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「……ああ、違うんだ。そのリボンの角度ではないのだ、マリア」
王都、放逐されたキキのいなくなった王宮の一室。
セドリック皇太子は、鏡の前で着飾るマリアを見て、深い溜息をついた。
以前なら、ここで間髪入れずに「そのリボン、まるで獲れたてのカニの足が絡まっているようですわね」という、キレのある罵倒が飛んできたはずだった。
「ええっ? 殿下、このリボン、とってもキュートですわ! 今の流行なんですのよ?」
マリアが首を傾げ、甘ったるい声を出す。
だが、セドリックの心には響かない。
むしろ、その「ふわふわした可愛さ」が、今はひどく退屈で、無味乾燥なものに感じられた。
「流行、か……。だが、キキならこう言うだろうな。『流行とは追うものではなく、作るものですわ。あなたはただ、流行という名の波に飲まれて溺れている不審者ですわね』と……」
「殿下! どうしてそんな、あのおそろしい方の真似をなさるのですか? あの方はもう、辺境で泥にまみれて泣いているはずですわ!」
マリアが不機嫌そうに頬を膨らませる。
セドリックは視線を落とし、手元にある「レオナルトの吐息」の石鹸を見つめた。
王都で飛ぶように売れている、あのキキがプロデュースしたという石鹸だ。
「泣いているだと? ……マリア、これを見てみろ。彼女は泣くどころか、隣国の大公を従えて、王都中の女たちを熱狂させている。……私は、とんでもない損失を被ったのではないか?」
セドリックの脳裏に、かつて自分を「レタス」と呼んだキキの、自信に満ちた笑顔が浮かぶ。
毒舌。高飛車。傲慢。
だが、彼女の周りにはいつも、鮮やかな「色」があった。
今のマリアとの生活は、まるで味のしない砂糖菓子を延々と食べさせられているような、そんな感覚だった。
「……キキ。君のあの、心臓を抉るような鋭いツッコミが、なぜか……なぜか、恋しいのだ……」
「殿下! しっかりしてくださいませ!」
マリアの叫びも、今のセドリックの耳には、遠い風の音のようにしか聞こえなかった。
---
「クシュンッ! ……あら、誰かが私の噂をしていますわね。きっと、センスの良すぎる私の石鹸に感動して、涙を流しているファンだわ!」
場所は変わって、活気に満ち溢れる辺境の領主館。
私はアンナが差し出す新しい図面を広げ、満足げに鼻を鳴らした。
「お嬢様、王都ではセドリック殿下がマリア様と喧嘩ばかりしているという噂です。お嬢様の不在を嘆いているとか」
アンナが淡々と、けれど少しだけ楽しそうに報告する。
「今さら遅いですわ。失ってから気づくのは、安物の靴を買って靴擦れした時だけにしていただきたいものですわね。それよりアンナ、次のプロジェクトの準備は?」
「はい。領地特産の『シャイニー・ウール』を使った、新作ドレスの試作が完了いたしました。バドさんたちの織った布地は、驚くほど軽くて光沢があります」
「素晴らしいわ! 泥臭い辺境だと思っていたけれど、このウールは宝石以上の価値があるわね。……よし、決めましたわ! アンナ、レオナルト様を呼んできて!」
「はーい、お嬢様。……あ、レオナルト様なら、あちらで自主的に『腹筋』に励んでおられます」
アンナが指さした先には、庭でシャツの袖をまくり上げ、ストイックに体を鍛えているレオナルト様の姿があった。
……まあ、なんてこと!
汗に濡れた銀髪が陽光を反射して、もはや直視できないほどの輝きを放っているではないの!
「レオナルト様! トレーニングの最中に失礼しますわ! あなたのその、リフォームされた完璧な肉体……いいえ、素材を、さらに輝かせる場所を用意しましたわよ!」
レオナルト様が動きを止め、タオルで汗を拭いながらこちらを振り向いた。
その仕草一つで、村の若い娘なら三人は気絶するわね。
「……今度は何だ、キキ。石鹸の次は、何を売るつもりだ?」
「売るだけではありませんわ。魅せるのです! 題して『第一回・ボルドー辺境ファッションコレクション』! あなたには、この領地のウールを纏った『メインモデル』として、ランウェイを歩いていただきますわ!」
「……ランウェイ? また、見せ物になれと言うのか?」
レオナルト様が呆れたように肩をすくめる。
だが、その瞳には以前のような拒絶の色はない。
むしろ「次はどんな面白いことを仕掛けてくるんだ?」という、好奇心が見え隠れしている。
「見せ物ではありません、芸術ですわ! 辺境を、王都以上の流行発信地にする。そのためには、圧倒的な『美』の象徴が必要なのです。……レオナルト様、あなたにしかできない、最高にクールな仕事だと思いませんか?」
私は彼に歩み寄り、その整った顔を覗き込んだ。
「……君にそう言われると、断れる気がしないのが癪だな。分かった、歩けばいいのだろう? その代わり、衣装には私の意見も少しは取り入れてもらうぞ」
「あら、色気づきましたわね! 素晴らしい向上心ですわ! アンナ、レオナルト様の採寸をやり直して! 筋肉が増えた分、シルエットをさらに絞り込みますわよ!」
「承知いたしました、お嬢様。地獄のフィッティングが始まりますね」
「地獄とは失礼な! 最高の美へと至る『天国の階段』ですわよ! おーっほっほっほ!」
私の笑い声が、青く澄み渡った辺境の空に響き渡る。
王都でレタス殿下がメソメソしている間に、私たちは次のステージへ進む。
辺境が、王都を飲み込む日は近い。
さあ、世界を私の色に染め上げてあげますわよ!
