てやる」

「それは侵略行為なのでやめてください」

「ガハハ! 冗談だ(多分)」

レオナルド殿下はニヤリと笑い、私の背中をバンと叩いた。

「行け、リーフィー。お前を待っている奴らがいるだろう?」

「……はい」

「俺はここで高みの見物といかせてもらう。お前が最後に誰を選ぶのか……楽しみにしているぜ」

「ありがとうございます、レオナルド殿下」

私は深く一礼した。

彼は豪快で、乱暴で、でも誰よりも男気のある人だった。

「では、失礼します」

私が屋上の扉に向かうと、背後で彼が呟いた。

「……ま、あいつらなら、お前を任せても悪くねぇか」

その声は、優しく、そして少しだけ寂しげに響いた。



屋上を降りた私は、庭へと戻った。

そこには、ジェラルド様とサイラス様が、ソワソワしながら待っていた。

「戻ったぞ!」

「レオナルド殿下の魔力反応、沈静化していますね。……戦闘にはならなかったようだ」

二人が私に駆け寄ってくる。

「どうだった? あいつ、暴れなかったか?」

「ええ。とても紳士的に……いえ、豪快に引いてくださいました」

「そうか。……あいつ、意外といい奴だな」

「強敵が一人減りましたね」

二人は顔を見合わせ、そして同時に私に向き直った。

「リーフィー嬢」

「リーフィー嬢」

二つの真剣な眼差し。

レオナルド殿下という選択肢が消えた今、残るは二人。

騎士団長か、宮廷魔導師か。

最強の盾か、最高の頭脳か。

私の心は、もう決まっていた。

「……お二人とも」

私は息を整え、最後の決断を口にしようとした。

しかし、その時だった。

「待ってぇぇぇぇ!!」

屋敷の門の方から、聞き慣れない……いや、どこかで聞いたことのある金切り声が響いてきた。

「え?」

振り返ると、ボロボロの修道服を着た女性が、門番を振り切って走ってくるのが見えた。

髪はザンバラ、顔は泥だらけ。

でも、その憎々しげな目つきには見覚えがあった。

「……ミナ様?」

修道院送りになったはずの彼女が、なぜここに?

「許さない……許さないわよリーフィー! あんただけ幸せになるなんて!」

ミナの手には、怪しげな黒い水晶玉が握られていた。

エミールが持っていたものと同じ、呪いのアイテムだ。

「最後の足掻きですね」

サイラス様が冷ややかに言う。

「させん!」

ジェラルド様が前に出る。

しかし、ミナは狂ったように笑い、水晶玉を地面に叩きつけた。

「みんな道連れよぉぉぉ!!」

パリーン!!

砕けた水晶から、どす黒い煙が噴き出し、庭全体を飲み込もうと広がった。

「これは……『自爆呪詛』か!?」

「広範囲結界! 間に合わない!」

とっさの事態。

私の視界が黒く染まる直前、誰かが強く私を抱きしめた。

「リーフィー、伏せろッ!!」

その太い腕と、温かい体温。

私は、その瞬間に確信した。

私が本当に求めていた「安心感」が、誰のものだったのかを。
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