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リリアナたちが衛兵に連行されていくと、嘘のような静寂が、王宮の庭園を包み込んだ。
残された貴族たちは、誰からともなく、マリアンへと視線を向ける。その眼差しには、もはや侮蔑の色はない。あるのは、畏怖と、尊敬と、そしてほんの少しの罪悪感だった。
やがて、国王ジェラルド三世が、玉座からゆっくりと降り立ち、マリアンとアレクシスの元へと歩み寄ってきた。
まず、国王は、アレクシスに向かって、深く頷いてみせた。
「ヴァイス団長。今回も、見事であった。お前のその慧眼と、揺るぎない忠誠心に、朕は改めて感謝する」
「はっ。身に余る光栄でございます」
アレクシスは、静かに、しかし力強く応えた。
次に、国王は、その温和な視線をマリアンへと向けた。その瞳には、確かな労いの色が浮かんでいる。
「そして、マリアン嬢。そなたには、我が国の愚かな者たちのせいで、実に酷な思いをさせてしまった。王として、心から詫びる。すまなかったな」
「もったいないお言葉にございます、陛下」
「この度のそなたの功績は、決して忘れん。そなたのその勇気と、誇り高き職人魂は、賞賛に値する。後日、改めて、王家より褒賞を授けようぞ」
その申し出に、マリアンは、貴族令嬢としてではなく、一人のカフェの店主として、にっこりと微笑んで首を振った。
「陛下、そのお言葉だけで、充分でございます。わたくしは、ただ、わたくしの淹れるコーヒーと、心を込めて作った菓子に、誇りを持っているだけでございますので」
その、あまりにもあっけらかんとした、しかし芯の通った答えに、国王は一瞬きょとんとした後、実に愉快そうに、声を上げて笑った。
「はっはっは! そうか、そうか! 道理でうまいわけだ! 気に入ったぞ、そなた!」
国王が満足げに去っていくと、後に残されたのは、マリアンと、そして、少し離れた場所で、ただ一人、立ち尽くしているエドワード王太子だった。
彼は、まるで初めて見るもののように、呆然とマリアンを見つめていた。その顔には、血の気もなく、ただ深い、深い後悔の色だけが浮かんでいる。
アレクシスが、マリアンを庇うように、一歩前に出ようとするのを、マリアンは、そっとその腕に手を触れて制した。
これは、自分が向き合わなければならない、過去の清算なのだから。
エドワードは、おぼつかない足取りで、ゆっくりとマリアンの前に進み出た。そして、次に彼が取った行動に、その場に残っていた誰もが、息をのんだ。
この国の王太子が、次代の王となるべき男が、一介の平民(今は、そういうことになっている)であるマリアンに対し、深く、深く、その頭を下げたのだ。
「……マリアン」
くぐもった、か細い声が、彼の口から漏れた。
「……本当に、すまなかった」
顔を上げられないまま、エドワードは、絞り出すように言葉を続けた。
「私は……どこまでも、愚かだった。リリアナの言葉だけを鵜呑みにし、君という人間の本質を、その強さを、そして優しさを、何一つとして、見ていなかった。私は……君を公衆の面前で辱め、深く傷つけた。君の元婚約者である資格も、この国の王太子である資格さえも、本当はなかったのかもしれない」
それは、彼の心からの、偽りのない懺悔だった。
マリアンは、そんな彼の姿を、静かな目で見下ろしていた。
不思議と、胸の中に、勝利感も、溜飲が下がる思いもなかった。ただ、ようやく、すべてが終わったのだという、穏やかな気持ちが広がるだけだった。
「エドワード様。どうぞ、お顔をお上げください」
凛とした、しかし優しい声だった。
「もう、すべて終わったことでございます。過去は、もう変えられませんわ」
マリアンは、ふっと、柔らかく微笑んだ。
「それに、わたくしは、殿下が婚約を破棄してくださったおかげで、本当に自分のやりたいことを見つけ、今の、この上なく幸せな生活を手に入れることができました。ですから、ある意味では、感謝しているくらいですのよ」
それは、最高の、そして最も残酷な「ざまぁ」の言葉だったかもしれない。
復讐でも、憎しみでもない。ただ、あなたのしたことなど、今の私の幸せの前では、もはや何の影響も与えない、と。そう、言っているのと同じだったからだ。
エドワードは、ゆっくりと顔を上げた。その瞳は、驚きと、そしてかすかな救いを見出したかのように、潤んでいた。
「……ありがとう、マリアン」
彼は、かろうじてそれだけを言うと、一度深くマリアンに頭を下げ、そして、逃げるようにその場を去っていった。
その、どこか小さく見えるようになった背中を見送りながら、マリアンは、これで本当に、過去との決別ができたのだと、感じていた。
「マスター! ご無事で、本当によかったです……!」
カイが、涙目で駆け寄ってくる。
「ええ。心配をかけたわね、カイ」
そして、マリアンは、この騒動の間、ずっと、ただの一度も自分を疑わず、その身を挺して守り抜いてくれた、騎士へと、向き直った。
