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「お嬢様、大変です。王都から『王宮専属ファッション評論家』を名乗る人物が、この領地に到着いたしました。マリア様の差し金のようです」
アンナが持ってきた名刺には、金文字で『バロン・ド・ダサール』と記されていた。
名前からしてすでに不穏な空気が漂っているわね。
「あら、評論家様? わざわざこんな辺境まで、私のセンスに指導を仰ぎに来たのかしら。殊勝な心がけですわね」
「いいえ、お嬢様。彼は『辺境の野蛮な衣類が王都の風紀を乱している』として、公式な抗議と視察を目的としているようです」
私は鏡の前で新作の帽子を試着しながら、ふっと口角を上げた。
抗議? 視察? 上等ですわ。
退屈な準備期間に、ちょうどいい「サンドバッグ」が向こうから歩いてきてくれたんですもの。
「お通ししてちょうだい。それとレオナルト様、出番ですわよ! あなたのその『歩く芸術品』としての実力を見せつけて差し上げなさい!」
「……やれやれ。今度は評論家相手にか。私の大公としての威厳は、もはやキキの私物だな」
隣の部屋から、呆れ顔のレオナルト様が登場した。
今の彼は、私がデザインした「夜空の静寂(しじま)」と名付けた、深い紺色の軍服風ジャケットを纏っている。
立ち姿だけで銀河を支配できそうな神々しさだわ。
応接室へ向かうと、そこには派手な羽飾りのついた帽子を被り、やたらと大きなモノクル(片眼鏡)をかけた男が、踏んぞり返って座っていた。
「ふん、君が追放されたボルドー家の娘か。私はバロン・ド・ダサール。王宮の流行を司る、美の守護者だ」
「あら、美の守護者? その格好でよく仰いましたわね。その帽子の羽、もしかして今朝ゴミ捨て場で拾ったカラスの羽かしら?」
「な、何を! これは南国の希少な鳥の……!」
「色のバランスが絶望的ですわ。その毒々しい紫色のジャケットに、その羽。まるで『食中毒を起こしたクジャク』にしか見えませんわよ。バロン様、鏡とお友達になることをお勧めしますわ」
バロンは顔を真っ赤にし、プルプルと震えながらモノクルを直した。
「貴様……! 追放者の分際で、私の完璧なコーディネートに難癖をつけるとは! 殿下とマリア様が仰った通り、ここは野蛮な魔窟だ! こんなところでファッションショーなど、国家の恥晒しだ!」
「恥晒し? いいえ、これは『啓蒙』ですわ。バロン様、そんなに自信がおありなら、あちらに立っている私のモデルをご覧になってはいかが?」
私は扉の影に控えていたレオナルト様に、優雅に手招きをした。
「……失礼する」
レオナルト様が一歩、部屋に足を踏み入れる。
その瞬間、バロンの持っていた杖が床に落ちて、乾いた音を立てた。
モノクルが目から外れ、彼の口はあんぐりと開いたまま塞がらない。
「……な、なんだ。この、圧倒的な『正解』は……」
「いかが? バロン様。これが辺境のウールと、私のセンス、そしてこの方の『素材の暴力』が合わさった結果ですわ。あなたのその、古臭いマニュアルに載っている『美』とは、次元が違うと思いませんこと?」
「ありえん……。辺境に、これほどまでの仕立てができる職人がいるはずが……。それにこの男、一体何者だ!? この気品、王都のどの貴族も足元に及ばぬ……!」
「彼は私の大事なビジネスパートナーですわ。さて、バロン様。あなたは『視察』に来たのでしたわね? なら、徹底的に見ていってくださいな。私のセンスが、いかにしてこの『グレーの世界』を塗り替えていくのかを!」
私はバロンの胸元に、一輪の洗練された青いコサージュを突き刺した。
「とりあえず、その死んだカラスの羽は没収ですわ。このコサージュでもつけて、少しは『今』という時代の空気を感じなさい。さあ、アンナ! 彼をリハーサル会場へ案内して!」
「かしこまりました。バロン様、足元にご注意を。お嬢様のセンスに当てられて、知恵熱を出さないようにお気をつけくださいね」
「ま、待て! 私はまだ納得したわけでは……う、美しい……この青色、どうやって出したのだ……」
バロンは文句を言いながらも、コサージュの色彩に目を奪われ、ふらふらとアンナに連行されていった。
「……また一人、被害者が増えたな」
レオナルト様が、少しだけ楽しそうに呟いた。
「被害者だなんて失礼ね。彼は今、人生で最も幸福な『洗脳』を受けている最中ですわ。さあ、レオナルト様。評論家を味方につければ、王都への宣伝効果は倍増です。ファッションショーの本番、さらに気合を入れていきますわよ!」
「ああ、分かったよ。……君の隣にいると、世界が退屈する暇がなくていい」
レオナルト様が、不意に私の髪に触れ、優しく微笑んだ。
……あら? 今の表情、今の距離感。
リフォームの計画表にはなかった、妙な「動悸」が私を襲ったけれど、私はそれを「創作への情熱」だと思い込むことにして、全力で高笑いをした。
王都の皆さん、刺客は大成功(私にとって)でしたわ!
