婚約破棄!悪役令嬢の演技、お楽しみいただけました?

夏乃みのり

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建国祭が始まって三日目。その日の公式行事は、アークライトが誇る、王立植物園の視察だった。私はゼノンさんの妹君であるリゼット様と共に、珍しい魔法植物が咲き誇る園内を、夢中になって散策していた。

「まあ、リゼット様! こちらは『陽光花』ですわ! 日中は黄金色に夜は銀色に輝くとても珍しい花ですのよ!」

「本当ですわ、アルカ様! まるで、太陽とお月様が一緒に咲いているみたい!」

純粋な好奇心で目を輝かせるリゼット様と、専門的な知識で解説する私。私たちはすっかり意気投合していた。

そんな、和やかな時間を過ごしていた私たちの元へ、植物園の職員の制服を着た一人の男が、恭しい態度で近づいてきた。

「失礼いたします。エルクハルトからの賓客、アルカ・フォン・クライン様でいらっしゃいますね?」

「ええ、そうですけれど」

「実は、あなた様の故国にしか咲かないとされておりました、幻の花『月雫草』が、当植物園の秘密の温室で、今朝、奇跡的に一輪だけ開花いたしました。ぜひ、同郷のあなた様に、一番にご覧いただきたく、お迎えに上がりました次第です」

『月雫草』。その名を聞いて、私の心は大きく揺れた。数百年前に絶滅したとされ、文献の中にしか存在しない、伝説の花。

しかし、同時に、ゼノンさんの「バルテルミには近づくな」という、真剣な忠告が、脳裏をよぎった。

(……話が、うますぎるわ)

私は、目の前の男を観察した。丁寧な物腰だが、その瞳の奥には、植物への愛情など微塵も感じられない。

これは、罠だ。

私は、にっこりと完璧な笑みを浮かべると、リゼット様の耳元で、誰にも聞こえないように囁いた。

「リゼット様。わたくし、少しだけ、この方と参ります。もし、15分経ってもわたくしが戻らなかったら、何があっても、すぐにお兄様を呼んできてくださいますか?」

「え……?」

不安そうな顔をするリゼット様に、私は「大丈夫よ」と目配せする。そして、ドレスの袖に隠した護身用の短杖と、セバスチャンが持たせてくれた小型の警報魔導具の感触を、確かめた。

「では、ご案内くださいな。その奇跡の花、ぜひ拝見したいものですわ」

男に導かれるまま、私は植物園の奥へ奥へと進んでいく。やがて、一般の立ち入りが禁止された区域にある、古びた、大きなガラスの温室の前にたどり着いた。

温室の中に、花の姿はない。代わりに、私を待っていたのは、屈強な体つきの、五人の男たちだった。

案内役の男が、にやりと下卑た笑みを浮かべる。

「ようこそおいでくださいました、お嬢様。バルテルミ辺境伯からの、特別なお招きでございます。大人しく、我々とご一緒願おうか」

絶体絶命の状況。しかし、私の心は、不思議なほど冷静だった。

私は、悲鳴を上げる代わりに、くすりと、悪役令嬢だった頃のように、不敵に笑ってみせた。

「まあ、ずいぶんと手荒なお誘いですこと。わたくし、そのような作法は、クライン公爵家で教わりませんでしたわ」

男たちが、私の予想外の態度に、一瞬、呆気に取られる。

その隙を、私は逃さなかった。

まず、足元に、痺れ薬の入った特製のガラス玉を叩きつける! パリンという音と共に、無色透明のガスが広がり、一番近くにいた二人の男が、足をもたつかせて体勢を崩した。

「なっ、こいつ!」

動揺する残りの男たちに向かって、私は温室の壁際に生い茂っていた、ある植物を指差した。

「ご覧なさいな。あれは、『猛毒カズラ』。その蔓に触れれば、屈強な騎士でも三日は身動きが取れなくなりますのよ!」

私が魔法の呪文を短く唱えると、その言葉通り猛毒カズラの蔓がまるで生きている蛇のように男たちに襲いかかった!

「うわあああっ!」

蔓は瞬く間に三人の男の身体に巻きつき、締め上げる。だが、リーダー格の男が素早く剣を抜き魔法の蔓を断ち切った。

「小賢しい真似を……!」

男が、私に斬りかかろうと大きく剣を振りかぶる。

もはや、これまでか。

そう覚悟した、まさにその瞬間。

ガッシャアアアン!と、温室の天井のガラスが派手な音を立てて砕け散った!

「な、なんだ!?」

砕け散ったガラスの破片と共に、月明かりを背にして舞い降りてきたのは抜き身の剣を構えた銀色の鎧の騎士。

「……ゼノンさん!」

リゼット様が、無事に知らせてくれたのだ。彼は最短距離でここに駆けつけるため屋根を突き破ってきたらしかった。

「……アルカさんに、触れるな」

地獄の底から響くような、静かでしかし猛烈な怒りを宿した声。ゼノンさんは、鬼神の如き強さで私に迫っていた男を一撃のもとに打ちのめした。

全てが、終わった。

静寂が戻った温室で、ゼノンさんは剣を鞘に納めると震える足で立ち尽くす私の元へ駆け寄ってきた。

「アルカさん! 怪我は……!?」

「……ありません。あなたこそ、無茶を……」

「俺のことはいい!」

彼は私の言葉を遮ると、震える手で私の身体を強く強く抱きしめた。

「……よかった。間に合って、本当によかった……」

耳元で聞こえる彼の声は、安堵とそして私を失うことへの恐怖でわずかに震えていた。

その腕の中で、私は彼の必死なほどの鼓動を感じていた。この人は、私のためにこれほどまでに心を乱し必死になってくれた。その事実が、恐怖で冷え切っていた私の心をどうしようもなく温かい愛しさで満たしていく。

捕らえられた男たちは、ゼノンさんの尋問を待つまでもなくあっさりと全てがバルテルミ辺境伯の指示であったことを白状した。

貴賓館へ戻る馬車の中、ゼノンさんは私の手をずっと固く固く握っていた。

「もう二度と君を危険な目には遭わせないと誓う」

その魂からの誓いのような言葉に、私は静かに頷き返す。

言葉はなくても、もうお互いの気持ちは、痛いほどにわかっていた。この事件は、私たちの心を完全に一つに結びつけたのだ。
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