婚約破棄? 結構です! ついでにこの国のダサいセンスも断捨離!

夏乃みのり

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「……いたぞ、キキだ! あのおぞましい隣国の大公がいない隙を狙え! 彼女を馬車に放り込めば、私の勝ちだ!」


月明かりが領主館の裏庭を照らす深夜。
茂みの中から、鼻息を荒くしたセドリック殿下が姿を現した。
その後ろには、買収されたのか、はたまた殿下のポエムの被害者なのか、数人の兵士が黒装束を纏って控えている。


「殿下、本当にやるのですか? この館の門番、以前の騎士団長ハンス様ですよ? 見つかったらフリフリのエプロンを着せられると……」


「黙れ! 私は皇太子だぞ! キキを連れ戻し、あの素晴らしいツッコミを再び我が物にするのだ! ……さあ、行くぞ!」


セドリック殿下が私の寝室に繋がるテラスへ梯子をかけようとした、その時だった。


「あら、殿下。夜這いにしては、随分と賑やかな登場ですわね。近所迷惑という言葉、王宮の辞書には載っていませんの?」


パッと魔法の明かりが灯り、テラスの扉が勢いよく開いた。
そこには、シルクのナイトウェアの上に、最高級のガウンを羽織った私が、優雅に扇をパタパタさせながら立っていた。


「き、キキ……!? なぜ起きている! それにその格好、寝る時までそんなに隙がないのか!」


「当然ですわ。いつ何時、泥棒や『センスの悪い元婚約者』が不法侵入してくるか分かりませんもの。身だしなみを整えておくのは淑女のたしなみですわよ」


私はテラスの手すりに寄りかかり、眼下のセドリック殿下を冷ややかな目で見下ろした。


「殿下、その黒装束は何かしら? 『闇に紛れる』つもりでしょうけれど、その生地、安物のポリエステルでしょう? 月の光を反射してテカテカ光っていますわよ。まるで見つけてくれと言わんばかりの、自己主張の激しいカラスですわね」


「テカテカ……!? くっ、これが一番隠密性が高いと商人が……!」


「騙されましたわね。本物の隠密なら、マットな質感のミッドナイトブルーを選ぶべきですわ。……で、そんなダサい格好で、私をどうなさるつもり?」


「キキ、黙って私についてこい! お前がいなくなってから、私の生活はモノクロームなのだ! マリアは鏡ばかり見て私の話を聞かないし、家臣たちは私のファッションに何も言ってくれない! 私には、お前の毒舌が必要なのだ!」


セドリック殿下が、必死の形相で梯子を登り始めた。
もはや拉致というより、ただのストーカーの泣き言ですわね。


「お断りですわ。私は今、レオナルト様と一緒に、辺境を『虹色の帝国』に塗り替える作業で忙しいのです。殿下のモノクロな人生を彩ってあげる義理はありませんわ」


「わがままを言うな! 力ずくでも……うわっ!?」


殿下がテラスに手をかけようとした瞬間、影からヌッと大きな男が現れた。
元・騎士団長のハンスだ。
彼は今の制服である「スタイリッシュな執事服」の袖をまくり、殿下の襟首をひょいと掴み上げた。


「殿下。お嬢様の安眠を妨げるのは、この地の法律で『極刑……あるいは強制ファッション改造刑』に処される重罪ですが?」


「ハ、ハンス! 貴様、自分の主君を忘れたのか!」


「私の主君は、美味しい食事と、イケてる服と、キキ様の爽快な罵倒をくれるこの館だけだ。……ほら、野郎ども! こいつらを『更生室』へ連れて行け!」


ハンスの合図で、茂みから続々と「ファッション騎士団」が現れた。
彼らは流れるような連携で、黒装束の兵士たちを捕らえていく。


「やめろ! 私は皇太子だぞ! ああっ、このピンクの縄は何だ! 結び目がリボンになっているぞ!」


「あら、おしゃれでしょう? アンナが開発した、解こうとすればするほど香水の匂いがキツくなる『拘束リボン』ですわ」


私はテラスから、連行されていくセドリック殿下に最後のアドバイスを送ってあげた。


「殿下。拉致をするなら、せめて相手が『連れ去られたい』と思うような、ドラマチックな演出と衣装を用意なさることね。……今のあなたは、ただの『夜中に騒ぐ近所の迷惑なナスビ』ですわよ」


「ナスビ……! またナスビと言ったなーっ!」


殿下の絶叫が夜の森に消えていく。
それを見届けてから、私はふぅと溜息をついた。


「……お疲れ様、キキ」


背後から、温かな体温が私を包み込んだ。
いつの間にか寝室に入っていたレオナルト様が、私の肩に手を置いている。


「レオナルト様。見ていらしたの?」


「ああ。ハンスたちだけで十分だと思ったが、万が一君に指一本でも触れられたら、王都を火の海にする準備はできていた」


「まあ、過激ですわね。でも、その独占欲……嫌いじゃありませんわよ」


私は彼の腕の中で、心地よい疲れを感じながら目を閉じた。
元婚約者の拉致未遂事件。
それは、私の輝かしい辺境生活における、ほんの些細なスパイスに過ぎなかったのである。


「……明日、あの殿下をどう料理して差し上げましょうか、レオナルト様?」


「そうだな。とりあえず、一番派手なドレスを着せて、一日中広場で石鹸を売らせるというのはどうだ?」


「おほほ! 名案ですわ! 採用!」


私たちは夜の静寂の中で、新しい「罰ゲーム」の計画を楽しそうに練り始めた。
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