本番のランウェイで、腰を抜かす準備はできていて?
アンナが持ってきた名刺には、金文字で『バロン・ド・ダサール』と記されていた。
名前からしてすでに不穏な空気が漂っているわね。
「あら、評論家様? わざわざこんな辺境まで、私のセンスに指導を仰ぎに来たのかしら。殊勝な心がけですわね」
「いいえ、お嬢様。彼は『辺境の野蛮な衣類が王都の風紀を乱している』として、公式な抗議と視察を目的としているようです」
私は鏡の前で新作の帽子を試着しながら、ふっと口角を上げた。
抗議? 視察? 上等ですわ。
退屈な準備期間に、ちょうどいい「サンドバッグ」が向こうから歩いてきてくれたんですもの。
「お通ししてちょうだい。それとレオナルト様、出番ですわよ! あなたのその『歩く芸術品』としての実力を見せつけて差し上げなさい!」
「……やれやれ。今度は評論家相手にか。私の大公としての威厳は、もはやキキの私物だな」
隣の部屋から、呆れ顔のレオナルト様が登場した。
今の彼は、私がデザインした「夜空の静寂(しじま)」と名付けた、深い紺色の軍服風ジャケットを纏っている。
立ち姿だけで銀河を支配できそうな神々しさだわ。
応接室へ向かうと、そこには派手な羽飾りのついた帽子を被り、やたらと大きなモノクル(片眼鏡)をかけた男が、踏んぞり返って座っていた。
「ふん、君が追放されたボルドー家の娘か。私はバロン・ド・ダサール。王宮の流行を司る、美の守護者だ」
「あら、美の守護者? その格好でよく仰いましたわね。その帽子の羽、もしかして今朝ゴミ捨て場で拾ったカラスの羽かしら?」
「な、何を! これは南国の希少な鳥の……!」
「色のバランスが絶望的ですわ。その毒々しい紫色のジャケットに、その羽。まるで『食中毒を起こしたクジャク』にしか見えませんわよ。バロン様、鏡とお友達になることをお勧めしますわ」
バロンは顔を真っ赤にし、プルプルと震えながらモノクルを直した。
「貴様……! 追放者の分際で、私の完璧なコーディネートに難癖をつけるとは! 殿下とマリア様が仰った通り、ここは野蛮な魔窟だ! こんなところでファッションショーなど、国家の恥晒しだ!」
「恥晒し? いいえ、これは『啓蒙』ですわ。バロン様、そんなに自信がおありなら、あちらに立っている私のモデルをご覧になってはいかが?」
私は扉の影に控えていたレオナルト様に、優雅に手招きをした。
「……失礼する」
レオナルト様が一歩、部屋に足を踏み入れる。
その瞬間、バロンの持っていた杖が床に落ちて、乾いた音を立てた。
モノクルが目から外れ、彼の口はあんぐりと開いたまま塞がらない。
「……な、なんだ。この、圧倒的な『正解』は……」
「いかが? バロン様。これが辺境のウールと、私のセンス、そしてこの方の『素材の暴力』が合わさった結果ですわ。あなたのその、古臭いマニュアルに載っている『美』とは、次元が違うと思いませんこと?」
「ありえん……。辺境に、これほどまでの仕立てができる職人がいるはずが……。それにこの男、一体何者だ!? この気品、王都のどの貴族も足元に及ばぬ……!」
「彼は私の大事なビジネスパートナーですわ。さて、バロン様。あなたは『視察』に来たのでしたわね? なら、徹底的に見ていってくださいな。私のセンスが、いかにしてこの『グレーの世界』を塗り替えていくのかを!」
私はバロンの胸元に、一輪の洗練された青いコサージュを突き刺した。
「とりあえず、その死んだカラスの羽は没収ですわ。このコサージュでもつけて、少しは『今』という時代の空気を感じなさい。さあ、アンナ! 彼をリハーサル会場へ案内して!」
「かしこまりました。バロン様、足元にご注意を。お嬢様のセンスに当てられて、知恵熱を出さないようにお気をつけくださいね」
「ま、待て! 私はまだ納得したわけでは……う、美しい……この青色、どうやって出したのだ……」
バロンは文句を言いながらも、コサージュの色彩に目を奪われ、ふらふらとアンナに連行されていった。
「……また一人、被害者が増えたな」
レオナルト様が、少しだけ楽しそうに呟いた。
「被害者だなんて失礼ね。彼は今、人生で最も幸福な『洗脳』を受けている最中ですわ。さあ、レオナルト様。評論家を味方につければ、王都への宣伝効果は倍増です。ファッションショーの本番、さらに気合を入れていきますわよ!」
「ああ、分かったよ。……君の隣にいると、世界が退屈する暇がなくていい」
レオナルト様が、不意に私の髪に触れ、優しく微笑んだ。
……あら? 今の表情、今の距離感。
リフォームの計画表にはなかった、妙な「動悸」が私を襲ったけれど、私はそれを「創作への情熱」だと思い込むことにして、全力で高笑いをした。
王都の皆さん、刺客は大成功(私にとって)でしたわ!
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