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5話
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役立たずの烙印を押されてからというもの、グルメアはすっかり意気消沈していた。
マスカルに言われた通り、ただ椅子に座って彼の仕事ぶりを眺めているだけ。
それはそれで、彼のたくましい背中や、料理に真摯に向き合う横顔を観察できて悪くはなかったが、やはり手持ち無沙汰だった。
「……はぁ」
何度目かわからないため息をつく。
そんなグルメアの様子に気づいたのか、昼食の準備をしていたマスカルが、ふと手を止めた。
「そんなにため息つくと、幸せが逃げるぞ」
「わたくしの幸せは、あなたの料理を食べることだけですわ。それ以外はとうの昔に逃げていきました」
いじけたようにグルメアが答えると、マスカルは少し考えるそぶりを見せ、やがて何かを思いついたようにニヤリと笑った。
「よし、今日の昼飯は、特別なのにしてやる」
「特別……? まさか、わたくしのために……?」
「まあな。元気の出るやつだ」
その言葉に、グルメアの心は少しだけ浮き立った。
マスカルがわたくしのために? どんな素晴らしい料理が出てくるのだろう。
フォアグラか、トリュフか、それとも……。
しかし、しばらくしてテーブルに置かれたのは、大きな木の器にたっぷりと入った、ただの野菜スープだった。
「……スープ?」
「ああ。村で採れた野菜を、コトコト煮込んだだけだがな」
人参、じゃがいも、玉ねぎ、豆。ゴロゴロと具材が入っているだけの、見た目は非常に素朴な一品だ。
グルメアは、一瞬、眉をひそめた。
(また平民の料理……。ですが、マスカルがわたくしのために、と……)
少しだけ複雑な気持ちで、グルメアは木のスプーンを手に取った。
スープをすくい、恐る恐る口に運ぶ。
その瞬間、ふわりと優しい温かさが、口いっぱいに広がった。
「……!」
驚いた。
ただの野菜スープだと思っていたのに、信じられないほど深い味わいがする。
野菜一つ一つの甘みが、完璧に引き出されている。
味付けは、おそらく塩だけ。それなのに、様々な野菜から出た旨味が溶け合って、複雑で、滋味深い層を成していた。
派手さはない。贅沢な食材も使っていない。
けれど、この一口は、今まで食べたどんな豪華なコンソメスープよりも、グルメアの冷え切った心にじんわりと染み渡った。
「……美味しい」
それは、計算された言葉ではなかった。
心の底から、自然と漏れ出た呟きだった。
「そうか」
マスカルは、嬉しそうに、少しだけはにかんだように笑った。
その笑顔を見て、グルメアはハッとした。
そして、自分の口走った言葉を思い出し、顔にカッと血が上るのを感じた。
(い、いけませんわ! わたくとしたことが、素直に感想を……!)
プライドが邪魔をして、いつもなら「まあまあですわね」などと捻くれたことを言ってしまうのに。
このスープは、この男は、いともたやすくわたくしの心の壁を溶かしてしまう。
「べ、別に……! あなたの腕を褒めたわけではありませんわ! この野菜の出来が良かっただけです!」
グルメアは、慌ててそう付け加えると、顔の赤さを隠すように、俯いて夢中でスープをかき込んだ。
しかし、その行為自体が、何よりもの「美味しい」という答えになっていることに、彼女は気づいていなかった。
マスカルは、そんなグルメアの姿を、とても愛おしそうに見つめていた。
二人の間の沈黙は、少しも気まずくなく、ただただ温かいスープの湯気のように、穏やかだった。
マスカルに言われた通り、ただ椅子に座って彼の仕事ぶりを眺めているだけ。
それはそれで、彼のたくましい背中や、料理に真摯に向き合う横顔を観察できて悪くはなかったが、やはり手持ち無沙汰だった。
「……はぁ」
何度目かわからないため息をつく。
そんなグルメアの様子に気づいたのか、昼食の準備をしていたマスカルが、ふと手を止めた。
「そんなにため息つくと、幸せが逃げるぞ」
「わたくしの幸せは、あなたの料理を食べることだけですわ。それ以外はとうの昔に逃げていきました」
いじけたようにグルメアが答えると、マスカルは少し考えるそぶりを見せ、やがて何かを思いついたようにニヤリと笑った。
「よし、今日の昼飯は、特別なのにしてやる」
「特別……? まさか、わたくしのために……?」
「まあな。元気の出るやつだ」
その言葉に、グルメアの心は少しだけ浮き立った。
マスカルがわたくしのために? どんな素晴らしい料理が出てくるのだろう。
フォアグラか、トリュフか、それとも……。
しかし、しばらくしてテーブルに置かれたのは、大きな木の器にたっぷりと入った、ただの野菜スープだった。
「……スープ?」
「ああ。村で採れた野菜を、コトコト煮込んだだけだがな」
人参、じゃがいも、玉ねぎ、豆。ゴロゴロと具材が入っているだけの、見た目は非常に素朴な一品だ。
グルメアは、一瞬、眉をひそめた。
(また平民の料理……。ですが、マスカルがわたくしのために、と……)
少しだけ複雑な気持ちで、グルメアは木のスプーンを手に取った。
スープをすくい、恐る恐る口に運ぶ。
その瞬間、ふわりと優しい温かさが、口いっぱいに広がった。
「……!」
驚いた。
ただの野菜スープだと思っていたのに、信じられないほど深い味わいがする。
野菜一つ一つの甘みが、完璧に引き出されている。
味付けは、おそらく塩だけ。それなのに、様々な野菜から出た旨味が溶け合って、複雑で、滋味深い層を成していた。
派手さはない。贅沢な食材も使っていない。
けれど、この一口は、今まで食べたどんな豪華なコンソメスープよりも、グルメアの冷え切った心にじんわりと染み渡った。
「……美味しい」
それは、計算された言葉ではなかった。
心の底から、自然と漏れ出た呟きだった。
「そうか」
マスカルは、嬉しそうに、少しだけはにかんだように笑った。
その笑顔を見て、グルメアはハッとした。
そして、自分の口走った言葉を思い出し、顔にカッと血が上るのを感じた。
(い、いけませんわ! わたくとしたことが、素直に感想を……!)
プライドが邪魔をして、いつもなら「まあまあですわね」などと捻くれたことを言ってしまうのに。
このスープは、この男は、いともたやすくわたくしの心の壁を溶かしてしまう。
「べ、別に……! あなたの腕を褒めたわけではありませんわ! この野菜の出来が良かっただけです!」
グルメアは、慌ててそう付け加えると、顔の赤さを隠すように、俯いて夢中でスープをかき込んだ。
しかし、その行為自体が、何よりもの「美味しい」という答えになっていることに、彼女は気づいていなかった。
マスカルは、そんなグルメアの姿を、とても愛おしそうに見つめていた。
二人の間の沈黙は、少しも気まずくなく、ただただ温かいスープの湯気のように、穏やかだった。
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