王都、放逐されたキキのいなくなった王宮の一室。
セドリック皇太子は、鏡の前で着飾るマリアを見て、深い溜息をついた。
以前なら、ここで間髪入れずに「そのリボン、まるで獲れたてのカニの足が絡まっているようですわね」という、キレのある罵倒が飛んできたはずだった。
「ええっ? 殿下、このリボン、とってもキュートですわ! 今の流行なんですのよ?」
マリアが首を傾げ、甘ったるい声を出す。
だが、セドリックの心には響かない。
むしろ、その「ふわふわした可愛さ」が、今はひどく退屈で、無味乾燥なものに感じられた。
「流行、か……。だが、キキならこう言うだろうな。『流行とは追うものではなく、作るものですわ。あなたはただ、流行という名の波に飲まれて溺れている不審者ですわね』と……」
「殿下! どうしてそんな、あのおそろしい方の真似をなさるのですか? あの方はもう、辺境で泥にまみれて泣いているはずですわ!」
マリアが不機嫌そうに頬を膨らませる。
セドリックは視線を落とし、手元にある「レオナルトの吐息」の石鹸を見つめた。
王都で飛ぶように売れている、あのキキがプロデュースしたという石鹸だ。
「泣いているだと? ……マリア、これを見てみろ。彼女は泣くどころか、隣国の大公を従えて、王都中の女たちを熱狂させている。……私は、とんでもない損失を被ったのではないか?」
セドリックの脳裏に、かつて自分を「レタス」と呼んだキキの、自信に満ちた笑顔が浮かぶ。
毒舌。高飛車。傲慢。
だが、彼女の周りにはいつも、鮮やかな「色」があった。
今のマリアとの生活は、まるで味のしない砂糖菓子を延々と食べさせられているような、そんな感覚だった。
「……キキ。君のあの、心臓を抉るような鋭いツッコミが、なぜか……なぜか、恋しいのだ……」
「殿下! しっかりしてくださいませ!」
マリアの叫びも、今のセドリックの耳には、遠い風の音のようにしか聞こえなかった。
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「クシュンッ! ……あら、誰かが私の噂をしていますわね。きっと、センスの良すぎる私の石鹸に感動して、涙を流しているファンだわ!」
場所は変わって、活気に満ち溢れる辺境の領主館。
私はアンナが差し出す新しい図面を広げ、満足げに鼻を鳴らした。
「お嬢様、王都ではセドリック殿下がマリア様と喧嘩ばかりしているという噂です。お嬢様の不在を嘆いているとか」
アンナが淡々と、けれど少しだけ楽しそうに報告する。
「今さら遅いですわ。失ってから気づくのは、安物の靴を買って靴擦れした時だけにしていただきたいものですわね。それよりアンナ、次のプロジェクトの準備は?」
「はい。領地特産の『シャイニー・ウール』を使った、新作ドレスの試作が完了いたしました。バドさんたちの織った布地は、驚くほど軽くて光沢があります」
「素晴らしいわ! 泥臭い辺境だと思っていたけれど、このウールは宝石以上の価値があるわね。……よし、決めましたわ! アンナ、レオナルト様を呼んできて!」
「はーい、お嬢様。……あ、レオナルト様なら、あちらで自主的に『腹筋』に励んでおられます」
アンナが指さした先には、庭でシャツの袖をまくり上げ、ストイックに体を鍛えているレオナルト様の姿があった。
……まあ、なんてこと!
汗に濡れた銀髪が陽光を反射して、もはや直視できないほどの輝きを放っているではないの!
「レオナルト様! トレーニングの最中に失礼しますわ! あなたのその、リフォームされた完璧な肉体……いいえ、素材を、さらに輝かせる場所を用意しましたわよ!」
レオナルト様が動きを止め、タオルで汗を拭いながらこちらを振り向いた。
その仕草一つで、村の若い娘なら三人は気絶するわね。
「……今度は何だ、キキ。石鹸の次は、何を売るつもりだ?」
「売るだけではありませんわ。魅せるのです! 題して『第一回・ボルドー辺境ファッションコレクション』! あなたには、この領地のウールを纏った『メインモデル』として、ランウェイを歩いていただきますわ!」
「……ランウェイ? また、見せ物になれと言うのか?」
レオナルト様が呆れたように肩をすくめる。
だが、その瞳には以前のような拒絶の色はない。
むしろ「次はどんな面白いことを仕掛けてくるんだ?」という、好奇心が見え隠れしている。
「見せ物ではありません、芸術ですわ! 辺境を、王都以上の流行発信地にする。そのためには、圧倒的な『美』の象徴が必要なのです。……レオナルト様、あなたにしかできない、最高にクールな仕事だと思いませんか?」
私は彼に歩み寄り、その整った顔を覗き込んだ。
「……君にそう言われると、断れる気がしないのが癪だな。分かった、歩けばいいのだろう? その代わり、衣装には私の意見も少しは取り入れてもらうぞ」
「あら、色気づきましたわね! 素晴らしい向上心ですわ! アンナ、レオナルト様の採寸をやり直して! 筋肉が増えた分、シルエットをさらに絞り込みますわよ!」
「承知いたしました、お嬢様。地獄のフィッティングが始まりますね」
「地獄とは失礼な! 最高の美へと至る『天国の階段』ですわよ! おーっほっほっほ!」
私の笑い声が、青く澄み渡った辺境の空に響き渡る。
王都でレタス殿下がメソメソしている間に、私たちは次のステージへ進む。
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さあ、世界を私の色に染め上げてあげますわよ!
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