ありがとう、という言葉だけでは、到底足りないほどの、感謝と、そして愛しさが、胸いっぱいに広がっていた。
残された貴族たちは、誰からともなく、マリアンへと視線を向ける。その眼差しには、もはや侮蔑の色はない。あるのは、畏怖と、尊敬と、そしてほんの少しの罪悪感だった。
やがて、国王ジェラルド三世が、玉座からゆっくりと降り立ち、マリアンとアレクシスの元へと歩み寄ってきた。
まず、国王は、アレクシスに向かって、深く頷いてみせた。
「ヴァイス団長。今回も、見事であった。お前のその慧眼と、揺るぎない忠誠心に、朕は改めて感謝する」
「はっ。身に余る光栄でございます」
アレクシスは、静かに、しかし力強く応えた。
次に、国王は、その温和な視線をマリアンへと向けた。その瞳には、確かな労いの色が浮かんでいる。
「そして、マリアン嬢。そなたには、我が国の愚かな者たちのせいで、実に酷な思いをさせてしまった。王として、心から詫びる。すまなかったな」
「もったいないお言葉にございます、陛下」
「この度のそなたの功績は、決して忘れん。そなたのその勇気と、誇り高き職人魂は、賞賛に値する。後日、改めて、王家より褒賞を授けようぞ」
その申し出に、マリアンは、貴族令嬢としてではなく、一人のカフェの店主として、にっこりと微笑んで首を振った。
「陛下、そのお言葉だけで、充分でございます。わたくしは、ただ、わたくしの淹れるコーヒーと、心を込めて作った菓子に、誇りを持っているだけでございますので」
その、あまりにもあっけらかんとした、しかし芯の通った答えに、国王は一瞬きょとんとした後、実に愉快そうに、声を上げて笑った。
「はっはっは! そうか、そうか! 道理でうまいわけだ! 気に入ったぞ、そなた!」
国王が満足げに去っていくと、後に残されたのは、マリアンと、そして、少し離れた場所で、ただ一人、立ち尽くしているエドワード王太子だった。
彼は、まるで初めて見るもののように、呆然とマリアンを見つめていた。その顔には、血の気もなく、ただ深い、深い後悔の色だけが浮かんでいる。
アレクシスが、マリアンを庇うように、一歩前に出ようとするのを、マリアンは、そっとその腕に手を触れて制した。
これは、自分が向き合わなければならない、過去の清算なのだから。
エドワードは、おぼつかない足取りで、ゆっくりとマリアンの前に進み出た。そして、次に彼が取った行動に、その場に残っていた誰もが、息をのんだ。
この国の王太子が、次代の王となるべき男が、一介の平民(今は、そういうことになっている)であるマリアンに対し、深く、深く、その頭を下げたのだ。
「……マリアン」
くぐもった、か細い声が、彼の口から漏れた。
「……本当に、すまなかった」
顔を上げられないまま、エドワードは、絞り出すように言葉を続けた。
「私は……どこまでも、愚かだった。リリアナの言葉だけを鵜呑みにし、君という人間の本質を、その強さを、そして優しさを、何一つとして、見ていなかった。私は……君を公衆の面前で辱め、深く傷つけた。君の元婚約者である資格も、この国の王太子である資格さえも、本当はなかったのかもしれない」
それは、彼の心からの、偽りのない懺悔だった。
マリアンは、そんな彼の姿を、静かな目で見下ろしていた。
不思議と、胸の中に、勝利感も、溜飲が下がる思いもなかった。ただ、ようやく、すべてが終わったのだという、穏やかな気持ちが広がるだけだった。
「エドワード様。どうぞ、お顔をお上げください」
凛とした、しかし優しい声だった。
「もう、すべて終わったことでございます。過去は、もう変えられませんわ」
マリアンは、ふっと、柔らかく微笑んだ。
「それに、わたくしは、殿下が婚約を破棄してくださったおかげで、本当に自分のやりたいことを見つけ、今の、この上なく幸せな生活を手に入れることができました。ですから、ある意味では、感謝しているくらいですのよ」
それは、最高の、そして最も残酷な「ざまぁ」の言葉だったかもしれない。
復讐でも、憎しみでもない。ただ、あなたのしたことなど、今の私の幸せの前では、もはや何の影響も与えない、と。そう、言っているのと同じだったからだ。
エドワードは、ゆっくりと顔を上げた。その瞳は、驚きと、そしてかすかな救いを見出したかのように、潤んでいた。
「……ありがとう、マリアン」
彼は、かろうじてそれだけを言うと、一度深くマリアンに頭を下げ、そして、逃げるようにその場を去っていった。
その、どこか小さく見えるようになった背中を見送りながら、マリアンは、これで本当に、過去との決別ができたのだと、感じていた。
「マスター! ご無事で、本当によかったです……!」
カイが、涙目で駆け寄ってくる。
「ええ。心配をかけたわね、カイ」
そして、マリアンは、この騒動の間、ずっと、ただの一度も自分を疑わず、その身を挺して守り抜いてくれた、騎士へと、向き直った。
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